07,「無形人間」完結。
帰宅した浩輝はパソコンで改めて「桐山容堂」のユーザページにログインした。
「桐山容堂」を「お気に入り登録」しているユーザは18人いた。もちろん「リュウ・ライター」も入っている。浩樹の「リュウ・ライター」などお気に入り登録してくれているユーザはたったの二人だ。二人とも浩樹から作品に感想を送った作者で、まあ「お友だち」だ。
この18人に昨日の「活動報告」の情報が送られ、浩樹以外の17人がログインした可能性が高い。浩樹はログインしなかった自分のお人好しぶりが馬鹿らしくなった。
大介のユーザ名もこの中にあるはずだ。これだろうという目星はつくが……。
昨日の時点でログインした可能性があるのはこの17人くらいのものだろうけれど、このことが話題になればログインする人間はどんどん増えていきそうな気がする。
残念なことに桐山容堂自身がお気に入り登録している作品や作者はない。
1週間ほどが経って、とうとう「無形人間」の「完結編」が更新された。
新たに更新された「最終章 その2」の前書きにこうあった。
前書き:
読者の皆さん今晩は。カンニング・レクサーと申します。
僭越ながら「解決・完結編」を書かせていただきましたのでどうぞお読みください。
「カンニング・レクサー」という名前は「桐山容堂」の「逆お気に入りユーザ」の中になかった。ふざけた名前で、たぶん「羊たちの沈黙」の「ハンニバル・レクター」をもじったものだろう。「逆お気に入りユーザ」の一人と思われるが、「完結編」発表後の反応が怖くて「偽名」を使ったのだろう。ペンネームの偽名というのも変だが、プロの作家だって変名で作品を発表したりするからまあいいだろう。
問題は、提示された難問にどのような解答を与えているか?だ。
「カンニング・レクサー版」の「完結編」はだいたい次のようなものだった。
犯人は部屋に引きこもっている女子大生の娘だった。
しかし部屋に引きこもっているのは全く別人の精神病患者だった。
本物の娘は秘密の地下室に隠れ住み、地下に下りてきた刑事を隠し通路から現れて襲うが、射殺される。
娘は性同一性障害で、男性化の施術を受けていたが失敗し、筋肉の固まりのようなモンスターに変身していた。
娘は「男性的な」欲望で若い女性の入院患者を襲ったが、抵抗されて殺してしまったのだ。
隠しカメラを細工して娘を守っていたのは父親の院長だった。
「完結編」が更新された翌日、さっそく大介が手厳しい批評をくわえた。
「筋肉の固まりのモンスターって、それまでのリアリティーが台無しだよな? 性同一性障害って今いろいろ話題になるけどさー、それを持ってくるのも安易だよな? まあ引きこもりの娘を第三者が確認したエピソードはないから、そこだけ目の付け所は良かったかな?」
といった調子だ。更新されたのは夜9時頃だが、朝見てみたらさっそく5件も大介と似たような手厳しい批評の感想が書き込まれていた。
浩樹自身も、自分が考えるよりましかなとは思うけれど、あまり感心するような完結編ではなかった。
やっぱりそれまでの異様に怖いリアリティーから遊離していて、がっかりした。
これはとうてい「無形人間」の完結編としては受け入れられない。
「さあて、どうなるだろうな?」
大介は「カンニング・レクサー」を小馬鹿にした意地悪な笑いを浮かべて言った。
どうなるだろうな?
その意味するところは浩樹には分からなかったが……。