11,「真・無形人間」
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5月××日。
神奈川県○○市の港湾敷地内で同市の職業不定武藤丈流さん(23)が体を左右に切断された形で別々の場所で発見された。神奈川県警は殺人及び死体損壊遺棄事件として捜査している。
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数日経っても「ジェイソンXYZ」は沈黙したままだ。さすがに精神的に堪えたのだろう。
「せっかく盛り上がってたのによお、つまんねえ終わり方になっちまったな」
と、面白がっていた大介もすっかりふてくされてしまった。
ところが。
「真・無形人間」
という連載小説が発表された。
作者は「霧山洋堂」。
「桐山容堂」と同名異字だ。
浩樹は興奮して作品にアクセスした。
「真・無形人間」は「無形人間」と全く同じ物だった。
ただし「ジェイソンXYZ」によって書かれた「完結編」は掲載されていない。オリジナル同様最終章の「その1」が最後で終わっている。
「前書き」が書かれている。
:読者の皆様お久しぶりです。きりやまようどうです。
「無形人間」があのような形で実質的に終わってしまって残念です。わたくしも含め納得のいかない読者が多いと思いますので場を改めて「無形人間」を再開させたいと思います。
今度こそ「無形人間」が素晴らしいエンディングを迎えられるよう、意欲ある作者の勇気ある挑戦を心からお待ち申し上げます。
「最終章その1」のあとがきにはご丁寧に、
:以上。桐山容堂でした。
と、自分が書くのはここまでだと宣言とも取れる挨拶をしている。
「真・無形人間」全31部は、おそらく昼休みに行ったのだろう、12時30分から45分の間に集中的に投稿されていた。夜浩樹が見たときには「感想」にさっそく「待ってました!」「最後まで書いてくれ!」「本当に桐山容堂本人なのか?」と、疑惑を挟みつつもおおむね歓迎のコメントが書き込まれていた。
なんで作者が最後まで責任を持って書いてくれないんだ?
本当に桐山容堂本人が開設したページなのか?
というのは浩樹も感じる疑問だが、とにかく、「無形人間」があのまま終わらなかったことだけは大歓迎だ。
翌日登校した浩樹は大介と久しぶりに興奮して「無形人間」改め「真・無形人間」のことを話した。
「浩樹君、「真・無形人間」のアクセス数見たか?」
「いや。見なかったけど、どんくらい?」
「ユニークアクセスで300を越えていたぜ?」
「小説家になろう」の「アクセス解析」は「ページビュー」と「ユニークアクセス」があって、「ページビュー」は何ページ読まれたかの総計、「ユニークアクセス」は何人のユーザ(パソコン、携帯端末)が読んだかの総計で、「ユニークアクセス」の方が実際の読者数に近い。ホラージャンルの作品は全体的に読者が少なく、ファンタジー系の人気作家の作品には1日ユニークアクセス1000近くを記録する浩樹などから見ればモンスター級の人気作もごく少数あるが、シリアスで硬派のホラー小説に限定すれば、完結直後は別にして1日50アクセスもあれば相当の人気作だ。300アクセスというのはハードホラーとしては異例の数字だ。
「へえー、そんなにあったの? すごいね」
浩輝は羨望混じりに感心した。浩樹の連載小説など1日10アクセスもあればバンバンザイだ。大介も感心して言った。
「これが最初から仕組んだことならたいした策士だよな?」
「どういうこと?」
「話題作りだよ。イベントとして盛り上げて、さんざん煽った上で、作者が本当の「完結編」を発表したらどうだ? すげえ話題になって、アクセスが殺到するだろう? つまらなけりゃバッシングされるだろうけどさ、「無形人間」は最初からすげえ自信満々だったじゃん? あれだけつまらねえ「偽完結編」を読まされた後で本当に「驚愕の結論」っていう奴が発表されたらさ、「すごい!」「驚いた!」「そう来るとは思いも寄らなかった」「面白い!」「最高!」って、普通に発表するよりずっと注目されて絶賛されるんじゃないか? 当然作者の態度に批判はされるだろうけどさ、「実は本当に病気で長期入院していて書けなかったんです。もう自分で書く気力が無くなっていたんですが、これだけ支持があるならと奮起させられて頑張って完結させることが出来ました。ありがとうございました。」なーんてコメント出せばさ、それはそれで一つの感動的な「いい話」になるじゃねえか? な?、頭いいだろう?」
なるほどなあと浩樹は大介の考えに感心した。それが事実なら踊らされた自分がいいカモにされている感じでちょっと不愉快だが、まあ、イベントと考えれば参加して踊るのも楽しくていいか。
浩樹は一つ気になっていたことを大介に訊いた。
「霧山洋堂が前書きで「意欲ある作者の勇気ある挑戦を待ってます」って書いてるよね? 「勇気ある」ってどういう意味だろう?」
「そりゃあ、前の3つの完結編がさんざんバッシングされたからじゃねえの? ジェイソンXYZなんて再起不能みたいじゃん?」
大介は意地悪に笑った。かわいそうに。
「今度はさあ、かなり期待できるんじゃねえか? 完全に挑戦だもんな? 状況的にも「納得行く完結編が書けるものなら書いてみろ!」ってすげえ厳しいもんな? 書こうって奴は背水の陣で、思いっきり本気の自信作を発表して来るんじゃないか?」
「ふうん、そうだね。誰が書くかなあ? 楽しみだね?」
今度のログインIDは
ID=U◯◯◯◯J パス=1999OVER
だった。
登録メールアドレスは、今度はホームページサービスのフリーメールだった。