05,「無形人間」ここまでの話
「無形人間」の舞台になるのは現代的な総合病院だ。
荒海を見下ろす寂しい断崖の先に建っている。
建ってから10年も建っていない新しい大きな病院だが、実は前身の病院があり、この地の歴史に暗い影を落としている。
前身の病院は日中戦争の始まる前年に建てられた当時最新鋭の精神科専門の病院だった。
アメリカから輸入された最新鋭の科学的治療法で、迷信的な偏見から患者たちを守り、彼らを正常な状態で社会に帰還させることを期待されたが、時代が悪かった。
病院は軍の管轄となり、入院患者たちは軍事的秘密実験の実験体として利用された。
どのような恐ろしい施術がされたのか、記録はない。
ある時患者たちの暴動が起こり、火災が発生、当時の院長以下数人の医師と看護士が患者たち全員もろとも焼死した。
少数の生き残りの証言によれば、監督していた軍の将校が秘密の漏洩を防ぐため出入り口を封鎖し、燃え上がる窓から逃げようとした患者は撃ち殺して外に出さなかったそうだ。
医師や看護婦の多くは、火災以前に恨み重なる患者たちによって殺されていたらしい。
そうした呪わしい歴史を持つ病院は、火事で焼け落ちた後閉鎖され、更地にされ、それから数十年、放置されていた。
そこに病院の欲しい地元の要請を受け、新しく総合病院が建設された。もっともこの地の歴史を知る年寄りからは何もわざわざここに建てなくてもと反対の声が上がったが、用地費用の関係などからここに決定されてしまった。
殺人事件は突如起こった。
夜中入院患者の若い女性が残虐……どころか、とても人間業とは思えない暴力的な方法で殺害されたのだ。
警察の調べで、廊下の監視カメラには犯人らしき人物の姿が映っている。
真っ黒いビニールコートを着た、性別の分からぬ普通体型の人物だ。
被害者の若い女性は男女関係にだらしないところがあって、警察は怨恨の線で容疑者を割り出そうとする。
一方で犯人がどこから病院内に侵入したか、侵入及び逃走ルートが問題となる。病院はあちこちに監視カメラがあり、カメラの目をかいくぐり、かつ電子ロックのドアを解錠するのは内部の事情に詳しい限られた関係者しか考えられない。
まだ警察の監視の中にある病院内で、第2の殺人が行われる。
今回も被害者は若い女性で、今回もまた人間業とは思えない残虐な殺され方をしている。
被害女性は旅行者で、連れのいない一人旅だった。ちょっとした事故に遭い、昨日救急車でたまたまこの病院に搬送されてきたのだ。
前回と同じ手口で、特にこの被害女性個人に恨みがあっての犯行とは考えづらく、犯人は若い女性全般に恨みを持つサイコ的な人物である可能性が高まる。
今回もまた犯人の侵入逃走ルートは不明で、ますます病院関係者への疑いが強くなる。
病院に隣接して院長の邸宅が建っている。そこに住む院長一家……院長、院長夫人、その息子の医師、部屋に引きこもって姿を見せない大学生の娘、そして病院の、訳ありの警備員、警察も入室を禁じられる特別病室の入院患者、などが容疑者として浮上する。
ちまたでは「精神病院の実験室」の噂が囁かれる。
消失した病院には秘密の地下室があり、そこで決して表沙汰に出来ない秘密実験が行われていた。火事の際、焼死したと言われている医師たちが、実はその秘密地下室に逃げ込んで生き延びていたというのだ。
馬鹿げた都市伝説に思われたが、病院を調べていた刑事は配管や送電線が病院とは別系統で地下へ引かれていることを発見する。
果たして、「イタズラ書き」によって霊安室に「地下室」への出入り口があることを突き止めた刑事は、ついに、事件の真相を知ると思われる人物の元へ、階段を下りていくのだった。
…………………。