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エリア51のぽっちゃり【料理人】、猛毒エイリアンを極上グルメに解体調理して人類を救う!~ハズレ職業と笑われたシェフが『忘却の肉叩き』と『地獄のキャラメル豪雨』で全軍を300%強化する逆転無双~

掲載日:2026/10/18

世界が終わった日、ネバダ砂漠の空は不気味な紫色に染まったらしい。


「らしい」というのは、その瞬間、俺――ロッコは砂漠の地下八百二十メートルにある『エリア51・地下第7階層シェルター』の厨房にこもり、強情な牛肩バラ肉の燻製(ブリスケット)をどうやって理想の柔らかさに仕上げるか格闘していたからだ。


世間の連中は昔から、エリア51について好き勝手な妄想を膨らませてきた。

墜落したUFO、ホルマリン漬けの宇宙人、ワープ航法のエンジン。

だが、少なくとも俺の職場に関して言えば、真実はもっとずっと現実的だった。ハーバード大学で博士号を三つ取った天才科学者だろうと、ペンタゴンの四つ星将軍だろうと、二週間連続で軍用のフリーズドライ食品ばかり食わされれば、ストレスで発狂して暴動を起こすのだ。


だからこそ、軍は俺を雇った。

体重百十二キロ、三十四年間におよぶ「厳格な味見」によって築き上げられた立派な太鼓腹。そして真っ白なエプロンに刻まれた、イタリア人シェフとしての絶対の鉄則――『この厨房では、パンくず一つたりともゴミにはしない』。


だが三ヶ月前、宇宙人は本当にやって来た。

しかも、映画に出てくるような愛嬌のある灰色の小人などではなかった。


マンハッタン島と同じくらいの長さがある漆黒の巨大母艦『オベリスク』が地球の低軌道上にピタリと静止し、運動エネルギー弾の豪雨と、何百万もの生体ポッドを地表へと降り注がせたのだ。

わずか四十八時間で世界中の首都が消滅し、一週間後には人類の九十九パーセントが灰になった。


俺たち地下第7階層の人間が生き残ったのは、頭上に八百メートルの花崗岩と、冷戦時代に設計された三層の対核爆弾用強化コンクリートがあったからに過ぎない。

そして地上のセンサーがすべて沈黙した夜、さらに信じがたい現象が起きた。


『地球』そのものが、目を覚ましたのだ。


宇宙から飛来した寄生虫どもに生きたまま食い荒らされることを拒んだのか、惑星自身が「免疫システム」を起動させたのである。

青い光の奔流が地下シェルターの分厚い壁を通り抜け、生き残った俺たちの脳内に直接、半透明のステータス画面を浮かび上がらせた。


【惑星防衛システム・起動】

【原生種族『人類』の生存個体へ、対侵略者用のクラス(職業)およびスキルを付与します】


その瞬間、地下シェルターにいた生存者たちは超常の力を手に入れた。

基地の警備部隊を率いていたマルクス軍曹は【重装戦士(ヘヴィ・ウォリアー)】となり、鋼鉄すら切り裂く衝撃波のスキルを得た。

医療班の若き女性衛生兵エレナは【治癒士(ヒーラー)】に覚醒し、ちぎれた肉体すら繋ぎ合わせる癒やしの光を手に入れた。

そして研究主任のアーサー博士は【科学者(サイエンティスト)】のクラスを授かり、異星人の弱点を解析してプラズマ障壁を構築する知能を得たのだ。


一方、その惑星スキャンが行われたまさにその瞬間、冷凍の牛の大腿骨を叩き割ろうと、右手に重い鋳鉄製の『肉叩き』を、左手に一・八キロの『骨スキナタ(マンナイア)』を握りしめていた俺の耳にも、涼やかなベルの音が響いた。


俺は自分の大きな腹を見下ろし、目の前に浮かび上がったウィンドウを読んだ。


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

・名前: ロッコ(34歳)

・クラス: 【料理人(シェフ) Lv.1】

・固有パッシブスキル: 【絶対可食(ぜったいかしょく)】

(※料理人が正しい調理技術によって下処理・解体・加熱したあらゆる有機物は、毒素・強酸・寄生虫・放射能を100%消失し、人体の生命力とカロリーを劇的に回復させる極上の食材へと変換される)

・アクティブスキル①: 【忘却の肉叩き(ミートテンダライザー・オブ・オブリビオン)】

・アクティブスキル②: 【煉獄の骨スキナタ(ヘルズ・クリーバー)】

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


俺は空っぽになりかけた冷凍庫の中で、丸五分間、その二つの物騒なスキル名を呆然と見つめた。


「……『忘却の肉叩き』に『煉獄の骨スキナタ』だと?」


俺は顎髭をポリポリと掻きながら一人ごちた。


「どこの中二病のメタルバンドが考えた名前だよ。ただの調理器具だぞ、魔王の魔剣じゃあるまいし」


最初の二ヶ月間、俺がそのスキルを使う機会は一度もなかった。

【戦士】のマルクス軍曹や、【治癒士】のエレナ、【科学者】のアーサー博士たちが地上への出撃を繰り返し、基地の周囲に迫るエイリアンの群れを勇敢に撃退していたからだ。

俺の仕事は地下の厨房を守り、残された基地の備蓄食料を極限までやりくりして、戦う彼らの胃袋を支えることだった。

ジャガイモの皮一枚から高タンパクなチップスを作り、二年前の硬いパルミジャーノの皮を煮出し、牛すじの切れ端から何十リットルもの濃縮ブイヨンを絞りに絞った。


だが、どんな奇跡のやりくりにも限界はある。

そして今日――俺たちは、地球防衛システムの『致命的な欠陥』に直面していた。



     ◇



キィィ……と静寂の中で車輪を軋ませながら、俺はステンレス製の配膳カートを押して地下食堂へと入った。


非常用の薄暗い赤色灯に照らされた長い金属テーブルには、このシェルターに残された最後の生存者二十二人が座っていた。

その誰もが頬がこけ、目の下に深いクマを作り、唇をひび割れさせていた。

俺は二十二個のボウルに、最後の澄んだスープ――鍋底にこびりついていた骨の髄を削り取り、塩と乾燥パセリをひとつまみだけ浮かべたお湯――を注いで回った。


誰も口を開かなかった。

飢えで指先が震え、スプーンがボウルの縁に当たってカチャ、カチャと乾いた音を立てるだけだ。


テーブルの端で、【治癒士(ヒーラー) Lv.9】のエレナが自分の細い手首を見つめて力なく微笑んだ。

彼女の頭上に浮かぶシステムアイコンには、赤い文字でこう警告が点滅していた。

――『【警告:体内の摂取カロリー枯渇(スタミナ:0/100)。あらゆる治癒スキルの発動がロックされています】』。


「……ごめんなさい、軍曹」


エレナは掠れた声で呟き、隣の席に座るマルクス軍曹の肩の傷口を見つめた。


「私の【聖なる再生(ホーリー・リジェネ)】があれば、その傷なんて三秒で治せるのに……。一週間前からカロリー不足で、指先に光ひとつ灯せないんです」


「気にするな、エレナ。俺も同じだ」


【重装戦士 Lv.11】のマルクス軍曹が、壁に立てかけられた大剣を見つめて苦々しく吐き捨てた。彼の頭上にもまた、『スタミナ:0/100(スキル発動不能)』の赤い文字が浮かんでいる。


「この地球防衛システムってやつは、とんだ皮肉だぜ。俺たちに超人的なスキルをくれたくせに、そのスキルを一発撃つたびに、生身の肉体から何千キロカロリーものエネルギーを強制消費しやがる。腹が減っては戦ができぬとは言うが、まさか文字通りカロリーが尽きたらスキルが完全ロックされるとはな」


その向かいで、眼鏡の奥の目を血走らせた【科学者 Lv.10】のアーサー博士が、震える手で空のボウルを握りしめた。


「地上の様子は分かっているんだ。私の解析スキルで、頭上に浮かぶ異星人の母艦『オベリスク』の動力炉の位置も、そこへ侵入するルートもすでに特定できている! なのに……私たちの身体を動かす燃料(カロリー)だけが、この地球上から消えてしまった!」


