第8話 仲間~旅立ち~
~前回までのガットル~
ドラゴンと再戦。
振り落とされまいと、必死にしがみついていた。
気付いたら、なんか勝ててた。たぶん、仲間のおかげ。
ここで一旦、一区切り。
古のドラゴン、勇者により討伐される。
王国は祝勝会を開いた。
国民も参加する、ちょっとした祭り規模らしい。
王宮前の広場では、女王様の演説もあったそうで。
ドラゴンの強大さ。勇者の偉大さ。そして港町の計画など。
国民にとっては、サプライズ。
あの勇者なら、本当に魔王を倒せるのでは。
そう思ってくれる人も少なくないはずだ。
俺達がドラゴンを倒したのが、真夜中。
明け方には街について、商会が動く。打合せ通りに。
昼前には凱旋パレードみたいな事を行い、祝勝会が始まる。
そして、夜。俺は目覚めた。
(…。)
ここまでの事は、枕元の手紙を読んで把握した。
(…。)
起こそうとしても、起きなかったそうだ、俺は。
ゆっくり休んでね、と手紙は締められている。
朝には強い方なのに。だから薬の副作用だろ、これは。
(…。)
遠くで人の騒ぎ声が聞こえた。
別に祝ってもらう為に戦った訳ではない。
祝勝会に興味は、無い。
しかし、
(腹減ったな…。)
そしてここは何処だろう?
汚くはないが、年季以外は特にない一軒家。
ベッドと、イスと、机、だけた。生活感がない。
(ディオルの家、か?)
排除法でそう結論づける。
隠れ家の一つとかだな。そうじゃないと、ちょっと怖い。
机の上を見ると、『ガットルの取り分』と書かれた袋。中身は金だ。
次に畳まれた厚手の上着。俺のではない。
しかし、『外は寒いから着てね』と書かれた紙がある。
そして鍵、下に紙。紙に、『鍵は鉢植えの下へ』と書かれていた。
袋と上着を持って外へ。鍵をかけ、鉢植えの下へ。
言い表せない恐怖と共に、手早く家を後にする。
見覚えのある道だ。中心街からやや外れた住宅地か。
アサルトフローとか、剣とか、その他の防具は見当たらなかった。
おそらく商会で預かってくれている、はず。
厚手の上着の下は、紫の強化服。昨日着ていた物だろう。
臭くは無かった。消臭剤でも撒かれたかもしれない。
流石に着替えたい、が、家まで戻り、またここまで来るのは面倒すぎる。
適当になんか買って帰るか。商会に行くのは明日でよかろう。
「おはようガットル。これからご飯かい?」
「んあ?」
声がかかると思わず、間抜けな返事をしてしまう。
勇者だ。
小綺麗な貴族が着るような格好だ。もちろん男性用。
こんな所に、このタイミングで?ひょっとして俺は監視されている?
「祭りの会場は向こうだよ。まだまだ夜は長いのだから。」
勇者は気さくに、肩に手を置いてきた。
慌てて引きはがす。
「いや、ちょっと、今、自分、匂うんで。」
勇者は、バンバンと俺の背中を叩く。
「男同士で何を言っているのだい。今夜は無礼講だよー。」
一応街中だ。他の人の目があるかもしれない。
(男同士だって、匂いぐらい気にするよ!)
