第83話 非日常~ルートレスの魔王~
~前回までのゼユウ~
ふれあい教室の翌日。
職場に、お尋ね者がやってきた。
軍に引き渡す為、時間を稼いでいたんだけど、逆に捕まってしまった。
◇登場人物◇
ゼユウ :主人公
ホーメナ :職場の上司
ハナ先輩 :職場の先輩
エンビッケ:お尋ね者。正体はルートレスの魔王
ハナ先輩は怖がりだ。
特に、失敗する事に対して。
だからこそ、彼女は慎重だ。
そんなハナ先輩が、窓から見える位置に堂々と出てくるだろうか?
でも、実際には出てきていた。
つまり、出てきた理由がある。
例えば。
俺が通報した王国兵がやってきて、事情を説明する為に姿を現したとか。
「ほんとは平和的にいきたかったんだ。嘘じゃないよ?」
だから、この状況を。
王国兵の包囲が完了している事は予想していた。
だから、迷わない。
だって、最後の勝機だから。
「さあ、兵隊さん達、道を開けてくれるかな?
人質を返してほしければね。」
渾身の頭突きを、食らわせた。
男がよろめいて、その隙に、走る。
王国兵が、一斉に構える。
ハナ先輩が手を伸ばした。
縛られているから、その手は取れない。
でも、その方向へ駆ける。
「だから、舐めんなっつってんだろ。」
呟くような声だった。なのに、はっきりと。俺の耳に届く。
「!?」
直感的に振り返る。身体ごとだ。
ハナ先輩の前に、立ちふさがるように。
自分の身体を、彼女の盾にするように。
そして全力で、風魔法の風壁を展開する。
その、魔法の壁ごと。地面に、叩きつけられた。
「あ~あ。嘘じゃなかったのに…。」
意識が、飛んでいた。
「へ~。流石は王国の兵士さん、まだ立てるんだ。」
俺の事ではない。俺は、地べたに転がったままだ。
「じゃあさ、お願い聞いてよ。」
全身が痛い。でも、動かせない訳ではない。
「ほら、立て続けに魔王が倒されたじゃないか。
だからか、魔王を舐めてる奴が増えてるんだよね。」
まずは、目を開けて、情報を…。
「手配書に、ちゃんと書いておいてよ。
ルートレスの魔王、エンビッケは王国軍を一瞬で壊滅。
その強さは本物。決して、近づかない事って。」
なるほど。相手は魔王だったか。
なら、この惨状も納得だ。
恐らく、風魔法の竜巻。当然、俺のと比べ物にならない。
最後まで立っていた王国兵は、今、倒れた。
だから、ここに来てくれた王国兵は全滅だ。
生きているのか、死んでいるのか分からない。
建物も、俺の職場も酷い有様だ。半壊している。これは片付けるのは大変だぞ。
(…。)
ハナ先輩も倒れている。動かない。
俺は、盾になれなかった。
「それじゃあ皆さん、さようなら。
生きている人は、もう舐めた態度をとらないように。」
魔王が宙に浮く。
こうなってしまっては、帰ってくれるだけでありがたい。
魔王が去ったら、怪我人の手当だ。応援も呼ばないと。
「おい。」
そう、頭では分かっているのに。
俺は起き上がって、魔王を呼び止める。
「あ?」
魔王基準で、これは舐めた態度なのだろう。
折角見逃してやったのに。そう思ったに違いない。
「何、帰ろうとしてるんだよ。」
倒れているハナ先輩を、王国兵達を見ていたら。
込み上げてくる、ものがある。
怒りだ。
こんな状況、全然、楽しくない。
「おいおい、お兄さん。さっきので頭を打ったのかな?
キャラ崩壊しているじゃないか。
冷静に情報を集めて、お尋ね者を王国兵に突き出すクール系だろ?君。」
その口を塞ぐ為、魔王に突っ込む。翼を、力の限り羽ばたかせる。
「は!ほんとにイカれたんだね!なら、引導を渡してあげるよ!
僕は優しいからね!」
渾身の風剣の振り下ろしは、同じく風剣で容易く防がれる。
当然だ、奴の方が強いのだから。
だから、奴が防げない程、苛烈に攻めないといけない。
風剣を左右に一本ずつ、これで奴の風剣が折れるまで、斬る。
「!…こいつ!」
魔王が距離を離そうとしてくる。
逃がすものか。翼を動かし、追いかける。
「おい!なんでお兄さんが翼を使えるんだよ!」
お前だって使っているだろ。
「実力のある魔法使いは、足から火とか水を出したり、数秒間だけ空中に足場を作ったり、岩に乗ったりして、無理やり空を移動する!
でも本来、空を飛ぶ魔法は、翼だけなんだ!
その翼は、習得難易度が非常に高く、継承困難!
失われた魔法、失魔法の一つだ!
