第二十八話 VS王都守護四番隊長
―――上下左右、空も地面も壁という概念がない曖昧な異空間。
周囲には酒の匂いが立ち込め、空気は重く、視界が僅かに揺れるような錯覚の中、猫バイトは岩の拳を握りしめながら目の前の泥酔男――王都守護四番隊長であるイアンを見据えていた。
イアンは千鳥足ながらに片手に持った剣を振り回し、自信満々に笑みを浮かべる。
その剣筋は酔いに任せた不規則な軌跡を描き、まるで蛇がのたうつように揺れながら猫バイトへと迫る。
「ヒック……これが俺の特殊な剣技……酔剣ってやつさ……ヒヒッ! そんな大柄な鎧で避けれると思うなよォ!?」
―――酔剣。
通常であれば大量のお酒を自身に含ませることで意識は朦朧とし、一挙手一投足が思うようにいかないが、しかしそれを制御し、剣技として彼が昇華させた技術。
自分ですら予測不可能な足取りと剣筋は相手を惑わし、避けることさえ許さないその技術は―――しかし、避ける必要がなければ、どうということはない。
渕降ろされた剣は猫バイトが一歩も動かずして、ガキィイイインッという激しい金属音とともに、その一撃をはじき返し、甲高い金属音が疑似空間に響き渡り、火花が散る。
自分の自慢の剣が彼の腕に弾かれたことでイアンの体はよろけて後退し、酒に濁った瞳が一瞬だけ驚愕に揺れた。
「おぉっとっと~、あぁ~? っんだよ、結構良い鎧着てやがんな~? ヒック」
そうイアンは負け惜しみのように吐き捨てるが、それに対して猫バイトは冷めた声で返した。
「はぁ……なんでもいいけどさ。仕事中に酒を飲んで、酔って危険物振り回すだけの行動に変な技名つけた挙句、自分の弱さを人のせいにする"ダメな大人"には、僕は絶対なりたくないなぁ~……」
―――煽りスキル。
ゲーム内に正確にはないものの、ことVRMMOゲームのPVPにおいて最も有用な技能の一つであり、その点において、ギルド 《ネクサス・レガリア》においてサクラノヴァに次いで得意としている彼の言葉はまさに岩のように重く、この異空間内に冷たく響いた。
結果。
それを真に受けたイアンは、当然顔が歪み、怒りに染まる。
―――そのすべてが、彼の策略だとは気づかずに。
「……ック……あァ? ……舐めてんじゃねぇぞ!」
猫バイトの挑発に見事に乗ったイアンは、怒声とともに再び剣を振り上げる。
酔いに任せた剣筋はさらに荒々しく、力任せに振り下ろされる―――だが、それですら岩の表面を削ることすらできず、逆に衝撃で彼の手が痺れて剣先が震える。
「チッ……厄介な鎧だなぁ~……!」
「はぁ~、やだやだ。正論言われただけで激高してす~ぐに手を出すなんて……しかも自分の実力のなさを相手の装備のせいにして……はぁ~~~これだから酒カスは困るね~?」
そうして再び放った猫バイトの冷徹な言葉は、酔いに濁ったイアンの心を鋭く突き刺した。
その瞬間、イアンの顔は完全に怒りに染まり、血走った瞳がギラリと光る。
「~~~~~ッ!!! きっ、貴様~~~!!」
何度目かの怒声とともに、イアンは手にしていた剣を乱暴に投げ捨てた。
金属が異空間の床へとぶつかり、甲高い音を響かせる。
だが彼はそれを気にも留めず、今度は両手の指先を空へと突き出す。
「―――ッ! いいだろうッ! ヒック、遊んでやったが、そんなに早く死にたきゃ殺してやるよ! そんな装備、意味を成さないことと知れッ! 【断世の牢】ッ!」
その叫びと同時に、イアンの指先が空中をなぞるように動き始めた。
それは酔った足取りとは裏腹に、指の軌跡は異様に正確で、次第に空間に淡い光の線が走る。
空気が震え、描かれた紋様が次第に形を成していく。
やがて幾何学的な紋様が幾重にも重なり、まるで牢獄の鉄格子のような光の枠が空間に浮かび上がる。
「お?」
そして―――。
「消え去っちまいなッ!!!!」
彼の言葉とともに半透明のキューブが、目の前の大岩―――猫バイトの左腕を覆うと―――。
バツンッ!という重い音とともに――――猫バイトの左腕が消えた。
「!? うわぁ~~~! 腕が! どうしよう! 腕が!」
そのあまりの出来事に猫バイトは慌てて岩の体を見回し、それを見るイアンは余裕の笑みを浮かべていた。
「はっはァ~! うだうだしてると、全部消えちまうぜ~? ヒック。悪いがてめぇ~はこの俺様、【断界】のイアンの前に倒れ伏して、大人になることは叶わねぇんだよぉ~! くっはっは!!」
そうして彼の言葉通り、再び指で描いた紋様に合わせて今度は彼の右足に白い檻が形成される。
「ほらほら~? さっきまでの威勢はどうしたァ~? あぁ~?」
そして―――猫バイトが避ける間もなく、右足もキューブに包まれて重い音ともに消失した。
「うっ、うわっ、ちょ、ちょっと待って! バランスが―――!」
焦る猫バイトだったが、しかし片足ではその巨体を支えることができず、そのまま猫バイトは異空間に倒れ込む。
それを見たイアンはふらふらと歩み寄りながら下卑た笑みを浮かべ、残った右腕と左足にも容赦なく紋様を描いていった。
「さァさァ、そんじゃ……ック……さっさお逝っちまおうぜぇ~!!」
「うわぁ~! やめて~!」
そしてキューブが無情にも猫バイトの右腕と左足を包み――――ついに岩の巨人は胴体と頭だけになった……が。
