第九話 最低で最強のスキル
村民の案内によって訪れたのは、村から少しだけ離れた薄暗い森の中だった。
木々は密集し、足元の枯葉がわずかに音を立て、風が枝を揺らすたびに影が生き物のように蠢いて見えるそんな夜道を二人で歩きながら、俺はいつものようにサクラノヴァさんに話しかけた。
「……サクさん? どうしてわざわざ夜に行くの? 昼間の方が見通しもいいしよくない?」
俺がそう問いかけると、隣を歩く骸骨の王はローブの裾を揺らしながら答えた。
「……話によると相手は炎を使うのだろう? ならば夜の方が視認しやすく、夜目の利く俺らも動きやすい。……あとは単純に戦闘になった際、人目に付かないほうがいいだろう」
「……あ~、そういうことね」
俺は頷きながら、足元の枝を踏まないように注意して歩を進める。
……にしても竜の厄災、ねぇ……。
そして再度俺はサクラノヴァさんに気になっていたことを口にした。
「……サクさんはさ、今回の“竜”について予想はついてる?」
その問いに、サクラノヴァさんは一瞬だけ歩みを止めた。
月明かりが木々の隙間から差し込み、彼のローブの縁を淡く照らす。
姿を元に戻した彼の骸骨の顔に表情はないはずなのに、なぜか“考えている”ような気配が伝わってくる。
「……大方な。ただ、それが俺らの知るモノと同じかどうかは……まだ未確定といったところだな」
その言葉に俺は小さく息を吐いた。
彼の考えは概ね俺と同じものだったけれど、彼が“未確定”と口にしたときは、だいたい何かが起こる前兆だ。
……今までがそうだったように。
そして、それは往々にして"ちょっとだけ"厄介なことなんだ。
――――そうこう話をしながらも森を進んでいると、ふと鼻をくすぐる匂いに気づいた。
「……ん? これって……」
「……あぁ、木が焼ける匂いだ」
サクラノヴァが立ち止まり、周囲に目を凝らす。
その瞬間、遠くから“パチッ”という火花の弾ける音が微かに聞こえた。
「……やはり、火がある。行ってみるぞ」
俺たちは音のする方へと慎重に歩を進めた。
枝を避け、足音を殺しながら、森の奥へと踏み込んでいく。
やがて、木々の間から岩肌が見え始めた。
そして、その先に――ぽっかりと口を開けた、深い洞窟が現れた。
「これって……」
洞窟の入り口はまるで獣の顎のように口を開け、黒い闇が奥へ奥へと続いていた。
岩肌は煤で黒く染まり、ところどころ赤い熱の痕跡が残っている。
まるで炎が這い回った跡のように、岩の表面はひび割れ、じりじりと焦げ臭い匂いが漂っていた。
「……問題の奴はこの中にいるので間違いないな」
サクラノヴァが静かに呟く。
俺は無言で頷き、洞窟の奥を凝視する。
すると覗いた闇の中から、確かに“視線”のようなものが突き刺さってきた。
見えないはずなのに、何かがこちらを観察している――そんな感覚。
ただ……。
「なぁサクさん。この炎見て思ったけど、やっぱりさ……」
俺が口を開くと、サクラノヴァさんはゆっくりと首を巡らせ、青白い魔力の灯火を宿した眼窩をこちらに向けた。
「……言ってみろ」
「いや、俺も確証はないんだけどさ? なんか、こいつって竜じゃなくて、あの“灼炎種”のモンスターな感じがしない……?」
俺の脳裏に浮かんだのは、【ユグ:ドライアス】で何度も狩ったあのモンスター。
赤い目、長い尾、火属性のブレスに鋭い爪。
夜行性で、洞窟や火山地帯に潜む――。
「……サラマンダー、だな。……俺も同意見だ」
―――サラマンダー。
それは炎の精霊にして、竜種とは異なる“灼炎種”に分類される生物である。
赤く光る双眸は闇を裂き、獲物を見つければ逃さず、長大な尾は鞭のようにしなり、振るわれるたびに火花を散らす。
鋭い爪は岩をも削り、吐き出される炎は大地を焦がす。
……などという説明文がゲームでもあるのだが、故に、俺たちは違和感を抱いていた。
「……でもさ、サラマンダーの生息域って火山地帯だよね? こんな平地にいるなんて……」
「あぁ。……俺たちの知らない特性を持っている可能性があるな……慎重に行くぞ」
彼の言葉に俺は洞窟の奥を見つめ直し―――――。
