老犬介護が終わって 〜いま頑張るあなたを全肯定したい!〜
2026.01.11 公開
いきなりですが、今、一緒に動物と暮らしている方はいらっしゃいますか。
その子たちは、今、元気に走り回っていますか。いっぱい遊んで、いっぱいご飯を食べていますか。帰った後のお出迎えも、元気いっぱいにしてくれますか。
きっと、ほとんどのおうちの子たちは、愛くるしさいっぱいに日々を元気よく過ごしていると思います。幸せでなにより。
では、その元気な子たちが、いつかおじいちゃんやおばあちゃんになった時のことを、想像したことはありますか。
――なんて、このような問いかけをすると、きっと身構えてしまいますね。
けしてそういう意図はありませんで、おじいちゃんやおばあちゃんになっても、自分ん家の子はかわいい一択です。小さい頃から変わらず、かわいいに始まり、かわいいを経過して、かわいいで終わります。シニア期になっても、これは一生不変。
ただ、どんなおじいちゃん、おばあちゃんになるかは、想像できませんよね。
最初から想像できる人は、きっといないだろうなと思います。少なくともわが家は、誰も思っていませんでした。
2匹いたうちの片方が、認知症になるとは――。
◆◇◆
わが家にいた子たちを、ちょっとだけ説明しますね。
わが家には、2匹のヨークシャーテリアがいました。片方はむちむちボディ(太っているわけではないけどなぜか巨体に成長)のメス、もう片方はレースとリボンがやたら似合う小柄なオスです。
血のつながった姉弟でもなく、夫婦ということでもなく、強いて言えばその関係は同居人でしょうか。動画サイトやSNSで見かけるような、ふわふわした仲の良さは特別ありませんでしたが、機嫌がいい時は一緒に遊んだり、奇跡が起きたときは並んで寝ていました。
そんな2匹は、去年2025年、同じ年に虹の橋を渡りました。8月末にオス、10月はじめにメスが、それぞれ順番に旅立ちました。
間を置かず2匹とお別れすることになるとは思いませんでしたが、どちらも16歳に15歳。人間で言うと、もう80代と70代のお年寄りです。
「よく頑張った! えらい! 今までありがとう!」という気持ちで見送りまして、今はもうすっかり日常へ戻っています。
……で、シニア期を思い出しますと、真っ先に浮かぶのが、メスの老犬のほう。おじいちゃん犬のほうは静かに眠りましたが、おばあちゃん犬は認知症を患い、介護の日々でした。
昼夜を問わず鳴き続け、何がそこまで駆り立てているのかというくらい歩き続け、静かなのは寝ている時だけ。終盤は後ろ足も固まってしまい動かなくなりましたが、筋肉バキバキだったのか前足は元気なもので、手作りの歩行器に乗せるとずーっと歩いていました。
おむつももちろん必須になりまして、部屋中が大変になったことも何度もあります。
この辺はたくさん書いても面白くはありませんので割愛しますが、「介護」と聞いて思い浮かべる大変なこと、全て網羅したと思っています。
小型犬だったから制御できていましたが、人であったら正直……。
そんなことが、わが家ではしばらく起こっていました。
◆◇◆
老犬の介護、わりと壮絶な部類のそれを実際に経験した今、エッセイにしてまで言いたいことは――介護をしている人、関わっている人は、みんな超えらい!! ということです。
いや、本当、みんなえらい。えらすぎないか?!
そして、超頑張ってる! 間違いなく!
何が起こるかなんてその時にならないと本当に分からないし、何が正しいのかもさっぱり分からない。うまくいかないことばっかりだし、なんなら家族間で喧嘩になる。
わが家では家族大戦が勃発していましたよ。何度あったか、数えていませんけど(笑)。
喧嘩の原因は言葉や態度と様々ですが、みんなそれぞれ頑張っていた証拠だったと思います。ただ当事者になると、1人で気持ちを持ち直したり、割り切ったり、飲み込んだりするのがとても大変だということを肌身で知りまして……。
これを読んでいる方の中で、今まさに介護をされている方もいらっしゃるかもしれません。
ですので、せめて私が、全肯定したい。
あなたは、本当に頑張ってる。昼も夜も大変で、声に出せないくらいつらい思いもしてる。でも「年を取ったから」と見捨てたりせず、家族のために頑張ってる。それは本当に、本当にすごいことですよ! たぶんいっぱいいっぱいでほかのことが見えていないので、私が全力でその頑張りを褒め称えます!
