エピローグ1 王都の歴史が変わった日
かつて外に出ることさえ躊躇われていた街の空気はもう、どこにもなくなっていた。
王が処断されてから早三日が経ち、王都の中枢には再び活気が満ち、通りには色とりどりの布を張った商店が並び、香ばしい匂いや笑い声が溢れていた。
人々は自由を得たことを祝福するように、互いに声を掛け合い、子供たちは走り回り、街全体が新しい時代の息吹を感じさせている。
そして―――。
「おねーちゃん! ありがとう!!」
小さな少女が、赤と白で作られた綺麗な花を一人の女性に差し出す。
それを受け取った女性は柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「……あぁ、こちらこそありがとう! ……思い切り楽しんでおいで」
女性がそう言うや少女は満面の笑みで頷いた後、すぐに露店の波に消えていった。
その光景に女性がふっと口元を緩めていると、その横にいた銀髪の男もまたその光景を見つめながら静かに言葉を漏らす。
「……私は、こんな未来を捨てようとしていたのですか……まったく……お恥ずかしい限りです……」
彼のその悲痛な声に、しかし女性は責めることなく。
花を胸に抱きながら彼に視線を向けた。
「……いや、私も見て見ぬふりを続けていた身だ……貴殿を責める資格もない。……だから……これから失った時間を徐々に、私たちの手で取り戻していこう……」
その言葉に男は深く頷き、やがて少しだけ笑みを浮かべ、大げさに礼をしてみせた。
それはしかしあまりにもわざとらしく―――。
「えぇ……私は貴方に付いていきますよ、ソフィア殿……いえ、新しい女王様ですかな?」
「っ、サヴァン……その呼び方はやめてくれ……私に王なんて立場は似合わないさ……」
―――その言葉にソフィアと呼ばれた女性は目を見開き、すぐに首を振った。
そして、少しの間を置いた後、僅かに息を吐いてこう続けた。
「そうだな、強いて言うのなら……剣聖と呼んでくれ」
柔らかい風が二人の頬を撫でたその時――。
街の賑わいを掻き分けるように、一人の少年と青年が焦ったように駆け寄ってきた。
「ソフィアさ~ん! っと、それとサヴァン宰相様、ここにいらしたんですね!」
「はぁ、はぁ、すみません……どうしてもリュカが急ぎ伝えたいと……!」
「っ、リュカ、ルーフ! どうしたんだ?」
声の主である、かつての部隊の隊員たちの様子にソフィアは驚き、思わず声を上げた。
「えっとね! とりあえず見に来てよ!」
しかし、ソフィアの驚きとは対照的に、リュカは胸を張りながら息を整える間もなく笑顔で叫んだ―――。
◆◇◆
「これは……! 一体どういうことだ……!?」
そう叫んだ彼女が来ていたのは、王都東部の隊舎に併設された治療室だった。
つい昨日まで、かの者たちの城の調査に赴いた隊員たちが火傷を負い、呻き声と薬草の匂いに満ちていた場所だったのだが―――。
―――しかし今、目の前に広がる光景はまるで別物だった。
ベッドに横たわっていたはずの隊員たちは立ち上がり、互いに肩を抱き合いながら笑顔を交わしており、痛みに歪んでいた顔はどこにもなく、そこにあるのは喜びと安堵だけだった。
「これは……一体……」
サヴァンですら驚きの表情を浮かべる中、リュカの後ろにいたルーファスが一歩前に出て、自らの腕をまくり上げながら言った。
「昨日の夜頃のことです。なにか変な予感がして目が覚めたんですが……そしたら窓の外が一瞬緑色の光に包まれて……気が付いたらここにいるみんなの傷が治っていたんです……あ、いや、信じられないかもしれないですけど、現に俺の傷跡さえまったく……」
そうして見た彼の腕には、確かに昨日まで赤黒く焼けただれていたはずの痕が、今や影も形もなく消えていた。
その光景にソフィアは息を呑み、思わずサヴァンと視線を交わす。
そうして二人は同時に小さく息を吐き、僅かに口角を上げながら同じ言葉を口にした。
「「……まったく……あの人たちはどこまでも……!」」
その言葉にリュカたちは首を傾げたが、それを気にせずに彼女らは笑みを浮かべていた。
―――が、そこでリュカが目を見開き、大きな声を上げた。
「――あっ! そうだ! もう一つ伝えなきゃいけないことがあったんだ!」
「まだあるのか……?」
そう言葉を零しながらも、これから何が起きるのかに胸を膨らませている自分がいることに、少し恥じらいながら彼女はリュカの後をついていった―――。
◆◇◆
やがてたどり着いたのは、王都の南門付近にある広い平野だった。
―――再度言おう。
そこは、広い平野だった。
もはや彼らのことだ。
何をしててもおかしくはない。
だからもう驚くことはない。
そう思っていたソフィアやサヴァンは、しかし目の前の光景に思わず目を擦った。
そこは確かに南門の傍にある平野……のはず。
しかし、彼女らの視界に映ったのは―――澄み渡る大きな湖と、そこから奥へと流れ出す川。
水面は朝日を反射してきらめき、風に揺れる波紋がまるで新しい命の息吹を告げているようだった。
「これは……いや、なにかは分かるが……」
「えぇ……わたくしは夢を見ているのでしょうか……?」
そのあまりの変わりように、彼女らは思わず異世界にでも飛ばされたのかと錯覚して動揺するが、その時、ルーファスが懐から一枚の羊皮紙を取り出し、恭しく差し出した。
「こちら、シェイド騎士団長がここで見つけたものなんですが……シェイド騎士団長はこれを見て珍しく笑っていてですね……? 宰相殿らには、これがどういう意味かお判りでしょうか?」
「シェイドが?」
ソフィアはそれを受け取り、目を通す。
するとそこには整った筆跡でこう記されていた。
『拝啓、新しい女王様へ。
王都は素晴らしい都市だとは思うけど、やっぱり地下水路の臭いだけはどうかしたほうがいいよ!
