第82話 非日常~お尋ね者~
~前回までのゼユウ~
多少のトラブルはありつつも、日々は楽しく、なにより平和に過ぎていく。
◇登場人物◇
ゼユウ :主人公
ホーメナ:職場の上司
ハナ先輩:職場の先輩
ハンネ :ゼユウがお世話になった人。
俺は所謂、記憶喪失というやつだ。
言葉は分かるけど、体験や思い出を忘れているタイプの。
二年前。
何も分からず賢者の森を彷徨っていた俺は、ハンネと言う女性に助けられた。らしい。
正体不明の怪しい男の面倒を見るなんて、褒められた事ではないのだが、それのおかげで助かった身としては、何も言えない。
ハンネは賢者だった。だから森の管理者として、森の中に住んでいた。
俺を見つける八年前から、孤児だったホーメナと一緒に。
本当に、仲のいい二人だった。
殴り合い、唾を飛ばし合い、笑いあう、そんな感じの。
そして優しい。
二人共、俺を受け入れてくれた。
ゼユウと言う名前をくれたのは、ハンネだ。
『白い髪に、白い肌に、白い服!【ゼ】ッタイ、【ユウ】レイだと思った!』
由来は、ともかくとして。
彼女にもらった赤いマフラーと、黒色のロングコート。
今でも着ているお気に入りだ。
『一人くらい増えたって、変わらんからね。』
最初は三人で暮らしていた。
今は、王都の外れの借家で一人暮らしだけど。
『ホーメナが14だろ?だから、ゼユウも14歳だな!身長的に。』
いい加減な所もあった。
だからこそ、ホーメナは几帳面になったのかもしれない。
『やるじゃないかゼユウ。次期賢者はホーメナじゃなくて、お前に、っておい!
やめろホーメナ!そういう所だぞ!』
ハンネは凄まじい魔法の実力者で、ホーメナの師匠だった。
それも、たまたま拾った孤児の子を、賢者まで育て上げるほどの腕前。
『へ~。つまりゼユウは、ホーメナが羨ましいんだな。』
あれは確か、ホーメナが遅くまで魔法の訓練をしていて、それを、遠くから見守っていた時だ。
『あいつは賢者っていう目標があって、それに向かって努力の出来るやつだからな。
…比べて、自分は何をしたらいいのか分からない。そうだろ?』
あるいは、忘れてしまった。
『楽しい、を探すといい。』
楽しい?
『楽しそうだとか、興味を持てたものだとか。やった事のないものに挑戦するのもいいな。ポイントとしては、嫌々ながら始めない事。』
話の見えない俺は、静かに聞く。
『自分は何が楽しいのか、何に興味があるのか。それを突き詰めていくと、目標が出来る。それの達成を目指すのが、また楽しい。
楽しく生きる、それが私の目標だ。』
確かに、今のハンネは楽しそうだ。
『もちろん、これは私の考えだから、そうしろとは言わない。
人には義務ってのも、使命なんてものもある。やりたくても出来ないなんて、ざらにある。』
ハンネは俺の胸を軽く叩く。
『お前は、今、ここにいる。ここにいて、いいんだ。
ゆっくり見つければいいさ。自分の事を。』
ハンネとホーメナと俺。
三人で過ごした一年半は、刺激と優しさと楽しさがあった。
記憶の有無なんて、気にならないくらい。
でもそんな生活も、唐突に終わる。
王都でテロがあった。
巻き込まれてハンネが死んだ。
犯人を取り押さえたが、自爆に巻き込まれたらしい。
ハンネは王宮から賢者の称号を貰った人物だ。
だから王宮から依頼があれば、テロリストとも戦う。
しかしあの時は、とにかく急で。
行ってきますと言って家を出て、帰ってきたら訃報を聞いた。
『ハンネのおかげで、王都は救われた。』
葬式で、形見の剣を受け取る際、ホーメナは、そう言われた。
その時の、色んな感情が混ざった表情は忘れられない。
真面目で、感情をストレートに出す子だ。
だから、あの時、初めて。
彼女が何を考えているのか、分からなかった。
フレン王国は、ワイバン大陸の最北西。
その王都は、港町としても賑わっている。東西と北は海だから。
