第三十二話 VS王都守護五番隊長
――――森を焼き尽くすほどの灼熱の熱気の中。
錠もなく、取手もない異質な扉に苛立ち、何度も蹴り上げる巨漢の姿があった。
彼は、王都守護第五隊長であり、【不変】のホッグス=ノーコン。
短気で粗暴で、その圧倒的な対格差を生かした強力な一撃を以て、これまでの敵という敵を薙ぎ倒してきた。
その実力は王都の五番目に位置してはいるが、単純な力比べなら他の追随を許さず。
ただ、自分が存分に力を振るえる場所だけを求めていた。
彼の固有魔法も含めて敵無しと自称する彼は恐れを知らない。
―――故に。
「―――――ッ!? なんだこの圧力はァッ!?」
ホッグスは初めて抱く謎の感情に、本能からか大槍を構えて周囲を一瞬にして見渡した。
―――だが、当然周囲には生き物一匹存在しない灼熱の監獄。
では、彼が感じるこの圧倒的な捕食者の視線はどこから来ているのか。
「~~~~~なんだってんだよッ! クソがッ!」
……どこから来ているのか? いや、そんなことはすでに彼も理解していた。
周囲に気配はない。
だが、これまでの経験から確かに感じる強者の圧力。
それが示す唯一の事実は、彼ですら把握できないこの城の中にいるであろう存在が放っているということ。
――――ただ、その事実に気が付いたその時。
幸か不幸か、彼の固有魔法が自動的に発動する。
彼に与え続けた多大なるストレスと恐怖心が彼の体に適応し、今まで感じていたものが一切消える。
「……はっ、そうだ、なにをビビってたんだ俺はァ。この俺に敵う奴なんかそうそういるわけがねェってんだ……!」
そうして、相対的に気が大きくなったホッグスは、城の中にいるであろう存在へと語りかけた。
「オイオイ! いつまでこんなとこに引き籠ってやがんだァ!? あァ!? 痛ェようにはしねェからよォ! 早く出てこい!」
返事はなかった。
だが、それに確かに応えるように、目の前の扉が突如、重厚な音を立てて開き始めた。
その光景に気分が高まったホッグスは、その先にあるものを見ようと目を見開き―――目を丸くした。
「……あァ? ンだァてめェ……」
彼の目の前に現れたのは、一匹の燃え盛る獣人と小さき竜……のようなもの。
その姿を見たホッグスは、肩に担いだ大槍を軽く振り直し、口元に獣じみた笑みを浮かべた。
「てめェがこの城の主か?」
声は荒々しく、空気を裂くような響き。
だが、燃え盛る獣人―――ゴラクZは一歩も動かず、全てを包み込むような優しくも鋭い瞳でホッグスを見据えながら静かに応じる。
「ム……貴殿は……もしや、王都の守護隊が一人か……? 特徴からして……五番隊の者だろうか?」
「はッ、クソ女から聞いて俺のことを知ってんなら話が早ェ! オイ、この城を俺に寄越せ!」
ホッグスは大槍を地面に突き立て、堂々と胸を張る。
その態度は傲慢で、だが確かな自信に満ちていた。
だが、これほどまでに傲慢になるのも当然。
彼の力と固有魔法と合わせた総合力では、この近辺において無敗を誇っていた。
そして、警戒していた中に現れたのが、彼にとっては小さな獣人と小さな竜の二体のみであることから、彼はまず負けることはないと判断したのだ。
そして、その態度の彼に対しゴラクZは再び鬣を揺らしながら、低く問いかける。
「……時に、貴殿に聞きたいのだが……王都を牛耳る王が、自らの思想のために民を苦しめているというのは事実だろうか?」
その言葉にホッグスは舌打ちをし、面倒くさそうに肩をすくめる。
「……チッ、めんどくせェこと聞きやがって……んなこと知るかよ。俺ァ、別に他の奴らがどうなろうと知ったことじゃねェ! だが……今の王のが、先王よりも遥かに便利なことには違いねェな!」
「……ム、先王は良識に溢れていたと貴殿らの国の者に聞いたのだが……?」
ホッグスはその言葉に、口角を吊り上げて笑う。
その笑みは、狂気と誇りが混ざったものだった。
「あ? あァそりゃ、あのクソ女からしたらあんな温ィ世界で甘えたがるだろうなァ? だが俺は違ェ。湧き上がる本能のままに、俺ァ気に喰わなぇモンを全部ぶっ壊してェのさ!」
その言葉に、ゴラクZの眉が僅かに歪み、紅い瞳が真っ直ぐにホッグスを射抜く。
「……人を殺すことに、躊躇いはないのか……?」
