第5話 仲間~魔族とは~
~前回までのガットル~
装備を整えた!強くなった気がする!
ドラゴンを倒して、勇者の仲間になるぞ~
ドラゴンを見つけた!いや、見つかった!先手必勝だ、くらえ!
ドラゴンに戦いを挑んだ結果が、下です。
「まずはそうだな。全員無事退却出来た事を喜ぼうか。」
ディオルは余裕がありそうだったが、俺は立っていられないほど消耗していた。
息を切らせながら岩陰に座り込んでいる。
あの後。
俺の渾身の振り下ろしは、奴の瞼に阻まれた。
そこからは、防戦。
牙、爪、尻尾、ブレス。
避けまくった。
以前の骸骨の時とは違い、何度かは反撃出来た。
しかし、相手はドラゴン。ダメージは無いだろう。
目がかすみ始めた頃、サニアに思い切り引っ張られ、勇者に担がれ運ばれた。
そして、現在。
(眠い…。)
体力も魔力も空っぽだ。
ディオルはまだ何か話している。勇者が近づき、口を開けた。
おそらく今後の話し合いだ。
(参加しないと…。)
記憶はここで途切れた。
ガクガクと。
「んが!」
体を激しく揺さぶられ、起こされる。
前にいたのはクレスタだ。
半目で、口がへの字。不機嫌オーラ全開だ。
「悪い、寝落ちした。」
「バッタは嫌い。」
謝罪はスルーされ、一方的に喋りだす。
「飛びすぎ~。魔力が切れて当然。切り札はとっとけ。
ヒーローの必殺技みたいに。」
鉢巻きを外される。圧倒されて、されるがままだ。
「あんまり、効果ないかな~。調整しなきゃね。はい変わり。」
別の鉢巻きを渡される。機械は付けられてなさそうだ。ひんやりしている。
(頭を冷やせと、そうゆう…?)
「じゃあ私はレーラスと行くから。無茶すんなよ。」
こちらが口を開くより速く、クレスタは去って行った。
(自由だなぁ。らしい、のか…。)
「ガットル君が寝落ちして、だいたい四時間だな。」
びっくりした。横にいたのかディオル。
「いや、なかなか議論が白熱してね。すまない、君の事は忘れていた。」
「いや、寝落ちした俺が悪いんで…。」
「でも甲斐あって、ドラゴンを倒す算段はついた。
レーラスとクレスタは、準備のため、一度戻ってもらった。」
言葉が詰まった。
(倒せるのか、あれを。本当に?)
「安心してくれ。うまくいくさ。」
ディオルはいつも通り、気の抜けた感じで言う。
「それはそうと、今サニアがドラゴンの監視中でね。
そろそろ俺か君と、交代しようと思うのだが。
どうする?お疲れのようだし、まだ休んでおくかい?」
「いえ、行きますよ。それぐらいさせて下さい。」
一人だけ寝てて申し訳ない。
「了解。よろしく。」
ディオルに紙きれを渡される。手書きの地図だ。
手をひらひらさせているディオルに会釈して、歩きだす。
(えーと、二個目の横穴を…、突き当りを登る…。)
地図的にはドラゴンから離れてそうだが、明かりは極力小さめに。
洞窟は本当に入り組んでいる。人一人通るのがやっとな個所もある。
「サニア聞こえるか?今ガットル君が向かったから。到着したら交代だ。」
「了解。」
首元から声が聞こえる。距離はそんなでもないのだろう。
しかし、道のりは険しい。
(もう少し…もう少しで…。)
音をたてないよう注意して岩をどかす。塞がりかけていた穴に入る。
出口から顔を出すと、ちょっとしたスペースがあり、サニアがいた。
サニアは口に人差し指を当てている。静かにのサインだ。
頷くと、今度は岩肌の亀裂を指さした。覗けというのか。
(…。)
狭い空間だ。サニアが片足体育座りっぽくなっているのは、そうしないと入り込めないからであり…。
指された亀裂は、彼女が伸ばしている足を、曲げて近づき覗く位置だ。
(近い…近すぎる。)
サニアが足を曲げる。
視線が追いそうになるのを、耐える。
亀裂を覗く為のスペースを作ってくれたのは分かるけど。
ミニスカートでその動きはやめてほしい。
薄暗くて本当によかった。
彼女の体に触れないよう慎重に近づき、亀裂を覗く。
(…ここは、なるほど。)
かなりの下方。うまい具合にドラゴンの全容が見える。
最初に見た時と同じように寝ている。
戦いに夢中で気にしなかったが、反対側は鋭い絶壁だ。
上には大穴が空いている。遮る物はなく空が見える。星空だ。
(あれが本来の出入口という訳か。)
こんなに高く登っていた事には驚いたが、監視場所として優秀だと思う。
(もう少し広ければ…いや、狭いから、ばれないのか。)
「サニアさんありがとう。変わるよ。監視任務は任せてくれ。」
サニアが通りやすいように岩壁に張り付く。痛いが我慢だ。
しかし、サニアは動かなかった。いや、手が動いている。首元を触っている。
「ちょっと、いいかな?」
(ここで!?)
