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10,「完結編」モンスターバージョン

_________


5月×日。


埼玉県○○市のアパートで、このアパートに部屋を借りている会社員望月美奈代さん(33)が無断欠勤を続けていることを不審に思った会社の同僚が望月さんのアパートの部屋を訪れたところ、中で女性が死んでいるのが発見された。女性は何者かに殺害されたと見られ、警察では殺人事件として捜査する一方、発見された死体を望月さんと見て身元の確認を進めている。


_________



 また新たな「無形人間」完結編が発表された。

 今度は作者の署名はなく、ファンの浩樹は一瞬ろくでもない完結編ばかり書かれた本物作者が業を煮やしてとうとう自分で完結編を発表したのかと期待したが、それは前にも増してひどい出来のものだった。


 仮に「モンスターバージョン」とする完結編は次のような代物だった。



 犯人は秘密の地下室に潜んでいた、大戦中の実験で生み出された不死身のモンスターだった。



 ……ま、

 要約も何も、それだけの内容だった。

 それまでの伏線も謎解きも全く無視で、刑事の銃弾を食らっても死なないつぎはぎだらけのモンスターが、刑事を惨殺し、病院に現れて医者も看護士も入院患者も手当たり次第に殺しまくり、たった一人だけ自分を理解してくれる引きこもりの娘と共に地下室に戻り、さらに断崖の下に開く秘密の抜け穴から外へ脱出してどこへともなく消えていく……という、ストーリーも何もないクソだった。

 前の「カンニング・レクサー」や「星輪クラリス」には偏向しながらも自分なりに「無形人間」へのリスペクトが感じられたが、これには原作に対する愛情や尊敬が全く感じられない。

 前にも増して激怒した浩樹は今度こそまったく曇りのない怒りを込めて大抗議の感想を送ってやろうとしたが、


 とんでもないことになっていた。



 翌日怒りの収まらないまま大介に会うと、大介は相変わらず皮肉屋を気取った不愉快な笑いを浮かべて

「やられちまったな」

 と言った。

 そうだ!

 まったくもって、

 やられてしまった!

 あの馬鹿な「モンスターバージョン完結編」を書いた作者は、「感想受付」を「受け付けない」に設定し、それどころか、なんということか、ログインパスを変更し、他のユーザがログインできないようにしてしまったのだ!!!! まったくなんたる暴挙か! これでは「桐山容堂」本人だって自分のユーザページにログインできなくなってしまった!!

 あの偉大な「無形人間」があんなくっだらない最低Z級完結編に固定されてしまったなんて、これは許し難い冒涜行為だ! しかし……

 浩輝たちファンがどんなに激怒しても、抗議をする場を完全に奪われてしまった。「活動報告」も全て消去され、コメントを残すこともできない。作者宛にメッセージを送ることは出来るが、それは一般ユーザには公開されないので、このクソ作者が無視すればそれっきりのことだ。今のところそれはないようだが「ブロックユーザ設定」という機能もあって、あんまりうるさいユーザはこれに指定すればそのユーザは「桐山容堂」に対していかなるコンタクトも取れなくなる。ネット上のストーカー行為防止策だが、それがこんな風に作用してしまうなんて、なんたる皮肉だろう!

 桐山容堂もまさか自分の仕掛けたイベントがこんな結果を招くなんて思いもしなかっただろう。


「こりゃ炎上するな」

 と、大介は悪い笑いを浮かべて言った。「炎上」とはブログやホームページが不特定多数の抗議コメントの集中砲火に晒され、まともな機能を失ってしまう事を言うが……

「炎上するったって、完全にシャットアウトしちゃってるじゃないか? 先手を打たれて、攻撃のしようがないよ?」

 浩樹は悔しさがぶり返してムカムカしたが。

「「桐山容堂」のページじゃねえよ。あのくっだらねえ完結編を書いた作者自身のページだよ」

「えっ?」

 浩樹は……大介の指摘に驚きは半分くらいだった。

「やっぱり……、作者はあいつかな?」

「そうだろう?」

 大介はチッと舌打ちするように顔をしかめて言った。

「あんなくっだらねえ物大威張りで公表するなんて、


  「ジェイソンXYZ」


 しかいねえだろ?」


 「ジェイソンXYZ」とは、バイオレンス物ばかり書いている「小説家になろう」の常連作家で、作品数は多いが、どれもこれも似たような残虐スプラッター物ばかりで、作者自身作品の前書きやあとがき、活動報告などで「バイオレンスを書くために小説を書いている」と公言し、「マイフェイバリット」を「13日の金曜日シリーズ。ジェイソンは永遠不滅の神だ!」と公言している。アホだ、とただ暴力を描いただけのホラーとも言えない悪趣味馬鹿作品を嫌っている浩樹は日ごろから見下していた。文章もワンパターンで、誤字脱字だらけで、一つの文章で同じ言い回しを2度3度と繰り返し、表現も幼稚で、相当下手だ。自分より下手糞だ。

 「無形人間・バイオレンスバージョン完結編」にはこの「ジェイソンXYZ」の下手っくそな文章の癖があからさまに出ていた。もちろん、畏れ多くも汚らわしく、「ジェイソンXYZ」も「桐山容堂」の「逆お気に入りユーザ」にリストされていた。

 この人は救いようもなく自分のお気に入りの世界に浸りきってしまっているんだろう。………周りからどんな風に見られているのか全く気づかずに………。

 本人はこの不毛な「完結編」闘争に自分の素晴らしい「完結編」で決着を付けたつもりになっているのだろう。


「どういうことになるか、ま、目に見えているけどな」

 という大介の言葉は、帰宅して見た「ジェイソンXYZ」の作者ページで明らかとなった。

 類似作品(全部そうだが)の感想や、活動報告のコメントは、「無形人間・完結編」への抗議……というか罵詈雑言が溢れ返っていた。

 更に翌日になってみるとジェイソンXYZ本人から「書いたのは俺ではない」というコメントが発表されていたが、「嘘つけバカヤロウ!」「謝って済むか!死ね!」といったようなひどいコメントが押し寄せていた。ジェイソンXYZはコメントの受付をユーザに限定していたが、抗議コメントのほとんどはおそらくフリーメールで開設したばかりのユーザから書き込まれていた。「小説家になろう」のユーザになるにはアドレスの登録が必要だが、そのアドレスはホームページサービスのフリーメールアドレスでもかまわないのだ。

 まさに炎上したジェイソンXYZのページは更新されなくなり、沈黙した。

 浩樹はざまあみろと思う一方、ひどく嫌な気分にもなった。

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