第三十一話 無敵の男
《オルディレスト城》玉座回廊にて―――。
高天井の石造りの回廊は、静寂に包まれていた。
壁に取り付けられた魔力灯が淡い光を放ち、その揺らめきが長い影を床に落とす。
その影の中、玉座の脇に腰を下ろしたゴラクZは炎の鬣をゆらりと揺らしながらぽつりと呟いた。
「ウム……しかし一人でいると孤独感が増し、この世界に一人放り出されたような感覚になるな……」
その声は低く響き、広い回廊に反響する。
誰に向けたわけでもない独白だったが、すぐ傍らで床に腹ばいになっていた人二人分ほどの大きさの大蜥蜴―――サラマンダーが慌てて顔を上げた。
「おっ、王!? わたくしもおりますが!?」
その大きな体に似合わず、震えながら必死にそう訴える姿に、ゴラクZは思わず笑みを浮かべる。
「ははっ、そうだったな!」
そう冗談めかして宥める声には、武骨な男らしさと同時に仲間を思う温かさが滲んでいたが、その瞳は未だどこか遠くを見つめるように揺らめいているようにも見える。
やがてゴラクZは視線をサラマンダーへと戻し、ふと思い出したかのように問いかけた。
「……しかし、サラマンダーよ。お前がこんな人間種が多い街の近くにいたのは不思議だな。火山地帯はここから遠いだろう?」
そう問いかける声は低く落ち着いていたが、そこには純粋な疑問と、相手を思いやる柔らかさが含まれていた。
その心地よい優しさに甘え、サラマンダーは尾をくるりと巻き、再び頭を岩の床にぺたりと伏せながら、しおしおと答える。
「い、いえ……わたくしはあの剣聖に追いやられてここまで……。いえ、まぁそれ以前から火山地帯から離れておりましたが……」
「ム……それはなぜだ?」
ゴラクZの重ねた問いに、サラマンダーは一瞬だけ言葉に詰まりつつも前足を擦り合わせながら口を開いた。
「……わ、わたくしが火山地帯を離れたのは……噴火が止まったからでございます」
「噴火が……止まった?」
その問いに、サラマンダーは前足を擦り合わせ、しおしおとした声で続ける。
「えぇ……我ら灼炎種は巨大な火山の周期的な噴火に守られておりました。溶岩の流れが外敵を退け、熱気が我らの力を満たしていたのです。ですが……数日前から噴火の回数が減り、ついには完全に止まってしまったのです」
ゴラクZの炎の鬣が揺れ、熱を帯びる。
「……ウム……それは火山が眠った、ということか?」
「そこまではわたくしにはわかりませんが……しかし噴火が止まったことで、熱気は薄れ、我らの力は弱まりました。いくら主といえど、火山の熱を保ち続けることに精いっぱいで……。状況を打破すべく、そこそこに強かったわたくしは強く感じた熱―――貴方様を見つける過程で彷徨っていたところ、剣聖に遭遇したというわけです……」
その言葉に、ゴラクZは深く息を吐いた。
「……なるほど、炎の精霊故に俺の力を感じたわけか。……しかし、これは果たして偶然と言えるのか……ウゥム……」
そう考えこみ、暗い顔を浮かべたゴラクZにサラマンダーは急に顔を輝かせ、尾をぴんと立てて叫んだ。
「ですが! 我らにとって王がいればそこが火山と同義! こうして新しい王に出会うことができた私は幸せ者でございます!」
サラマンダーの声は玉座回廊に反響し、まるで炎の賛歌のように響いた。
そのあまりにも眩しい忠誠心にゴラクZは思わず吹き出しそうになりながらも、武骨な笑みを浮かべて頷く。
「ウム、仲間がいるのは……やはり心強いものだ。……ところで――――」
その時――。
「……ム?」
炎の鬣が揺れ、ゴラクZの耳が微かな音を捉えた。
石造りの回廊に響いたのは、かすかな振動。
城の外から重い足音が遠くから近づいてくるような、そんな低い響きだった。
「ひぃい!? なななななんでしょう!? 今の音、何かが……!」
「……サクラノヴァがいない今、遠距離視認は不可……だが気配からすると、どうやら一人ほど城の前で立ち尽くしているようだ」
「えぇ!? でも、まだ王の熱気は出ていらっしゃいますし……もしや、熱に耐えられる仲間でしょうか!?」
