19,ネット闘争
浩樹は引き続き大介と話した。
大介はすっかり怯えてしょげてしまっている。
浩樹は元気づけるのと、問題解決の更なる情報を得るため尋ねた。
「ところでさ、「ディープ・レッド」の作品が急に人気が出たみたいじゃない?」
「DEEP RED」はイタリアのホラー帝王ダリオ・アルジェント監督の「サスペリアPART2」のアメリカタイトルだ。ちなみにイタリアの原題は「PROFONDO ROSSO」で、内容は「サスペリアPART2」でもなんでもない。「PART1」のヒットを受けて急遽日本公開された、「PART1」の前の作品で、いい加減な扱いだが、こっちの方がはるかに怖い。リアルな連続殺人物で、あまりの怖さに浩樹など何度も途中でギブアップしそうになった。
そんな「DEEP RED」をペンネームに使っているところからもこの作者のホラーマニアぶりが窺える。
「ディープ・レッド」は「小説家になろう」上に5本の短編と2本の長編を掲載し、現在不定期で「クトゥルフ神話物」を連載中だ。いかにもマニアだ。
いずれの作品もかなりディープでハードな本格ホラーばかりで、まあそこそこのアクセスがあった。浩樹よりはずっとアクセスが多く、ちょっと嫉妬を感じたりしていた。
そこそこの人気のマニア御用達ホラー作家とその作品群だったが、この2週間ほど……はっきり言えば「真・無形人間・完結編」が発表されて以降、急にアクセスが増え始め、作品に感想も寄せられるようになった……のだが……………。
「でもさ、なんなんだろうな、あの「花園スターレッド」って作者?」
「さあ、なんだろうな?」
大介は疲れてうんざりしたような顔で言った。
「花園スターレッド」は、浩輝たちとは縁のない、「ボーイズラブ」の恋愛ジャンルの作品を発表している作家で、まあけっこう好き者のファンが多いようだ。一作だけホラーの短編を発表しているが、それに「ディープ・レッド」が否定的な感想を書いたからだろうか、この数日で立て続けに「ディープ・レッド」の全ての作品にひどい悪口の感想を送りつけている。同じ「レッド」同士で相当馬が合わなかったのだろうか? 浩樹は関わりたくないなと思って傍観を決め込んでいるが。
「でもなんで今頃急にあんなことやりだしたんだろうね?」
「知らねえよ」
「思うんだけどさ、「無形人間」の2番目の「完結編」を書いたのが、「花園スターレッド」だったんじゃないかな?」
2番目の完結編は「星輪クラリス」の書いた「サイコ版」だ。気取った文章や変にメルヘンにトリップしちゃってるところとか「醜と美」みたいな耽美的?なところが共通している。名前も「スター」つながりだ。
「ええ?」
大介はちょっと驚いたような顔をして、すぐに興味をなくしたように疲れた顔に戻った。
「違うよ。あんな腐れ恋愛ブスに腐ってもまともなホラーなんか書けねえよ」
「そう?」
浩樹は大介の言いぐさにちょっと驚いた。
「「ディープ・レッド」もあの完結編にはけっこうひどいことを書いていたじゃないか?」
「あのさ」
大介は迷惑そうな顔で浩樹を睨んだ。
「そんなこと、「ディープ・レッド」に訊いてくれよ」
「訊いてるつもりなんだけどなあ、「ディープ・レッド」に」
大介はむくれたような顔になった。
「じゃあさ、どうせもう知ってるだろうからこっちから先に明かすよ」
浩樹は、もういいや、という気持ちで言った。
「「リュウ・ライター」が僕だよ。大介君が「ディープ・レッド」なんだろう?」
大介は仕方ないように苦笑した。
「「リュウ・ライター」ってなんだよ? 浩樹君はゴリさんのファンか?」
「いや、「ドラゴンの書記」ってつもりだったんだけど……。変だったね?」
「相当変だよ。ギャグだ。センス疑うなあー」
大介はおかしそうに笑って、浩樹も笑った。
「で?、そっちは?」
「ああ、分かったよ。そうだよ、俺が「ディープ・レッド」だよ」
「「真・無形人間」の完結編を書いたのも?」
「そ。俺だ。どうだい?なかなかいい完結編だったろう?」
