第二十五話 王都潜入作戦
偽りの夕暮れの中、俺たちだけの世界で彼女は言った。
「……ありがとう」と。
それが一体どういう意味を持っていたのか。
その時の俺には理解できなかったけれど、今ならその気持ちが理解出来たような気がした。
かつて現実世界で最強の名を欲しいままにしていた彼女は多分―――――。
◆◇◆
「――まず、王都に入るルートは三つあります」
彼女はそう言って黒曜石の円卓に広げられた地図の上に指を滑らせた。
その指先は今現在いるこの森から少し離れた……と言っても森からは見えないほどの距離にある王都 《サルトルーク》の外縁をなぞりながら、三つの地点を示していく。
――先の勝負の後、少しの休息を挟んだ俺たちは今、目的のために王都へと向かう算段を立てていた。
円卓の周囲には俺を含めたギルドの面々に加え、依頼者の剣聖・ソフィア=グレイスさんが集まり、魔力灯の淡い光がそれぞれの影を揺らしている。
彼女が地図に指し示していたのは、王都の東にある門、南にある門、そして水路のようなものだった。
「……これは水路か? ここから入る道もあるのか?」
サクラノヴァさんがローブの裾を整えながら地図に目を落とし、自らの骨骨しい細い指で水路のようなものを指し示す。
「はい、夜間であれば目立つことなく王都中枢に向かうことができる、王都守護隊しか知らぬ道があります」
そう答える彼女の声は落ち着いていて、そこにはもう俺たちに対する恐怖心は全く感じられなかった。
そして、彼女の言葉に岩の頬をぽりぽりと掻きながら猫バイトさんが首を傾げる。
「でもそれって他の守護隊の人たちも知ってるってことでしょ~? バレやすいんじゃない?」
「……はい、勿論危険は伴いますが、貴方方ならば問題ないかと判断しています」
「ははっ、なるほど力業ね。……まぁけど、街に民がいるのならできるだけ騒ぎにはしたくない……ってのが前提だから出会わないことを祈るしかないな。他の二つのルートは?」
俺がそう言うと彼女は再び地図に視線を落とし、今度は指を東門へと滑らせた。
「一つ目は正面と呼ばれる東門ですが、こちらは守護隊の隊舎があることからやはり警備が厳しく……私の知人だと紹介しても簡単に通ることは難しいと思います」
「加えてこんな姿だし、指輪で擬態したとしても触られれば一発でバレちゃうしな」
骸骨に岩の巨人……燃えるライオンなんて明らかな異常事態だろうよ、などと俺が考えていると彼女は今度は王都の南側の門を指し示す。
「そして二つ目ですが、こちらは商人の出入りに利用される南門です。変装すれば紛れ込める可能性がありますが……検問を通るための身分証や通行証の偽装が必要になりますのでこちらも難しいかと……」
そう言って彼女が首を振ったとき、サクラノヴァさんが静かに問いかける。
「……その身分証や通行証は今、手元にあるか?」
「え? えぇ、私も持ってはいますが……何を?」
「……ならそいつを俺の魔法で複製しよう。偽装技術が発展してるかは知らんが、少しの間なら騙せるだろう」
彼の言葉に彼女はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「なるほど……それが可能ならば南門も容易く入れると思います……とすれば、二手に分かれて潜入できる、というわけですね」
「ウム……被害を広めるわけにはいかないから俺が皆が不在のこの城を防衛するとして……しかし、どう分ける?」
「確かに! ていうか僕の体じゃ目立っちゃうし、水路も通れなくない? いや、もっと削ればいける……?」
猫バイトさんが再びやすりのようなものを取り出してそう言っていたが、俺はそれを笑いながら制止した。
「いや、その必要はないと思うよ? ほら、さっき商人の出入りに使われるって言ってたし」
俺がそう言うと、ゴラクZさんも俺の意図を理解したようで、納得したように頷いた。
「フム、なるほど、マスターのその考えは良さそうだな」
そして少し遅れて猫バイトさんもそれに気が付く。
「……あ~……今回はそういう感じね? まぁいっか! 外を探索できるならなんだっていいよ!」
「……え、っと……どういうことでしょうか?」
ただ、唯一理解していない彼女だけが少し困惑したように問いかけるが、俺は軽く手を振って笑う。
「まぁ見ればわかるよ。じゃあとりあえず水路ルートは道を知るソフィアさんと俺でいいかな」
「あぁ……では身分証の偽造と偽の言い分、荷台に猫バイトを隠して俺らが南門から行こう」
「おっけ~」
「ムゥ……して、先の話にあった王派の守護隊とやらはどれほどいるのだ?」
「はい、王都守護隊は全部で十五。その内の半数近くは王派で構成されています」
「げぇ、少なくとも七つはいるってこと?」
彼女の言葉に猫バイトが岩の指をぱたぱたと動かしながら、面倒くさそうに声を上げる。
だが、彼女はわずかに口角を上げて答えた。
「いえ、結果的にですが、この城の調査の段階で第一から第十五まである隊のうち、第八から第十二は半壊、十二以下については特に気にする必要はないでしょうから……」
「……それってもしかして熱気で?」
俺がそう問いかけると、ゴラクZさんの体がピクッと跳ねた。
「はい。多くの者が無謀にも境界に足を踏み入れ……」
「よかったね! ゴラクZさん! お手柄じゃん!」
彼女の言葉に猫バイトさんが大きな岩の腕でゴラクZさんの肩を軽く叩きながら明るい声でそう言うも、ゴラクZさんは炎の鬣を揺らしながら腕を組んだまま天を仰いていた。
「グゥ……これは喜んでいいものか……」
その表情は複雑で、誇らしさと罪悪感が入り混じっているように見える。
……まぁそりゃやってる感覚はないわけだからな……。
「――そして、彼らを除く王派において今回の作戦で厄介になる隊……というより、厄介な者が五名います」
「……厄介? それは俺たちだとしてもか?」
サクラノヴァさんがそう問いかけると、彼女は一瞬だけ視線を俺に向けて静かに俯いた。
「……貴方方の力を見た今ではおそらく問題なく勝利はできると思います……ただ、この厄介というのが、彼らの固有魔法にあるのです―――」
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