第七話 裏切り
「…………え?」
―――そんな俺の拍子抜けした情けない声が、熱気の澱むクレーターの底に力なく吸い込まれていく。
つい数秒前までは、感動の再会を祝うに相応しい温かな空気が流れていた。
……だが、今は違う。
サラマンダーが発した言葉を聞いた灼炎種たちの尻尾の先で揺らめいていた炎は、敵を穿つ穂先のように鋭く逆立ち、赤黒い鱗の隙間からは威嚇の蒸気が激しく噴き出している。
ふいに、足元に転がした槍を一人の戦士が音を立てて拾い上げると、次いで他の者も地に落とした武器を手に取って一斉に俺に向けた。
彼らの瞳に宿っていたのは歓喜でも感動でもなく―――純然たる“恐怖”と“敵意”だった。
「り、竜……!? 竜……だと……!?」
「なんでまた!? もう来ないはずじゃなかったの!?」
「いや、よく見れば一体だけだ!! みんなでかかれば……っ!!」
「馬鹿を言うなッ! あの悪夢を忘れたのか!?」
数十、いや、少なくとも百は超えるだろう灼炎種たちのざわめきが伝播し、火山の岩肌をビリビリと震わせる。
先程までの歓迎の熱気は肌を突き刺すような鋭利な熱へと変質し、バチバチという炎を鳴らす音が至る所から弾けだす。
「な、なにこれ~!?」
――と、猫バイトさんが思わず言葉を零した……その時。
殺気渦巻く包囲網の中に一匹の大蜥蜴が滑り込むように躍り出た。
大蜥蜴は、短い前足を大きく広げ、小さな体で俺を遮りながら周囲に向かって叫んだ。
「ま、待ってください! この御方は竜であっても、わたくしの命を救ってくださった恩人なのです!」
必死な声を振り絞り、大きな尻尾を振り乱しながらも俺を庇う姿。
そのまさかすぎる存在を見て、俺の胸の奥が熱くなる。
「サラマンダー……!」
正直、思い返せば最近の扱いはなかなかに雑だった気がする。
だが、どうだろうか!!
この土壇場で、こいつは同族の敵意に晒されながらも俺を庇っているじゃないか!!
まったく……お前って奴は……!
そう感動に瞳を潤ませ、これからの彼への待遇改善を固く誓った―――その矢先だった。
「サラマンダー様! 目を覚ましてください!! 竜は我ら灼炎種の住処を滅ぼした仇敵なのです!」
「そうですとも! それに、我らが慕っていた前王をも殺したのは竜どもだ! その血を持つ奴らを我らが許してはいけません!」
「貴方様まで狂わされたのですか!? おのれ竜め! ここで殺してやる!!!」
灼炎種たちの怒声が重なり、火山の斜面に反響してサラマンダーへと降り注がれた。
けど無駄さ!
サラマンダーは俺を庇ってくれたんだぞ?
今更そんな子供騙しみたいな嘘に誰が騙されるんだよ!
なぁ? サラマンダー?
「……んね……れは……」
「……ん?」
俺が信頼を寄せた視線をサラマンダーに向けると、当のサラマンダーは何かを呟くとこちらに振り向き、大きく目を見開いたまま、視線を横にズラして……。
……って、おい……まさか……?
―――そんな俺の予感は……残念なことに的中する。
「えぇ!? そ、それは……許せませんね!? まったく……そんな悪逆非道なことを裏でしていたとは……見損ないましたよ!!! 皆の衆、安心してください! 私は誇り高き灼炎種です!! 竜はみな滅ぼしましょうとも!!」
うっし、前言撤回。
やはりコイツは今すぐバラして素材にしてやろうじゃないか!
無駄に炎耐性がついた"上質な皮"とか良いモン落とすからなァッ!!!
っていうかコイツも前まで【竜の厄災】とか言われて浮かれてたじゃねぇか!!!
なぁ~~~にが誇り高き灼炎種だ!!!
もはや蜥蜴じゃなくて風見鶏じゃねぇか!!!!!
