第一話 死んだ火山と死んでいる者たち
―――王都での一件を終えた俺たちは今、この世界……かつて俺たちが遊んでいたVRMMORPG《ユグ:ドライアス》と同じ構造を持った【異世界】に来てしまった理由を探るため、王都近郊の村で拾った灼炎種の魔獣――サラマンダーの言葉を頼りに、灼炎種が棲まう地――《カディオール火山》へと向かっていた。
……んだけれども……。
あ~……少しだけ。
ほんの少しだけ、この火山に着くまでのちょっとした出来事を話させてほしい。
これは、目的地である《カディオール火山》から少し離れた場所の話なんだけど―――――。
◇◆◇
そこは、火山地帯と称しつつもどこか落ち着いた空気が漂う場所だった。
黒く焼け焦げた岩肌は疎らに広がり、灰色の砂が風に舞っては陽炎の中へ溶けていく。
地表にはまだ微かな熱が残っているのか、揺らめく空気が景色を歪ませ、荒々しさと静けさが同じ場所に同居しているように感じられる。
そんな異様な光景の上空に今―――さらに異様で、場違いにもほどがある深紅の輝きが空からゆっくりと高度を下げ始めた。
荒々しい岩肌を舐める熱風を撥ね退けるほどに磨き抜かれた深紅の装甲。
眩い陽光を暴力的なまでに照り返し、周囲の原生的な景色を嘲笑うかのような冷徹な機能美。
大自然と称せるほどのこの環境の中に介在する、このテクノロジーの結晶ともいえる艶やかな機体は今、火山の荒涼とした景色では明らかに浮いていた。
……二つの意味でね。
――それはさておき。
やがて車体は音もなく地に着陸し、カシャン、と小さな機械音を立ててドアが開いた。
同時に、車内に凝縮されていた非現実的なまでの冷気が、外気の熱波と衝突して白い霧となって溢れ出す。
そしてそこから現れたのは―――!
「……おぁ~~~……」
ゾンビか!?
いや、違う!
あれは―――!
……なんていうおふざけもそこそこに……。
重力に逆らうことを放棄したような呻き声とともに、まず最初に車外の熱砂へと投げ出されたのは、ゾンビというよりも幽霊のように力なく垂れ下がった一本の細い腕だった。
ぱっと見は人間と大差ない―――そう思わせる程度には、しなやかな筋肉のラインも指先の造形も、見慣れた人間のそれと変わらないように見える。
しかし、その腕が陽光の下に晒された瞬間、そこに宿る圧倒的な異質さが光った。
―――手首から肘にかけて疎らに、それでいて精緻な幾何学模様を描くように浮かび上がっている金属質の鱗のようなもの。
角度を変えるたびに深海のような蒼や、火山の火を写したような赤が鱗の表面を走り、見る者の視神経を焼き切らんとするほどの色彩を放つそれは、もはや生き物の組織というよりは、高度な研磨を施された宝石の欠片を、誰かが狂気的な執念で皮膚の下に埋め込んだかのような滑らかさを備えているようにも思える。
……のだが。
とはいえ今はそんな異質さや不気味さは微塵もなく。
力なく、だらんと垂れ切った腕は地面を必死に掴み寄せるようにしており、なんとか体全体を車外へと這い出そうとしているその姿は……まぁそのなんだ……酔っ払いがタクシーから這い出るものと全く同じ光景だった……。
「うぅ……痛い、痛いよぉ~……」
そんな呻くような、頼りなく情けない声とともに火山の大地へ突っ伏した男―――つまり俺は、節々に残る軋むような痛みを抑えながら、ようやくの思いで仰向けになって熱い空気を肺に流し込んだ。
……おっと、少し紹介が遅れたけれど、お察しの通りこれが俺で、加えて言うなら俺は人間じゃない。
……説得力は……うん、一旦飲み込んでくれ。
とまぁ腕に鱗を持つことから、よく魚類だと思われがちなんだけれど、これでも俺は一応、竜……つまり、ドラゴンなんだ。
―――いや、竜も元は魚類だって説もあるし、あながち間違いじゃないのか……?
ゴホンゴホン。
それもともかく……じゃあそんな偉大で尊大で雄大な竜ともあろう俺が、なぜこんな風に無様に地面に突っ伏しているかというと―――。
理由は単純。
―――ゼロ加速で420km/hもの速度を出す、物理法則をドブに捨てたような馬鹿げた乗り物に無理やり押し込められたからに決まってるだろ!!!!!!
……なんて、少し取り乱したけれど改めて説明しよう。
細かいことは難しい話になるから割愛するけど、そもそも加速域無しの物体、というのは物理的にはあり得ないものな上で、計算上では”加速度が無限になる”という文言からして狂ったものなワケだ。
当然、加速度が無限ということは、それに乗る俺たちにはジェットコースターの急加速時の何倍もの衝撃―――Gが体にかかるということで……。
いくら俺が竜としての強靭な耐久力を誇り、パッシブスキルで状態異常すら無効化する体になっていたとしても、その超質量的な衝撃が無効化されるわけじゃない。
体がバラバラにならないだけで、痛くないかって聞かれたら普通に痛いし、何より内臓が全部背中側に置き去りにされたような不快感が凄まじい。というかこれが一番やばい。吐きそうというかマジで吐く。
……いや、マジのガチで辛いんだよ……?
故に、本来ならば絶対にやりたくないほどの出来事なのにもかかわらず、実際にこんなことが起きているのはなぜなのか?