男女が、薄暗く、狭い空間に、二人!?
しかし冷静になると心当たりがあった。
うやむやになっている勇者の件ではないだろうか。
俺も首元に手をやる。通信機をOFFにする為だ。
「いいよ。」
膝を曲げて座る。伸ばせば体がぶつかる。そんな距離だ。
少しの沈黙。
サニアが口を開く。
「骸骨の魔物をぎりぎり倒せるかのレベルなのに、ドラゴンの相手をさせるとか言い出すから。
本当に、あの男は、何を、考えて、いるのかと。」
サニアの顔が、怖い。そこら辺の岩なら粉々にしそうだ。
「ガットル。」
「はい。」
サニアに名前を呼ばれたのは初めてだ。
「すごいよ。君は。」
まだ、何も達成出来ていない。ドラゴン退治も、勇者の仲間になることも。
でも、実力者に、勇者の仲間に、そんな笑顔で、そんな言葉を貰ったら。
(やめろよな。泣いちゃうだろ。嬉しくて。)
「みなさんに比べたらまだまだです。」
「当たり前。初心者に簡単に抜かれる訳にはいかないよ。」
サニアがくすくす笑う。見ていたくなる笑顔だ。
ドラゴンの棲む洞窟で、何なら見える位置にドラゴンがいるなんて思えない。
そんな穏やかな時間。
「ところでさ。」
だった。
「どうして、レーラスが女だと分かったの?」
本題がきたな、と。
しかし、どうしてと言われても。顔をまじまじと見たからとしか言えない。
そうすれば、だいたいの人は女性と答えると思う。
「いや、ごめん、違うね。」
(?)
「どうして、レーラスの魔法が効かなかったの?」
ちょっと、意味が分からなかった。
「どうゆうこと?」
俺の顔、表情を見たサニアは上を向いた。ぷるぷるしている。
(あれは…うーん。どうだろう。)
察するに、余計なことを言ってしまったと、悶絶しているのではなかろうか。
ちょっと、かわいい。
「勇者は魔法を使っているのか?」
取り調べる側が変わったような気がして、気が大きくなる。
「誰にも言わないよ。
この件に関しては、サニアさんと一緒に皿まで舐める覚悟がある。」
サニアには突っ込む余裕はないようで、しかし、口は開けてくれた。
「レーラスは、男じゃないと、おかしいのよ。」
何故?と聞く間をあけず、話が続く。
「だからレーラスは常に魔法を使っている。
視覚を誤認させる幻惑魔法よ。
水と風の二種混合魔法で、対象を限定させる事により、その分強力にしたやつ。
からくりを知っている私にも、レーラスは男の子に見える。
誰にもバレなかったの。…あの男以外。」
サニアと目が合う。大きく、強い意志のある瞳だ。
こちらの全てを見透かそうとしているかのように。
「あなたは、何者?」
『その漆黒の炎は闇魔法!紛れもない魔族の証!』
あの日の。あの商人の言葉が浮かんだ。
不意打ちだった。きれいに頭を撃ち抜かれたような感覚。
「それは、わからない。本当に。」
声は震えていないだろうか。
取り繕えているだろうか。
取り繕う?なんの為に?
