第一話 前触れ
――《オルディレスト城》円卓会議室。
天井の高い石造りの一室。
壁には俺たちのギルド【ネクサス・レグリア】の紋章が刻まれた旗が揺れ、中央には円形の黒曜石のテーブルが鎮座しているそこは、かつて最強のギルドによる戦術会議が行われていた歴史ある空間。
テーブルの周囲には同様に黒曜石でできた神秘的な五つの椅子が等間隔で並び、そして現在、そこに座る四人の王たちが、残された短い時を楽しむかのように談笑を繰り広げていた。
「……いやぁ、ほんと、いろいろあると思うけど、こうして最終日に集まれて良かったよ」
俺がそう切り出すと、すかさず岩の巨人――猫バイトさんが、ゴツゴツとした腕を組みながら、ふわふわの猫耳をぴくりと動かして笑った。
「ほんとほんと! でも僕は最終日に集まろうって聞いたとき、すぐに大学休もうって思ったよ~! 結果的にみんなの顔見られてよかった~!」
「いやいや大丈夫なのか、それ」
と、猫バイトさんに対して俺が呟くと、猫バイトさんは屈託のない笑みを浮かべてピースをしていた。
ふと視線を横にすると、その隣にいる燃え盛るライオンの鬣を持つ屈強な男――ゴラクZさんが、腕を組みながらうんうんと唸っている様子が見えた。
彼の背中からは微かに炎が立ち上り、まるで彼自身が戦場の焔そのもののように見えるけれど、しかし今だけはその威厳はどこにやら……今はどこか悲しそうな顔を浮かべていた。
そしてその理由はたった一つ。
「……ウウム……しかし休日さんが来られなかったのは、残念、だったな……」
「いや……休日って名前を付けたくなるのも分かるぐらい社畜すぎて流石に俺も無理強いはできなかったよ……」
「僕、マジで将来あの人みたいにはならないって決めてるんだよね~……」
猫バイトさんの言葉にみんなが頷く中、俺の正面に座る黒いローブに包まれた骸骨の男――サクラノヴァさんもまた静かに首を振った。
ローブの奥から覗く彼の眼窩には、淡い蒼の光が灯っている。
「今回は会うことは叶わなかったが、またいずれ予定が合う日はこうして話したいな。……とはいえ、最終日に会えないというのはやはり寂しいものはあるがな……」
「うん……。あっ、あのさ! 絶対あの人がいたら、最後にみんなで記念にガチャ引こう!とか言ってたと思わない?」
猫バイトさんが笑いながら言うと、ゴラクZさんが懐かしそうに目を細めた。
「はっはっは、そうだな。きっとレアを引くたびに俺の肩叩いて『ほら、運命ってこういうもんだよ』って言うだろう! まったく……いくら未来を見通す種族王だからって、ゲームシステムさえ操れるワケがなかろうに……!」
「ははっ確かに……って、そういえばさ、結局他の種族王も誘ったけど誰も来なかったね……」
俺の言葉に、円卓の空席が静かに応える。
俺がかつて知り合った十種族の王のうち、連絡を取り、ここに集ったのはたった四人だけ。
「……それもまた仕方ないさ。俺らがこうして楽しむように、彼らには彼らの楽しみ方がある。それこそこのゲームが掲げる自由ってモンだからな」
「うんうん! まぁ、最後にもう一回挑んできてほしかったけどね~! 最後の攻城戦はヒリついて楽しかったもん!!」
猫バイトさんが肩をすくめると、ゴラクZさんが笑いながら拳をテーブルに置いた。
「うむ! しかしてやはり我らこそが最強で……最高に楽しかった! ……今はもう、それで十分だろう!」
ゴラクZさんの言葉にサクラノヴァさんは静かにうなずき、俺もまたその光景を目に焼き付けるように見つめた。
この円卓で交わした言葉。
この城で過ごした時間。
このゲームで出会えた仲間たちとの日々。
それらすべてが、俺の中で確かに輝いていた。
「……ありがとうな、みんな。ほんと、楽しかったよ」
俺の言葉に誰かが返す言葉はなかった。
だが、円卓に集う王たちの沈黙は、何よりも深い絆を物語っていた。
―――やがて談笑の後。
サービス終了までの時間が残り一分を切った時。
猫バイトさんがふと思い出したかのように提案した。
「――あっ、ねぇねぇ! やっぱり最後にさ。結果がわからないガチャ、引いてみない?」
猫バイトさんの提案に、円卓の空気が一瞬だけ止まった。
―――結果がわからないガチャ、というのは恐らくサービス終了間際に引いて、結果を見ることなく終えよう、ということだろう。
―――して、次の瞬間にはこのすべてを察した全員が笑っていた。
「おー! それいいね! まさに最後って感じ!」
「ウムウム! これまた休日さんに捧げるにも丁度いいだろう!」
「ふん、日和って単発回す奴はいないよな?」
ゴラクZさんが拳を握り、サクラノヴァさんは柄にもなく発破をかける。
俺も、自然と笑みがこぼれていた。
「「「当っ然!!」」」
世界に名を刻んだ伝説のゲーム【ユグ:ドライアス】。
そしてその中で、最強の名を欲しいままにしたまさに伝説のギルド《ネクサス・レグリア》の円卓に集う四人の王たち。
この世界の終わりに、最後の運試し。
結果なんて、もうどうでもいい。
ただ、みんなで引くことに意味がある。
「じゃあ、カウントダウンいくぞ。せーの……!」
「3」
「2~!」
「1!」
「――行くぞ!」
サクラノヴァさんの声に合わせてそれぞれが、手元のウィンドウに指を伸ばす。
ガチャの演出が始まり、光が舞い、音が鳴る。
虹色の粒子が画面を包み、期待と興奮が一瞬だけ心を満たす。
だが――その瞬間。
すべてのウィンドウが、音もなく消えた。
演出は途切れ、画面は真っ暗になり、操作不能。
何も表示されない。
何も動かない。
「……ん?」
誰かがそう呟いたような気がした。
その声は、遠く、くぐもっていた。
まるで水の底から聞こえるような、奇妙な響きだった。
そして――――違和感が訪れる。
ゲームのサービス終了。
それならば「接続が切れました」だとか、「メンテナンス中です」だとか、何かしらの表示があるはず。
その違和感に、誰もが気づきかけていた。
けれど――誰かが再び声を発する前に、それは訪れた。
視界が、音が、感覚が、思考が。
すべてが、静かに、確かに、途絶えていく感覚。
意識が沈む。
深く、深く、底のない闇へと。
最後に感じたのは、胸の奥をくすぐるような、微かなざわめきだった。
それは、まるで何かが始まる音のようでありながら、全てに終わりを告げる鐘のようにも思えた。
そして、世界は暗転する。
――これは、ただのログアウトではない。
何かが確かに動き出していた。
俺たちの知らない場所で。
俺たちの知らない理で。
そして。
これが俺らにとって、最初で最後の人生になるとは―――思いもしなかった――――。
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