第十一話 付き従うモノ
「―――――へへっ! ま、まさか貴方様が竜の支配者様だったなんて~! もう~! 言ってくださいよ~! ヘ、へへ~っ!!」
―――そう語るのは、つい先ほどまでは俺に牙を剥き、炎を纏って突進してきたこの大蜥蜴――灼炎種のサラマンダーだった。
今や先の威厳など見る影もないほどに地面に腹ばいになり、腫れた顔をこちらに向けているその姿はまるで青年漫画の序盤に出てくる小物のヤンキーだろうか。
その両前足――いや、もはや手と呼んで差し支えないほど器用に動くそれを擦り合わせ、まるで商人が上客に頭を下げるような態度で俺を見上げている。
その声もまたさっきまでの威勢とは打って変わって妙にしおらしくなっていたが、しかし俺たちは、この生き物が指し示すある事実に顔を見合わせた。
「……なぁ、サクさん。これって……」
「……あぁ。確かにこれは……」
俺とサクラノヴァさんはそうして同じ考えを抱いていることを確信した。
このサラマンダーが完全に媚びモードに入っていることも違和感としては大きいけれど、それよりもまずはその大前提――――。
「おいお前、どうして人間の言葉が話せる?」
サクラノヴァさんが静かに問いかけると、サラマンダーはビクッと体を震わせた。
「……え? 私、ですか?」
―――当然、ゲーム内においての十の種族に分けられる種族がこの世界でも対話が可能である可能性は既に考えてはいた。
それは、俺たちがかつてプレイしていたゲーム――【ユグ:ドライアス】において、ゲーム内で設定された“十の種族”の領域―――各種族の集落や街に住む魔物たちの中に、プレイヤーではないにも関わらず、プレイヤーと遜色ないほどに会話できる個体も多く存在していたぐらいだからだ。
―――けどそれはあくまで“街や集落にいる個体”――つまり、各々に名前が設定された特別な魔物に限った話であり、安全地帯と呼ばれる空間外のフィールドに出現する通常のモンスター――いわゆる名前のない“素材モンスター”や“汎用敵”に関しては、基本的に言葉を話すことはないというのが俺らの認識だった。
彼らはただの素材集めや経験値稼ぎの戦闘対象であり、プレイヤーに襲いかかるだけのMOBだと。
だがしかし、今目の前にいるこのサラマンダーを自称する、ただの野良灼炎種の魔物は、まるで人間のように流暢に言葉を話し、しかも人間以上に感情豊かに媚びへつらっている。
その状況は俺もサクラノヴァさんもすぐには呑み込めず、違和感を覚えたのだ。
(……この世界はゲームに近くとも、やっぱり少し違うのか……?)
俺がそう考える中、サクラノヴァさんの問いにサラマンダーはしばらく口をもごもごさせていたが、やがて恐る恐る言葉を紡ぎ始めた。
「……あ、いや、その……も、元から話せてた……? と言いますか……? 生まれた時から周りの仲間たちもこうだったので……?」
「生まれた時……それっていつぐらい?」
俺がそう聞くと、サラマンダーはなぜか胸を張るようにして、しかしどこか誇らしげに言った。
「はっ、はい! あの、ジブン、今年で二千歳になりまして……! はっ、まさか、二千年記念で貴方様と出会えたということで――――!?」
「おい、少し黙れお前」
「――――ピィッ!」
サクラノヴァが静かにそう言うと、サラマンダーはピタリと口を閉じた。
その閉じた口があまりにも綺麗すぎて俺は思わず吹き出しそうになるが、サクラノヴァさんの言葉に思考を引き戻す。
「……マスター。これはあくまで俺の見解だが……」
「……いや、多分俺もサクさんと同じ意見だと思うよ」
俺らがそう話しているのをサラマンダーは何が何やらという顔で見ている中、サクラノヴァさんはローブの裾を揺らしながら、静かに言葉を紡いだ。
「……これは思っているよりも厄介な状況かもしれんな……」
◆◇◆
「……それで、お前はなんでこんな森にいる? お前の領域は火山地帯だろう?」
サクラノヴァさんがここから遠くに見える大きな山を指しながらそう問いかけると、サラマンダーは尾をくるりと巻き、地面に腹ばいになったまましおしおと肩を落とした。
その姿はまるで悲しむ子供のようで、腫れた顔が余計に哀愁を漂わせている。
彼が言っているのは、各種族の領域についてだ。
たとえば灼炎種であるのならば、生息域は溶岩が滾る火山地帯で、サクラノヴァさんのような不死種ならば死者の国や冥獄、暗界なんてのがある。
各々、十の大陸―――とはいっても実際距離はそこまでない―――に分けられている以上、サラマンダーのような野良灼炎種がこんな人間種の里付近に出てくることは稀なのだ。