いや、わかる。この話がこのまま進むと、追い出されるのでは無いかと、恐怖しているのだ。
「天上の理に触れた者は、地の理を外から覗く術をもつ。」
いきなり声が聞こえて、振り向く。
ディオルが、穴から首だけ出していた。
「つまり、幻術の類には耐性がある。教えたはずだぞ、不詳の弟子。」
「じゃあガットルも?」
「そういう事。」
知らない情報が飛び交う。
落ち着いてきた俺は、わかりそうな所から、詰めていく。
「ディオルさんとサニアさんは師弟関係なのか?」
「そうだよ。」
ディオルが答えてくれる。サニアはそっぽを向いた。
「一年弱魔法を教えているが、正直ここまでコントロールの悪い奴は初めて見た。」
「な!?」
サニアの顔が真っ赤だ。しかし、言い返せないようで、ディオルが続ける。
「自己中心的な考えを持ち、不必要に格好をつけたがる。
己の力を過信し、見栄を張り、後々泣きを見る。
失敗を認められず、修正しようとし、傷口を広げる。
不測の事態の対処が甘い。脇が甘い、詰めも甘い。」
サニアが動きだしている。己の~の辺りから。
その顔が、お前を殴る、と告げている。
俺は端により道を開ける。
しかし、中々たどり着けない。
狭い上に、その、見えないように注意して進む必要がある。
(まさかこの男、そこまで計算して?)
「今もそうだ。この通信機。
ガットル君はきちんとOFFになっているが、サニア、君はONのままだ。」
「嘘!?」
「俺には君がずっと独り言を言っているように聞こえてね。
心配になって様子を見にきたという訳だ。」
「嘘よ!?」
サニアさんは顔どころか全身真っ赤だ。
格好が格好だけに、隠せないのが可哀そう。
ようやくターゲット前まで行けたサニアだったが、殴るどころではないらしく。
「疲れた、休む。」
蚊の鳴くような言葉と共に穴の中に消えていった。
ディオルは、サニアの姿が見えなくなるのを確認して。
「真面目に努力の出来る子だ。
苦手だと言っていた魔法に対しても真摯でね。
へこたれない根性は称賛に価する。
実際、あれほど最大火力を上げたのだ。優秀だよ、彼女は。」
フォローのつもりなのか、そんな事を言った。
(果たして通信機はONなのか、OFFなのか。)
苦笑いをしている俺の隣にディオルは腰掛ける。
そして空の瓶を置いた。
「君の商会の商品の効果はすごいな。
眠気を感じたから、飲んでみたが、もう寝むれる気がしない。
俺とも話をしてくれるかな?」
願ってもない。聞きたいことがある。
「天上の、何とかって何ですか?」
「これかな。」
ディオルの右手が燃える。
温度調整は完璧で、この距離でも熱くない。
いや、そこでは、なく!
