第四話 熱気
「……敵襲……というわけではなさそうだな」
サクラノヴァさんがそう首を傾げ、ゴラクZさんも炎の鬣を揺らしながら黙って耳を傾けていた。
いつの間にか来ていた猫バイトは何が何やらといった状態ではあったため、俺はまず順を追って話をした。
「……まず、既に猫バイトさん以外は見たと思うけど……ここはかつて俺たちの拠点があったオルディレスト湖じゃなくて……謎の大森林だった」
俺の言葉に猫バイトさんが不思議そうに首を傾げる。
「えっ? えっ? 湖じゃないの? え、じゃあここって……どこ?」
「それが……わからないんだ」
しかし彼の問いに俺は静かに首を振る。
《オルディレスト城》は確かにここにある。
けれど、周囲の地形は完全に変わっていた。
かつて湖畔に建っていたはずの城は、今や深い森の中心に存在している。
……ただ、これが指し示すもので言えば……。
「さっきも周囲を見渡したけれど、湖の痕跡は一切なかった。言ってしまえばまるで別の世界……つまり―――」
「……俺たちは城ごと異世界転移した、ってことか」
サクラノヴァさんがそう低く呟き、俺もその言葉に首を縦に振る。
「ただ……問題なのはそれだけじゃなくてさっきの炎……ってこれは俺とゴラクZさんしか知らないのか。……えっと、さっき城の扉を開けたときに目の前の森が突然燃えたんだけどさ、これの原因が厄介というか……」
「……厄介? というかマスター、原因が分かったのか?」
ゴラクZさんが炎の鬣を揺らしながら問いかける。
他の面々もこちらを見やるのを確認した俺は、少し間を置いてから答えた。
「……うーん……多分、あれはゴラクZさんの放つ“熱気”が原因だと思う……」
「俺の……熱気?」
ゴラクZさんが俺の言葉に眉をひそめる。
その反応に俺はうなずきながら説明を続けた。
「うん。えっと……灼炎種の王であるゴラクZさんは、確かパッシブスキルで常に高温の魔力を纏ってたはずだよね? んでここからは仮説なんだけど……今まではゲーム内の演算で処理されてた熱気が異世界転移の影響で現実になった今、処理されずに周囲に影響を与えてる可能性があるんじゃないかな……?」
「え~? でも、誰も気づかなかったよ~? 別に熱くもないし?」
猫バイトが首を傾げる。
当然の疑問に俺はそこで仲間たちの特性に触れた。
「それも考えたんだけどさ。本来ダメージ判定のないギルドメンバーだってことを差し引いたとしても、俺は竜種の王で火炎耐性が高すぎて熱を感じない。猫バイトさんは創造種の王で岩の体を持ってるから熱気を通さない。サクラノヴァさんもまた骸骨だ。多分そもそも“熱”という感覚がないんじゃないかと……」
「……なるほど。だから、誰も“熱い”と感じなかった、というわけか……確かに筋は通ってるな」
サクラノヴァが静かに頷きながらゴラクZを見やる。
その声には、納得と同時にわずかな警戒が混じっていた。
「……それについては要検証が必要だが……」
と、そう口にするサクラノヴァさんの視線がゴラクZさんから俺に向けられる。
そして、それが意味するところを俺も痛いほど理解していた。
「……わかってる。……この世界においての俺たちは、ただ“いる”だけで世界を変えてしまう存在……目立ちすぎてしまう、ってことだよな?」
「あぁ、そうだ。……だからこの世界で動くには慎重にしなければならない。異世界転移などという規格外の事象が起こり得た今……ややもすれば俺らの上位に位置する者が居ても不思議ではない」
……かつて最強の名を欲しいままにした最強ギルド《ネクサス・レグリア》。
その中にいる最強種の王である俺たちですら、元はといえばただの人間。
異世界転移という馬鹿げたことをしでかした何者かが間違いなく存在する今……変に悪目立ちすることは避けたい。
……まぁ、本当に上位種ならば全てが筒抜けのような気もするけど……慎重でいるに越したことはないからね……。
「……ウウム……すまなかったな、マスター」
と、俺が考えに耽っているとゴラクZさんが炎の鬣を揺らしながら目を伏せる。
その声には、いつもの威厳とは違う、わずかな後悔と戸惑いが滲んでいた。
俺は彼の横顔を見つめながら、ゆっくりと首を振った。
「いやいや気にしないでくださいよ! てかこんなの誰のせいでもないっすよ。……それに、俺たちは熱気の影響は受けないから気にしてないし」
言葉を選びながら、静かに続ける。
「……てか……つい昨日まで人間”だった"んですから……慣れるまでは時間がかかりそうですけどね!」
ゴラクZさんは、黙って俺の言葉を聞いていた。
その瞳には炎の揺らめきとは別の深い思索の色が宿っていた。
風が、静かに回廊を吹き抜ける。
その音はまるで遠くから届いた答えのように、俺たちの間を通り過ぎていった。
「……ありがとう、マスター」
ゴラクZさんが、わずかに笑った。
その笑みは、炎の王としてではなく――仲間としてのものだった。
ただ、この時に俺は彼のこの表情の意味を知っておくべきだったのだ。
自分に厳しく、他人に優しくを掲げる彼にとって、周囲一帯を自動で焼き尽くすこの状況が如何に苦しいものであったのかを。
そして、灼炎種として過ごす彼の特性を……。
この時の俺は―――――まだ、考えが及ばなかったのだ。
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