マルクス軍曹が拳をテーブルに叩きつけた。


「地上には、あの装甲ゴキブリどもの肉が何百万トンと転がってるってのによ……! 先月、斥候部隊が小型のエイリアンを一体仕留めて、モモ肉を焼いて食おうとした結果はどうだった? 車のバッテリーを燃やしたような悪臭がして、タイヤみたいに硬く、無理やり飲み込んだ二人は強酸で内臓を溶かされて二十分後に血を吐いて死んだ! 地上は食えない化け物だらけで、俺たちはスキルも使えないまま、金曜日までにここで全員餓死だ!」


食堂に、絶望的な沈黙が落ちた。

俺は黙ったまま、二十二人の丸まった背中を見つめた。


俺は英雄なんかじゃない。

百十二キロの巨体で背嚢を背負って百メートルも走れば、膝に手をついてゼエゼエと息を切らすただの三十四歳のコックだ。銃の撃ち方も知らなければ、軍曹みたいに格好よく宙返りすることもできない。


だが――料理人として、絶対に許せないことが一つだけある。

それは、自分の店のテーブルに座っている客が、まだ腹を空かせたままフォークを置いて絶望している姿を見ることだ。


「軍曹。先月その肉を焼いた斥候の連中は、食材の扱い方をまったく分かっていなかったんだよ」


俺は静かな声でそう言うと、サービス用の白いエプロンを外し、汗止め用の黒いバンダナを額にきつく巻き直した。


「フグを肝臓(キモ)ごと丸焼きにして食えば、誰だって死ぬ。だがそれはフグが悪いんじゃねえ、包丁を握る人間の腕が悪いんだ。リンパ腺の毒抜きもせず、強酸の甲殻をつけたまま直火で炙れば、どんな肉だって毒のゴムになるさ」


マルクス軍曹とアーサー博士が、弾かれたように顔を上げた。


「な、なにを言っているんだ、ロッコ!? お前、その大荷物はなんだ!?」


俺は広い肩に軍用の大型バックパックを背負ったところだった。

その外側には、愛用している十二リットルの鋳鉄製ホーロー鍋(ココット)、ブタンガスの業務用カセットコンロ、マットレスの下に聖遺物のように隠していた『最高級エキストラバージン・オリーブオイル』の瓶、ニンニク四玉、乾燥ローズマリー、そしてイタリア産の粗塩がしっかりと括り付けられている。


そして腰のベルトには、拳銃のホルスターの代わりに、俺の『二つの相棒』をぶら下げていた。

右側には、四角いヘッドに無数のピラミッド型の突起が並んだ、ずっしりと重い業務用の『肉叩き』。

左側には、重さ一・八キロを誇る炭素鋼の幅広な『骨スキナタ(マンナイア)』。


「ちょっと地上へ『買い出し』に行ってくる」


俺は太鼓腹を揺らしながら、第3区画の装甲貨物エレベーターへと向かって歩き出した。


「お前ら、皿洗いの湯を沸かして待ってろ。二時間後に、腹いっぱい昼飯を食わせてやる」



     ◇



ゴゴゴゴ……と鈍い金属音を立てて貨物エレベーターの二重扉が開くと、ネバダ砂漠の乾いた熱風とともに、オゾンと灰とアンモニアが混ざり合った異臭が俺の顔を撫でた。


そこはエリア51の地上施設、『第18格納庫』の残骸だった。

鋼鉄の屋根の半分は崩れ落ち、真昼の容赦ない太陽の光が差し込んでいる。大破した二機のステルス戦闘機が鉄骨の下敷きになって黒焦げになっており、吹き飛んだ巨大シャッターの向こうには、赤い砂漠と、雲の間に不気味に浮かぶ漆黒の巨大母艦『オベリスク』のシルエットが見えた。


俺は背中の鋳鉄鍋がカチャカチャ鳴らないように気をつけながら、ひび割れたコンクリートの床を三歩進んだ。

暑さですでに息が上がり、ぽっちゃりした頬を大粒の汗が伝い落ちる。


「さて……今日の市場には、どんな新鮮な食材が並んでるかな」


俺が肉叩きと骨スキナタの使い込まれた柄を強く握りしめた、その時だった。


二十メートル先、墜落したジェット機の尾翼の陰から、火打ち石を擦り合わせるような硬質な音が響いた。

――カチ、カチ、カチッ!


影の中から這い出してきたのは、全長三メートル、肩の高さが大型の農耕馬ほどもある異形の生物だった。

頭上に浮かぶシステム表示には、【装甲猟犬(アーマード・ハウンド) Lv.12】とある。

だが、二十年間魚市場と食肉卸売市場を歩いてきた俺の目には、そいつは『巨大なロブスターと皮を剥いだイノシシの合いの子』にしか見えなかった。

六本の節くれだった脚は厚さ五センチの黒いキチン質の甲殻に覆われ、反り返った尻尾の先からはコンクリートをジュウジュウと溶かす黄色い強酸の液体が滴り落ちている。


俺の体温――そしてたぶん、俺の身体にたっぷり蓄えられた極上の皮下脂肪の匂い――を感知した瞬間、エイリアンは耳障りな咆哮を上げて突進してきた。


速い。

六本の鉤爪がコンクリートの床を砕き、わずか二秒足らずで二十メートルの距離を詰めてくる。三百キロを超える甲殻と筋肉の塊が、砲弾となって俺の太鼓腹へとまっすぐに飛んできた。


普通の人間なら、横に飛んで避けようとしただろう。

だが俺は動かなかった。

第一に、百十二キロの俺がアクション映画みたいに横っ飛びなんてしたら、両膝の半月板が粉々に砕け散る。

第二に、巨大なマグロや暴れるイノシシが調理台の上で跳ねた時、料理人は絶対に逃げない。両足を床にしっかりと縫い付け、腰を落とし、相手の体重そのものを利用して受け止めるのが鉄則だからだ!


俺は格納庫の床に両足を大きく開いて踏ん張り、奥歯を噛み締めて右手の『肉叩き』を高く振り上げた。

装甲猟犬が四枚の顎を花のように開いて俺の顔面へ飛びかかってきた瞬間、俺は生まれて初めて自分のアクティブスキルを発動した。


「――【忘却の肉叩き(ミートテンダライザー・オブ・オブリビオン)】!!」


俺の古い肉叩きの四角いヘッドが、突如として鉛のように重く濃密な『紫色の光』に包まれ、チベットの巨大鐘のような低い共鳴音を響かせた。

華麗な剣技なんかじゃない。毎日何十キロものパン生地を叩きつけてきた料理人の肩と背中の筋肉をすべて乗せ、俺はその肉叩きを、怪物の頭蓋甲殻のど真ん中へと真上から垂直に振り下ろした!


――ゴォォォォンッ!!


骨が折れる音ではなかった。巨大な蒸気ハンマーが小麦粉の袋を叩き潰したような、重くくぐもった衝撃音が格納庫中に響き渡った。


紫色の衝撃波が、エイリアンの頭から尻尾の先端までを一瞬で駆け抜けた。

兵士たちの50口径の重機関銃の弾丸すら火花を散らして弾き返していた厚さ五センチの黒い甲殻に、大理石にぶつけたゆで卵の殻のように無数の細かいヒビが走る。


だが、本当の奇跡は甲殻の『内側』で起きていた。


肉叩きの柄を通じて、スキルの振動が怪物の全身の肉へと伝わるのが分かった。

奴の中枢神経が一瞬にしてショートし、凶暴な殺意も攻撃本能もすべてが文字通り『忘却(オブリビオン)』の彼方へと吹き飛んだのだ。

六本の脚から一気に力が抜け、三百キロの巨体が空中でぐにゃりと脱力して、俺のブーツのつま先へとドサリと崩れ落ちた。


まだ息はある。だが怪物は虚ろな様子で完全に放心し、指一本動かすことすらできない。

そして俺が驚愕したのは、足先で奴の脇腹に触れた瞬間だった。

一秒前まで鋼鉄のワイヤーのように硬直していた甲殻の下の筋肉が、一撃の振動によってすべての強靭なコラーゲン繊維を断ち切られ――まるで氷温の洞窟で六十日間熟成(ドライエイジング)させた最高級サーロイン牛肉のように、驚くほど柔らかく、しっとりと緩んでいたのだ!


