09,「完結編」サイコバージョン
次に「完結編」を発表した作者も前の「カンニング・レクサー」に倣って前書きで名乗っていた。
「わたくし、星輪クラリス の書きました解決編を どうぞご賞味くださいませ。かしこ」
女性らしいが、なんか気取っていてムカつく。「星輪クラリス」ってどういうペンネームだろう?と考えたら、「クラリス・スターリング」だ。ハンニバル・レクターから「羊たちの沈黙」つながりだ。「星輪クラリス」もそういう名前で作品を発表している作者はいなかった。
星輪クラリス版「解決編」はだいたい次のようなものだった。
犯人は病院で外科の医師をしている兄と部屋に引きこもっている妹の兄妹共犯だ。
最初の犠牲者である入院患者と担当医師の兄はお互い引かれ合い、恋人関係になっている。
しかし実は医師は極度のシスターコンプレックスで、入院患者の女性と恋人関係になったのは妹との危険な関係に溺れるのを避けるためだった。
次第に医師のシスコンぶりに気づいた女性は医師を馬鹿にした態度を取って医師をカッとさせる。
一方引きこもりの妹は、自分の容姿に自信がなく、遠く離れた地の大学に進学するのを機に大胆な整形手術を受けるが、これが手術中のトラブルで大失敗し、とても正視できない醜い顔になってしまう。
妹は顔が変わってしまったショックで人格が分裂気味になり、夜中夢遊病になって室外をさまよい歩く。邸宅をさまよっていたはずの妹=レインコートの人物は何故か病院内に現れるが、それは秘密の地下室が邸宅にもつながっていたからだ。
妹は兄の恋人の病室に現れ、恋人の女性はその「化け物」が恋人のシスコン相手の妹だと知り、嫌悪感を露わにする。激高した妹は女性を襲い、異変に気づいた兄が駆けつけたときには事既に遅く、女性は首を絞められ絶命していた。元の人格に戻った妹は自分のしてしまったことに激しく怯える。妹をかばうため兄は「女性には絶対不可能な状態」にするため遺体を二人で力を合わせて折り畳む。
自分に「兄妹」以上の好意を見せる兄を妹はいったん拒否する。しかし実は妹が顔を変えようと思ったのは兄から離れるためだったのだ。妹も心の内では兄を恋していたのだ。
妹は兄の愛を受けるため再び若い入院患者を殺してしまう。二人は再び力を合わせて遺体をあり得ない状態に折り畳み、「愛の共同作業」を経て二人は結ばれる。
二人は秘密の地下室を二人の愛の巣にして行為にふけるが、異常な関係は二人の精神をむしばんでいく。
地下に下りてきた刑事を兄が襲うが、ピストルで返り討ちにされ、刑事が奥の部屋を見ると、ベッドの上に折り畳まれた妹の死体が載っている。
なんともはやなストーリーで、後味が悪いったらない。
「怪力のレスラーでもなければ不可能な死体の状態」を「二人で力を合わせて」というのが、きっと本人はグッドアイデアと悦に入っているのだろうが、短絡的だ。1足す1は2って、そもそも殺人自体は「単独犯」が条件だ。部屋を出たり入ったり、それこそ監視カメラに兄の姿がばっちり映っているはずだ。
作風も全然違う。抽象的な言葉の羅列で、ポエムっぽく、耽美だかなんだか知らないけれど、すっかり妹の女性的なメルヘンな世界になってしまっている。登場キャラクターより作者が「サイコ」なんじゃないかと疑ってしまう。
ああ、こういう作風の若い女性ホラー作家っているよな、
実は中学生だったりするんじゃないか?
と、ハードなホラーのファンの浩樹は読みながらすっかり腹を立ててしまった。
あんまり腹が立ったので怒りを込めて「感想」を書き込んでやろうかと思ったが、こういうサイコ系の作者の恨みを買って逆に自分の作品にめちゃくちゃな感想を書かれるかも知れないと思うと怖い気がして、止そうかと思ったが、ふと、悪いことを考えてしまった。
「小説家になろう」の初期設定では登録ユーザからしか感想を受け付けないようになっているが、「小説情報編集」で「感想受付」を(制限なし)に設定することが可能だ。
「桐山容堂」のユーザページにログインして確かめると「無形人間」の感想受付は(ユーザからのみ)に設定されていた。
浩樹はそれを、
(制限なし)
に設定し直した。
そして、いったんログアウトし、「一ホラーファン」の名前で大好きな「無形人間」のリアルでハードな世界観をぶち壊しにした「星輪クラリス版完結編」を激烈に非難する感想を書き込んで、送った。
浩樹は、自分がなんだかすごく悪い人間になった気がした。
翌日見てみると、「無形人間」には浩樹が書いた以上に激烈な非難の感想がどっと書き込まれていた。そのどれもがログインしていない「変名」での書き込みだった。
浩樹のせいで、「無形人間」を巡るネットのモラルはすっかり崩壊してしまったようだ。