プロローグ1 焔熔の地に眠る影に向かう現代っ子たち
赤黒く焼けただれた岩壁が幾重にも折り重なり、果ての見えぬ迷宮のように続いていた。
地の底から吹き上がる灼熱の息吹は空気を揺らし、視界を歪ませるそこはまるで、世界そのものが燃え盛る幻影に包まれているかのようだった。
天井から滴り落ちるのは水ではなく、半ば固まりかけた溶岩の粒。
赤い光を帯びたそれが床に落ちるたびに甲高い音を響かせ、岩盤を焼き付かせる。
その音は空間全体へ伝わり、岩盤はところどころ赤く脈動していた。
奥へ進むほどに、さらに空気は重く、熱気は濃く、静寂は深くなる。
ここは人間が決して住むことのできない場所――生者を拒絶する灼熱の牢獄。
―――だが、その深奥に蠢く影が、一つ。
ソレは、この地に眠っていた。
言葉を発さず、意思を示さず、ただ火山の熱が最もこもった場所で眠り続けていた。
何百、何千と、火山の熱を一身に受けるうちにやがて影は岩盤と同化し、炎と共鳴し、存在そのものが火山の鼓動と重なっていた。
しかしある日、僅かに地が揺れた。
その震動は微かなものだったが、この熱気溢れる体に突如として襲った悪寒は目覚めの合図となり、影は静寂の中でゆっくりと意識を取り戻す。
閉ざされた空間に、低く、重く、しかし確かに響く声が漏れた。
「……王が、来た……」
その呟きは小さくも、火山そのものが発した言葉のように重く響き渡り、灼熱の空間を震わせた。
そして、影が目覚めたその日。
長きにわたり荒れ狂っていた《カディオール火山》の噴火は、突如として活動を停止した。
静寂と灼熱が同居する異様な空間の中で、火山は新たな時を刻み始めていた―――――。
◇◆◇
―――意識の奥の底で、何かが叫んでいる声が響いていた。
それは言葉ではなく、悲鳴にも歓声にも似た曖昧な響き。
遠く霞んでいて、意識の底に耳を澄ましても決して鮮明にはならない。
声は小さく、その正体も、意味もわからない。
ただ……なぜか、そこに宿る感情だけが俺を鋭く突き刺してきた。
許さない、終わらない、苦しい、空しい、―――――殺したい。
理由もなく、ただ荒れ狂う激情が意識の奥底を満たしていく。
夢の中でしか聞こえないはずの声が、まるで現実を侵食するかのように重く響いた。
その瞬間――。
「マスター……起きろ。朝だ……」
低くも優しい、冷静な声が耳に届いた。
その声に即座に意識が引き戻され、ゆっくりと瞼を開けると、目の前に窓から差し込む朝の光に照らされた不愛想な骸骨姿が見えた。
「っ! ……はぁ……夢か……」
かつてない感情に思わず俺は胸を押さえ、荒い呼吸を整える。
夢の中で感じた怒りや苦しみはまだ残滓のように心に絡みついている中、目の前の骸骨―――不死種の王であるサクラノヴァさんは静かに言葉を続けた。
「……嫌な夢を見たときは朝日を浴びるといい。……少しはマシになるだろう」
そう言われるがままに骸骨姿から視線をずらして窓から差し込む光を覗くと、そこには夜の影を払い、心の奥に残る不快な感情を少しずつ溶かしていく柔らかい日差しがあった。
「……ありがとう、サクさん……ちょっと楽になったよ」
「……そうか。それならなによりだ。……今日は火山地帯の調査で驚くものを準備したから気分が沈んでいてはつまらん……」
「……驚くもの?」
「あぁ、マスターも早く外に来るといい」
そんな短いやり取りを交わし、サクラノヴァさんが立ち去った後、俺は深く息を吐き、簡単な水魔法を掌に宿す。
そうして掌から生まれた透明な水は冷たく満たされ、それで顔を包み込む。
その感触は夢の残滓を洗い流すように心地よく、重苦しい胸の奥を少しだけ軽くしてくれた。
「っはぁ……城に水道でも通ってれば風呂にも入れるんだろうけど……」
独り言のように吐き出した声は、石造りの部屋に乾いた反響を残す。
先日の地下水路で染み付いた匂いがまだ体にまとわりついているのを感じ、俺は思わず顔をしかめた。
鼻を突く湿った臭気は、戦いの余韻を思い出させるようで、気分の良いものではない。
王都にある温泉で体を流しておけばよかったなと後悔したけれど。
「ま……今は仕方ないか……」
嫌悪を振り払うように肩を回し、重い扉を押し開ける。
外へと続く回廊に出た俺は、既にそこに準備された猫バイトさんの分身体である岩の巨像と、サクラノヴァさんが生み出した眷属が一人――漆黒のマントを翻し、蒼白な顔に紅の瞳を宿す【吸血鬼王】を見かけた。