「……おいおい、マジかよ」


俺は元の銀色に戻った自分の肉叩きを見つめて、思わず感嘆の声を漏らした。


「パイナップル酵素やバターミルクに漬け込む手間すら要らねえぞ。たった一撃で、肉を潰さずに硬い筋繊維だけを完璧にほぐしやがった……!」


だが、感心している暇は一秒もない。

獲物が恐怖や苦痛を感じたままゆっくり死ねば、アドレナリンと乳酸――あるいはこいつの場合、尻尾にある『強酸の毒液』――が血管を通じて全身の肉に回り、味を台無しにしてしまう。

神経が忘却状態にある今この瞬間に、血抜き(放血)と毒袋の除去、そして解体を終わらせなければならない!


俺は一歩前に踏み出し、放心している怪物の背中に左膝をつくと、左手に握った一・八キロの『骨スキナタ』を構えた。


「悪く思うなよ。お前の命、一滴も無駄にせず最高に美味くしてやるからな」


生きたヒラメを締める時や、豚の半丸(枝肉)に最初の包丁を入れる時と同じように、俺は食材への敬意を込めて静かに告げた。


「――【煉獄の骨スキナタ(ヘルズ・クリーバー)】!!」


ボォッ! と音を立てて、幅広の鋼の刃が燃え上がった。

普通の炎ではない。黒ずんだ深紅の獄炎が刃全体を包み込み、凄まじい熱量を放っているのに、柄を握る俺の指先には一切の熱さを感じさせない。

それと同時に、俺の視界の中に『光る点線』が浮かび上がった。

昔ながらの精肉店の壁に貼られている「部位の解体図」とまったく同じように、甲殻の関節の隙間、大動脈の位置、そして尻尾の付け根にある強酸の毒腺を切り離すための正確なラインが、光となって表示されたのだ!


俺は最初の光る点線に沿って、首の後ろへとナタを振り下ろした。


――ザシュッ!!


煉獄の刃は、五センチの甲殻と四十センチの分厚い首の筋肉を、まるで室温に戻した無塩バターを熱いナイフで切るかのように、一切の抵抗もなく両断した。怪物は苦痛すら感じることなく即死した。


そこから先の俺の手つきは、土曜日のディナータイムのピーク中に子羊のキャレ(背肉)を切り分ける時と同じだった。

カン、カン、スパッ!

ミリ単位の正確さと目にもとまらぬ速度で、まず尻尾の毒袋を根元から切り落とし、内臓を傷つけないように腹の白線に沿って刃を滑らせ、背中の巨大なロース肉二本と、甲殻に包まれた六本のモモ肉を鮮やかに切り分けていく。


そして俺は、【煉獄の骨スキナタ】の本当の恐ろしさに気づいた。

深紅に燃える刃が肉を断ち切ったまさにその瞬間、煉獄の熱が『強酸の血管の断面を瞬時に焼き固め(カウテライズ)』、腐食性の黄色い体液が綺麗な赤身肉に一滴たりとも付着するのを防いでいたのだ!


五分後。

俺が「ふぅーっ」と息を吐き出し、手首の背で額の汗を拭って立ち上がった時、俺の目の前にはもう宇宙の怪物などいなかった。


そこにあったのは、淡い琥珀色がかったバラ色に輝く『四十キロの極上エイリアン・ロース肉』だった。

赤身の間には真珠のように真っ白な脂肪の霜降り(サシ)が美しく入り、切り口からはヘーゼルナッツと深海のオマール海老を思わせる、驚くほど芳醇で甘い香りが立ち昇っている。さらにその横には、巨大なタラバガニの脚のような六本の殻付きモモ肉が並んでいた。


「……見ろよ、このサシの入り方」


俺は料理人としての純粋な感動に目を潤ませながら、まだ温かいロース肉の断面に人差し指でそっと触れた。


「タイヤのゴムどころか、乳飲み仔牛のフィレ肉みたいにきめ細かくて、イベリコ豚のベジョータみたいな極上の脂が乗ってるじゃねえか……!」


その時、俺の背筋を、電撃のような震えが駆け抜けた。

恐怖ではない。料理人としての、そして一人の人間としての『歓喜』だった。


俺は顔を上げ、吹き飛んだ格納庫のシャッターの向こう――何百万匹ものエイリアンが闊歩する赤い砂漠と、空に浮かぶ母艦を見つめた。


(……食えるぞ)


俺の口元が、自然と大きく吊り上がった。


(俺の【絶対可食】とこの二つの解体スキルがあれば、あの毒だらけのエイリアンどもは、もう人類を滅ぼす不死身の軍勢なんかじゃない! あいつらは全員、俺たちの【戦士】や【治癒士】や【科学者】たちのカロリーを100%まで満たし、スキルを限界突破させるための『歩く超高級食材庫』じゃねえか!!)


人類は餓死なんかしない。

俺がこの包丁と鍋を握り続ける限り、俺たちは何度でも腹を満たし、スキルを撃ちまくり、あの空に浮かぶ母艦『オベリスク』まで食い尽くしてやることができる!


まさにその瞬間、俺の頭蓋骨の内側で、祝福のファンファーレのようなシステム音が立て続けに鳴り響いた。


【単独で格上の侵略者『装甲猟犬(Lv.12)』を討伐・解体しました!】

【完全解体ボーナス『食材廃棄ゼロ(ゼロ・ウェイスト)』が適用されました! 獲得経験値が300%に増加します!】

【レベルアップ! 料理人(シェフ)のレベルが Lv.1 から Lv.2 に上がりました!】

【レベルアップ! 料理人(シェフ)のレベルが Lv.2 から Lv.3 に上がりました!】

【全基礎ステータスが上昇しました!】

【Lv.3到達により、新たなアクティブスキル:『ペティナイフの暴風雨(テンペスト・オブ・パリングナイフ)』を習得しました!】


「……『ペティナイフの暴風雨』だと!?」


俺は背中の疲労が一気に吹き飛ぶのを感じながら、目の前に現れた新しいスキル名を読んで一人で大笑いした。


「『忘却の肉叩き』に『煉獄の骨スキナタ』と来て、レベル3の必殺技が『ペティナイフ(果物ナイフ)の嵐』かよ! 空から小さいナイフでも降らせて、リンゴの皮むきでもしろってのか!?」


俺が笑いながら首を振った、その時だった。

――ギギギギギィッ!!


格納庫の崩れた天井のすぐ上から、さっきの猟犬とは比較にならないほど重く、おぞましい複数の羽音と咆哮が響き渡った。

解体したばかりの極上の肉の匂いを嗅ぎつけ、空から新たな『食材』たちが群れをなして集まってきていたのだ。


     ◇


格納庫の崩れた天井の上から、おぞましい羽音と咆哮が幾重にも重なって近づいてくる。

解体したばかりの装甲猟犬の芳醇な肉の匂いを嗅ぎつけ、空から新たなエイリアンの群れが集まってきていたのだ。


「おっと、せっかちな客だな。だが悪いが、メインディッシュの相手をする前に、俺には地下で腹を空かせて待ってる二十二人の大事な常連客がいるんだ」


俺は素早く動いた。

切り分けたばかりの四十キロの極上エイリアン・ロース肉と六本の殻付きモモ肉を清潔な防水シートで包み、一気に担ぎ上げて装甲貨物エレベーターの中へと放り込んだ。


天井の穴から巨大な黒い影が格納庫へと飛び込んでくるのと、俺がエレベーターの『閉』ボタンを叩いて分厚い鋼鉄の扉が閉まるのは、ほぼ同時だった。


――ガァンッ!!