だから、使えるのは魔王ぐらいのはずなのに!」
そうだったのか。こっちは使えるから、使っているだけだ。
「何とか、言え!」
魔王は反転し、風剣で斬りかかってくる。
(独り言だと思ったが、違ったのか。
でも悪いな。格上相手だから、喋っている余裕はないんだ。)
イラついた為か、単純な動き。
タイミングを合わせて、二本の風剣を振りぬく。
狙い通り、奴の風剣の破壊に成功。
(近距離戦なら、勝負になっている。
距離が開いて中距離戦になって、竜巻の撃ち合いになったら負ける。
ならこのまま張り付いて!)
「図に、乗るな!!」
真横からの突風。距離を離されてしまう。
追撃の魔法を警戒するが、こない。魔王はその場で動かない。
いや、変化がある。
その身に纏うのは、吹きすさぶ魔力の風。
薄っすらと見えるそれは、徐々に形を成していく。
背面から二方向に渦が伸びる。
その先端は、まるで竜の頭のような形だ。
「見えるかい?この風の鎧が。
ドラゴンフォーム、気竜。
正真正銘、魔王の魔法さ。」
奴の翼が羽ばたいて、距離を詰められる。
振り下ろされた風の竜頭の一撃で、俺の二本の風剣は粉々になる。
「優しいって言ったろ?
物覚えの悪いお兄さんには、何度でも教えてあげるよ!
魂に刻み込んであげる!二度と忘れないように!
魔王の恐怖を!絶対的な力の差をね!!」
その顔面に右の拳を叩き込む。
風剣を再び発動するより速いし、折角の隙だったから。
しかし、なるほど。風の鎧か。
俺の右ストレートは奴に届かず、逆に右手が、ずたずた、だ。
魔王が、薄気味悪く笑う。
硬い鎧を着こむのであれば、斬り続けるだけだ。
その鎧が壊れるまで。
左手に風剣。斬り上げる。剣が砕けた。
右手を握る、痛みもあるし血も垂れる。それでも風剣を発動し、斬りつける。剣が砕けた。
左手に…。
魔王は腕を組み、にやにやしている。
本当に優しい奴だ。待ってくれている。
俺の心が折れるのを。
(気が長いとは思えない。その内、飽きて攻撃してくる。
だから、この舐めきっている今が、勝機!)
もっと強い剣がいる。一撃で折れるようなのではダメだ。
魔力を込める量を上げる。もう剣の形をしていないが、そのまま叩きつける。折れる。
魔力の流れるスピードを上げる。鋭く尖らせる。そのまま突く。折れる。
魔力の質を変える。こいつの魔力に寄せる。鎧をすり抜けるように払う。折れる。
折れる、折れる、折れる…。
(全然、楽しくない。辛い…。)
もう、いいんじゃないか?
魔王には勝てないだろう?
「舐めた態度をとって申し訳ありません。」そう言えば済むんじゃないか?
こんな事をしていないで、ハナ先輩達の介抱に行った方がいいんじゃないか?
この行為に、一体、何の意味がある?
意味。
意味?
(決まっているだろう。)
あの惨状を作りだした奴を、許していい訳がない。
「は?」
右手を斜めに振りぬいた。風の鎧を斬り裂いて。
「お、お前!?」
「本当に、無駄口の多い奴だ。」
驚愕の表情で棒立ちの魔王に、左手の風剣を突き出す。
「!!」
魔王は上半身を後ろに反らし、避けようとする。
致命傷は避けられたが、胸から右肩を斬り裂く事に成功する。
「…クソ、が!」
魔王が、逃げる。
当然、追う。
翼を羽ばたかせる。
そして。
(あ…。)
力が抜ける。魔力切れだ。翼が、消える。
(やべ…。)
落下する。咄嗟に頭を手で庇う。
木よりも高い所から、地面に叩きつけられた。
(い、生きてる…。)
空が見える。
だが、流石に動けない。指一本。
魔力も体力も、限界。
何となく、身体の感覚もなくなってきたような?
(一矢報いたとしても、取り逃がしたのが事実で。しなくていい戦いで、この様。)
情けない。自嘲気味に笑おうとしても笑えない。
その時だ。
ふわりと。
白い、何かが舞っている。事に気づく。
その一つが、俺の右手の上に落ちる。するとそれは、まるで雪のように消えた。
(羽…いや、魔力…か。)
周囲が明るくなった気がした。
光の塊が浮いている。その中に、何か、いる。
顔を動かせない俺は、その存在を見続けた。
「天…使?」
頭に光輪のある、白い翼の生えた人。
絵本の中の存在が、そこにいた。
本格的にダメで、遂にお迎えが来た。
もしくは、無茶な魔力運用を行った事により幻覚を見ている。
どちらだとしても、俺にやれる事は無い。
ゆっくりと、その天使が降りてきて、次第に、姿がハッキリしてくる。
ピンク色のモコモコした長髪。
オレンジ色の法衣みたいな、ひらひらの服。
小柄の、それこそホーメナと、同い年くらいに見える女の子。
地面に足が着くのと同時、翼と光輪が消える。
明るさが、元に戻る。
その、気だるそうな流し目は、じっと俺を見つめている。
「…。」
何とか、言え。少し、魔王の気持ちが分かった。
この無言は、不安になる。
でも、お迎えではなさそうだ。もしそうなら、何か喋るだろう。
(ん?でも待てよ。ひょっとして、待っている?俺が絶命するのを?魂が出てくるのを?)