その優雅な佇まいに思わず俺は軽く会釈をすると、【吸血鬼王】は口元にわずかな笑みを浮かべ、同様に静かに頭を下げた。
そのあまりのリアルさに思わず口元を吊り上げつつ、二体に見送られるようにして俺は回廊を抜け、外へと足を踏み出す。
朝の光が肌を照り付ける中、そこには既に仲間たちが集まっていた。
「おっそいよマスター! もう準備できてるよ!」
猫バイトさんは岩の巨人とはまた違う本体の姿で手を振り。
「ウム、早起きは三文の徳……ゆえに―――」
燃える鬣を持つライオン――ゴラクZさんは腕を組み、背中から立ち上る炎が朝の空気をわずかに熱していた。
が、ゴラクZさんが語り始めると少し長いので、俺はその暑苦しい言葉を遮って話を本題にすり替えた。
「あいあい、それで驚くものってなんだ? もうそんじょそこらのもんじゃ驚かないけど……」
そう俺が肩をすくめながら問いかけると、三人の視線が同時に空へと向けられ、サクラノヴァさんが細い骨の指で上空を示した。
何かと思いながらも、それに釣られて視線を上げた俺は、思わず口を開けた。
「……いや……マジか……」
だって、そこに浮かんでいたのは―――。
「……あぁ、大マジだ。昨日の夜、俺と猫バイトで仕上げた、かつての移動手段――――自動車だ」
―――サクラノヴァさんの言う通り、空に浮かんでいるのは紛れもなく俺たちにとって馴染み深い存在――自動車だった。
異種素材を融合させたハイブリッド構造材で作られた骨格に、精密な機構と膨大な計算を積み重ねた工学の極致とも言われるそれは、俺たちがいた現実世界において長距離を移動する最適な移動手段。
流体力学と熱力学の理論を突き詰めた結果として車体は空を滑るように浮遊し、内部には姿勢制御と外乱補償システムが組み込まれ、加速度負荷を管理して乗員の体感を一定に保つ。
俺自身も何度か乗ったことはあったけれど……まさかそれをこの世界で見ることになろうとは!
俺が感動に打ちひしがれる中、そうしてサクラノヴァさんが手元にある小さな機械を押すと、空に浮かんだ深紅に染め上げられた自動車はゆっくりと降下して俺たちの目の前にやってきた。
「おぉ~! すっげぇ! めっちゃリアルじゃん!」
当然、こんな異世界にあるはずのないものを生み出せるのはただ一人しかいないと思いつつ、俺が猫バイトさんを見ながら目を輝かせると、彼は嬉しそうに巨大な胸を張った。
「ふふ~ん! リアルなのはなにも外装だけじゃないからね~! さっ、早速みんな乗ってみてよ!」
その声は弾んでいて、まるで子供のような興奮が伝わってくる。
そうして普通に助手席に座ろうとして、ふと気が付く。
「……あれ? でもさ、誰が運転するの? 俺、免許持ってないけど?」
当然の疑問に、場に沈黙が落ちる。
ただ、これはみんなが運転をしたくない、というわけではない。
かつての現実世界ではすべてがVRや自動化技術によって豊かになり、そもそも外に出ることがなくなった影響で自動車に乗る人が希少であり、さらに言えば自動運転もあった現代では自ら運転する必要はなく、免許を持っている人はさらに希少が故の質問。
しばらくすると、なんとなく自然と全員の視線がゴラクZさんへと集まる。
最年長者である彼ならば持っていてもおかしくない。
みんなもそう思ったのだろうが、しかし彼は燃える鬣を揺らしながら腕を組み、少し困ったように唸った。
「ム……確かに俺は一番年長者かもしれないが……しかし運転する機会もなかったからな……」
「えぇ意外~! ゴラクZさん持ってるかと思った~」
ゴラクZさんの言葉に猫バイトさんは肩をすくめ、笑いながら言う。
確かに、あの感じで免許を持っていないのは意外かもしれない。
とすると可能性が残されたのは……。
そう思った俺の視線が一人の男に向いたその時、既にその男は静かに運転席へと歩み寄り、座った。
「……それならば仕方ない……俺がやるしかないな……」
「お~! さっすが《ネクサス・レグリア》の参謀!」
サクラノヴァさんの圧倒的なその有能っぷりにみんなが感心しながら次々と車内へ乗り込み、―――猫バイトさんの巨体でどう入るんだろうと思っていたら普通に後部座席上の屋根が開いて普通に乗り込んでいた。すごいなほんと……――――俺はサクラノヴァさんの隣に腰を下ろした。