だが、それを意に介さずにホッグスは獣じみた笑みを浮かべ、肩に担いだ大槍を地面に叩きつけるように振り下ろした。
「ハッ、さっきから聞いてりゃァ獣人の癖にやけに平和ボケしてんじゃねェか!? 自由に生きるには邪魔な奴を殺すしかねェんだよ! 文句がある奴は俺に勝ちゃいいだけの話だろ? 弱ェ癖に理想を叫ぶだけの雑魚はこの世に必要ねェ!」
その言葉はゴラクZの炎のように荒々しく、周囲の熱気と混ざり合って空気を震わせる。
だがゴラクZはその威圧感に一歩も退かず、静かに応じた。
「……なるほど……だが、今の王がそんな自由を許すような人間だとは俺には思えんが……?」
「ハッ、だろうなァ。俺以外の奴なら、あの王の下で好き勝手なんざできやしねェだろうよ……だが俺は違う。なぜかって?」
その瞬間、ホッグスの瞳がぎらつき、獣のような咆哮が灼熱の空間に響き渡った。
「冥途の土産に教えてやるよ……俺が先代の王をぶっ殺して、今の王を玉座に座らせてやった張本人だからさ!」
ホッグスは大槍を肩に担ぎ直しながらそう告白した。
それは誇り高き戦果を語るかのように荒々しく、しかし同時に血に塗れた真実を曝け出すものだった。 炎の監獄に響くその声は、まるで罪を誇る宣言のように重く、空気をさらに濁らせる。
「ハハッ! あの女みてェに甘ったれた理想を並べるだけの王じゃ、俺の欲望は満たせねェ! だから俺がこの手で殺してやったんだ! そして今の王を立ててやったからこそ、俺は誰にも縛られずに自由に暴れられるってわけよ! 俺の力で王国を作り替えたんだ、文句あるかァ!?」
その言葉に、ゴラクZの紅い瞳がわずかに揺らめいた。
怒りの炎が瞳の奥で静かに燃え、鬣が熱風に煽られるように揺れる。
「……なるほど……そうか……」
低く抑えた声。だがその響きには、確かな怒気が込められていた。
ホッグスはその反応を愉快そうに笑い飛ばす。
「ハハッ、ンな顔すんなよ。てめェもすぐにそっち側に送ってやるからよォ!!!」
――――彼の敗因は、この時すでに、恐怖心が消えていたことにあった。
「――――貴殿は、滅さなくてはいけない悪だ」
恐怖心とは、時に人間を守る盾となる。
恐れがあればこそ、慎重に行動し、逃げるという選択肢を持つことができる。
だがホッグスは自身の固有魔法によって恐怖を失い、己の力を過信しすぎてしまった。
もしホッグスが恐怖心を抱いていたならば、彼はこの時すでに尻尾を巻いて逃げ出していたことだろう。
こんな態度で挑発することもなく、己の命を守るために必死で逃げ惑っていたはず。
だが、恐怖を失った彼はそれを選べなかった。
恐れを知らぬ者は、己の死を予感することすらできない。
そしてその瞬間こそが、ホッグスの運命を決定づけたのだった。
「あ? んだァやんのか? 残念だが、俺に剣や魔法は効かね―――――ッ!?」
戦闘態勢に入ろうとした瞬間、ホッグスの巨体は唐突に制圧される。
ゴラクZの片腕が稲妻のような速さで伸び、彼の頭部は鷲掴みにされ、そのまま、まるで子供の人形を持ち上げるかのように、数百キロはあるであろう巨漢を片手一本で持ち上げたのだ。
「ぐあッ!? ッ、そんな馬鹿な!?? この俺が片手如きでッ……ぐぅ……ッ! がああああッ!」
そしてそのまま頭蓋を締め付ける圧倒的な力に骨が軋む音が響く。
ホッグスは必死に叫び、暴れ、腕を振り回すが、ゴラクZの握力は微動だにしない。
彼の巨腕ですら意味を成さず、ただ痛みに呻くしかなかった。
――だが、ここで再び彼の固有魔法が発動する。
【適所適応】。
自身にとって不利な状況を受け続けることで、肉体がそれに慣れ、やがて無効化する能力。
これまで幾度も彼を窮地から救ってきた力が、再び彼の体を覆う。
「ぐゥ~~~~ッ! ~~~~っはっ……残念だったなァ! この痛みにも俺ァ適応して……!」
勝ち誇った笑みを浮かべ、声を張り上げるホッグス。 だが……その言葉は途中で途切れた。
「……!? な、なんだ!? 何も見えなく―――――」
――突如、視界が闇に閉ざされたことを冷静に分析しようとするが、しかし異常は視界だけに留まらなかった。
(……!? いや違う! 何も話すことも……いや、考えることさえ……デネ、キァ?)
