第二十四話 戦いの結末
―――観客席にて、不死たる王の言葉が場を凍らせたと同時。
何度目かの攻防の末、ようやく戦いの終わりが訪れた。
限界に近い動きをし続け、荒い呼吸を隠すこともできなくなった彼女の重心が、しかし音もなく沈む。
圧倒的な天賦の才を持つ彼女は限界を維持し続けたことで自身の殻を破り、すでに体力は尽きている身体でありながら、先よりも数段早い銀閃を地に刻み、ここにきて闘技場の空気を再び爆ぜさせる。
彼女の動きは速い。
いや、速い、という表現すら追いつかないほどに洗練された動きへと進化した彼女の踏み込みと同時に三度の斬撃が重なり、角度の異なる刃が刹那の間に首筋、胸、そして足首への広範囲に襲いかかる。
急所への、ほぼ同時攻撃。
――ただ、それでも。
マスターの瞳には、その全てが“見えていた”。
―――否。正確に言えば、読めていたというのが正しいだろう。
足の向きや腰の捻り、僅かな肩の揺れと視線の向き。
剣聖が攻撃を行う前の“わずかな予兆”から導き出される次の一手を完璧に予測し、二秒も遅れる視界情報から算出して僅かな動きでそれらを避ける。
一撃、二撃、そして三撃。
瞬く間に切り裂かれるその刃先の行く手に、しかしマスターの身体はすでにない。
すべての斬撃は空を切り、何度目かの風音が虚しく舞う。
「……っ」
……そして、得てして人間というのは予想外の出来事が続くとそれに慣れてしまう生き物である。
自身の最速の剣を全て躱されたことの動揺から次の手の判断に迷い、僅かに躊躇した末の四撃目の踏み込みに入って剣を振り下ろそうとした瞬間――。
マスターの手首が僅かに動き―――刹那。
彼女の手に掛かる重さが、突然消えた。
彼の掌底が彼女の持つ剣の柄に正確無比に打ち込まれ、手に持っていた銀の剣が宙へと跳ね上がる。
それは回転しながら魔力灯の光を反射し、弧を描いて遠くへ飛んでいき、それを理解した彼女は意識を急速に引き締め、再度距離を取った。
「……剣聖が剣を手放してもいいんですか?」
そう話すマスターの言葉には、一切の悪意はなかった。
多大なる善意に含まれた僅かな憂慮。
故に、彼女は強く歯を噛み締め、息を整える。
「えぇ。剣がなくては戦えないようじゃ……王都の民は守れませんから―――!」
そう言うが早し。
再び息を吸い、拳を握り、足を滑らせるように踏み込む。
鎧に覆われた肘、膝、拳――過酷な実戦を潜り抜けた、剣に頼らない肉体という武器が唸りを上げる。
「はぁッ!!」
気合とともに拳が放たれ、鎧越しの打撃にも関わらず、空気が破裂するような風圧が生じる。
しかし、武器を捨て、僅かに早くなった彼女の拳でさえ―――マスターを捉えることはできない。
蹴りを放てばあまりにも遠く。
拳を打てば目が錯覚を起こす。
当たると確信しているものが当たらないという疲労感は、徐々に彼女の強い精神を蝕んでいく。
しかし。
何度目かの振りかぶった拳に、それは起こる。
彼女の腕の筋肉が、この短期間での異常な酷使によって―――硬直したのだ。
ただの硬直、それだけでも致命的な隙になるそれは、しかし幸か不幸か目の前の彼の動きもまた、それに反応して僅かに止まる。
彼女の思考は既に限界だった。
だからこそ、迷うことなくその隙を狙い、反射で踏み込み、拳を肩へ叩き込んだ――――。
「うあぁああああああああああっ!!!!!」
そして―――。
「……終わったか……」
その時、観客席から発せられた静かな声が、彼女の脳に響いた。
――気が付けば、先まで戦っていたにも関わらず、彼女は小さく揺らめく魔力灯がつけられた天井を見上げ、背には確かな砂の感覚を感じていた。
何が起きたかは分からない。
ただ、圧倒的な優位な場面だったはずの自身の身体に響く痛みだけが、この戦いの結末を悠然と物語っていた。
だから彼女は、目を閉じ、ふっと息を吐きながら、こう呟いた。
「……っ……私の負け……ですね……!」
呼吸が震え、強く握っていた拳がほどける。
人生で初めての敗北宣言。
本来ならば敗北とは死を意味する境遇の中、しかし彼女は笑った。
そして、再び目を開けた時には、先まで拳を交えて……いや、拳を交えることなく圧倒した男が手を差し伸べていた。
「……あなたは、本気ではなかったでしょう……? 一体何者なんですか……?」