「ぬあ~~~! う~ご~け~な~い~!」
ただ、それでもなお死ぬことなく喚きらしている相手を訝しみつつも、イアンは不機嫌そうに頭に紋様を描く。
「……ま、まだ生きてやがるのか……? もう四肢はないってのに、どうなっていやがる……? ヒック……まァいいや、その喧しい口ごと消えてさっさと死んどけ――――!」
そして彼の言葉とともに――――ついに、今までで一番重厚な音とともに彼の頭部が消え失せた。
その巨大な胴体のみ残された彼の亡骸を見て、静かになった空間にイアンは満足そうな笑みを浮かべ、腰の酒瓶を取り出してぐいっとあおる。
「っか~~~! 完全勝利~っと! はっはっは! やっぱ俺って最強だなぁ~……ヒヒッ」
―――彼が余裕の表情を浮かべるのは当然だった。
彼は目の前の男のことを、硬い鎧を着た巨大な人間だと思っていたのだから。
不幸にも仲間に同様の巨体の人間がいるために、目の前の男を疑うことなく人間だと断定してしまった彼からすれば、四肢を捥ぎ、頭部さえ失った人間が動くことなど有り得ないのだから。
当然、話すことさえも――――。
「ん~……あれ? やっぱもう少し足は細いほうがよかったかなぁ~?」
「―――――ッ!?」
―――そんなことできるわけがない。
そう思っていた彼が、手に持った酒をあおって上を見上げた一瞬だった。
「な、ななな、なぜ、貴様は生きているッ!?」
自身の目の前に―――僅かに……ほんの僅かにスリムになった岩の巨人が立っていた。
その事実に、光景にイアンの背筋が凍る。
「ん? あぁ、ごめんごめん、酔い、覚ましちゃった?」
「ふざけるなッ! あ、頭は確かに飛ばしたはずだぞ!? それで生きているわけが……ッ……ま、まさか貴様!?」
そして、そこで初めて気が付く事実、
――――目の前の存在が、"人間でない"ということを。
だが、それに気が付いた時にはもう遅い。
彼の種族は、"創造種"である。
そして、イアンはそんなことも知らずに、何度も。
彼の目の前で、何度も"ソレ"を見せてしまった。
――――ゆえに。
「貴様、魔獣の類か!? だが、いいだろう!! 何度でも俺の魔法で―――ッ!」
その啖呵とともに急いで再び紋様を描こうとしたその時。
「……あぁ、もうそれ飽きたからいいよ。ってかその魔法、便利だからもらってくね~?」
「―――は?」
そう猫バイトが口にした時、イアンの体中に悪寒が駆け巡り、思わず自身の身体を見やり、目を見開いた。
そこにあったのは、自身の体全体に刻みつけられた、見覚えのある幾何学的な紋様。
―――それは、彼自身が一番よく知っている文様。
「なっ、なぜ私の魔法が!? ま、まさか……!? ヒッ、たっ、助け――――ッ――――」
「え~っと、確か……【断世の牢】!」
猫バイトのその言葉が、異空間に静かに響いたその瞬間。
半透明のキューブが彼の身体全体を覆い――――パスッという軽い音を残し……彼は最後までその言葉を言い切ることなく、その場に酒の匂いだけを残して跡形もなく消え去った。
―――創造種。
【ユグ:ドライアス】において、無から有を生み出せる十の種族のうちが一種。
魔法とは違い、生み出したものがその後も残り続けるという特徴を持つ種族の頂点に立つ彼は、彼が"想像できるもの全てを創造できる"という能力を持つ。
例えば、緻密な機構がないと動くことがない銃火器なども、その詳細な構造などは理解せずとも彼が"銃は弾が撃てる物"だと思いながら作れば、異世界だろうとそれはそのまま作られ、弾を撃つことができる。
ただ、あくまでこれは創造種の認識によって大きく変化するため、拳銃は六発撃ったら再装填が必要だと彼が思っていればそれはその通りに作られ、逆に再装填は必要ないと考えていれば、それはその通りに作られるという、ゲーム内掲示板において想像種とも揶揄されるほどに想像力が求められる種族なのである。
そして、こと猫バイトは、この想像力が圧倒的に優れている人間だった。
故に―――彼の前で使用した魔法やスキルは彼が見て、"使えると思えば使うことが可能"であり、さらに言えばその魔法に新たに自身の想像した法則や機能を組み込むことすらできてしまう。
その上、自身の体までもを想像力で作成している彼は、自身の体のすべてが消えない限り―――死ぬことがない。
「……ま、先に殺そうとしたのはそっちだし……目には目を~ってね~」
猫バイトが最早だれもいない空間でそう言葉を残した次の瞬間―――再び視界が切り替わり、気が付けば猫バイトは再び街中の石畳の上に立っていた。
――そしてふと後ろを振り向くと、そこには骸骨姿のサクラノヴァと―――倒れ伏した銀髪の男――サヴァンがいた。
「あっ、サクラノヴァさんも終わったんだ~!」
「……あぁ、俺がこんな雑魚に負けることなど、生涯一度もあり得ん。……それで、収穫は?」
猫バイトはサクラノヴァの問いに、大きな岩の拳から二本の指を出し、嬉しそうに答えた。
「よていどぉ~り!」
◆◇◆
一方、猫バイトが四番隊長イアンとの闘いを終える数分前のこと―――。
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