ホッグスの思考が途切れ、言葉が崩れ、意識が霞んでいく。
そして――――――。
――――ボトッ、という、生々しくも重い音が、ゴラクZの足元に響く。
「ヒッ、お、王!?」
そして、それを見た背後にいるサラマンダーは思わず目を逸らし、炎ではない何かを吐き出すのを抑えるために小さな手で口元を覆った。
だが、まるで熱に溶かされたプラスチックのように、ソレは何度も大きな音を立てて無情にも地に落ちていく。
―――この時、ホッグスの魔法は、ゴラクZの熱に対して適応を始めていた。
彼の手のひらから発される熱に適応した彼は、その熱を感じることはなかった。
……だからこそ。
ゴラクZの熱が皮膚をも溶かす熱だということを、彼は感じることができなかった。
彼の熱は、持ち上げたホッグスの皮膚を溶かし、臓器を溶かし、その意識を即座に閉ざさせていた。
―――灼炎種。
【ユグ:ドライアス】にて“炎を統べる者”といわれている、十の種族のうちの一種。
この種族は生まれながらにして炎属性を体に宿し、炎熱系の攻撃に対して完全な耐性を持つ。
彼らの体内には常時高温の魔力が循環しており、一般的な個体ですら素手で触れれば火傷を免れないほどの熱を纏っている。
種族レベルが上がっていくにつれその熱量は増し、やがて周囲の水分を蒸発させ、草木を焦がし、地にすら焼け跡を残す。
だが――その中でも、彼―――ゴラクZという灼炎種の王はさらに別格の力を持っている。
通常の体温が五千度を超えるという太陽の表面にさえ匹敵するといわれるその熱は、ただ手を翳しただけで人の皮膚を消し去り、鋼鉄すら赤熱して軋ませる。
一度戦場に立てば、その熱気は周囲の魔法体系すら狂わせ、周囲の炎属性魔法は彼の力に共鳴して威力を増し、逆に相対する水属性魔法は反発し、発動すら拒絶する。
この力はゲーム内において"熱気"と呼ばれ、種族王が持つパッシブスキルとして最も有名であり、発動中は周囲の炎耐性を持たない敵に、そこにいるだけで継続ダメージを与え続けるという、圧倒的なまでの対多数戦闘力を持つ。
そのため、彼と相対したプレイヤーは皆一様に彼のことをこう呼ぶ。
――――レイドボス、と。
しかし最早、この世界で相対していた彼にそれを口にする機会は……ついぞ訪れることはなかった――――。
「……ム、しばしムキになってしまったな……。サラマンダーよ、すまなかった……」
「いっ、いえ! 滅相もありません!!! しかして……この者の……うッ……ざ、残骸は如何にしましょうか……?」
サラマンダーが、地面に零れたかつてホッグスだったモノを指しながら言うと、ゴラクZは自身の掌から拳ほどの大きさの炎の塊を発生させ、それをその場に落とす。
「あぁ……悪意ある者は全て消し去らねばな……」
――――途端、モノが一瞬にして焼け焦げる音とともにその場から消え、ゴラクZは遠くを見ながら一人呟いた。
「……ウム……彼らにも何もなければよいのだがな……」
風すら吹かない熱気の中心。
彼の吐いたため息は――――その場で消え去っていった―――――。
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