「……へ、へぇ……実は私……この近くにある王都の兵士に追われてここまで逃げてきたのです……」
その言葉に俺は思わず眉をひそめた。
サクラノヴァは眼窩の奥で青い光を揺らしながら淡々と続ける。
「王都……この近くの村人も言っていたが、それは近いのか?」
サラマンダーはビクッと肩を跳ねさせ、慌てて尾を振った。
「えぇ、ここからさらに西に行ったところに……あっ、ただ私はそこに行ったことはなくてですね!? ええ、ええ、遠くから見ただけでして!」
「ここから西……? それで、逃げていただけでなんでこんな集落近くの森にいるんだ?」
サクラノヴァの声が少しだけ低くなる。
それもそのはず。
あくまで目立たないように低空でここまで飛んできたとはいえ、そんな王都だというようなものは見当たらなかった。
故に、意外と王都から離れたこんな場所に、なぜこいつがいるのかは疑問に思うのだろう。
彼の問いにサラマンダーは尾をぎゅっと抱きしめるように丸め、目を泳がせながら口を開いた。
「そっ、それは……」
「それは?」
サクラノヴァが一歩前に出る。
俺も無言で見守る中、サラマンダーは震える声で言った。
「……思い出すのも悍ましい騎士がいるのです。私はそいつから受けた心の傷を癒すためにここに……あぁ、あの金色に輝く盾、炎を完全に防ぐ白銀の鎧、私の爪を切り刻む鋭い剣、素早い身のこなしに、流麗な剣技―――」
「結構思い出してんじゃねぇか」
俺が思わずツッコむとサラマンダーは慌てて顔をこちらに向け、前足をバタバタさせながら叫んだ。
「いやいやいやいや! あんな女、竜の支配者様に比べればカスですよ! カス! 塵! 灰! ゴミ! もう存在が霞むぐらいです! あぁ、もう記憶から消えそうですし!」
「お前……極端すぎるだろ……」
俺がこいつの言動に頭を抱えていると、サクラノヴァは無言でローブの袖を払いつつ、冷静に問いを重ねる。
「……まぁいい。それで、そこは人間種たちが住んでるのか?」
サラマンダーは尾をぴんと立て、少しだけ誇らしげに言った。
「はい! 王都には人間種しかおりませぬ! しかしそこでも特に、王都守護隊という者たちは格が違うとも……あっ、よくよく考えれば、あの女がそうだったのやもしれません!!」
そう語るサラマンダーの目はキラキラと輝き、どこか褒められたい子供のような期待を込めて俺たちを見ている。
しかし俺はその様子を特に褒めるでもなくサクラノヴァさんに目を向けた。
「……どうする? 今から向かってみるか?」
「いや、一旦はこいつだけでも収穫を得た。まずはこいつを城に連れ帰ってから今後について話そう」
――と、サクラノヴァさんのその言葉にサラマンダーはビクッと体を跳ねさせ、前足をバタバタさせながら叫んだ。
「へぇっ! 私を連れてってくださるので!? ありがたや、ありがたや!」
尾をぴんと立て、腫れた顔でにへらっと笑うその様子に俺は思わずツッコむ。
「あれ、お前こっち来るの嫌がってなかった?」
「滅相もない! 私が仕えるべき王の下にいくことの何が嫌なことがありましょう!」
その言葉に俺は眉を上げながら、少しだけ苦笑した。
「……あ、そういえば言っておくけど、お前の王は俺じゃないぞ?」
「……? どういうことで? 私は誇り高き竜の末裔で―――」
サラマンダーが首を傾げながら言いかけたその瞬間、サクラノヴァがローブの裾を翻し、背を向けながら言い放った。
「ふん、そんなの帰ればわかることだ。ほら、マスター早く背中を貸せ」
気が付けばサクラノヴァさんはそのクールで冷静な物言いと、骸骨姿には全く似合わない"おんぶ待ち"の体勢で待機しており、どこか当然だと言いたげな雰囲気を漂わせているのを見て俺は苦笑いする。
「いやいや、切り替え早いって……ってかどうしよう? サラマンダーもいるし今の姿じゃ小さいから今回は変身して空を―――」
と、俺がそう口にしたとき。
「まじか!!!! 頼む!!!!!」
「いいんですか!? 私もぜひ見たいです!」
気が付けばサラマンダー……だけでなく、あのサクラノヴァさんですら手をぶんぶん振りながら叫んでおり、俺はその姿を見て思わず頭を抱えた。
「……うう、俺はたまにサクさんがわからないよ……」
かくして。
村の人たちにはまぁ、こいつがいなくなったらいずれ気づくだろうということと、指輪の再使用時間がまだだったので特に報告することはなく、俺たちは自称竜の厄災を連れて、再び《オルディレスト城》へと帰還することになったのだった――――。