閉ざされた扉の向こう側で、怪物が鋼鉄を引っ掻く激しい音が響く。

だが、地下へと降りていくエレベーターの中で、俺は自分の前に転がる四十キロの琥珀色の肉塊を見つめてニヤリと笑った。


「待ってろよ、上のお仲間たち。まずは地下のみんなに腹いっぱい飯を食わせて、万全のパーティーを組んでから、お前らを丸ごと仕込みに戻ってきてやるからな」



     ◇



ゴゴゴ……と音を立てて地下第7階層の扉が開くと、俺はそのまま地下食堂の奥にある自分の厨房へと肉塊を運び込み、内側から調理を開始した。


業務用の大火力ガスレンジに火を入れる。

十二リットルの鋳鉄製ホーロー鍋(ココット)を熱し、俺が三ヶ月間マットレスの下に隠して死守してきた『最高級エキストラバージン・オリーブオイル』をたっぷりと注ぎ込んだ。


オイルが温まったところで、骨スキナタの腹で叩き潰した皮付きのニンニク四片と、乾燥ローズマリーを投入する。


――ジュワァァァァッ……!


その音と香りが立ち昇った瞬間、俺の胸が熱くなった。

フリーズドライの非常食と野菜くずのスープしか作れなかった九十日間を経て、ついに本物の『料理の音』が厨房に帰ってきたのだ。


俺は装甲猟犬のロース肉を四センチ角の大きめのサイコロ状に切り分け、高温に熱した鍋へと投入した。

肉が鍋底に触れた瞬間、鍋の縁が黄金色の柔らかな光に包まれる。俺の固有パッシブスキル【絶対可食】が発動したのだ。


肉にわずかに残っていた異星生物特有の灰色の毒素が白い湯気となって完全に消滅し、同時にメイラード反応によって表面が香ばしい黄金色のカリカリの焼き目(クロスタ)へと変わっていく。


隣の寸胴鍋では、肉叩きで砕いた六本の脚の甲殻を強火で乾煎りし、ロブスターの殻のように鮮やかな珊瑚色に変わったところで水を注ぎ、濃厚な甲殻類の出汁(ビスク)を一気に煮出した。


その黄金色の出汁をお玉ですくい、焼けた肉の鍋へと注ぎ込む。

瞬間、厨房中に「天国のような香り」が爆発した。日曜日の最高級ビーフシチューのコクと、焦がしバターで仕上げたオマール海老のビスクが一つに溶け合ったような、脳髄を直接揺さぶる極上の香りだ。



     ◇



俺が湯気を上げる大鍋をステンレスの配膳カートに乗せ、食堂の扉を押し開けた時――そこには静寂があった。


さっきまでベンチに突っ伏して死んだような目をしていた二十二人の生存者たちが、全員立ち上がり、換気扇から流れ込んできた香りに引き寄せられるように扉の前へ集まっていたのだ。


【重装戦士 Lv.11】のマルクス軍曹、【治癒士 Lv.9】のエレナ、そして【科学者 Lv.10】のアーサー博士が、ゴクリと喉を鳴らして鍋の中の琥珀色のシチューを見つめた。


「ロ、ロッコ……」


マルクス軍曹の声が震えていた。


「この信じられないくらい美味そうな匂いはなんだ……? まさかそれ、地上の化け物の肉なのか!? 食ったら内臓が溶けるんじゃ……」


俺は何も言わず、清潔な三つの深皿に熱々のシチューをたっぷりと盛り付けた。

箸で触れれば崩れそうなほど柔らかく煮込まれたロース肉の塊と、甲殻の旨味が溶け込んだ濃厚なソース。俺はそれを三人の前へと差し出した。


「熱いからフーフーして食えよ、軍曹。あと、塩気が足りなかったら言ってくれ」


マルクス軍曹、エレナ、アーサー博士の三人は、木の葉のように震える手でスプーンを握った。

一瞬のためらいのあと、その香りの誘惑に負けて、三人は同時に最初のひと口を口へと運んだ。


歯が肉に触れた瞬間――【忘却の肉叩き】によって完璧に繊維をほぐされた肉が、温かいバターのように舌の上でとろけた。

噛む必要すらなかった。溢れ出した濃厚な肉汁と海老のような甘み、そしてニンニクとローズマリーの芳醇な香りが、飢えきった三人の口いっぱいに広がる。


三人の目が大きく見開かれた。

エレナのこけた頬を、大粒の涙がポロポロと伝い落ちて皿の中へとこぼれた。


その直後――食堂の天井を突き破らんばかりの『三本の黄金の光の柱』が三人の身体を包み込み、システム音が部屋中に鳴り響いた!


【料理人(シェフ)が調理した『侵略者の極上マレ・エ・モンティ風シチュー(ランクS)』を摂取しました!】

【固有スキル『絶対可食』の効果発動:毒性0%・エネルギー変換効率200%!】

【警告:摂取カロリーが限界値を突破しました! スタミナゲージが 200/100(カロリー・オーバーチャージ状態)に到達!】

【ロックされていた全スキルが解放され、72時間の間、全ステータスおよびスキル威力が+50%上昇します!】


俺たちの目の前で、奇跡が起きた。

三人の死人のように青白かった顔色が、わずか三秒で血色の良い健康な肌へと戻ったのだ。

マルクス軍曹の痩せこけていた両腕の筋肉がみるみるうちに本来の太さへと膨れ上がり、頭上に点滅していた赤い『スタミナ:0/100』の警告表示が、眩いエメラルドグリーンの『スタミナ:200/100(限界突破)』へと変わった!


「う、嘘みたい……! 生まれてから食べたどんな料理よりも美味しいです……!」


エレナが涙を拭いながら叫び、まだ皿を持ったまま左手を高く掲げた。その掌から、今まで見たこともないほど強烈な純白の輝きが放たれる。


「今なら力が溢れて止まりません! ――【聖なる大再生(グランド・ホーリー・リジェネ)】!!」


癒やしの光の波動が食堂全体に広がり、マルクス軍曹の肩の深い古傷や、ベンチに座っていた負傷兵たちの骨折や火傷が、文字通り一瞬にして完治した。


そこからは大騒ぎだった。

残りの十九人の兵士や研究員たちが一斉に列を作り、俺がシチューを注いで回るたびに、地下食堂のあちこちで黄金と蒼の光の柱が次々と立ち昇った。

十分前まで暗闇の中で餓死を待っていた人間たちが、涙を流して笑い合い、皿の底のソースまで舐め尽くし、全身に漲る超人的なエネルギーに歓声を上げていた。


「二十歳の頃より身体が軽いぜ!」


マルクス軍曹が、青い電光をバチバチと迸らせる大剣を片手で軽々と振り回して吠えた。


「この腹の底から湧き上がるカロリーがあれば、どんな化け物だろうと真っ二つにできるぞ!」


だが、その場で誰よりも激しく震えていたのは、【科学者】のアーサー博士だった。

博士は空になった皿をテーブルに置くと、もう震えていない指で眼鏡の位置を直し、目の前に浮かぶホログラム画面を食い入るように見つめた。


「ロッコ君……君は今、私たち二十二人だけでなく、人類全体を救う『答え』を見つけたんだ!」


アーサー博士の周囲に、何十もの光る数式のリングが猛烈な速度で回転し始めた。


「侵略が始まったあの日から、世界中のシェルターで【料理人(シェフ)】のクラスを与えられた者たちは、食料庫が空になったせいで『戦えないハズレ職業』だと見なされていた! だが違ったんだ! 地球の防衛システムは最初から、異星人の肉を無毒化して他クラスの莫大な消費カロリーを供給する『全人類のメインエンジン』として【料理人】を創り出していたんだ!!」


アーサー博士は食堂の奥にある中央通信コンソールへと駆け寄り、エリア51の巨大地下アンテナに直結したパネルへ両手を叩きつけた。

博士の頭上のスタミナゲージ『200/100』が、青白い炎となって一気に燃焼を始める。


「この200%のカロリー・オーバーチャージがあれば、今までエネルギー不足で一度も使えなかった私のレベル10最終スキル――消費熱量一万キロカロリーの広域通信が発動できる!」


博士の瞳が電磁波の青い光に染まり、髪の毛が静電気で逆立った。


「――科学者究極スキル発動!【タキオン・シューマン共鳴:電離層テレパシー全地球放送(グローバル・ブロードキャスト)】!!」


――ズゥゥゥゥゥンッ!!


