第三十六話 玉座に挑む者たち……と一匹の半魚人
王城内部 中央階段の背面―――。
普段なら誰の目にも触れないはずの壁がわずかに震え、石の継ぎ目が“ずるり”とずれていく。
まるで城そのものが口を開けるように、隠された扉が静かに開いた。
そして、闇の奥から最初に現れたのは―――大きなヒレ。
続いて、湿った空気を押しのけるように、呻き声を漏らした半魚人がヌルリと這い出てきた。
「……くはぁ~~~! やっぱ地上の空気は素晴らしいなぁ……!!」
水路の悪臭に慣れていたせいか、地上の空気を吸い込むたびに半魚人――つまり俺の肺が歓喜しているのがわかった。
好き勝手に何度も深呼吸をしていると、俺に次いで後ろから軽装の女性と黒装束の男が姿を現す。
「兵士は……いませんね……」
一人の女性―――王都守護隊において最強と呼ばれる女性、剣聖ソフィアがそう口にするや、補足するように黒装束の男―――王都守護二番隊長のシェイドが言葉を繋ぐ。
「こんなに深い夜だ。……襲撃に備えていたのは俺たち隊長のみで、隊士らはみな宿舎で休んでいる。……この城においてもあの魔獣がいる以上、警備を置く必要もないのだろう」
「お、じゃあ難なく王のもとに迎えるわけだな!」
シェイドのその言葉に俺は満足げに歩き出そうとして、しかし、ふとあるものを見かけて―――。
「……ゲェ……」
―――思わず言葉を失った。
視線の先には、階段の背後に置かれた巨大な鏡があった。
城を広く見せるためか、隠し扉の存在を誤魔化すためかは知らないが―― そこに映っていたのは、少し汚れながらも凛とした佇まいのソフィアさんと静謐な顔立ちで目の前を見据えるシェイドさん。
そして……上半身だけがぬめりとした鱗に包まれ、下半身は人間のままの変態の海獣種。
汚いヒレをだらんと垂らして王城に佇むその姿は、どう見てもこれから王に会いに行く姿とは言い難く……。
むしろ、水路から這い出てきて今にも城を攻め落とさんとする怪物そのものだった。
「うあぁ……これが王都を救いに来た者の姿か……俺なら断固拒否するね……」
「……す、姿はどうあれ、私たちはちゃんと知っていますから」
ソフィアさんが俺の言葉に慌ててフォローを入れてくれるが、 “姿はどうあれ”と言っている時点でフォローになっていない。
否定してないもんね??
――などと。
俺たちはそんな会話をしながらも、誰もいない王城をただ、ひたすらに上っていくのだった―――、
◇◆◇
靴音が黒曜石の壁に反響し、まるで王城そのものが侵入者の存在を試しているかのような雰囲気の中。
しかしシェイドの言う通り、俺たちは誰と出会うこともなく階段の最上段―――王がいるという部屋の前へと辿り着いた。
広々とした通路の先には巨大な両開きの扉。
深紅の塗装が施され、中央には王家の紋章が刻まれているその扉はまさに王がいる間に相応しい豪奢な造りになっている。
「……いよいよ……ですね……」
そう話すソフィアさんの声は、もう震えていなかった。
ここに来る道中で覚悟を決め、自分の意志で、足で、初めての王への反逆を行うその姿は剣聖という彼女の二つ名に違わない雰囲気を醸し出している。
そして、その横で彼女同様に落ち着いた表情を浮かべる彼もまた。
「……王の命に従えなかった俺は恐らく殺されるだろう……だが、死ぬぐらいならば俺の命を、剣聖……そして、貴方に預けても構わないだろうか?」
短く息を吐き、彼は低く呟く。
その言葉は王都守護隊の二番手を担う彼の覚悟を示し、俺は軽く肩をすくめながら扉に手をかける。
冷たい金属の感触が掌に伝わることで、ここが紛れもない現実なのだと気づかされる中、俺は言った。
「……誰も死なせないよ。俺が必ず守るから」
そう、カッコつけた俺の姿は――しかしアホ面の魚顔のせいでひどく滑稽に見えていたが、それを突っ込む余裕のあるものはここには残念ながらおらず。
やがて、少し気恥しくなってきた俺の大きなヒレによって重厚な扉が軋む音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
――――そして。
扉が完全に開かれた瞬間、視界に広がったのは、荘厳にして冷徹な空間だった。
《オルディレスト城》とはまた違った雰囲気を持ち、高くそびえる天井には巨大なステンドグラスが嵌め込まれ、七色の光が床に散り、黒曜石の床を神々しく照らしている。
その光の中心に鎮座するのは、黄金と蒼鋼で造られた玉座に座す一人の男。
「……王……」
そうシェイドが呟いたとき、王と呼ばれた男は肘置きに指先を軽く叩きながら、 悠然とこちらを見下ろしていた。
両脇には近衛騎士が二人。そして……背後の檻には黒い影が蠢いている。
