18,夜歩く
大介の様子がおかしくなってきた。
顔色が悪く、目の下に黒いクマを浮かべて、いつも眠そうにして、そのくせハッと驚いたように顔を跳ね上がらせて自分が今どこにいるか確認するように辺りをきょろきょろ見回して、ほっとしたような顔をしたかと思えば、また暗い顔になってうつむいて、何か深刻そうに考え込んでいる。
昼休み、弁当を食べ終わって大抵のクラスメートが教室を出ていくと、浩樹は心配になって声を掛けた。
「どうしたの?大介君。このところちょっと変じゃないか?」
「ああ、いや、別に……」
口ごもるように否定しながら、実は誰かに話したくてしょうがないように浩樹の顔を覗き見た。浩樹が見つめ返すと、
「あっ、いや……」
と視線を逸らしながら、やっぱり話したいように見つめ返してくる。
「どうしたの? 何か心配事? 僕なんかが役に立つかどうか分からないけれど、友だちなんだからさ、話してみろよ?」
「友だち……だよな?」
皮肉屋の大介が、相当参っているようで、じーーん……と目を潤ませた。可哀相だけど、……ちょっと気持ち悪い。
「実はさ………、
夢を見るんだ………」
「悪い夢?」
「いや……、なんつーか、普通の夢なんだけどさ……。
夜、家を抜け出して外をうろつく夢なんだ……」
「ふうーん。まあ……、僕もそういう夢なら見るよ? 僕なんて裸で昼の街中に立っている夢を見たよ?」
「そりゃ性的欲求の表れだ」
大介はちょっとだけいやらしく笑って、また深刻な顔に戻った。
「俺はさ、ただ外を歩き回るだけなんだけど、家の近所から始まって、最初の内はシャッターの閉まった商店街とか、公園とか歩き回っていたんだけどさ」
大介の家はこの学校のすぐ近くで、だから大抵浩樹より先に登校している。
「それが…、日を追うごとにどんどん遠くまで歩いていくようになって、行ったことのない遠くまで歩いて行くんだけど、それがすごくリアルなんだよな。全然行ったことのない所なのに、細部まではっきりしてるんだ。あんまりはっきり見た覚えがあるんで、昼間自転車で夜中夢の中で歩いた道を辿っていってみたんだよ。そうしたら、夢の通りに道が続いていて、周りの景色も夢の通りなんだよ。まあ昼間だから感じは違ってたけど……」
「気のせいだろう? 忘れてるだけで前に来たことがあったんだよ」
「いや、違う! 確かにそれまで行ったことなんてない場所なんだ!………」
大介はやけに向きになって主張し、ひどく怯えた顔をした。
「それに………、
朝起きるとひどく疲れているんだ……、まるで……、
夜中中歩き回っていたみたいに…………」
「大介君、日ごろ運動不足だから、ちょっと運動したり…、自転車に乗って遠くまで行ったりして疲れが出たんじゃないの?」
「足がさ……」
「足が…………汚れていたりとか?…………」
「いや、汚れているわけじゃないんだが…………、臭いんだよ、裸足で靴を履いて長時間歩き回っていたみたいにさ……。こう見えても俺わりと清潔な方だから、風呂入った後でさ、朝出かけるまでにそんなべたべた汗臭いようなことはないんだ……。やっぱりさ…………」
大介は恐ろしそうに涙目で浩樹を見つめた。
「本当に歩き回っているとしか思えないじゃないか?………………」
「……まさかあ………………」
浩樹も大介の深刻な顔にゴクリとつばを飲み込んで、わざと明るく装って言った。
「本当かあ? 僕をからかってるんじゃないのかあ?」
「なんだよ、やっぱ信じないのかよ?」
「ああ、ごめん! 悪い、信じる!。…………でも……、それって………、大介君が夢遊病になっちゃったってこと……?」
「そう……としか思えない。実はさ、証拠があるんだ。……見たい?」
「うん……」
大介はカバンから小型のビデオカメラを取り出した。
「俺も実は半信半疑で怖かったんだけどさ、やっぱ確かめなくちゃならないと思ってさ、寝るときこれで撮影したんだ。暗くて長時間撮影だから映り良くないけど」
大介は液晶ファインダーにビデオを再生した。あらかじめその辺りで止めていたようで画面の端の時刻はAM00:13だ。オレンジ色の常夜灯の下、ベッドに大介が寝ている。大人しく上を向いていた大介が、突然起き上がったが、その起き上がり方が変だった。まるで背中に棒でも入っているように上半身まっすぐのまま、バネ仕掛けのように起き上がって、布団をめくって床に下り、裸足のままカメラの前を横切り、たぶん廊下へ、出ていった。暗くてよく分からないがカメラに向かってきて、画面から切れていった大介の顔は、表情といったものがなく、まるで操られたロボットみたいな印象だった。
「トイレに起きたんじゃないの?」
大介は首を振り、しばらくなんの変化もないビデオを見ていたが、止めた。これ以上見ていても何も起きないということだろう。
「撮影は5時までやっていたけど、それまでに俺は帰ってこなかった。で、その間俺はすげえ遠くまで遠足していた夢を見ていたわけだ。朝ベッドの中で目を覚まして、俺はすげえ疲れていて、足がすげえ汗臭くなっていたわけだ。なあ、浩樹君、俺が怖いのはさあ……」
大介は皮肉な笑いを浮かべようとして、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。
「俺がこの先夢の中で何をするか?、なんだ。歩き回って……、今まで誰かに会ったことはないけど、もし、誰かに会って、話し掛けられるようなことがあったら………、俺……、その人を、どうするんだろうなあ?」
「さ、さあ?………………」
浩樹はとてもその疑問に答えることは出来なかった。