赤い車体の内部はさすがに猫バイトさんが入れるだけあってかなり広く、座席は柔らかく、まるで現実世界の高級車のような快適さを備えていた。
「いや~、サクさん免許なんて持ってたんだね、知らなかったよ」
俺がそう話しかけるとサクラノヴァさんはゆっくりと首を動かし、骸骨の顔をこちらへ向けた。
その動作は妙に滑らかで、まるで何かを企んでいるかのような不気味さを伴っていて―――。
「……ん? 誰が持っていると言ったんだ?」
「―――へ?」
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
骸骨の眼窩に宿る蒼の光は、どこか楽しげに揺れていた。
……まるで、これから始まる“危険な遊び”を心から楽しみにしているかのように。
そして赤い車体は、俺の不安を振り切るように低い唸りを上げ、重力をものともせずに高度を上げていく。
その光景に思わず息を呑みながら、俺は再び疑問を口にした。
「な、なぁ……この世界なら車を使わなくても俺たちが普通に移動したほうが早いんじゃない?」
それは至極当然の問いだった。
現実世界ならいざ知らず、今ここは異世界で、俺たちは全員が人外の中の最強種。
本気を出せば車など比にならない速度を出せるはず。
しかし、サクラノヴァはそれに対して淡々と答える。
「あぁ……それについても問題ない。この車はマスターより早く飛ぶ仕様にしているからな」
「……は?」
「―――さぁ! 行くぞ!」
そう俺が再び疑問を問いかける間もなく。
サクラノヴァさんのその一言とともに赤い車体は轟音を上げ――――瞬間。
サクラノヴァさんのほうを向いていた俺の顔が真横に叩き折られた。
「ぐえっ」というみっともない声とともに見えたのは、見るからにウキウキしていた骸骨姿。
そこで俺はつい最近の俺の背中に乗っていた時のサクラノヴァさんを思い出す。
―――そうか、この人……生粋のスリルジャンキーだ―――――!!!
風を切りながら笑い声を響かせ、危険な速度を楽しんでいたあの姿。
……だが気づいた時にはもう遅い。
改めて言うまでもないが、この車を製作したのは創造種でもある猫バイトである。
創造種は、想像したものをそのまま創造する力を持つがゆえに、彼の想像こそが製作物の性能になる。
そして、それに協力したのは他でもない、トップオブスリルジャンキー・サクラノヴァ。
彼の嘘の吹き込みによって得られた知識で創られたこの車には、なんと普通なら存在する"加速域"という概念が存在しない。
要するに―――発進した瞬間から最高速度に到達する、ということ。
―――その速度、およそ400km/h。
もはや外の景色は一瞬で後方へ流れ去り、形を認識する前に色の帯となって視界の端を横切っていく。
距離感が崩れて遠景が数秒で目前に迫り、ただ残るのは風を切る轟音と安定装置を狂わすほどの震動、そして視界を埋め尽くす光の奔流――。
恐らく誰かが外からこの車を捉えようにも、それを形として捉えることは誰にもできず。
ただ、赤い閃光が空を裂き、轟音が遅れて耳を打ち、突風が砂を巻き上げる様子だけが目に映ることだろう。
そして、いくら自分がこれぐらいの速度で飛べるからと言えど、そこに掛かる負担は強く……―――そうして。
「はっはっはー!!! これが生の実感だ!!!!」
「いやっほ~~~~い!!!」
「っぐ……この異常種がっ……!」
「ウウム……此度はマスターに同意しよう……! ヌォッ!」
車内には骸骨と岩の巨人の笑い声が響き渡り、俺とゴラクZさんのうめき声だけが、あとに残されていったのだった―――――。
成人の日ではないですが、おめでたい日なので二章の始まりをちょっとだけチラ見せします!
一応結末までと三章まで構想はあるので特にここから大きく変わることはないです!(タブン)
今後の展開は二月中には出していく予定ですので(正確に言えなくてスミマセン……)、とりあえずは温かい目で見てくださると有難いです……。
最低でも2/25には投稿し始めますので、もし待っていてくださるという方はそこから読み始めてみてください!
ということで、改めまして”最強ギルドごと異世界に転移した最強種たち、暇なので世界を滅ぼしてみた”の今後にぜひご期待ください!!!
朝雨さめ。




