08,削除
帰宅して「無形人間」を開くと、「カンニング・レクサー」によって書かれた「完結編」がすっかり削除されていた。
夜遅く寝る前にもう一度開いてみると、「桐山容堂」の「活動報告」が更新されていた。
タイトル:抗議
どうして削除するんですか?ひどいじゃないですか?
ああ、そうなのか、と浩樹は思った。「完結編」を削除したのはカンニング・レクサー本人じゃなかったんだ。気に入らない別の誰かが意地悪をして「削除」したのだ。
誰でもログインできるのだから、誰でも更新できる一方、誰でも削除できるのだ。
大介が「どうなるだろうな?」と意地悪に笑ったのはこういう事だったのだ。
浩樹は「荒らし」と同じような状態になることを思って嫌な気分になった。
一方で、
「でもあの完結編はなかったよなあ……」
と思うから、怒っているカンニング・レクサーにもあまり同情的な気持ちにもならなかった。
まあ放置するのもかわいそうなので、
「カンニング・レクサーさん。ご自分のページで発表し直してはいかがですか?」
と、コメントしてやろうかと思ったが、作者宛メッセージを誰かに覗き見られた恥ずかしさを思い出してよした。
本当にどうなるのかなあ?……と、浩樹も思った。
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4月××日。
富山県○○市の国道沿いの歩道で、10代の男性が死んでいるのが早朝犬の散歩をしていた近所の住人によって発見された。
警察ではこの男性が夜の間になんらかの事故に巻き込まれたものと見て身元の確認と共に捜査を行っている。
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「まあ、あれだな、当然そうなるだろうな」
完結編が削除されたことを大介はそう論評した。
「でもちょっとかわいそうだよね?」
浩樹がカンニング・レクサーの「抗議」を思って言うと、大介は「フフン」とまた小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「相変わらず甘いねえ浩樹君。誰でも自由に書き込めたり、削除したり出来るんだぜ? ひょっとしたら削除したのがカンニング・レクサー本人かも知れないし、活動報告を書いたのがカンニング・レクサーじゃないかも知れないぜ?」
「ええ?」
浩樹は混乱した。
「まあ…、可能性としては、可能だけどさ? どうして? なんの意味があるの?」
「面白いからじゃん」
と、大介は面白がって言った。
「寄せられた感想じゃだいぶやられていただろう? 自信をなくした本人がいじけて自分の書いた分を引っ込めたのかも知れない。それを見た誰かさんが「かわいそうなカンニングくん」を慰める…つーか、からかって?、「ぼくちんをいじめないでくださ〜〜い」って哀れっぽく訴えてやったのかも知れないぜ?」
「ひでえ奴だなあー」
と、浩樹は面白がってひどいことを考える大介に言った。
「だからさ、分からないじゃん? 疑えばいくらでも疑える余地があるんだからさ、憶測が憶測を呼んで疑心暗鬼を招く……なんて深刻に考えなくてもさ、なんか盛り上がってきたじゃん? とにかく更新されて再び「無形人間」が新着リストの1ページ目に登場して、お気に入り登録してなかったファンも「おっ!」って注目したはずだぜ? これからこのイベント、盛り上がってくるんじゃないか?」
大介は、ヒヒヒ、とホラーチックに笑った。
それから数日後、次の「完結編」が更新された。