王都の南門から真っすぐ南下。
『賢者の森・北出入口』と書かれた看板の建物。昨日のイベントでは休憩所として機能していた場所。
ここが、俺の職場。
仕事は主に、森の管理。
賢者の森は、天然資源として優秀だ。
限度はあるが、山菜詰みは基本無料。許可証があれば狩りも可能。
有料の予約制の場所もあり、キノコ狩りイベントだって開催される。
それだけではなく、通路としての一面もある。
陸路で王都の出入りをするには、この森を必ず通る必要があるのだ。
だから遭難者を出さない為に、ここで出入りのチェックをする。
案内もするし護衛もする、巡回だってする。魔物退治もだ。
賢者の森は、アッブドーメン大森林に次ぐ、世界二位の広さの森。
ルフロンと、ブテンポラ。この二つの大きな町も、森の中にある。
複数の休憩小屋だって建っていて。
その管理も、仕事の内。
イベントのない平時でも、人が来なくても、やる事は多い訳だ。
「これも、そうか。」
現在、森の中を巡回中。
昨日、鳥の魔物の襲来があったから念入りに。
一応、軍の人達が見回って、いないという事にはなった。
侵入経路もラゼン山脈だと分かっていて、そっちの警戒も強化してくれている。
それでも、用心に越したことはないだろう。
そう思って、足を伸ばしているのだが。
覚えのない、魔法塔が建っている。
魔法塔とは魔法の起点とする事の出来る建造物だ。
基本、魔法は自分を中心に発動する。
例えば音制御。
範囲が10メートルだとすると、自分を中心に10メートルまでの音を拾う。
魔法塔を使った場合、魔法塔から10メートルまでの音を拾える。
自分と魔法塔が50メートル離れていれば、自分から10メートルまでの音を拾えなくなるけど、40~60メートル先の音を拾えるという訳だ。
(まあ俺は、魔法塔の使い方なんて知らないんだけど。)
魔法塔を使う為の魔法があるとか、そういう話も聞いた事がある。
ともあれ、だ。
別に魔法塔がある事は、そこまで問題じゃない。
ホーメナは魔法塔が使えるから、彼女が建てるよう依頼したのだろう。
そして、俺は使う事がないから教えてもらっていないのだろう。
しかし、だ。
(いつの間に、こんなに建った?)
知らない魔法塔は、これで四つ目。数か月前には、無かった。
そもそも魔法塔を使わずとも、魔法の起点は、ずらせる。
魔力制御範囲と呼ばれるものだ。
この魔力制御範囲のレベルが高いほど、起点を自分から遠くに移動できる。
例えば俺の、竜巻。通常は、掌から出す事が多い。
でも制御範囲内なら、どこでも竜巻を起こせる訳だ。
昨日の鳥の魔物を、まとめて倒した時のように。
そしてホーメナは、この魔力制御範囲が物凄く広い。
魔法塔が、こんなに必要とは思えない。
(嫌な、感じだ。)
昨日の、ホーメナがいなくなった事に気づけなかった事を思い出す。
(俺の知らない所で、何か、動いている?)
楽しくない。
魔物の脅威が無い事を確認して、安心するつもりだったのに。
流れた冷たい汗を、そっと拭う。
(何かがありそうだ、そう思えた。今はそれで、よしとしよう。)
時間が押してきている。一先ずは、戻らないと。
言いようのない不安により、俺の警戒レベルは上がっていた。
その警戒レベルがMAXになったのは、建物の外で、隠れるように身を屈めるハナ先輩を見つけたからだ。
「どうしたんですか?」
ハナ先輩が、静かにのジェスチャーをしたから、音制御を発動し、音を遮断する。内緒話モードだ。
「何事ですか、ハナ先輩?」
「見える?あの人。」
ハナ先輩は俺達の職場を指さした。
建物内、窓際席。
「…誰か、いますね。」
ハナ先輩は、無言で何か渡してくる。紙だ。
(手配書?)
所謂、お尋ね者。顔写真と懸賞額が載っている。
「え、あの人が?」
この距離では顔まで分からない。
でも、このタイミングで渡すという事は、そういう事なのか?