目に見えない超空間パルスの波動がネバダ砂漠の地下八百メートルから撃ち上げられ、地球の電離層を共鳴させて、惑星防衛システムのネットワークそのものへと割り込んだ。


その瞬間。

水没した東京の地下鉄シェルターでも、スイス・アルプスの地下要塞でも、ロンドンの廃墟でも――地球上で生き残っていたすべての人間の脳内に、アーサー博士の声が直接、力強く響き渡った。


『聞こえるか、地球のすべての生存者たちよ! こちらエリア51・地下第7階層のアーサー・ペンドルトン博士だ! 飢えに絶望するな! 異星人の肉は毒ではない! 今すぐ君たちの中にいる【料理人(シェフ)】のクラスを持つ者を探し出し、命に代えても守り抜くんだ! シェフの固有スキルによって調理された異星人の肉は、毒素を100%消し去り、私たちのスタミナを200%へ限界突破させる究極の霊薬へと変わる! 侵略者は恐怖の対象ではない、私たちの食料庫だ! シェフに鍋を振るわせろ! 反撃の時は来たぞ!!』


放送が終わると、アーサー博士は肩で息をしながらも、勝利を確信した笑顔で振り返った。

基地の世界地図モニターの上で、何週間も沈黙していた世界中の何百もの救難信号のドットが、一斉に力強い緑色の光で点滅を始めていた。世界中に『希望』が点火されたのだ。


まさにその時だった。


――ドゴォォォォン!!


頭上のエレベーターシャフトの方から、凄まじい爆発音と警報が鳴り響いた。

モニターに映し出された地上・第18格納庫の映像には、さっき俺が置いてきた血の匂いに引き寄せられた八体の翼を持つ怪物【蜂型怪鳥(ワスプ・ハーピー) Lv.14】と、体長四メートルを超える生ける戦車【強襲型ゴリアテ(アサルト・ゴリアテ) Lv.19】が、エレベーターの装甲扉をこじ開けようと暴れ回る姿が映っていた。


以前なら、全員が青ざめて震え上がるレベルの群れだった。

だが今、食堂にいる全員の目は、獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝いていた。


「ちょうどいい食後の運動じゃねえか!」


マルクス軍曹が大剣を肩に担ぎ、獰猛に笑った。


「野郎ども、ロッコの最高の飯の礼をするぞ! 今度は俺たちがシェフの隣で戦う番だ! エレナ、アーサー、ロッコ――地上へ上がって、あいつらを今日の晩飯の材料に変えてやるぞ!」


「はいっ!」とエレナが杖を握りしめ、俺もまた愛用の肉叩きと骨スキナタを構えて頷いた。



     ◇



装甲エレベーターが地上階へ到達し、扉が開いた瞬間――俺たちは一人ではなかった。


「先陣は俺が切る! ――重装戦士スキル【剛剣・大地粉砕(アース・クラッシャー)】!!」


スタミナ200%の黄金オーラを纏ったマルクス軍曹が真っ先に飛び出し、大剣を地面に叩きつけた。

凄まじい衝撃波が格納庫の床を割り、突進してこようとしていた四メートルの巨漢・強襲型ゴリアテの巨体を正面から弾き飛ばして体勢を崩させる!


「軍曹の防御力を強化します! ――【聖光の鎧(ホーリー・アーマー)】!」


エレナが後方から眩い光の盾を軍曹に付与し、同時にアーサー博士が指先のレーザーで敵の群れをスキャンして叫んだ。


「ロッコ君! 空を飛んでいる八体のワスプ・ハーピーが、軍曹の頭上から強酸の針を撃ち込もうとしている! 数が多すぎて軍曹一人では捌ききれない!」


「空の露払いは俺に任せろ、博士!」


俺は百十二キロの身体で一歩前に踏み出すと、左腕を格納庫の天井へ向かって突き上げた。

さっきレベル3で覚えたばかりの新スキルを試す絶好の機会だ!


「――【ペティナイフの暴風雨(テンペスト・オブ・パリングナイフ)】!!」


俺の頭上の空間が銀色に煌めき、一瞬にして『三百本の小さな果物ナイフ(ペティナイフ)』と、野菜の皮を剥く『鳥の嘴型ナイフ(トゥルネナイフ)』が空中に実体化した。


俺が「下処理開始だ!」と手を振り下ろした瞬間、三百本の小刀が超音速の暴風となって空中の八体の怪鳥へと襲いかかった。

ただ刺すのではない。二十年間、何万尾もの赤海老とアーティチョークの皮を剥き続けてきた俺の料理人としての無意識が、その刃を完璧に操っていた。


――シャシャシャシャシャッ!!


空中で銀色の光の渦が舞ったかと思うと、わずか二秒で、八体のワスプ・ハーピーは羽と頭と毒針を綺麗に切り落とされ、背中の甲殻をパカリと剥かれ、背わた(黒い苦い腸)まで完璧に抜き取られた『極上のむき海老状態』になって、俺の足元の防水シートの上へとボトボトと落ちてきたのだ!


「す、凄すぎる……! 一瞬で八体の飛行モンスターを解体してむき身にしてしまったぞ!?」とアーサー博士が驚愕の声を上げる。


同時に、俺の脳内にシステム音が響いた。


【ワスプ・ハーピー(Lv.14)×8体を瞬時解体しました!】

【レベルアップ! 料理人(シェフ)のレベルが Lv.3 から Lv.5 に上がりました!】

【Lv.5到達により、新たな防御系アクティブスキル:『回転牛刀の絶対防壁(トルネード・シェフナイフ・ウォール)』を習得しました!】


その瞬間だった。

仲間をむき海老にされて激怒した体長四メートルの強襲型ゴリアテが、マルクス軍曹の剣を強引に押し返し、後方にいた俺とエレナへ向かって、ガトリング砲のように無数の『強酸の骨針』を乱射してきたのだ!


「ロッコさん、危ないっ!」


エレナが悲鳴を上げたが、俺は一歩も退かず、エレナの前に自分の太鼓腹を突き出して立ち塞がった。


「俺の厨房で、女の子に傷ひとつつけさせるかよ! ――新スキル発動、【回転牛刀の絶対防壁(トルネード・シェフナイフ・ウォール)】!!」


俺が叫んだ瞬間、俺とエレナの周囲の空間から、刃渡り三十センチの重厚な『牛刀(シェフナイフ)』が二十四本出現した。

その二十四本の牛刀が、俺の百十二キロの巨体を中心にして、目にもとまらぬ超高速で竜巻のように回転し始めたのだ!


――ギャリィィィィィンッ!!


ゴリアテが放った何十本もの強酸の骨針が、高速回転する牛刀の壁に激突し、火花を散らしてすべて空中で輪切りにされて弾き飛ばされた!

それだけではない。そのまま突進して俺を踏み潰そうとしたゴリアテの巨大な前脚が『牛刀の竜巻』に触れた瞬間、二十四枚の刃が自動スライサーのように回転して、その分厚い脚の甲殻を削ぎ落とし、腱をズタズタに切り裂いたのだ!


「グオオオオオッ!?」


脚の腱を切られた四メートルの巨体が、俺の目の前で大きく前のめりに崩れ落ち、無防備な頭部を晒した。


「ナイス防御だ、ロッコ! 今だ、二人で同時に叩き込むぞ!!」


青い闘気を全身から噴き上げたマルクス軍曹が左から跳び上がり、俺もまた右手の肉叩きに紫色の重厚な光を纏わせて右から踏み込んだ。


「【剛剣・ギガブレイク】!!」

「【忘却の肉叩き】!!」


――ドゴォォォォォンッ!!!