湖と川はこっちでなんとかしたからさ、後の環境整備は任せてもいいかな?
たまに立ち寄ったりすると思うけど、その時はぜひ良いところを案内してくれよな!
綺麗な水が好きな、親愛なる海獣種より 』
――――そう読み終えた瞬間、ソフィアは大きく息を吐き、そして突然笑い声を上げた。
「―――っ、はっはっは!!!」
「そ、ソフィアさん!? どうしたんですか!?」
リュカが慌てて声を上げるも、ソフィアは笑みを浮かべたまま、力強く言った。
「いや、まずは私の最初の仕事が決まったと思ってな! サヴァン、人手を集められるか?」
「ははっ、お安い御用ですよ。こちらを最優先に財源を回しましょう」
ソフィアの意図を汲んだサヴァンはそれに即座に応じ、頼もしげに胸を張った。
と、その場の空気が少し和んだところで、ふとルーファスが思い出したように声を上げる。
「あぁ、そういえばサヴァン宰相様にも一通手紙が来てました!」
「ん? わたくしにですか? なになに……って……これはまた……」
そうして彼が受け取った羊皮紙には、しかし呪詛のような禍々しい筆跡でこう並んでいた。
『貴族なら踊りの練習はしておけ。あと固有魔法に頼りすぎるな。……だが……あの爆炎魔法は悪くなかったぞ』
―――そして、サヴァンはそれを怖がることなく目を通し、彼もまた思わず苦笑した。
「……まったく、これは私も努力せねばなりませんなぁ……!」
「……あぁ、そうだな……! 共に頑張ろう……!」
サヴァンの言葉にソフィアも笑みを返し、湖面に映る光が二人の未来を照らすように輝いていた。
◆◇◆
王都の南門に広がる湖面は、朝日を浴びて煌めいていた。
風が吹けば水面は揺れ、波紋が広がり、まるで新しい時代の始まりを告げる鐘の音のように街へと響いていく。
かつて恐怖に縛られ、外に出ることすらためらわれた王都の空気は消え、通りには商人たちの声が飛び交い、子どもたちが笑いながら走り回り、職人たちが新しい工房を開いては技を競い合う。
人々はようやく"生きる"という日常を取り戻し、その日常を誇りに変えていったのだ。
王都は変わった。
王城や、そこにある玉座は権威の象徴ではなく、民の声を聞くための場所に。
守護隊は外への圧力ではなく、住民を守るための騎士団に。
そして、祭りや学び舎が再び息を吹き返し、街は文化と技術の両輪で未来を走り始める。
新しくできた湖と川は水路の整備だけでなく、新しい時代の象徴としても取り入れられた。
清らかな水は街を潤し、病を減らし、農を豊かにし、商を活性化させる。
人々はその水辺に集い、灯籠を流す祭りを始め、祈りを希望へと変えていった。
――そして、やがて一つの碑と、一つの像が立った。
広場の中心に大きく建てられたその像は、かつてこの国を救ってくれたという上半身が魚で下半身が人の半魚人の姿。
そして、その足元に立つ碑にはこう刻まれている。
『人を助けることに理由はいらない。我らの誇りと共に、永遠に』
人々はその前で毎朝誓いを立てる。
見返りを求めることなく人に尽くすこと。
それがこの国の在り方であり、希望を表す言葉なのだと。
――王都はもう、暴虐な一人の王のものではない。
ここに生きる全ての人のものだ。
湖の風が市場を駆け抜け、朝の鐘が城壁に響く。
誰かが橋を渡り、誰かが門を開け、誰かが歌を始める。
その一つひとつの営みが、未来を形作っていく。
そして、遠くにいる仲間たちの足音は時折この街に戻り、また別の道へと去っていく。
その度に王都は少しずつ誇らしくなり、民は胸を張って言うのだ。
――ここが、私たちの王都だ、と―――――――。
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更新は明日【AM1時】更新予定です!
ついに明日、第一章完結です。