っと、心の中で叫びつつ…。
俺は大人しく、勇者に引きずられて行くのだった。
「買い込んだな。」
「おいしいからね。」
お祭り気分は続いていて、街はまだまだ賑わっている。
この時間なら閉まっているはずの店も開いていた。
それらを一通り見て回り、飲食物を買い込んだ。
両手に抱えた大きな袋は二つ分。はしゃぐ勇者についていく。
(元気だなぁ。)
自分の袋を持ち直す。
いつしか喧騒が遠のいて、人家の数も減っていき、もはやゼロ。
到着したのは、寂れた公園。光源は星明りのみ。
「到着。ここ、お勧めの穴場スポット。」
そりゃ誰も来ない。暗すぎる。
いい感じの木の枝を地面に突き刺し火を着ける。
火力を調整し、簡単なロウソク変わりにした。
「ありがとう、オシャレだね。さぁ食べよう。」
ベンチに座り、物色し始める勇者。
「室内の方が、いいんじゃないか?」
ディオルの家(仮)とか。
滅多に誰も来ないといっても、今日に限って!はあるかもしれない。
寒いし。
「ここがいい。
動く人や物があれば解るし、防音も優秀。」
風が変わった。魔法だ。
ついでに風が当たらなくなり、寒さも無くなった。
(ここまでするという事は…。)
おそらく重要な話がある。しかし、
「いただきます。」
両手を合わせて会釈して、勇者はパンを齧った。
まずは、腹ごしらえか。俺も袋を漁る。
勇者は、一心不乱というか、一生懸命というか。
黙々と食べ続けている。
余程腹が空いていたのか、食べる時はこうなのか、もしくは機嫌が悪いのか。
俺も倣って、黙って食べた。
やがて。
腹が膨れたので袋を閉じる。残りは明日だ。二、三日は持つだろう。
さて向こうはどうなったかな、と勇者の方を見る。
何かの肉の塊にかぶりついていた。
「ガットル、このお肉は。」
俺の視線に気づいたのか、話しかけてくる。
「こうやって、食べるのが、作法だから。豪快に、いかないと、失礼、だから。」
言いながらも食べ続け、あっという間に完食した。
「大変美味でした。」
口元を布で拭いて、感想を言う。
勇者様、口元まだ残ってますよ、タレみたいのが。
膝の上の袋を横におき、そして、勇者がこちらに向き直る。
そのまま数秒経過する。
何かを伝えたい?いや、待っている?
俺は立ち上がった。勇者の前に行き、膝をつく。
勇者は、じっと俺を見続けている。
「俺を、あなたの仲間に加えてください。」
頭を下げる。誠意を伝えたかったが、出来の悪いプロポーズみたいになってしまったか?
勇者は。
「僕も、君を仲間にしたい。一緒に行こう。これからよろしく。」
いつもの優しい声色で言ってくれた。
やった!と、心の中でガッツポーズ。
勇者はもう一度口元を拭く。今度は全部取れて綺麗になった。
「うれしい。本当に、うれしい。」
勇者の瞳が潤む。そして両手を広げ、て?
(抱き着いてきただと!?)
「僕、実は、初めて会ったあの時から…。」
勇者の顔が近い!思う間もなく、
「!?!?!?」
キスをしてきた!?口と口で!?
情けない事に、俺の頭は真っ白だ。
尻もちをついたまま動くことが出来ず、何の反応も返せない。
「どうしたの?」
いつの間に戻ったのか、勇者はベンチに座っていた。
「何があったのか教えてよ。」
(何がっておまえ…。)
俺が言いよどんでいると、勇者はおもむろに、自分の頬を指さした。
そこにはタレみたいのが付いている。
「それ、拭かなかったか?さっき。」
その時、俺に電流が走った。
「そ、れ、で?その後は?」
勇者は楽しそうだ。
「幻惑…魔法…?」
クスっと笑って勇者が立ち上がった。
「沢山練習して、自信もあったのに。君もディオルも、初見で破るとか。でも…。」
手が差し出される。
いつかの逆光の時みたく、やわらかく、微笑んで。
「僕の勝ちだね、今回は。」
(このくそガキめ…。)
可愛いなんて、ずるいだろ。
「いつかディオルにも、リベンジするよ。」
「めちゃくちゃ負けず嫌いじゃん…。」
勇者は大変ご機嫌だった。
それから、他愛のない話をした。
俺が寝ていた家は、勇者の家。
闇深な話かと思ったが、今はサニアの家にいるらしく、私物をほとんど移動させたから殺風景になったらしい。
鍵の管理には突っ込んでおいた。
勇者がサニアについて、ここが可愛い、ここがカッコいいと話すから、こちらはクレスタの逸話を話しておいた。悪口ではないから別にいいだろう。