「うん。感心した。面白かったよ」
「へへへへ…」
大介は照れ笑いを浮かべて、またずっと暗く落ち込んだ顔になった。
その大得意の完結編が、今作者を恐ろしい状況に追い込んでいる……のだろう……………。
浩樹は訊いた。
「夢遊病は……、本当なんだね?」
「ああ」
大介は深刻な顔でうなずき、ぶるっと震え上がった。
「やっぱり「完結編」を書いたせいなんだろうね?」
「そうだろうな」
「でもさ、「真犯人」に殺されたわけじゃないじゃないか?」
大介は嫌な顔をした。浩樹はかまわず言った。
「はっきりした事実としては、大介君が夢遊病になってしまった、ってだけじゃないか? まさかさ、本当に小説で書いたようにテレパシーに操られてエスパーのモンスターになって人を殺してしまう、なんて信じているんじゃないだろうね?」
「いや……、まあ………」
大介は何とも煮え切らない顔をして目をそらした。半分くらい信じてしまっている顔だ。
「大介君、自分で言ってたじゃないか?、どうせちまたの事件と完結編のイベントを絡ませただけの思いつきの安易なアイデアだって?」
倉岳拍子の「悪魔の未完小説」のことだ。あれを今、大介は半ば真に受けて悩んでしまっているのだ。
「だいたいあの小説じゃ殺人鬼が小説の中から現実の世界に現れて作者を殺しちゃうんだよ? 大介君は自分が殺人鬼になっちゃってるじゃないか?」
「う、うん……。まだ人を殺してないけどな……」
「ものすごく真剣に書いたんだろう? だから精神がまだ小説から抜け切れていないんだよ。夢遊病って精神的なストレスから発症するものなんじゃないの? だからさ、自分は今病気なんだって認めちゃえばいいんだよ。ちゃんと分かって、リラックスすれば、自然と治るんじゃないかな?」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。きっと。それともさあ、」
浩樹はいつも自分がされているのでここぞとちょっと意地悪に笑って言ってやった。
「やっぱり運動不足なんじゃない? ジョギングでもしてしっかり疲れて、ゆっくり風呂に浸かってベッドに入れば、朝まで外をほっつき歩いたりしないでぐっすり眠れるよ」
「俺、運動嫌いなんだよなあ〜……」
大介は別の意味で嫌な顔をしたが、諦めて、吹っ切れたようにさっぱりした顔になった。
「そうだよな。小説の通りに殺人モンスターになるなんて、馬鹿げてるよな? あーあ、ジョギングかあ〜〜、どうせなら金髪の美ジョガーでも追いかけ回したいぜ」
「おいおい、そんなこと考えてると、夢遊病中に別の犯罪者になっちゃうぞ?」
「ああー、それも困るよな。一生ヘンタイのレッテルがついて回るぜ」
「そうそう、真面目に汗をかきたまえ。たまには普通の青春らしくていいだろう?」
「似合わねえよ、俺」
「確かに。」
「うるせーよ」
浩樹が笑ってやると、大介も笑った。すっかりほっとしたようで、これならもう大丈夫だろうと浩樹も安心した。
ふと、後ろの隅の席で一人文庫本を読んでいる女子が気になった。夢遊病だの殺人だの、およそまともでないことを深刻に話し合って、さぞかし変に思われただろうが……、それより、
その女子の顔が、なにかひどく不愉快そうだったのだ。
いっつも一番最後までもそもそ弁当を食べている奴で、その後もいっつもああして一人教室に残って本を読んでいる。たいてい文庫本を、わざわざ別売りのブックカバーを掛けて。それを知っている自分も人のことをとやかく言えないが。
あいつもいかにも小説やポエムなんか書いていそうだよなあ、と思った。
その彼女が文庫本から目を上げてじろっと浩樹を睨んだ。浩樹は慌てて視線を逸らした。
不機嫌な顔をしているのは本の内容がよほど不機嫌になるものなのか、それともべたべたに甘ったるい恋愛物を浩輝たちの気味の悪い会話が邪魔したせいか。分からないけれど、
クラスの女子たちからも浮いて、気持ち悪い奴だよな、
と、浩樹は思った。




