第75話 魔王クリガナンの祝賀
~前回までのロストン~
俺達はリガーナに勝利した。
だから後は、皆で帰るだけ。…のはずなのに。
地面が近づいた所で、鎖を伸ばす。
木々に巻き付けてスピードを落とす。
衝撃を殺しきれなくて、地面にぶつかった。
「っつう…。」
もちろん俺が下になるようにした。
痛かったがしょうがない。それに動けなくなる程でもない。
拘束を解く。
そしてリガーナの傷を見る。
近くで見ると、酷い怪我だ。
特に、出血が止まっていないのが気になる。
眼帯を失くしたのは最悪だが、あったとしてもだ。
俺の残りの魔力では、回復魔法の効果も弱いだろう。
幸い川の流れる音が聞こえたから、リガーナを背負いそこまで移動する。
バックからタオルを取り出し、水につける。
彼女の汚れを拭いていき、傷口には包帯を巻く。
魔法が使えなくなる事は経験したし、サニアにも言われたから、一式持っている。
とはいえ限りがあるし、慣れてもいない。
一刻も早く、合流したい所だが、闇雲に動く訳にもいかない。
結局は見つけてもらえるまで待っているのが、一番いい。
(トワは難しいだろうけど、魔王なら…、でも魔王もボロボロかもしれない。
でもそこは、ムンタに回復魔法してもらって…。)
「全く、酷いわね。」
リガーナが口を開く。
しまった、考え事をしていて、手元がくるったか?
「ご、ごめん。」
「ロストンじゃないわ。トワよ。」
リガーナは口を尖らせながら言う。
「絶対殺しにきたわよね。二回もよ?
普通なら余裕で死ねるわ。私は生け捕り狙いだったのに。
全く、どっちが魔王よ。」
「いや、リガーナなら無事だと信じていたんだよ。実際生きてるし。」
「…やっぱりロストンも酷いわ。そもそも前提が変なのよ。
ロストンは、私の期待に応えてくれるんでしょう?なんで私の敵になってるのよ?」
「リガーナに合わせたんだよ。
サニアと決闘する前、言ってたじゃないか。
任せろと言うからには、任せられる力をみせろって。
だからリガーナを倒して力をみせたんじゃないか。
俺達は君の期待に応えられる。信じてくれ。」
転生直前に言ったし、リガーナも納得してたよな?
魔王城を乗っ取って待ち構えていたじゃないか。
「…私が痛いのは嫌よ。
ディルガンツをボコボコにすればよかったじゃない。」
いや、それ、絶対納得しないだろ?
『魔王ぐらい、私でも倒せるわ。一人でね!』とか言いそう。
「気に入らなかったか?」
リガーナが静かになる。
目を閉じて、じっくり考えて、それから答えた。
「スッキリしたわ。」
声色がさっきまでと違う。雰囲気も。
さっきまでは、駄々っ子だったが、今は、なんていうか、優しい。
「負けたー!って思うのは本当に久しぶり。
こんなに魔力を使ったのも、全力を出したのも。
前がいつだったか、思い出せないもの。」
「強かっただろ?俺達。」
「そうねえ…。
トワの魔法は凄かった。でもそれ以上に殺意が怖かったわ。
上手くコントロールしてくれてたのはサニアね。目立たない所で大活躍よ。
ムンタは…。
要所で活躍してたわね。トワの指を口に入れてるなんて思わなかったわ。
魔王はしぶとかったし。
ロストンは、どうかしら。
補助的な動きが多かった気がするけど?」
「そう、俺は補助するのが得意なんだ。これからは、リガーナを補助する。」
「なるほど、そう返すのね。」
ケラケラとリガーナは笑う。
でもいつもより元気がない。顔色がよくない。
でももう出来る事はやった。他は、もう…。
「うん。皆強いわ。強くて、いい仲間達ね。
だから、ロストンにはここで生きてほしい。」
『には』ってなんだよ。
「もちろん、リガーナも一緒だ。
そうなんだ。いい奴らなんだよ。
だから、ここで、皆で、リガーナの望みを叶えよう!」
彼女の手を握る。強く。
「嫌よ。このまま、ここにいた時の事を考えたら恥ずかしいわ。
私は、カッコよくありたいもの。」
なんだよ。どちらかといえば、可愛い系だろ?
クソガキムーブが多かったじゃないか。
「なら、皆に謝ろうぜ?