ドラゴンの戦いは概ね予定通りだったらしい。
こちらの最大火力が、あの獄炎槍。
しかしそれでも致命傷を与えるのは難しいだろう。
そもそもどうやって当てる?と協議し、その結果、自由を奪って高所から落とし、突き刺す。となった。
1、みんなでダメージを与えて空に飛ばす。
2、勇者が飛び乗る。
3、ディオルが魔法で妨害し、飛ぶ方向を上に絞る。
4、いい感じに上昇したら、勇者が超強力麻酔を打ち込んで落下させる。
5、落下方向を勇者が風魔法で調整。
6、勇者はパラシュートで脱出。
7、ドラゴンは死ぬ。
改めて聞くと冷や汗が溢れる。
よくやろうと思ったな。で、よくうまく出来たな。
夜は長いといいつつも、やはり疲れは残っている。
解散を提案すると、すんなり受け入れられた。
別れ際、最後に。
聞いてみた、その理由を。
「どうして勇者様は歴史に名を残したいのです?」
勇者は、
「いつか話すよ、ガットルには。」
いつものように、柔らかく笑った。
それから二日後。
昨日磨いた防具を身につける。
細かい傷が残っているが、それはまぁ、激戦の証という事で。
肩を回したり、軽くジャンプしたり。
(よし、いい調子。)
出発する日だ。魔王討伐の旅に。
ドアノブに手をかけ、振り返り、家の中を見る。
もう、帰ってこれないかもしれない。
「行ってきます。」
独り言を呟いて、ドアを開けた。
「おはよう!ガットル君。いい天気だね~。」
家を出て、割とすぐにクレスタに会った。
「おはよう、クレスタ。元気そうでよかったよ。」
「うんうん。ガットル君の方はどう、調子いい?」
「これ以上ないほど好調だな。
ドラゴンでダイブなんて、激レア体験をした俺は、無敵だ。」
「ガットル君。」
クレスタの声色が変わる。
足を止め、振り向く。
「今なら、全然戻れるよ。」
クレスタのこんなに優しい顔は、初めて見たかもしれない。
「進みたいんだ。ついていかせてくれ。」
クレスタが、少し寂しそうな顔になる。
その真意はわからない。
でも、そうだな。やっぱりクレスタとこの空気はしっくりこない。
「魔王討伐の謝礼金で、借金も返さないと。」
おちゃらけて、後はいつも通り。
「そんなあなたに商品テストのアルバイト。この鉢巻きは…」
そんなこんなで、集合場所へ。
勇者とサニアとディオル。三人だけ、そこにいた。
「てっきり、盛大に送り出してくれるかと思ったけど?」
クレスタが答えてくれる。
「当初はその予定だったけど、祝勝会になっちゃった。」
(なるほど。お金の話か。)
「それじゃあ出発しまーす。離れないようについてきて下さーい。」
気の抜けた感じでディオルが言う。
「レーラス!何か言って!」
不機嫌そうなサニアの声。
「魔王を倒すぞー。」
勇者が軽く片手を上げる。
「おー!」
勢いよく拳を突き出す。サニアだけ。
「あー、もし離れてしまったら、旅の栞の後ろから二ページ目。
緊急時のQ&Aに書いてあるから。各自読んでおくように。」
「遠足の話~?何処いくの~?」
もう、ぐっだぐだ。
でも。
(楽しそうだな。)
そんな四人の、後ろ姿を眺めていたら、昔の事を思い出した。
『伝承の勇者って強いよねー。』
『魔王を倒したんだろ!かっけーよな!』
『倒したのは魔王じゃなくて、ドラゴンでしょう?』
『魔王だよ!首が長くて、三つもある奴!』
『ドラゴンじゃん!』
人づてに聞いた事なんてバラバラで。
それでも勇者は格好よくて。
なにより。みんなといるのが楽しかった。
(…。)
失ってしまったものだ。
失うという事は、苦しくて、悲しくて、悔しくて。
もう二度と、味わいたくないものだ。
(…。)
なんてことない。失う事が怖いだけ。
認めてくれた、みんなの事を。
だから今度は、今度こそ。しがみついてでも、守りたい。
息を大きく吸い込んで。最初の一歩は力強く。
「栞なんて、貰ってねーぞ!」
その輪の中に入ってく。
ガットルが勇者になりたかったのは、孤児院の仲間を守りたかったから。
守れるだけの力を持った存在、それが勇者だったから。
そこから、孤児院の仲間が無くなってしまって…。
勇者になりたい。でも何のために?という状態で剣を振り回していました。
結果的に守りたい仲間が出来たので、今度こそ仲間を守る為に、旅に同行するのでした。