私は……これを書くと厳しいお言葉も来るかもしれませんが、家族が望むとおりの介護をしてあげられませんでした。
というか、絶望的に下手くそでした、いろいろと。
おむつ替え(人間の赤ちゃん用の物を加工して使用)とか、何度も聞いて挑戦したけれどうまくしてあげられなくて、そのうち「もういい何もやらないで」と突っぱねられる始末。不器用過ぎた私にできたことといったら、家事だとか、夜遅くまでおばあちゃん犬の夜鳴きに付き合ったりとか、それぐらいでした。
そんな私ですので、ほかの家族の存在は本当にありがたかったです。ただ、家族が上手にしている様子を見て、頼りになる一方で羨ましいなんて、見当違いなことを思ったりもしました。
ですので、おむつ替えを上手にしてあげられる人も、私は心から尊敬します。
◆◇◆
さて、こういうことを話しますと、どこからともなく現れるのが「それを覚悟して迎え入れろ。弱音を吐くな」という人々。
いや、それはそうなのですが、手のひらサイズの子犬時代から「今から認知症の想定をしようぜ!」と思う人はなかなかいないのでは。
いきなり始まる介護の日々、それでも自分ん家の子のため頑張るその人たちを、私は全力で応援したいです。
それと、実際に体験して思ったのですが、やっぱり介護には大も小もないです。
「うちはもっと大変だよ」とか「猫(あるいは犬)のほうが大変だよ」とか言う人もいます。むしろいました身近に、悲しいことに。それを聞いてしまうと、「私の頑張りは大したことじゃないのかな」なんて悩んでしまうかもしれません。
どっちが上でどっちが下とか、そんなことは関係ない! 本当に!
大きな声で叫びたいですね!
眠る時間も削って、心も割いて、寄り添う介護は等しく大変です。もしも心無い言葉を言われたら、聞こえなくなったふりをして流してしまいましょう。心の安寧が大事。
ちなみに私の場合、「猫のほうが大変だよ」と言ってくれたのは——まさかの友人でした。
介護の内情を詳しく説明していなかったので仕方ないですが……あの時は卒倒しそうになりました。
ペットの一時預かりをしてくれるところが奇跡的に近くにあれば、精神的にもずっと余裕があったのだろうなとも思います。うちの近くにもあれば……。
残念ながらそういった施設は全国的にもほんっっっとうに希少で、見かけることは滅多にないです。もしもお近くにあるのなら、迷わず使っていただきたいなと思います。
かわいくても、大切でも、それだけで乗り越えられないしんどい時は、やっぱりありますから。それは誰も責められないし、否定なんてできませんよね。けして恥ずかしいことではないですよ。
◆◇◆
――そんな介護の日々が、わが家も終わりまして。
少し前、身内のタブレットのデータやらアルバムやら眺めていたときに、2匹の若い頃の写真が出てきました。2匹ともカメラが大嫌いで、映すたびに毎回顔がすごくて(笑)、厳正な審査を通過した数少ない写真たち。背骨がすっかり曲がって、毛の色も白くなった晩年とは違って、背骨は真っすぐ、足元もしゃんとして、笑顔のヨークシャーテリアがいました。
「若い時のあいつら、ようやく思い出したよ」
写真を見ていた家族の1人が、そう呟いていました。
そうだよなあ。おばあちゃん犬なんて、ボケてからはずうっとぱやんとした顔ばかりしていたものなあ。必死過ぎて忘れていました。
でも、写真を眺めると思い出すのは――自分ん家の子はかわいいな! ということでした。
壮絶な介護の日々ではありましたが、やっぱり、かわいいで始まり、かわいいを経過して、かわいいで終わりました。
ありがとう、2匹とも。たくさん頑張ってくれて、お疲れ様。おかげでわが家は幸せでした。
今頑張っている方々も、いつかきっとそんな風に思い出せます。今はきっと必死で、ほかのことにかまける余裕なんてないと思いますが、その頑張りと一生懸命さを私は尊敬します。でも、どうか、倒れてしまうこともありませんように。
今もどこかで頑張る人たちへ、心からそう願っています。