ちゃんと謝れる大人はカッコイイんだ。」
リガーナがまた笑う。
ウケ狙いじゃない、こっちは真剣だぞ。
「そういうカッコよさじゃないのよ。
わかるでしょう?
もうすぐ魔王がやってくる。
流石に逃げられる気がしないわ。
捕まって、皆に囲まれて、お説教されて、ごめんなさいよ。
それで許されて、慰められたら、泣いちゃうもの。
嫌よ、だって私は魔王なのよ。
だから逃げるの。あなた達が追ってこれない所まで。
いい?私は、あなた達に殺されるんじゃない。
回復魔法は使えるけど、使わないのよ。
使わないで、転生するの。」
ふざけるな。
何だ、そのストーリーは。
なぜ、俺達に殺される訳ではないと、念を押す?
決まってる。俺達の、いや、俺の黒炎でリガーナが死ぬからだ。
回復魔法が使えるけど、使えない?嘘だ。
使えないんだろ?使える魔力が残ってないんだ。
しかもだ。
回復魔法も使えない魔力で、転生は出来るのか?
(眼帯があって、もっと魔力量があれば…。)
悔やんでも悔やみきれない。
「リガーナが転生するなら、俺も連れていってくれ。
力は示したんだ、いいだろ?
前世のトワに詫びるつもりで、頭だけ吹き飛ばすよ、黒炎で。」
手を掴まれた。リガーナに。痛いぐらい強く。
「ダメよロストン。
断言する。今回ロストンは魔力精神体にはなれないわ。
奇跡の時間は終わったの。
仮になれたとしても、連れていかない。」
こんな必死なリガーナは、初めてだ。
すまない。泣かせるつもりなんてなかったんだ。
リガーナに捕まっている時に、彼女の目的を予想した。
その一つが、転生は呪い、もしくは魔王の宿命説。
他者を転生する時には魔力がいるが、自らの転生は、自分の意思と関係なく行われる可能性。
でもそれは、あまりにも希望的観測だ。
俺の好きなリガーナが、ここで消えてしまうかもしれない。
「なあリガーナ。回復魔法で傷を治してくれ。
出来るんだろ、ならお願いだ。
俺の魔力を全部使っていいから、回復魔法を頼む。」
再びリガーナの手を掴む。彼女の右手を祈るように両手で。
「やーよ。もう決めたもの。
それに言ったでしょう?回復魔法を使う魔力はあるの。
もちろん、転生できる魔力もね。
ほら見てこの腕輪。壊れず残った最後の一つ。
魔力を回復できる腕輪よ。
まあ、もう効果を使いきったから、捨てちゃうけど。」
腕輪を左手で放り投げた。上手い具合に川に落ちて流されていく。
どう見ても、証拠隠滅。
(見くびるなよ。ニージュ商会で働いていたんだぞ。)
腕輪型の魔装具は、効果によって彫り込まれる模様がある。
さっきの腕輪は、マジックブーストと同じ模様。
つまり魔力の回復ではなく、魔法の威力向上。
しかも転生できる魔力とか言ったか?
自分の転生にも魔力がいるのか?
リガーナは俺を安心させようとして言ったのかもしれないが、寧ろ、最悪な事実を突きつけられてしまった。
(…。)
陽はとっくに沈んだ。星が、まばらに見える。
暗くなりつつあり、いよいよ動くのも危険だ。
そんな中、リガーナが口を開く。
「ねえロストン。仮によ。
仮にこの世界を舞台にした演劇があったとしましょう。」
いきなり、何を言い出すんだと、思った。
「主役が勇者とその仲間だとして、魔王を倒す為の冒険が、物語のメインね。
だから演じられる事はないのだけれど、それでも町の人々には生活があるの。
生きる為に悪さをする人だっているわ。
その人をRさんと呼びましょうか。」
Rさん?
「魔王と全く関係なく悪い事をしたRさんは、自分の都合で勇者と戦う。
そしてあっけなく返り討ち。
当然ね、相手は主役だもの。
Rさんは、ただのやられ役。出番はこれで終わり。
仕方がない事。分かっているの。」
俺の、話?
「でもね、観客の一人は悲しかった。
Rさんには、お世話になった事があったから。
お店に迷い込んだ時、遊んでくれた。
次の日も、その次の日も。
そしたらRさんは怒られたわ。ちゃんと仕事をしろって。
だから次の日は、バレないようにコッソリ遊んだ。
それが凄く面白かった。」
いや、俺の話じゃないな。Rさんは、誰だ?