「ゼユウ!」
ホーメナの声がした。近くにいる。
目の前の天使は何のリアクションもないから、敵か味方か分からない。
そんな奴と、ホーメナを合わせる訳にはいかない。
倒れている場合ではない。
力を込める、振り絞る。まずは、立ち上がらなければ。
天使が、一歩下がった。
「ゼユウ!!」
視界いっぱいに、ホーメナの顔がある。
「動かないで!」
右手を掴まれる。
激痛が走るが、徐々に和らいでいく。
(回復魔法、か。)
ホーメナは土属性。水魔法の回復魔法は使えない。
でも彼女の着けている指輪、ヒールリングの効果で、使用が可能となる。
「私の名前は、クックヌーノ。天使だよ。」
唐突に自己紹介が始まった。回復中の俺は、リアクションがとれない。
「クーノって呼んでほしいよ。大丈夫、敵じゃない。」
起伏の乏しい感じで、淡々と喋る。
俺の予想通り天使らしいが、人とは違うのだろうか。
「はず。」
自己紹介が恥ずかしいって事?
いや、『敵じゃないはず』って事か?
「ねえ賢者。この人は敵じゃないんだよね?」
「敵じゃないわ。もう少しで終わるから、ちょっと待ってて。」
「…はぁい。」
ホーメナに、こんな個性的な知り合いがいるなんて知らなかった。
間もなくして、治療は終わる。
が、立ち上がろうとすると、まだ痛い。
もう少しだけ、横になっていよう。
「ありがとう、ホーメナ。助かったよ。」
「…ええ、無事でよかったわ。」
ホーメナは、真っすぐ俺を見ている。
怒っている?…心当たりはあるな。
「ハナから事情は聞いたわ。無茶をしたようね。」
「…ハナ先輩達は、無事、か?」
「命に別状はない。王都の病院に運んでもらったわ。」
「…そう、か…。」
外傷は魔法で治せても、心の傷は治せない。
建物もあんな状態だし、ゆっくり休んでもらいたい。
「ゼユウ、ここがどこか分かる?」
戦闘中は気にする余裕はなかったが、結構、動いたと思う。
…そう言えば落ちる時、王都の城壁が見えたな。あの方向に見えたという事は。
「賢者の森の、北西、かな。」
「正解。なら、一人で帰れるわね。」
「ホーメナは?」
「用事がある。」
「魔王、か?」
「…。」
落とし前をつけにいく、訳ではないだろう。
きっと仕事だ。
ホーメナもハンネと同様に、王宮から森を任されて、賢者をやっている。
王宮に、お尋ね者の魔王を倒せと言われれば、行くしかない。
「ついてくよ。」
「ダメよ。」
確かに、この体たらく。傷が治っても、体力魔力の消耗は激しい。
でもだからって、ホーメナをあんなのと戦わせたくない。
彼女は賢者だ、実力者だ。でも、敵だって魔王なんだ。無事な保障なんてない。
(おそらく、ホーメナへの命令はお尋ね者の捕縛。
王宮も、お尋ね者が魔王だなんて知らなかったんだ。手配書にも書いてなかった。
ホーメナは、やられた王国兵からの報告を聞いて。初めて魔王だと知って…。)
だから、退くべきだ。
俺が突っ走ったから、ここまで来る事になったはずだ。
相手が魔王なら、それこそ勇者の出番。
隣国のアイーホルは、勇者の国だ。任せた方がいい。
ついていく方向ではなく、撤退の方向で説得しようと口を開いた時だった。
「つれていこうよ。」
天使が、言った。
そして、小瓶を渡される。魔法薬だ。体力と魔力の回復効果がある。
「魔王は強い。
その魔王と戦って、この人は生きている。撃退に成功している。
今、一番ほしい戦力だよ。
私達は、負けられないんだから。」
さっきまでと同じ、起伏の乏しい声。
でも、有無を言わせない迫力もある。
「…そうね。」
ホーメナは立ち上がる。
「ゼユウ、お願い。」
手を俺に差し出した。
俺は頷いて、その手を取って立ち上がった。
緊急だという事は分かる。事情は後でいい。
だから、今は覚悟を決める。
今度こそ、魔王を倒すんだ。
そうすれば、きっと。
いつもの、楽しい日常へ戻れる。
???「ルートレスの魔王が逃げ帰ったようだな。」
???「奴は四大魔王の中でも、最弱。竜頭を二本しかだせない雑魚だ。」
???「しかも、舐めプして負けるとか。本当に、面汚しさんね。」
何かが間違うと、あったかもしれない会話。