「闇魔法!?なんで!?」
ディオルの出した炎の色は黒かった。
俺と、同じように。
「そう呼ばれてもいる、事は知っている。」
静かに、落ち着いた声でディオルは答える。
「しかし俺達は、これを闇魔法とは呼ばない。」
心臓が跳ねた気がした。
「天上の魔法。天法と、呼んでいる。」
俺の顔を見たディオルは、一体何を、何処まで知っているのだろうか。
ディオルの炎の色が変わる。黒から、赤へ。
「俺達の使う四属性の魔法。」
右手の炎を出したまま、左手で人形を前に置いた。おそらく土魔法で作った土人形だろう。
「天法は、それらとは別ものだ。」
土人形が黒くなり、一回り大きくなった。
炎の色も再び黒に。
「理を置き換え、魔力を天力に換える。」
炎が消えた。土人形も崩れて土になった。
「すまない。気取った言い方をした。」
ディオルは空気を換えるように、少しだけ声量を上げた。
「天法は、魔法を強化する魔法、簡単に言うとこれだ。」
「魔族が使う魔法じゃないのか。」
口からこぼれた。驚いた。
言うつもりは無かったのに。
「魔族、か。
気を悪くしないでもらいたいが、そんな存在は、この世界にいない。
人々が恐怖心で作り上げた、噂に過ぎない、まやかしの類だ。
しかし根強く残り、一部において人を殺す力をもつ、実態のない魔物、それが魔族。」
何を言っているのか。解りそうで、解りたくない。
黙り込む俺をよそに、話は続く。
「天法は、使い手がほぼいない。」
ディオルの声色は、優しい。
「つまり研究も進まない。
魔法廃止を掲げるこの国では特に、な。」
魔法廃止。もちろん知っている。
フフゴケ商会はそれに乗っかっている。
魔法の無い世界、全くイメージがわかないが。
「魔物が黒い瘴気を纏っている事はある。
実際魔力が関係している現象で、なにより同じ色だ。」
淡々と続く。
「魔力、魔法、魔王、魔物、魔族。
誰もが、正しい知識がある訳ではない。
魔物の恐怖は勝手な憶測を呼び、強い力への嫉妬は、それを加速させた。
天法は闇魔法となり、今でも忌むべき対象だ。」
ディオルは右腕をめくり見せてくれた。
色が変だった。
「回復魔法では治らなかった。当時既に、法で禁止されている劇薬、と言うか毒だ。
一体どうやって手に入れたのか。逆に感心したほどだ。
よくある事。そうなのだが、当事者側としては、堪らないよな。」
「…。」
この人は知っている。俺が同じ魔法を使える事を。
どういう過去があるのかを。
しかし、急に言われても、過去を嘆けばよいのか、境遇を呪えばよいのか、同士の存在を喜べばよいのか。
わからないから、答えられない。
「まぁ、そう…っすねぇ。」
曖昧に同意して、何とか誤魔化す為に、思い出したように亀裂に向かう。
そもそもドラゴンの監視をしないと。
「…。」
ドラゴンは微動だにしない。
寝ているのだろうが、死んでいると言われたら納得してしまう。
しばらく眺めていたら、おとぎ話を思い出す。
【風鳴洞窟探検隊】そんなタイトルだ。
危険な罠や強力な魔物。それらを知恵と勇気で乗り越えて。
目当ての宝を手にするも、奥に続きがあるのに気が付いて。
好奇心で進んでしまい、巨大なドラゴンと目が合って。
大慌てで逃げ出して、途中で宝も落っことす。
なんとか家までたどり着き、みんな無事でよかったね。と、
そんな終わり方の話だった。
ドラゴンは何もしていない。
(ひょっとしてあのドラゴンも…?)
何もしないのではないか?
俺達の試験の為だけに、棲みかを荒らされているだけではないか?
だとしたら、戦う必要はないのでは?
「倒すよ。倒さないといけない理由がある。」
ディオルもクレスタも、心を読めるのではないか、とたまに思う。
(俺、態度に出やすいのかなぁ…。)
「理由って?」
ディオルが手招きしている。
座れ、という事は、また長い話か。
「君の実力については、サニアと同意見だ。
この勇者パーティーでは、問題なくやっていける。」
嬉しさより警戒のほうが強いな、今は。
「だからこそ考えてほしい。
君が本当に、俺達の仲間となり、旅に同行したいかを。
その為に、今から話す。
レーラスと、俺達と、王国と、商会の、目的と手段を。」
先程までいた場所まで戻って、俺は頷いた。
ガットルにとっては衝撃の事実。
とはいえ、あの時の商人をどうこうしてやろうという話にはなりません。
あの野郎!とは思いますが、そんな事より、家族に拒絶された事がショックだったのだから。