「どうしよう!?ゼユウさん!!」
ハナ先輩は、泣きそうだ。
ホーメナは用事があるらしく王都に行った。
他の先輩達も出払っていて、彼女一人。
きっと怖かったんだろう。どうしたらいいか分からなくて。
王都の治安は悪くない。こんな事は初めてのはずだから。
(どうしようって…。)
まずは、俺も確認したほうがいいだろう。
ハナ先輩一人の責任にして、通報するのも可哀想だ。
するとタイミングよく、ハナ先輩のポケットからブザーが鳴った。
お客さんからの呼び出し。きっと、例の人だ。
「俺が行きます。先輩は、待っていて下さい。」
なるべく安心してもらえるように、笑顔で言う。
消え入る声で「気を付けて…。」と言うハナ先輩に、手を振りながら裏口へダッシュ。
「少々お待ちくださーい。」
と叫んで、急いで制服に着替える。流石に汚れたままで人前には出れないから。
「お待たせしました。」
「ナポリタン、一つ。」
ここは休憩所であり、軽食の提供も行っている。だから、何も間違っていない。
「ナポリタン一つですね。承りました。」
一礼して、戻る。
そして自然な動作で、緊急用のボタンを押した。
(あれは、間違いない。)
ずっとニュースペーパーを眺めている彼は、手配書と同一人物だ。
俺と同年代、16歳くらいだと思う。
明るめな茶髪に、深緑色の深めの帽子。同色の厚手のローブを着込んでいる。
春先にしては、暑そうな格好だ。
しかし俺だって、制服じゃない時は、ロングコートにマフラー姿。
風魔法使いは、体温調整が上手いから。
エプロンを着ける。あくまで平静に、ナポリタンを作る。怪しまれないように。
(軍に連絡は行った。ハナ先輩にも、伝えたいけど…。)
近づいた時、寒気がした。
信じがたい、魔力量を感じた。
(あの若さで、手配書デビューだからな。相当だろう、実力も。)
この距離で音制御を使ったら、バレる気がする。
先輩には悪いが、もう少し隠れていてもらおう。
他に人がいないのは、幸運だ。
俺一人なら、最悪、逃げる事ぐらいなら出来るはず。
(…心音が聞こえる。)
緊張の為、だとは思う。
しかし正直な所、それだけでは無い。
少し、ワクワクしているのだ。初めての経験だから。
(折角だから、めちゃくちゃ美味いナポリタンを作ろう。)
手間暇をかけるんだ。
当然、目的は時間稼ぎ。軍の人がくるまでの。
とはいえ、別に料理に詳しい訳ではない。
アレンジなんて出来ないし、具材は切ってあるし。
ここは料理店ではないのだ。炒めるだけなのだ。
炒め過ぎて焦がす訳にもいかない。
つまりナポリタンが出来上がる前に、軍が到着する事はなかった。
「ご注文の、ナポリタンです。」
一瞬、転んでぶちまけて、もう一度作る事も考えたが、不自然だろう。
じゃあ帰りますと言って、出ていく可能性だってある。
なら、食べていてくれた方が、時間稼ぎになるはずだ。
「お兄さん。」
踵を返して戻る途中。
後ろから、声をかけられた。
「どうか、されましたか?」
変に意識しないように。自然に。
「最初にいたお姉さんは?」
「ああ、私と入れ替わりで別の休憩小屋に行きました。
そういうシフトなんですよ。」
疑われている?まあ、ずっとニュースペーパーを見ているし、警戒心は強いんだろうな。自分がやった事の自覚はあるようだ。しかし、手配書が出ているとは思っていないはず。
もしそうなら、こんな所で呑気に食事なんてしないだろ?
「じゃあサボりだね。あそこにいるし。」
(ハナ先輩…!?)