「Rさんはね。正直、そんなに好かれないと思うわ。
小悪党には違いないし、割とポカをするし、嘘つきだし、感情的で怖がりで、勢いで乗り切ろうとする癖がある。
やられ役には違いない、けど他の側面もちゃんとあるの。
観客の一人はね。
そんなRさんの側面が、誰にも知られず物語が終わるのが悲しかったの。
もっと物語が見たかった。
それこそ、Rさんが主役のスピンオフなんかをね。
そこではRさんが活躍するの!
最強で無双するのは解釈違いで嫌だけど、出来る範囲で、仲間を頼りながら頑張るの。
そしてついに、自分を苦しめた魔王を倒すの。
あの、Rさんがよ?
物語の序盤に、ぽっと出て、瞬殺されるザコキャラの。
恐らく推しているのは、自分だけ。
そんな彼が、ハッピーエンドを迎えられたとしたら?
Rさんは、ああ見えて仲間思いだから、皆と一緒にお酒を飲むの。
幸せそうに、大笑い。
それはなんて、幸せな光景。」
幻視する。
それは、どこか安っぽい劇場での演劇だ。
お客さんはたった一人の女の子。
その子の為の、その子を楽しませる事が出来るかの劇。
女の子は食い入るように観劇して、エンドロールで拍手する。
無様な主演の幸せ面を見て、『おめでとう』と声をかける。
前前世。俺は店番なんてほとんどしていない。
女の子と遊んだ記憶はない。
だから、間違いなく別人。
Rさんは、パラレルワールドのロストンだ。
「私には使命がある。
もはや誰の為かも分からないけど、それの為に生きている。
だから演劇のスピンオフを作ろうなんてしない。いくら見たいと思っても。
実現させるなんて大変で困難で、何より独りよがりだわ。
でも目の前に、いい演者が現れて、演じてみたいなんて言い出したら、やってみたくなるじゃない。
もちろん使命が優先。ムダに出来る時間なんてないもの。
結局最後まで、そのスタンスだったんだけど。
その演者がね、あまりにも一生懸命で。
だから終わった後に、その子の為の舞台を、用意しちゃった。
今だと、私はその演者のファンよ。」
リガーナにマントをかけて抱き寄せる。
冬空は寒いから。
ほら、こんなにも身体が冷えている。
「ねえロストン。
もう少しで見たかった世界になりそうなの。
だからお願い。ここで、生きて。精一杯。
そうしてくれたら。
きっと私は、この世界にきて、よかったと思える。」
焦燥感に負けた俺は、リガーナを背負う。
そして走りだす。
「ロストンのハッピーエンドを見たいんだろ!
なら、もうちょっと頑張れ!」
躓いて、転びそうになる。
なんとか踏みとどまって、走り続けた。
「見なくたって分かるわ。
ロストンの笑顔は、ちゃんと覚えてる。
だからゆっくり行きましょう?
こんなに暗いんだもの。走ると危ないわ。」
「勝手なこというな!
俺はまだ、今回転生させてもらったお礼をしていない!」
「そう、私は勝手なの。
我儘で、やりたい事だけやってやったわ。
立派な大魔王よ。
だから喜んでよ。ようやく解放されるのよ?
今回の転生は、あなたが幸せになって、それでチャラ。」
遠くの空に、赤い光が見えた。きっと魔王だ。
「見えた!リガーナ!もう少しだ!」
ムンタとサニアも一緒のはず。
ムンタなら、回復魔法が出来る。
「例え演劇が終わっても、続くんだ!俺達の幸せは!」
「…ファンの一人として、あなたの、成功を…。」
それからは会話をせずに走り続けた。
赤い光は地面に降りた。
たぶん、トワと合流したのだろう。
まずはムンタに回復魔法を頼む。
それから魔王に運んでもらう。
サニアに金を借りて、酒場にある酒を、空にするまで飲んでやる。
今までの冒険を振り返ろう。
皆の功績を称え合おう。
それで、今後の予定をたてよう。
皆の姿が見えてきた。
魔王の手元が明るくて助かる。
ちゃんと四人、全員いる。
首輪をつけていないトワなんて珍しい。
さあ、もうひと踏ん張り。まだまだこれから。
力を込める。
最高のハッピーエンドを見せるんだ。
祝賀:祝って喜ぶこと。
ほぼ終了しましたが、第二章は、もうちょっと続く予定です。