あれが王……そして魔獣か……。
うーん……。確かに魔獣がいるのは分かるのに姿が見えない……ってことは―――。
と、俺がそう考えていた時、ソフィアさんが一歩前に出た。
「……王――いえ、ゼルファリオ=マギステリア。私は剣聖として、今日、あなたに刃を向けるためにここへ来た」
それは、至極単純な宣戦布告。
王都が誇る最大戦力に突き付けられた無慈悲な言葉だったが……しかし王はそれでも動じなかった。
代わりに口元に浮かんだ笑みは冷たく、瞳には嘲りの光が宿る。
「……フン……愚かな女だ。……余に逆らった者がどうなったのか、忘れたわけではあるまい……?」
その声は低く響き、玉座の間全体を支配するほどの威圧感は僅かにソフィアの体を強張らせる。
しかし、それを意に介することなく王はそのまま視線を横へと滑らせ、今度は黒装束の男を見て言葉を発した。
「……して……なぜ貴様がそちらにいるのだ? シェイド……。貴様には隣にいる女の首だけを持ってくるよう命じたはずだが……?」
シェイドは王のその言葉に一瞬、唇を噛みしめる。
だがすぐに顔を上げ、仮面を外した素顔で王を見据えた。
「……かつての俺は地下で死んだ……。今はこの命を剣聖に、そして――この男に預けている……! 王の……貴様の駒として朽ちるよりも、俺は俺自身の手で貴様を倒すことを選ぶ……!」
その宣言は、玉座の間の空気を一変させた。
王の口元に浮かんでいた薄い笑みが、初めて消える。
冷徹な瞳が細められ、玉座の間の空気がさらに張り詰めた。
「……はぁ……揃いも揃って愚か者ばかり……。余に背を向ける者は皆同じ結末を迎えるのだと、あれほどまでに見させてやったというのに……」
その言葉には怒りよりも冷徹な呆れや侮蔑が込められていた。
裏切り者の末路を幾度も見せつけてきた王にとって、彼らの決意など取るに足らぬもの。
故に。
「……まぁよい」
王はゆっくりと手を掲げ、彼らを指し示す。
「……この程度は想定のうち……行け、兵士たちよ。……あの裏切り者たちを殺すのだ―――」
その命令と同時に、玉座の両脇に控えていた近衛兵が動く。
「―――来るぞっ!!」
「……あぁ!」
そう叫ぶ二人の元王都守護隊長。
……一方。
その背後で、どう見ても場違いな魚面の男が、ただ、じっと彼らを見つめていた――――。
◇◆◇
―――王が兵士に指示する少し前。
ソフィアさんが王に対して宣戦布告を仕掛けた頃のこと。
俺は……話し出すタイミングを完全に見失っていた。
玉座の間に張り詰める空気。
王の冷徹な視線はソフィアさんとシェイドさんに向けられ、近衛兵たちの殺気もまた二人へ集中している。
ゆえに……。
え、なにこれ……? もしかして俺は今、ストーリームービーを見てるのか???
……いや、自分が操作できないイベントシーンがあるレトロゲームは見たことあるけど、まさか自分が今その体験をすることになるとは……。
と、思いがけずあの感覚に襲われた俺は、居心地の悪さに思わず肩をすくめた。
まぁ確かに王が剣聖と二番隊長に話しかけるのは理解できるよ?
……にしたってよく、こんな変なアホ面半魚人を無視できるね!?!?
自分で言うのもなんだけど、王様になにか言ってもらえるんじゃないかって期待してたんだよ!?
……はぁ……。
なんかシェイドさんはまるで主人公みたいなカッコいいセリフを吐いているし……ソフィアさんも剣聖として堂々と王に刃を向けているのに……その横で魚顔の俺は……ただ立っているだけ。
いや、俺も何か言った方がいいんじゃないかとは思うよ??
でも今さら割り込むのも変だしさ?
う~~~~ん……。
そう頭の中でぐるぐる考える。
気が付けば王は近衛兵に命令を下し、近衛兵らはなにやら魔法を発動しているのが見えた。
正直、この場を盛り上げるために近衛兵を全部俺が倒すのもアリだけど、それじゃあ二人の見せ場を奪うことになってしまう。
せっかくシェイドさんが心変わりしてカッコよく決意を固めたのに、俺が全部片付けたら呆気なさすぎるし……それに、それだと今後のこの人らのためにならないしなぁ……。
……う~ん……まぁ、死にかけることがあるなら助けるぐらいで、あっちは任せておくか!
うん、とりあえず俺は魔獣だけやる感じでいいかな!
そう結論づけて、俺は静かに息を吐く。
目の前には悠然と玉座に構える王の姿と、その背後に揺らめく大きな気配の影。
もし、アレが俺の想定通りなら……。
「ま、どの道すぐに終わっちゃうな」
俺はそう口にして、ヒレにグッと力を込めた――――。
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