確かに、窓からちょっと見える。
「あ、あれは、サボりですね、すみません。
ちょっと、注意してきますね。」
近づく口実が出来たと思うようにしよう。
通報したのを伝えて、もっと離れてもらって…。
「ねえ、お兄さん。」
再び呼び止められてしまう。
「はい、何でしょう?」
大人しくナポリタンを食べていてほしい。あ、少し減ってる。
「僕が悪い人だって、知ってるよね?」
「…え?」
魔物とは戦った事がある。何体も倒した。
ハンネもホーメナも、凄腕の魔法使いだ。その二人に実力を褒めてもらった事もある。
つまり、俺は弱くない。
寧ろ、強い。ハナ先輩や、他の従業員の人達を守る立場なんだ。
でも、王都の治安は悪くないから。
人と戦った事なんて無かったから。
男に一瞬で組み伏せられた俺の頭は、そんな言い訳ばかり浮かぶ。
(…全く反応できなかった…!)
甘かった。完全な見込み違い。
全然、逃げられないじゃないか。
(ホーメナと同じくらいの体格なのに、なんて力だ!)
「いやね?悪くなかったと思うんだよ。
ちゃんと動揺を隠せていたし、ボタンを押すのも自然だった。
ただ、さ?」
男が力を込める。後ろに回された腕が痛い。
「なに呑気にナポリタン作ってんの?
顔の確認にきたのは、褒められた行為じゃないけど、悪くなかった。
お姉さん、だいぶ動揺していたからね。
冤罪を防ごうとする姿勢は、好感がもてる。
でもさぁ、確認とれたじゃん?通報もしたじゃん?
なんで逃げないの?」
格の違い、というのだろうか。
魔法で攻撃して逃げる、という行為が成功する気がしない。
「だから理由を考えたんだよね。
実はお兄さんは凄腕の料理人で、食で世界を救おうとしている人物で。
どんな悪人も、その料理を食べれば自ら自首しにいく。
その自信があるからこそ、逃げずに料理を作っているんじゃないかって。」
この場には、俺とこいつしかいない。
なら、こいつは俺に話している。
「なら、食べてみたいじゃないか!楽しみじゃないか!
いや、分かるよ?僕が勝手に想像しただけだ。お兄さんが言った訳じゃあない。
でもさ、僕は期待しちゃったんだよ。ハードルが上がっちゃったんだよ。
それで、出されたのがこのナポリタン。何が言いたいか、分かるかい?」
でもこいつは、会話をする気が無い。
自分の意見を、愚痴を吐き出しているだけだ。
だから俺が何か言う前に、話を続ける。
「まあ、悪くなかったよ。でもね?
僕は服が弾けるイメージもしなかったし、宇宙を感じる事もなかった。
ガッカリしちゃったんだよね。
同時に、凄腕の料理人説も否定されてしまった…。」
すでに奴は俺の上から退いている。
しかし、俺は身動きが取れない。ロープのような物で縛られているから。
おそらく風魔法の、風縄。
奴は、テーブルの上の残りのナポリタンを食いながら喋り続けている。
文句言うなら食べるな。
「となれば、あと思いつくのは一つだね。
ねえお兄さん?」
食べ終わったのだろう。ナフキンで口を拭いた奴が近づいてきた。
俺の髪を掴む。
「お前、僕の事、舐めてただろ?」
その通りだ。そして、実力差を思い知らされている。
「ほらお兄さん、立ってよ。」
無駄な抵抗はしない。言われた通り立つ。
これ以上、刺激しないように。
反撃のチャンスを、待つ。
(奴に言わせれば、これが舐めた態度なんだろうけど…。)
むざむざやられる訳にはいかない。
(賢者の関係者として、一矢報いてやる。)
「ほんとは平和的にいきたかったんだ。嘘じゃないよ?」
男は俺を連れて、扉から外へ。
ハナ先輩と目が合った。
そのハナ先輩の隣には、王国軍兵士。
俺達は、完全に包囲されている。
しかし、男に動揺はない。
「さあ、兵隊さん達、道を開けてくれるかな?
人質を返してほしければね。」
~この国における認識~
王宮:女王様、他、国の偉い人が住んでいる場所。及び、政府。
王都:王宮のある町。
王国:王都や他の町、森など、領土全部。
軍 :王国軍。そこに所属する兵士達。魔物の討伐から、道案内。喧嘩の仲裁に、手続きなんかもしてくれる。市役所と警察を足したような公務員。




