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酔うと人格が変わるってやつ :約2000文字 :コメディー

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/08

 週末の夜、とある飲み屋。会社の飲み会。

 仕事終わりのサラリーマンたちで店内は熱気と酒の匂いに満ちていた。笑い声やグラスの触れ合う音があちこちで重なり、店内に響く。

 始まってからしばらく経ち、同僚たちはそれぞれ「明日が早い」「終電が……」などと理由をつけて、ぽつりぽつりと財布から札を取り出して席を立っていく。そうして、気づけばテーブルには二人だけが残った。


「先輩、僕らもそろそろ帰りましょうよ」


 後輩がそう言って、ぐでんと椅子にもたれかかる先輩の顔を覗き込んだ。


「なーに言ってんだよお、まだまだこれからだろお? おーん、おー」


 先輩は真っ赤な顔でへらへら笑い、テーブルを揺すった。グラスの中の酒が小さく波打った。


「ほら、もう十分酔ってるじゃないですか。これ以上飲んだら、また歩けなくなりますよ。もう介抱するの嫌なんですよ」

「嫌って、お前なあ……へへへ、先輩だぞお!」


「ほらあ、いつもと全然違うじゃないですか。この先輩、ほんと嫌いなんですよ」

「嫌い!? お前、今、嫌いって言ったな! これは問題ですよ。尾を引きますよお」


「はいはい。どうせ明日には、きれいさっぱり忘れてるんですから」

「そうなのお?」


「そうですよ。毎回そうじゃないですか。まったく、酔うと人格変わるんだから」

「えー、変わってないよお……ないよ!」


「うるさいなあ……。先輩、普段と全然違いますよ。ほんとに」

「へえええ! ほんとお! ほんとにほんとにほんとにほんとに、本当かあ!? ほいっ!」


「本当です。まあ、どうせこの会話も忘れるんでしょうけどね」

「忘れ、忘れるう?」


「ええ、見事にね。その唇尖らせるのやめてくださいよ。はあ……」

「へへへ……じゃあさ」


「はいはい」

「この“おれ”って……誰なのかな?」


「……ん?」


 後輩は首を傾げた。


「普段の自分のことを覚えてない。今の記憶もあとで消える。じゃあ、このおれって、いったい誰なんだ?」


「いや……先輩でしょ?」

「でも、普段のおれと今のおれ、全然違うんだよな?」


「まあ……別人かと思うくらいには」

「だろ? じゃあさ、おれという存在は、確かに今ここにいるわけだよな? じゃあ、おれは何なんだ? 明日になったら消えるのか? それって死ぬってことじゃないのか? なあ、なあ!」


「ちょ、先輩、怖いですよ。落ち着いてください」


 身を乗り出してきた先輩を、後輩は慌てて腕で押し返した。他のテーブルの片づけをしている店員が、ちらちらとこちらを見ていることに気づき、後輩は苦笑を浮かべて会釈した。


「ほら、もう帰りましょう……」

「帰ってどうすんだよお。そこはおれの部屋なのか……?」


「それはそうでしょ」

「もう一人のおれの部屋じゃないのか? おれは、そいつの布団で寝るのか? 寝たらどうなる? おれは死ぬんじゃないのか?」


「死なないでしょ。雪山じゃあるまいし」

「寒い、寒いよ……」


「寒くありませんよ。適温ですよ」

「ぼく、死んだ人が見えるんだ……」


「急に何言ってんですか。いや、さっきからですけど」

「寝たくない、寝たくないよお……!」


「じゃあ、もうずっと起きてたらいいじゃないですか」

「そしたら酔いが醒めるだろうが。醒めたらおれはどうなる? 氷みたいにスーッって消えちまうのか?」


「だから知りませんって」

「もう一人のおれが戻ってくるのか? やめろ……やめてくれ! 来るな! 来るなああ!」


「だから声が大きいですって! 目立たないでくださいよ、店の迷惑にもなりますから!」

「おれは怖い、怖いよ……」


 先輩はテーブルに肘をつき、頭を抱え込んだ。後輩は深くため息をついた。


「大丈夫ですって……。酔ってる先輩も、普段の先輩も同一人物ですから」

「でも……おれは普段のおれを知らない……おれは、どんなやつなんだ?」


「どんなやつって……」

「正直に教えてくれよ。なあ、なあ」


「正直に、ですか……まあ暗いですね」

「あああ……他は? 他には?」


「まあ、ちょっとみんなから馬鹿にされてますね」

「うわあ……」


「キモくて」

「ういい……」


「ケチで」

「そんな……」


「鬱陶しくて、正直舐めてますね。それから――」

「もういい、もういい! はああ! おれはそんなおれに戻りたくない! おれはおれのままでいたい!」


「今もだいぶ鬱陶しいですけどね」

「おれは死にたくない。死にたくない……」


 先輩は視線を落とし、テーブルと椅子の隙間から床を見つめる。後輩はそっと肩に手を置いた。


「大丈夫ですって。ほら、また来月飲みに誘いますから。そのときにまた会えますよ」

「そうかなあ……。そうだといいなあ……。お前は……お前は、おれのことを忘れないでくれよおお……」


「夢にまで出てきそうですよ。ほんとに。さあ、最後に一杯飲んでください。会計しますよ」

「ああ……あれ?」


 先輩はグラスに口をつけながら、ポケットに手を入れた。財布を取り出し、中身を見つめると首を傾げた。


「どうしました? ほら、飲んでください」

「いや、財布の中身が減ってるような……。たしか昨日、給料日で下ろしてきたはず……。あれ? 前にもこんなことがあったような……お前らに飲みに行くから下ろすように言われて……」


 先輩はゆっくりと顔を上げ、後輩の顔をじっと見た。


「お前ら……抜いた?」


「……ほら、飲んで飲んで!」


「いや、この記憶は忘れないぞ」

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