軍曹の大剣と俺の肉叩きが、ゴリアテの頭蓋骨へ同時に炸裂した。

格納庫全体が地震のように揺れ、最強の突撃兵種であった強襲型ゴリアテは神経を完全に遮断され、全身の肉を最高級熟成肉へと変えられたまま、地響きを立てて絶命した。


俺は左手の【煉獄の骨スキナタ】を一閃し、即座にゴリアテの首を落として血抜きを完了させると、肩で息をしながらマルクス軍曹とガッチリと拳をぶつけ合った。


「見たかよ、軍曹! お前らが隣で戦ってくれれば、こんな四メートルの化け物だって五分で極上のスペアリブだ!」


「ああ、最高だぜ、ロッコ! お前の料理とあの包丁の壁があれば、俺たちは無敵だ!」


俺たちは吹き飛んだ格納庫の屋根から、ネバダの青い空を見上げた。

そこには、地球を絶望に陥れた漆黒の巨大母艦『オベリスク』が、太陽を遮るように浮かんでいる。


アーサー博士が力強く頷き、空の母艦を指差した。


「ゴリアテの肉を調理して全員がさらにレベルアップすれば、母艦の重力リフトを突破して中枢へ乗り込める! 行こう、みんな――あの母艦のボスを料理して、この地球を取り戻すんだ!」


俺は回転していた牛刀の壁を解除し、目の前に転がる一トン半のゴリアテの極上リブ肉を見て、料理人として最高の笑みを浮かべた。


「よし、そうと決まればすぐさま第2ラウンドの仕込みだ! 母艦に乗り込む前に、お前らの腹に『過去最高のフルコース』を詰め込んでやるから覚悟しろよ!」


     ◇


強襲型ゴリアテの巨体が格納庫の床に沈み、俺が骨スキナタで血抜きを終えたまさにその瞬間だった。


「……っ!? 待て、誰かが私の脳内に直接アクセスしてきている!」


アーサー博士が突然こめかみを押さえ、眼鏡の奥の目を見開いた。

すでに地球上の発電所も通信衛星もすべて壊滅し、マイクも無線機もただの鉄くずと化している。

だが、さっきアーサー博士が放った全地球テレパシー放送と同じ波長――すなわち、地球の裏側にいる別の高レベル【科学者(サイエンティスト)】が、自らの最後のカロリーを振り絞ってスキル【タキオン・シューマン共鳴】を発動し、博士の脳へと直接思念を繋げてきたのだ!


アーサー博士が俺とマルクス軍曹、エレナの手を掴むと、俺たちの頭蓋骨の内側に、吹雪の音とともに掠れた男の声が直接響き渡った。


『……聞こえるか、エリア51の諸君! こちら南極・マクマード基地の【科学者】リンドホルムだ! ペンドルトン博士のテレパシー放送を受信した! 頼む、応答してくれ!』


「聞こえているぞ、リンドホルム博士! そちらに生存者は何人いるんだ!?」とアーサー博士が念話を送り返す。


『九百八十六人だ! 国際観測隊の科学者たちと、駐留していた海兵隊の大隊を合わせて、約一千人が生き残っている! 異星人の軌道爆撃は南極の氷原を無視したため、私たちは無傷で生き残り、【重装戦士】や【治癒士】、【科学者】といった高レベルの戦闘クラスを授かった……だが、もう限界なんだ!』


俺はゴリアテの脂がついた手をエプロンで拭きながら、心の中で強く念じた。


『おい、あんた! 俺はエリア51の料理人(シェフ)、ロッコだ! 千人も人がいるなら、南極基地には巨大な厨房があるはずだろ!? そこに料理人はいなかったのか!?』


一瞬の沈黙のあと、悲痛な思念が返ってきた。


『……二人の優秀なシェフがいたさ。だが侵略の初日、地上の倉庫ドームが崩落した時に二人とも亡くなってしまったんだ! 私たち千人の生存者の中には、三百人の戦士と二百人の治癒士、百人の科学者と四百人の銃士がいる……だが、【料理人(シェフ)】のクラスを持つ者がただの一人もいないんだ!』


リンドホルム博士の思念が絶望に震えた。


『昨日で最後の豆の缶詰も尽き、基地の電源も完全に落ちた。全員が摂取カロリーゼロでスキルをロックされ、氷点下四十度の暗闇の中で凍え死ぬのを待っている! 基地の外には何百体もの氷のエイリアンがうろついているが、私たちが調理して食べれば毒で死んでしまうんだ! 頼む……もし本当に異星人を調理できる【料理人】がそちらにいるのなら、ここへ来てくれ! 私たちの腹を満たしてくれれば、千人の大軍勢となって君たちと共に母艦へ突撃する!』


通信が途切れた。

格納庫の中で、マルクス軍曹とエレナ、アーサー博士の三人が同時に俺の顔を見た。


俺は三秒間黙り込み、料理人としての頭脳をフル回転させていた。

地球の運命なんて難しいことは分からない。俺が計算していたのは、もっと重大なことだ。


「……千人前の仕込みか」


俺の瞳に、大晦日の特別ディナーの前にだけ宿る『料理人の狂気』が灯った。


「腹を空かせた千人の客が、二百リットルの大釜が並ぶ南極の巨大厨房で俺の飯を待ってるってのか……。おい博士! 電気も空港も死んでるこの基地に、南極までぶっ飛べる飛行機は残ってねえのか!? 目の前に一・五トンのゴリアテの極上肉があるんだ、冷めないうちに運ぶぞ!」


アーサー博士が眼鏡を押し上げ、不敵に笑った。


「隣の22番格納庫に、極超音速ステルス輸送機『ヴァルキリー・ゼロ』が眠っている! 電子制御は死んでいるが、200%のカロリー・オーバーチャージ状態の私たちのスキルを掛け合わせれば、無理やり飛ばすことができるぞ!」



     ◇



十分後、俺たちは解体した一・五トンのゴリアテの肉を積み込み、漆黒の三角形をした輸送機『ヴァルキリー・ゼロ』に乗り込んでいた。


コックピットの操縦桿を握るのはパイロットではない。【重装戦士】のマルクス軍曹だ。

そして機体後部のエンジンルームには、アーサー博士が両手を直接触れさせていた。


「行くぞ、マルクス軍曹! 私の科学者スキルで、死んだエンジンに超高熱のプラズマを直接叩き込む! ――【プラズマ核融合点火(プラズマ・イグニッション)】!!」


博士の全身から蒼い電光が迸り、機体のエンジンが電気系統を無視して咆哮を上げた。

同時に、操縦席のマルクス軍曹が全身の筋肉を膨張させ、油圧の死んだ重い操縦桿を力任せに引き上げた!


「電子サポートなんざ要らねえ! 気合と筋力でねじ伏せる! ――重装戦士スキル【剛腕操縦:マッハG制御(マッスル・パイロット)】!!」


――ドゴォォォォォンッ!!


『ヴァルキリー・ゼロ』は滑走路を蹴り、弾丸のようにネバダの空へと飛び出した。

だが、高度三千メートルに達した瞬間、母艦から放たれた五百体以上の飛行エイリアン【ワスプ・ハーピー】の大群が、黒い雲となって俺たちの機体を包囲し、一斉に強酸の針を浴びせかけてきた!


「このままでは機体が溶かされる! ロッコ君、ハッチの上へ出て君の防御スキルを私の障壁に重ねるんだ!」


「任せろ、博士!」


俺は機体上部の観測ドームへと顔を出し、迫りくる五百体の怪鳥の群れに向かって両腕を突き上げた。


「科学者スキル――【超電磁プラズマ防壁(プラズマ・イージス)】!!」

「料理人スキル――【回転牛刀の絶対防壁(トルネード・シェフナイフ・ウォール)】!!」


アーサー博士が展開した蒼いプラズマの球体バリアの外周に、俺が召喚した二十四本の巨大な『三十センチ牛刀』が融合し、プラズマを纏ったまま超高速回転を始めた。

極超音速で空を飛ぶステルス機そのものが、巨大な『空飛ぶフードプロセッサー』へと変貌したのだ!


「突っ込むぞ、掴まってろォッ!!」


マルクス軍曹がスロットルを全開にする。

マッハ5で突進した俺たちの機体は、五百体の怪鳥の群れを正面から突破した。プラズマと高速回転する牛刀の防壁に触れたエイリアンたちは、機体に傷ひとつ付けることなく空中で瞬時にミンチへと変えられ、俺たちは赤い血煙を後ろに残して成層圏を突き抜け、南極大陸へと一直線に飛んだ!