「……だといいが……」
そうしてゴラクZはゆっくりと、正門へと歩みを進めた――――。
◇◆◇
《グレイヴミルの森》境界にて―――。
木々を薙ぎ倒すような足音が、森の静寂を乱していた。
その主は、巨躯にして猛牛のような圧を放ちながらも軽快に足を進めている男――王都守護第五番隊隊長のホッグス=ノーコン。
肩に担いだ大槍が重々しく揺れ、鬱蒼とした森をずかずかと進むたびに枝葉が砕け散り、鳥獣が逃げ惑う。
「チッ、こりゃあ確かにあちぃな……!」
大地が軋むほどの圧を持ちながらも彼はようやく目的地へとたどり着くと、その光景に思わず感嘆の声を漏らした。
「……おぉ? おぉ! 随分立派な城じゃねぇか! いいぜいいぜ!」
木々の隙間から覗く黒曜の城を見上げ、ホッグスは鼻を鳴らす。
そうして城を見据えたまま境界を跨ごうとして――気づく。
「……あ? なんだァ……?」
一歩踏み込もうとしただけで、肌にまとわりつくような熱が襲いかかってくる。
火でも炎でもない。
だが、確かに“身を焼かれる”感覚が彼にはあった。
「なるほどなぁ……! こりゃ確かに雑魚共が騒ぐわけだぜ! この熱気じゃ並の体なら焼けちまうってもんだ!」
額に汗が滲む。
呼吸が重くなる。
普通の兵なら一歩で皮膚が爛れ、二歩で意識を失うだろう。
それでもホッグスは笑っていた。
「こんな熱気、まるで火山の心臓に顔突っ込んでるみてぇだ……! だが―――」
大槍を地面に突き立て、両腕を広げる。
熱が筋肉を焼くようにまとわりつくが、彼はそれを歓迎していた。
「この俺にとっちゃぁ、温すぎちまうなァ!」
その瞬間、彼の体を覆う熱気が変質した。
灼熱は彼を焼くのではなく、彼に馴染み、彼の肉体に吸収されていくように。
王都守護隊第五番隊隊長―――ホッグス=ノーコン。
彼の固有魔法は、【適所適応】。
あらゆる事象において、しばらく同様のものを体に受け続けることでその事象に適応するという、使い方さえ正しければ"無敵"という言葉ですら当てはまるほどの力を持つ彼は、一身にこの境界内の熱量を受け――――そして、適応した。
あの一番隊の面々が三重もの防御魔法をかけてさえただの一歩しか進むことができていなかった境界内を、一歩、また一歩と進み始める。
「――ははっ、この城奪ったら、この熱で最強の防衛拠点になるってことだろ……!? 最高じゃねぇか!」
ホッグスは満足げにほくそ笑み、巨躯を揺らしながら城へと一直線に進んでいった。
境界の大地を抜け、黒曜の壁がそびえ立つその正門へと辿り着いた時、彼はふと足を止める。
「……あァ? この扉……開ける機構がねェな……? どうなってやがんだ?」
通常ならば、扉というのは蝶番や取っ手、鎖や錠前といった"開閉のための仕組み"が存在するはずである。
でなければ、そもそもそれは扉としての機能を果たしていないことを意味しているのだから。
ただ、それがこの扉には一切見当たらない。
それどころか、内部の構造を探ろうと魔力を巡らせても、まるで深淵に触れるかのように何も掴めない。
ただ、黒曜の質感が不気味に光を反射し、彼を嘲笑うかのように立ちはだかっている事実に、徐々にホッグスに苛立ちが募っていく。
「チッ……んだこれはよォ……! ここまで来て無駄足だってのかよッ! ふざけんなッ!」
そして、力任せに蹴り上げた重厚な扉は――――しかし一切の音を吸い込むように、まるで何事もなかったかのように依然として何も変わらなかった。
重さとはすなわち力。
傍から見ても一目瞭然なほどに巨大な体を持つ彼の蹴りはただの蹴りではなかった。
ただ、その力をもってしてでも何も変化がない扉に―――ホッグスは少しばかりの嫌な予感を感じ始めていた――――。
いよいよ明日は新年になりますが、新年を記念して次回は特別番外編を投稿いたしますので、ぜひ気になる方は応援よろしくお願いします!
更新は第一章は毎日【AM1時】更新予定です!




