12,「悪魔の未完小説」
「真・無形人間」の完結編はなかなか登場しなかった。やっぱりみんなびびって二の足を踏んでいるのだろう。
そんな中、それに関連して別の作者の別の作品が発表された。
短編で、
悪魔の未完小説 作者:倉岳拍子
というものだ。
内容はだいたいこうだ。
ネット上に「無限人間」というクライマックス直前で連載の止まってしまった連続殺人物のホラー小説がある。
更新が止まって1年経った日、作者から「誰か完結編を書いてください」と作者ページへのログインが開放される。
まず「人食い博士」が完結編を書くが、「人食い博士」こと男子高校生は夜中何者かに外に連れ出され残虐な方法で殺され、彼の書いた「完結編」は削除されてしまう。
次に「美人捜査官」が完結編を書くが、「美人捜査官」こと30代のOLは部屋に侵入した何者かに殺され頭をもがれて持ち去られ、彼女の書いた「完結編」は削除されてしまう。
その次に「不死身の殺人鬼」が完結編を書いてページのログインをクローズしてしまうが、「不死身の殺人鬼」こと20代のフリーターは何者かに港湾に拉致されて殺されたあげく股から頭まで怪力で引き裂かれてバラバラに捨てられる。
彼の書いた「完結編」は削除されることはなかったが、新たに「真・無限人間」が開設され、新たな作者=新たな犠牲者を待ち受けている。
その「完結編」を書いてしまうと、「真犯人」が書かれた姿になって現実世界に現れ、作者を書かれたような方法で殺し、自分の姿=小説の完結編を削除し、「無限」の、姿の定まらない殺人鬼となって小説の中に帰っていく。
次に「完結編」を書くあなたの元へも、きっと真犯人は現れ、あなたの命を奪っていくことだろう。
「ねえ、「悪魔の未完小説」は読んだ?」
登校すると浩樹はいつものようにさっそく大介に話し掛けた。
大介はニヤリと笑った。
「ああ、あの作者の書きそうな話だよな? ほんと、思いつきでパパッと書いちまうもんな?」
作者の「倉岳拍子(くらたけひょうし)」という作家は、
けっこう古株の「小説家になろう」の常連作家で、たまにファンタジーや童話やミステリーも書くが、8割方ホラー専門で、「霊能力者姫宮魅智シリーズ」という心霊オカルトのシリーズを中心に、やたらと速いペースでけっこうな長編をやたら数多く発表している。文章からして20代後半からひょっとして50歳くらい?の中高年だろうが、思うに職場で浮いた存在で、現実世界に友だちが無く、小説を書くしか楽しみのない哀れなおじさんのようだ。どうやら本気で「幽霊」の存在を信じている節があり、その点ジェイソンXYZと近い気がする。浩樹もホラー小説なんか一生懸命書いているが、まあ、こういう大人にはなりたくないなあという一つのサンプルのような作家さんだ。数多い作品の人気も……一生懸命書いている割りには寂しい結果で、同情してしまう。
この人の特徴で、とにかく早書きで、現実の社会的事件をネタとして取り上げることが多い。年寄り臭く若者に説教するようなところがあってうざったい。
今回の短編もそうだ。短編とは言ってもだらだら文章が長く、分量はけっこうな物だ。文章量が多いのも年寄りの証拠だ。
「この間横浜で男の「半分死体」事件があったじゃんか? それをヒントに、前に似たような事件がないか調べて、「無形人間」の完結編騒動と絡めてストーリーを作ったんだぜ? 「半分死体」なんてさ、ありゃどうせやくざの仕業だぜ? 港だもんな、いろいろな機械があるだろう? 電動ノコギリでギャリイイインって真っ二つに切ったんだぜ?」
グロなスプラッターも大好きな大介は顔をしかめながら嬉しそうに言った。浩樹は想像してげんなりした。
「被害者のフリーターって、きっとヤクの売人なんかしてたんだぜ? それで薬をくすねたりして上のやくざの怒りを買って、見せしめにぶっ殺されたんだぜ? 「股から真っ二つに引き裂かれた」なんて、ほんとジェイソンXYZが喜びそうな描写だよな? ほんと、思いつきをそのまんま書いちまう作家だよな?」
大介の意見はもっともだと思うが、浩樹は正直けっこう怖かった。大介は
「これも一種の便乗商売だな。上手いこと考えたなと感心するけどさ、なんかこの作者って自分の頭の良さをひけらかしている感じがして、読んでてムカつくっていうか、底が浅いんだよな? いろいろ知ったかぶりして書いてるけどさ、どうせみんなウィキペディアの丸写しだろう? やったもん勝ちでさ、たいしたアイデアでもないのになあ?」
と、手厳しく批判した。浩樹は
「そうだね」
と苦笑いして同意しながら、そこまで言わなくてもと作家にちょっと同情した。
もちろん倉岳拍子の書いた「悪魔の未完小説」は彼の想像の創作だと思うが、現実とリンクして不安にさせる。上手いと言えば上手いが、卑怯な気がする。ジェイソンXYZがすっかりなりを潜めてしまったのもひょっとして…………と怖い想像をしてしまう。他の参考にしたと思われる事件も犯人が逮捕されたという報道はない。
小説の中の殺人鬼が現実世界に出てきて作者を殺すなんて、そんな馬鹿げたこと、起こるはずない。
と、思うのだけれど…………………。
「悪魔の未完小説」が発表されて1週間経っても「真・無形人間」の完結編を書く者は現れなかった。つまらない物は許されないというプレッシャーと、みんな、まさか……と思いながらもやっぱり、ひょっとして………、と思って怖いのだろう。
「真・無形人間」のアクセス数は相変わらず高く、「悪魔の未完小説」のアクセスもこの作者の作品としてはなかなか高かった。
浩樹はちょっと羨ましく思った。