     ◇



四十分後、猛吹雪を切り裂いてマクマード基地の氷の滑走路に着陸した俺たちを待っていたのは、壮絶な光景だった。


電気が完全に途絶え、氷点下四十度の闇に沈んだ基地の周囲には、全長四メートルを超えるアラスカタラバガニの化け物――【氷河装甲ガニ(グレイシャー・クラブ) Lv.16】が何百体も群がり、巨大なハサミでシェルターの隔壁を叩き割ろうとしていた。


「ロッコ、カニの仕入れは俺たちに任せろ! ――【剛剣・大地粉砕】!!」


200%のスタミナを持つマルクス軍曹とエレナ、アーサー博士の三人が輸送機から飛び降り、氷上の巨大ガニの群れを次々と粉砕していく。


「殻を割って、極上の爪と脚の身だけ厨房へ運んでくれ! 俺は火を起こしてくる!」


俺はゴリアテの肉を積んだソリを引きずりながら、吹雪の中を転がるように走って基地の中央食堂へと飛び込んだ。


広大な食堂の中には、毛布にくるまって唇を紫色にし、頭上に赤い『スタミナ:0/100』のアイコンを点滅させた九百八十六人の戦士や科学者たちが、死んだようにうずくまっていた。

そしてカウンターの奥には、二百リットルの巨大なステンレス製蒸気釜が十基も並ぶ、テニスコートほどもある大厨房があった。


だが、電気もガスも完全に止まっており、コンロは氷りついて冷え切っている。


「シェフのロッコさんですね……! でも、電源もボイラーも死んでいます、どうやって千人分の肉を煮込むんですか!?」と、出迎えたリンドホルム博士が悲痛な声を上げた。


俺は防寒着を脱ぎ捨て、半袖の白いコックコート姿になると、ニヤリと笑って左手の『骨スキナタ』を抜いた。


「料理人に火がないなら、自分の包丁で起こせばいいだけさ! ――【煉獄の骨スキナタ(ヘルズ・クリーバー)】!!」


俺は深紅の獄炎が燃え盛るナタの切っ先を、十基の大釜の下にある燃焼室へと順番に突き立てた。

すると、スキルが生み出した『食材以外を焦がさない煉獄の種火』が十基すべての大釜の下で轟々と燃え上がり、一瞬にして凍てついた厨房をサウナのような熱気で満たしたのだ!


俺は鋼鉄の調理台をナタの腹でガン、ガン! と二回叩き、食堂中に響き渡る声で吠えた。


「いいか、よく聞け千人の客ども! お玉を握る力がある奴は今すぐカウンターの奥へ入れ! それ以外の奴は皿を持って並べ! 四十分後に、人生最高のフルコースを出してやる!」


そこからは、料理という名の戦争だった。

マルクス軍曹たちが裏口から次々と投げ込んでくる、何トンもの『氷河装甲ガニの巨大な爪』と、ネバダから持ってきた『強襲型ゴリアテの熟成肉』。


俺は百十二キロの巨体で厨房の中央に立ち、三つのスキルを同時に全開にした。

右手の【忘却の肉叩き】で三トンの肉塊とカニの殻を一撃で叩き割って繊維を極限まで柔らかくし、頭上に召喚した三百本の【ペティナイフの暴風雨】を超高速で乱舞させる!


――シャシャシャシャシャッ!!


三百本の小刀が空中で銀色の竜巻となり、わずか数分のうちに何百本もの巨大ガニの殻を剥き、ゴリアテの肉を完璧な一口大に切り分け、十基の煮えたぎる二百リットル大釜の中へと次々に放り込んでいく!


倉庫の奥に眠っていた冷凍タマネギ、乾燥ニンニク、トマトペースト、そしてロシア隊員の部屋にあった四十本のウォッカをすべて大釜へぶち込み、俺の固有パッシブスキル【絶対可食】が厨房全体を眩い黄金の光で包み込んだ。


ゴリアテの濃厚な霜降り脂と、南極の巨大ガニの甘い身が溶け合った『二千リットルの極上ラグー&クラブ・シチュー』が十基の大釜でグツグツと煮立ち、その圧倒的な香りに、食堂の窓ガラスの氷が一気に溶け落ちていく。


「――お待たせ! 配膳開始だ!!」


俺の掛け声とともに、千人の生存者たちが一斉に熱々のシチューを口へと運んだ。

極限の飢えと寒さに震えていた千人の舌の上で、ゴリアテの肉とカニの身が熱々のスープとともに弾ける。


次の瞬間――南極のドームの天井を突き破り、オーロラすら掻き消すほどの『一千本の黄金の光の柱』が同時に夜空へと立ち昇った!


【生存者986名が『極上ラグー&クラブ・シチュー(ランクS)』を摂取しました!】

【986名のスタミナが 200/100(カロリー・オーバーチャージ)に到達! 全スキルが解放されました!】

【伝説的偉業『絶滅寸前の千人大隊の胃袋を救う』を達成しました! 獲得経験値が限界を突破します!】

【レベルアップ! 料理人(シェフ)のレベルが Lv.5 から Lv.10 に到達しました!】

【Lv.10到達により、広域殲滅スキル:『地獄のキャラメル豪雨(ヘルズ・キャラメル・レイン)』を習得しました!】


千人の戦士や治癒士たちが、全身に溢れ返る超人的なパワーに歓喜の雄叫びを上げる中、俺は新しく覚えたスキル説明を読んで獰猛に笑った。


料理をしたことがない奴は知らないだろうが、厨房で一番危険で恐ろしいのは熱湯でも揚げ油でもない。『溶けた砂糖(キャラメル)』だ。

二百度を超えてドロドロに煮詰まったキャラメルは、皮膚に一滴ついただけで糊のように張り付き、拭き取ることもできずに骨まで焼き尽くす。料理人が『製菓のナパーム弾』と呼ぶその地獄の熱量を、敵の軍勢の頭上にだけ豪雨として降らせる広域攻撃スキルだったのだ。



     ◇



六時間後。

200%のカロリーを得た百人の【科学者】たちが、それぞれの【プラズマ核融合点火】と【反重力推進】のスキルを連結させ、南極基地に眠っていた十二機の巨大輸送機を強引に起動させてネバダ砂漠へと帰還した。


砂漠のクレーターの中央、母艦『オベリスク』の巨大な紫色の重力リフトの目の前に、一千人の人類軍が降り立つ。


だが、俺たちの前に立ち塞がったのは、母艦から吐き出された二千体以上のエイリアン近衛軍団だった。

装甲猟犬やワスプ・ハーピーの群れに加え、最前列には四本の腕にバイオプラズマの槍を持った五十体の【オベリスク近衛百人隊長(センチュリオン) Lv.22】が壁のように並んでいる。


「一歩も引くな、野郎ども!!」


マルクス軍曹が南極から来た三百人の【重装戦士】の先頭に立ち、青い電光を纏った大剣を高く掲げた。


「ロッコの飯で満タンになった人類のカロリーを、あの害虫どもに叩き込め! 戦士団、一斉攻撃――【連携奥義:大地崩壊・剛剣カタクリズム】!!」


三百人の戦士が同時に大剣を砂漠に叩きつけた。

大地そのものが真っ二つに割れるほどの運動エネルギーの津波が直進し、先頭を走っていた五百体のエイリアンを甲殻ごと粉々に吹き飛ばす!


「続け、科学者連隊!」


アーサー博士とリンドホルム博士が率いる百人の【科学者】たちが、青白く輝く両手を前へ突き出した。


「200%カロリー出力全開! ――【連携奥義:絶対零度プラズマ・レールガン】&【超重力監獄(ハイパー・グラビティ・ケージ)】!!」


百本の極太プラズマレーザーが一つに束ねられて空中の怪鳥の群れを一瞬で蒸発させ、同時に発生した十倍の超重力フィールドが、突進してくる近衛百人隊長たちの巨体を地面へとメリメリとめり込ませた。


「医療部隊、前衛を完全守護します!」


エレナと二百人の【治癒士】たちが杖を掲げ、一斉に叫ぶ。


「――【連携奥義:戦乙女の不死身脈動(ヴァルキリー・イモータル・パルス)】&【熾天使の反射障壁(セラフィム・リフレクト)】!!」


純白の光のドームが味方の戦士たちを包み込み、エイリアンたちが撃ち返してきた強酸とプラズマの弾丸をすべて鏡のように跳ね返して敵の列を爆破していく!