―――瞬間。
「うおっ」
「……!」
洞窟の奥が、赤く脈打つように光り、中から轟音と共に炎が噴き出してきた。
洞窟の口から溢れ出したそれは、まるで怒りの咆哮のように空気を裂き、俺たちのすぐ脇を掠めて森の木々へと突き進み、盛大に破裂した。
だが――。
「……いや、熱くはないな、全然」
確かに炎は派手だった。音もすごかった。
しかし熱量は……驚くほどに弱かった……。
……いやまぁ普通に俺が竜種の恩恵を受けてるだけなんだけど、それにしても何も感じない。
とすれば……。
「……ふん。これなら最早慎重に行く必要はないようだな……だが、この俺を驚かした罪は恐怖によって償わせよう」
「……そうだね……って、ん? 今物騒なこと言った?」
そう口にした彼を止める間もなく。
彼は、不死種の王にとって最も簡易的でありながら、最も精神を抉るスキルを発動していた。
「――【屍従の夢】」
「う~わ、やりやがった……」
俺の嫌味もなんのその。
サクラノヴァさんの盛大な笑い声と共に、地面に二つの魔法陣が描かれる。
何が起きるかを知っている俺は、その魔方陣からやや距離をとる。
……やがて、その魔方陣がある箇所の地面は軋み、徐々に土が盛り上がり、そこから“それ”は現れた。
腐敗し、ただれた肉に濁った瞳、口から絶えず唾液を分泌させつつも、ぎこちない動きで土から這い出るその姿はまるで誰かの記憶から引きずり出されたかのような、妙に“リアル”な死者たち。
「……うわぁ……」
俺はその姿に思わず一歩後ずさる。
一応死者の国などというものもあるゲームで何度も戦っていて見慣れているゾンビだったが、そのゲームでのビジュアルとは明らかに違い、現実世界となったこの世界ではあまりにも生々しすぎる皮膚の質感や目の濁り、指先の震えや血生臭さに思わず俺は嫌でもあることを考えてしまう。
(……これってどこから這い出てきてんだ? ここって一応ゲームじゃなくて異世界なんだよな? あくまでスキルで生成されてるやつだよな? そうだよな???)
あまりにも精巧なその姿に、思考が危険な方向へと傾きかける。
このゾンビたちは、もしや、本当に“誰か”の死体で、“何か”の残滓なのではないのだろうか――そんな想像が脳裏をよぎった瞬間……俺は考えるのをやめた。
(ウン。やめよう。考えたら負けだ。……これはただのスキル。炎を吐けることや電気を生み出すのと同じ演出だよ。そう、演出……!)
「……おい、マスター」
「うわぁ!? なに!?」
と、嫌な思考を振り払うことに集中していた俺の思考を、サクラノヴァさんの声が現実に引き戻す。
彼は不死種故にか特に気にすることなくゾンビの額に指をかざし、淡い赤い光を注ぎ込んでいた。
……そしてそれを見て俺は再び思う。
対ギルド戦最強職ということをさておいても、絶対に敵に回したくはないね……これは……。
「こいつに僅かな火炎耐性を付与しておいた。……なぁ、そうしたらどうなると思う?」
「え、あ、うん……あ~~、いや……あまり想像したくないかなぁ……」
俺の言葉にサクラノヴァさんは不敵に笑い、それに合わせてゾンビ二体はぎこちない足取りで洞窟の奥へと歩き出していく。
――と、そう思っていると、再び洞窟内から大量の炎が飛び出してきた。
……この時のサクラノヴァさんの笑み……厳密にいえば骸骨だから表情は変わってないんだけど、明らかに楽しそうな雰囲気を、俺はきっと一生忘れないと思う。
それから数刻……いや、僅かな時が経ったくらいだろうか。
洞窟の奥から“何か”が動く気配がした。
空気が震え、地面が微かに揺れる。
「……さぁ、来るぞ!」
サクラノヴァさんが嬉しそうに呟いた、その直後――。
「ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!」
けたたましいほどの悲鳴に似た……というかほぼ悲鳴の叫び声が洞窟の中から響き、俺がご愁傷様と言わんばかりに手を合わせた瞬間――――ソレは現れた――――。
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