……などと、心の中で叫ぶ俺が拳を握ると同時、隣にいたサクラノヴァさんの脳に直接語り掛けるアレが響いてきた。
『……おい。奴の言動が癪なのは同意だが、ここで争っても得るものはない。……情報を得るために協力しろ』
『……え?』
俺たちの脳内にだけ冷たい言葉を突き刺したサクラノヴァさんは、翻ったローブの裾を火山の熱風に踊らせ、騒然とする灼炎種たちを睥睨するように一歩前へ踏み出す。
そしてそれと同時、彼は骨ばった顎を一度だけ鳴らし、今度は圧倒的な圧力を伴う音を周囲一帯へと轟かせた。
「……ふん、勘違いをするな。この竜は我らが捕らえた、灼炎種への献上品だ。……それともなんだ? 国への献上品を端くれの兵士如きが勝手に殺すつもりか?」
「―――っ、そ、それは……」
サクさんの言葉を聞いた瞬間、先まで殺気立っていた灼炎種たちが例外なく戸惑いを見せ……いや、今なんて?
……献上品?
いやいや流石に聞き間違いだろう。
仮にも仲間である彼が、そのリーダーである俺を"生け捕りの貢ぎ物"として扱うだなんて……ねぇ?
いくら効率を重視するサクさんでも、そんな非人道的なことするワケが―――。
「……ふん。俺たちはこの地を襲う『竜の軍勢』を倒すためにやってきたんだ。この生け捕りはその意思の表れ。ひいてはそうだな……貴様らの"主"へ渡すための献上品とはっきり言うべきか?」
―――あるんだよなぁ……。
非人道的というか、文字通り人じゃないもん、あの人……いや人じゃないけど……ってややこしいなこれ!!!
いやまぁ正直分かってましたよ?
そりゃ、あのサクさんの案だし、碌なことはないとね……期待なんてありませんでしたとも……とほほ。
……とはいえ、そんな彼のマッチポンプを理解できる頭脳が灼炎種の最下層にあるわけもなく。
加えて彼の言葉は理路整然かつ単純明快、故に灼炎種たちの荒ぶる炎を一瞬で鎮めてみせることは容易かった。
次第にざわめきは収まり、槍を構えていた戦士たちが互いに視線を交わす。
赤黒い鱗がわずかに震え、彼らの声が低く漏れ始める。
「……献上品……それならば我らが手出しするのは無礼では……?」
「いや、だが奴もまた不死者だぞ? 言うことを聞いてもいいものなのか……?」
「待て、彼は忌まわしき竜を倒しに来たと言ってたぞ? 現に竜が差し出された今、信じるべきなのではないか……?」
「確かに……けど、主からは竜は全部滅ぼせって言われてるし……」
「ぐぬぬ、俺たちはどうすれば……」
だがやはりというべきか、母体の数が多いだけにすぐには決断しきれない者も多く、現場の空気は少しは軽減されたものの依然として重かった。
……しかし、そんな風に悩んでいた彼らはふと、俺たちの背後を一斉に見上げた。
それは、彼らにとって絶対的な存在であり―――。
「……いや、そうだ。今は王がいらっしゃるではないか! 王に決めていただこう!」
「……! そうだ、何を悩む必要がある! 王の意思こそが、我ら種族の意思!」
「王! いかがなさいますか!?」
無数の期待と困惑の視線が、不動の姿勢で佇んでいたライオンの巨躯――ゴラクZさんへと集中する。
―――そしてここで、サクさんの完全なる策 (ダジャレじゃないよ)が意味を成した。
俺を"献上品"という名の餌として差し出し、その最終決定権を身内であるゴラクZさんに委ねる。
はたから見れば種族間の緊張感溢れる交渉だが、その実、身内同士でパスを回しているだけという、とんでもないマッチポンプに他ならない……酷いぜほんと……。
しかしまぁその策の考案者であるサクさんは眼窟の奥の燐光を細め、狙い通りの展開を悦しむかのように、僅かに不敵な笑みを浮かべて視線を落としていた。
その姿は、盤上の駒をすべて計算通りに動かし終えた冷徹な棋士そのものだ。
……そして、当のゴラクZさんは屈強な腕を組み、燃え盛る鬣を一度揺らすと、火山の地鳴りにも似た重厚な声を響かせた……が。
「ウ、ウム……この者の言う通り……だ……!」
……いや、ちょっとわざとらしすぎませんかねぇ……???
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