だが、敵の数はあまりにも多かった。

重力を振り切ったレベル22の近衛百人隊長たちを含む残り八百体の精鋭モンスターが、中央突破を図って凄まじい勢いでこちらへ雪崩れ込んできたのだ。


「マルクス軍曹、全員を十メートル後ろへ下げろ!」


俺は太鼓腹を揺らしながら最前線へと進み出ると、額の黒いバンダナを締め直して叫んだ。


「ここからはシェフの『メインディッシュの仕上げ』だ! 巻き込まれたくなかったら俺の後ろにいろ!」


軍曹たちが一斉に後方へ跳び退く。

目の前にぽっちゃりした白衣のコックが一人で突っ立っているのを見た八百体のエイリアンたちは、勝利を確信したように咆哮を上げ、俺を八つ裂きにしようと中央へ密集して突っ込んできた。


俺は両足を砂漠に縫い付け、空に向かって両腕を大きく広げた。


「コックを食おうなんざ百年早いぜ、ゴキブリども! 俺のパティスリーのナパーム弾を味わいやがれ! ――レベル10広域攻撃スキル、【地獄のキャラメル豪雨(ヘルズ・キャラメル・レイン)】!!」


エイリアン軍団の頭上の空が、突如として赤黒く裂けた。

直径三百メートルにおよぶ暗黒と深紅の雲が形成され、そこから一万個の銅鍋が同時に沸騰したような不気味な轟音とともに、焦げた砂糖と塩バター、そして地獄のバニラが混ざり合った暴力的なまでに甘い香りが爆発した。


次の瞬間、雲から『琥珀色の黙示録』が降り注いだ。


――ジュゴォォォォォォォッ!!!


三百度以上に熱せられ、ドロドロに沸騰した何千トンもの『地獄の黒キャラメル』が、敵の軍勢の頭上にだけピンポイントで豪雨となって叩きつけられた!


「ギギャアアアアアアッ!?」


断末魔の悲鳴が砂漠を揺らした。

超高温の粘着質なキャラメルは、近衛百人隊長たちの分厚い甲殻にベッタリと張り付き、拭い去ることもできないまま甲殻をプラスチックのように溶かし、関節の隙間から内部の肉までを一瞬にして丸焼きにした!


しかも、地獄のキャラメルの本当の恐ろしさはその直後にあった。

敵を焼き尽くしたキャラメルは、砂漠の空気に触れた瞬間、わずか五秒で『急激に冷えて結晶化』し、八百体のエイリアンすべてを分厚く硬い黒飴のガラスの中に閉じ込め、完全な彫像として縫い止めてしまったのだ!


「全員、外側はパリパリ、中はジューシーに焼き上がったぞ!」


俺は飴細工のように固まって動けなくなった八百体の怪物たちを指差して叫んだ。


「殻を叩き割れェッ!!」


「うおおおおおっ! 突撃いいぃぃっ!!」


マルクス軍曹を先頭に、千人の戦士と銃士たちが一斉に飛びかかった。

大剣と銃弾が叩き込まれるたび、高熱で絶命してキャラメルでコーティングされていたエイリアンたちの身体が、まるでスプーンで『クレーム・ブリュレ』の表面の焦がし砂糖を叩き割るかのように、パリン! ガシャアン! と小気味よい音を立てて一撃で砕け散っていく!


わずか三分で、母艦を守っていた二千体の近衛軍団は文字通り全滅した。


戦場に、耳が痛くなるほどの静寂が落ちた。

千人の兵士たちは肩で息をしながら、地面に転がる黒飴まみれのエイリアンの残骸を見つめていた。

誰もがその残骸に近づくのを恐れていた。なにしろ『地獄のキャラメル豪雨』などという恐ろしい名前の攻撃スキルで焼き殺されたばかりの死体なのだ。触れれば呪われるか、毒で溶けるのではないかと警戒していたのである。


だが――割れた近衛百人隊長の甲殻の間からは、メイプルシロップと黒砂糖を塗ってオーブンでカリカリに焼き上げた極上ベーコンのような、暴力的なまでに美味そうな香りが立ち昇っていた。


海兵隊の若い伍長――ミラーという二十歳の青年が、銃を下ろし、湯気を上げる『キャラメル掛けのエイリアンの爪肉』を十秒間じっと見つめた。

ゴクリ、と彼が唾を飲み込む音が響く。


ミラー伍長は催眠術にでもかかったかのように手を伸ばすと、パリパリに結晶化した黒キャラメルごと焼けた肉の欠片をむしり取り、そのまま自分の口へと放り込んだ。


「ば、馬鹿野郎ミラー! 吐き出せっ!!」


隣にいた中尉が青ざめて止めようとした。


「それはシェフが敵を焼き殺した地獄の攻撃魔法だぞ! 舌が溶けるぞ!」


――パリッ、ジュワァッ……。


ミラー伍長の奥歯がキャラメルの衣を噛み砕く音が、静まり返った砂漠に響いた。

青年は二秒間、ピタリと動きを止めた。


次の瞬間、ミラー伍長の両目が夜空の星のように見開かれ、彼の足元から高さ十メートルにおよぶ『紅蓮の黄金オーラ』が爆発的に噴き上がった!


【『地獄のキャラメル豪雨』によって現場調理された敵の肉を摂取しました!】

【固有スキル『絶対可食』が自動適用:地獄の超・血糖値スパイク(グリセミック・オーバードライブ)発動!】

【スタミナが 300/100 に限界突破! 60分間、移動速度および攻撃速度が200%上昇します!】


「う、う、美味あああああああいっ!!」


ミラー伍長は黄金に輝く瞳で絶叫し、全身の筋肉をバチバチと震わせた。


「外はカリカリのほろ苦いキャラメルで、中は肉汁たっぷりのバーボン・ベーコンの味だあああっ! 頭の中が糖分でスパークして、今なら戦闘機だって素手で殴り落とせるぞおおおっ!!」


千人の兵士たちが、ハッと息を呑んで地面のキャラメル肉を見つめ、それから一斉に俺の方へと振り返った。


「おい、ロッコ……」


マルクス軍曹が口をあんぐりと開けて呟いた。


「お前、まさか敵を皆殺しにする攻撃スキルを使った時でさえ……自動的に相手を『極上の料理』に変えてるってのか!?」


俺は鼻の下を親指で擦り、太鼓腹を揺らしてニッと笑った。


「当たり前だろ! 俺の厨房ではゴミは一つも出さねえって言ったはずだ! せっかく高火力で敵を焼くなら、突撃前の『デザート(糖分補給)』にした方が一石二鳥じゃねえか!」


その一言で、千人の恐怖は完全に吹き飛んだ。

「デザートだ!」「シェフの特製デザートを食えぇぇっ!」と歓声を上げながら、千人の戦士、科学者、治癒士たちが一斉に地面のキャラメル肉に飛びつき、パリパリと音を立ててむさぼり食った。


砂漠の真ん中で一千本の黄金の炎が燃え上がり、全軍のスタミナゲージが前代未聞の『300%(超・血糖値スパイク状態)』へと到達する!


目の前には、守備隊を失って無防備に開かれた母艦『オベリスク』への重力リフトが輝いていた。

あの光の柱のすぐ上には、残りのエイリアンどもと、奴らの『王(キング)』が待っている。


マルクス軍曹が太陽のように輝く大剣を振り上げ、エレナとアーサー博士が最大のオーラを纏い、俺は右手に【忘却の肉叩き】、左手に【煉獄の骨スキナタ】を構えて最前列へと歩み出た。


「お前ら、デザートのつまみ食いは済んだか!?」


俺が腹の底から声を張り上げると、300%のエネルギーに満ちた千人の大軍勢が、地響きのような咆哮で応えた。


「よし、それじゃあ母艦の厨房へ殴り込みだ! 宇宙人の王様を、丸ごとフルコースに仕立て上げてやるぞォォッ!!」


俺たちは一丸となった光の奔流となり、母艦『オベリスク』の中枢へと続く重力リフトの中へ一気に突入していった。


【完】



最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


エリア51のぽっちゃりシェフ・ロッコによる「エイリアン解体&全人類フルコース計画」、いかがでしたでしょうか?

作者である私自身も現役のイタリア人シェフとして働いているため、「もし地球がエイリアンに侵略されて食料が尽きたら、どんなスキルでどうやって調理してやろうか!」とワクワクしながら執筆しました(笑)。


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