それは―――。
――と、俺が地に突っ伏しながら、なおも呻きを上げていると、俺の反対側から静かに車体から降り、背筋を伸ばし切った黒いローブの存在―――否。
この物事の"すべての元凶"がこちらに歩み寄り、俺を見下ろしながら嘲笑うように鼻を鳴らした。
「ふん……竜種の王ともあろう存在が、あの程度で音を上げるとは……恥ずかしくないのか? マスター」
そう告げた彼の言葉は、声ではなく、音として脳内に直接響いた。
無理やり脳に響き渡らせられているかのような、不気味な会話方法。
初見ならば驚くような出来事かもしれないけれど……俺は特に気にすることなくその存在を自然と見上げて、未だ呻きながらもその存在に文句を零した……が。
「うぅ……いくら自分が不死だからってやりすぎなんだよ、サクさんは……!」
「……ふん。貴様は鍛えが足りんのだ鍛えが」
そんな俺の抗議を、鼻先で笑い飛ばすかのように告げた彼の纏った漆黒のローブが風の流れを無視するようにふわりと生き物めいて広がった。
するとふと、その裾の奥の暗がりに沈んだ境界線から、乾燥した大気の中で鈍く光る純白の骨が露わになった。
本来あるべき血肉を一切持たず、ただ乾燥した硬質な骨格のみで構成されたその体躯。
筋肉はおろか臓物もなく、血液の一滴も流れていない空洞の胸郭を揺らして動くその姿は、まさに生者の理から逸脱した非現実の象徴―――そう、彼は言葉通り「不死の存在」。動く骸骨だ。
薄暗いローブの奥に見え隠れする無機質な頭蓋は、往年のホラー映画の幕開けを飾る死神のように禍々しい風格を漂わせていて、もしこれが現実世界の出来事であり、何の予備知識もなく彼に遭遇していたのなら、俺は間違いなく肺の中の空気をすべて吐き出すほどの壮絶な叫び声を上げて、一目散に逃げ出していたことだろう。
けれど……。
「はぁ~~~~!? こちとらステータス最強の竜種なんですけど!? ってか、筋肉もなければ鍛える必要すらない骸骨がそれ言う!? いや、そもそも物理法則を無視した物を作らないでもらっていいかなぁ!?」
俺はその見慣れた骸骨に反論するために地面に突っ伏した無様な体勢から跳ねるように飛び起き、未だ脳を揺らす残振に顔を顰めながら、目の前の死神―――サクさんへ指先を突きつけた。
サクさん。
―――正確には"サクラノヴァ"という名前の骸骨は、見たまんま不死の種族―――そして、簡素な見た目ながらに不死種の王という称号を冠する存在であり、俺と時を同じくしてこの異世界へと転移してしまったうちの一人でもある。
彼の性格を語るなら、冷静沈着という言葉が相応しいはず……だった。
知性的で、常に一手先を読み、最善の効率を叩き出すその姿は確かにクレバーなのだが……。
この骸骨は、ある一線を越えると、現実世界にいた頃から大分エキセントリックな一面を覗かせることが多々あるのだ。
名は体を表す、というよりもむしろ、体は名を表すというべきか?
不死種の特性の一つである、"一歩間違えればデータの全消滅"――すなわちゲームシステム上での完全な死に直面する状況ですら、それが自分にとって心躍るようなものであれば、それを極上のアトラクションのように嬉々として楽しんでしまうという彼は、常人なら失神するような遊びを、不死であることに限らずに何度も繰り返しては生還するという……まさに、真正の不死の王だと言えよう……。
そして今回、その歪んだ探究心と創造力の結節点に誕生してしまった彼の玩具が、この加速域という概念を抹消し、初動から時速420kmを叩き出す地獄の馬鹿車というわけだ。
……いや、本当に死んだらどうするんだこの人は……。
などと思いながら発した俺の必死の抗議を前にして、しかしサクラノヴァさんはわざわざ俺を見下ろすためにふわりと数センチだけ宙に浮いて、重力を嘲笑うようなその挙動のまま存在しない鼻を鳴らした。
「……ふん、何を今さら……」
と、なぜそんな当たり前のことを聞くのかと言わんばかりに……というかもう言ってるけど……首を傾げる彼の骨と骨が擦れる乾いた音が妙に耳に残ると同時、蒼く光る眼窩が俺を射抜くように細められる。
「……マスターは、物理どころか、輪廻の法則すら超越したこの俺に常識を問うのか?」
そう言いながら彼は無造作に骨張った指先を動かし、自身の肋骨の左側――本来ならば心臓がある位置をコツ、コツと軽快な音を立てて叩く。
その仕草はあまりに芝居がかっていて、挑発的な響きを孕んでいたし、正直、猛烈に腹が立ったけれど……。
「……いや、まぁ確かにそれはそう、か……」
反論しようと開いた口から出たのは、情けないほど力のない同意だった。
正直、彼の言う通り、俺自身もまた竜種としてこの地に立っている時点で現代科学の常識などとうの昔に霧散していることは明らかだ。
空も飛べるし、魔法も使えるし、口から高威力のブレスだって出る。
なんなら翼も生やせるし……ってか異世界転移の時点で大分法則無視してるしな……。
などと、悟りたくはなかったが、確かに今の俺の言葉には一抹の説得力も残っていなかったことを思い出して小さく息を吐いたのだった―――。
改めてここまで読んでいただきありがとうございます!
期間が空きましたが、本日より第二章、開幕します―――!
第二章からは【毎日AM7:00】更新となっておりますのでご注意ください!
それでは、これからもまた
【応援お願いします!】
「続きはどうなるんだろう?」「面白かった!」
など思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします!
更新は第二章は毎日【AM7時】更新予定です!