思わず出た言葉だった。
驕っているというわけではないが、自身の力は王都でも随一だと誇りをもって口にすることができる。
けれど、その誇りですら児戯に等しく扱う目の前の男に、彼女は自然とそう問いかけた。
しかしその問いに……彼は肩をすくめて答えた。
「……ただの人間だよ。ソフィアさんと同じね」
―――戦闘の時、彼の軽装から見えた僅かな皮膚の違和感。
それらは彼を同じ人間だと称するには些か無理があるものではあった。
……けれども彼女は、目の前の彼が、なぜか噓を吐いているようには思えなかった。
その違和感を抱えつつも、しかし彼女はそれを追求することはなく。
「ははっ……まさに完敗……だな……!」
そう告げる彼女は、今。
剣聖としてでもなく、王都守護隊の隊長でもなく。
ただ一人の年頃の女の子としての笑顔を浮かべた――――。
◆◇◆
「……悪かったね、この体じゃ手加減ができなくて……」
俺がそう声をかけると彼女はゆっくりと体を起こしながら、静かに答えた。
「いや、気にしないでくれ。しかし……なんとなくわかってはいたが、まさか素手に負ける日が来るとはな……」
彼女の声には悔しさが滲んでいたが、それ以上に澄んだ響きがあった。
だから俺はその言葉に肩をすくめて笑う……が、すぐに視線の先にある観客席に突き刺さったものを見て咄嗟に謝った。
「……あっ、大切な剣を思いっきり飛ばしちゃったけど大丈夫だった……?」
「……! 相手の武器まで心配するとは恐れ入るな……。だがそれも気にしなくていい。……自分に何が足りないのか、少しわかった気がするからな。……むしろ感謝するよ、マスター」
―――そして、彼女から自然と放たれたその言葉に俺は一瞬だけ目を見開きながら、彼女にインベントリから回復薬を差し出し、彼女はそれを疑うことなく飲み干した。
「……! 痛みが消えていく……これは一体? ……いや、貴方方のことだ。もはや何が起きても不思議ではないな! ……ありがとう」
そう口にする彼女に、俺は観客席から歩いてきている猫バイトさんに向かって声をかけた。
「猫バイトさん! 傷とか痛みは大丈夫だと思うけど、疲れてると思うから一応ベッドのある場所に案内してもらっていいかな? 最後は結構強めに殴っちゃったからさ……」
「ほいほ~い、ソフィアさん、こっちこっち~! あっ、さっきの勝負だけど、あの人が化け物なだけだから気にしなくていいからね~?」
「っ、ははっ……確かにそのようだな……」
―――などと、猫バイトさんとソフィアさんが俺に対して軽口を叩きつつ、岩の腕をぶんぶん振りながら、彼女を案内して闘技場を後にしていったその背中を見送ったあと、俺は静かに息を吐く。
「……それで、戦った感想はどうだ?」
その様子を見て、俺の近くにきたサクラノヴァさんが静かにそう問いかけてきた。
「ま、強さでいえば見た感じより少し上振れたかな……? なんかの力のような気はしたけど……ま、言っても誤差レベルだから普通にしてて負けることはまずないだろうね」
「……そうか」
サクラノヴァさんが俺の言葉に納得していると、今度はゴラクZさんが俺に声をかける。
「さて……これで王都にいるという守護隊長とやらの力はおおよそ知ることができたな。……あとは、謎の魔獣とやらがどんなものか。……そして王都とやらが、話の通り腐っているのかどうかといったところだな」
そして、その言葉に闘技場の空気が再び引き締まる。
「うん……それで、もし彼女の言うことが本当だった場合だけどさ……改めて聞きたいんだけど……本当にそうすべきだとサクさんは思ってる、ってことでいいんだよね……?」
俺の問いかけに、サクラノヴァさんはすぐに答えるわけではなく、視線を俺たちに向けた。
その視線はまるで生きる者の魂を刈り取る死神のようで……彼をよく知る俺たちでさえ一瞬、彼を本物の死の超越者だと錯覚してしまった。
「……あぁ。適宜判断は任せるが……」
そうして彼は一拍置き、眼窩の光を鋭く強める。
その青い輝きはまるで刃のように鋭く、まさに、死者の王の威光を示していた。
「――――相手が悪意に満ちた存在なら、殺しても構わない―――――」
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