第46話 記録
勇者レーラスは仲間と共に、魔王の討伐を果たした。
*アレストワ視点*
「気に入ったよ。流石サニアだね。」
ぽかぽか日和の昼下がり。風よけをしてある大きな木の下。
僕は鏡に映る自分の姿に驚いた。
髪を、切ってもらった。
もう必要以上に大きくみせる必要はないから。
サニアより短めでって言ったら、何故か怒られて、サニアより長めだ。
それでも十分整っている。おかげで頭が一回り小さくなった気がする。
それから髪色も変えた。正確には戻した。
今や薄い赤色だ。
「私の腕がいいというより、トワが可愛いんだよ。」
片付けながら、サニアが言った。
そう、僕はもうレーラスじゃない。
明日にはキッドニだ。魔王を倒して最初の町。
そこを前にして、僕はみんなに相談した。
『レーラス』をどういう扱いにするのかを。
ちなみにガットルがレーラスでない事は、僕も薄々気づいていた。
最初はさ、名前を知られていた事がショックすぎて、混乱していたけど、よくよく思い出せば少年レーラスはシスターの事、『母さん』って呼んでいた。
だからガットルに謝られるよりずっと前、それこそディオルと戦う前には分かっていたね。
僕にとってレーラスは魔王を倒す勇者だ。
だから魔王を倒して称えられた、その後の事は考えていなかった。
改めて仲間に、僕の事情を話して、どうしようか相談した。
サニアも、他のみんなも、僕の好きでよいと言ってくれた。
このままレーラスでも、アレストワに戻ってもいいって。
僕はレーラスを、やめた。
思いのほか、悩まなかった。
約八年、人生の半分をレーラスとして過ごした。
それでもやっぱりレーラスは、あの勇気ある少年の事だから。
それに、このまま僕が名乗り続けて、せっかくみんなで作ったレーラスの功績を、汚してしまう時が来てしまったら、それこそもう償えない。
だから勇者レーラスは、魔王と相打ちになる形で、この世を去った。
これから記録に刻まれる、13代目勇者と同じ結末だ。
ハダラバには悪いけど、彼が倒したのが魔王、そして僕達が倒したのが、真の魔王だ。
ディオルが言い出したのだから、仕方ないよ。
僕は14代目勇者が旅立った後に、新たに仲間になった人。
13代目勇者の知り合いでもあり、勇者の必殺剣も使える実力者。
そういう設定を、みんなで考えた。
「あらトワちゃん。大胆なイメチェン素敵だわ。
後で、似合う装備を探すわよ~。
まって、私達三人、信号機カラーじゃない?これは仲間感、半端ないわ。」
しんごうき、が何か分からないけど、好評でよかった。
「手入れが大変かも…。クレスタやってくれるかな?」
実は前の髪型だと、ちょっとした寝ぐせは誤魔化せた。
でも今は、しゅんっとしているから、そうゆうのは目立ちそうだ。
朝は、得意ではない。
「え、やるやる。朝でも昼でも夜でもオッケー!
『友達の生意気なクソガキが、なぜか美少女になっていて、俺と二人で旅をする事になった件。』
かー!たまんねぇぜ。」
僕はクレスタの中で、生意気なクソガキだったのか。
(うん、もちろん知っていたよ。)
クレスタが様子を見に来たという事は、そろそろ出発という事だ。
手早く終わらせる為、サニアの片付けを手伝おう。
そう思い彼女に近づく。
そして、サニアと一緒に何かを出来るのは後少しの間だけなのか、と。
思わず足が止まる。
クレスタが何気なく二人旅、なんていうから思い出してしまったよ。
サニアとディオルとガットルは、北上して、テイール共和国のテイブっていう港町から船でライダ大陸へ。僕とクレスタは行きと同じルートで王国へ。
キッドニでお別れだ。
僕が一応の納得を見せたのは、これが今生の別れではないから。
クレスタは地図を指さしながら言った。二日前だったかな。
『実は商会が狙っている国があるのよね~。
マーアって言うんだけど、そこ、クーランの魔王と険悪なのよ。
王国に戻って、落ち着いたら次はそこ。
同じ二大魔王の一角を落とした私達は、きっと歓迎されるはず。』
『地図上だと、私達の目的地のゾトの隣がマーアじゃない。
マーアの北がクーランだし…。随分近くに魔王がいるのね。喧嘩しないの?
ほら、縄張り争いとか。』
『クーランの魔王はそういうのに興味はない。
俺の知り合いのゾトの魔王は、魔王を名乗り出してまだ数年。
最古参と新人だ、勝負にならない。
それにゾトの魔王は、そういうのをわきまえている。
先輩魔王に挨拶周りもしていた。俺の所にも来て、それで知り合った。』
『僕、複雑だよ。魔王にも、そういうのあるんだね…。』
『ねえ~、ディオルが落ち着いたら応援に来てくれない?
王国の時も、商会が絡んでから出発まで、二年くらいかかったじゃない。
今回も長くなると思うからさ~。
特に、特別出向偵察員になったガットル君は、報告も兼ねておいでよ~。』
『そ、そうだな。』
『あのさ…そこで合流するならさ、一度みんなで王国に行っても…。』
『装置は壊したが、俺がいる限り影響は大きい。
それだけ魔王の魔力は特別な物だと考えてくれていい。
そして、このまま俺が離れれば実感できるはずだ。
魔力や魔物の様子から、魔王が本当にいなくなった事を。
お前達が王国に戻る頃に。』
『王国としてもそれが一番ね。凱旋パレードは盛り上がるわ、きっと。』
『ねえクレスタ。このマーアに行くのは、いや、みんながここで合流出来るのはいつかな?』
『うーんと、王国に戻って事後処理と、計画に準備に、出発から、到着ね。
早くて、二年かな?ざっくりだけど。』
『私達は二年かからないでしょう、ディオル?』
『余程のトラブルが無ければな。二年後に集合でこちらは問題ない。
時期が近くなったら、特別出向偵察員に働いてもらおう。』
『ああ、任せろ。』
『…二年か。
そうしたら、僕はクレスタと王国に行くよ。
王国での交渉もあるし、ちょっとやりたい事もある。』
「トワ?ぼうっとしてどうしたの?」
心配したサニアが覗き込んできた。
「ああごめんね。手伝いに来たよ。」
見ると、もう片付けは終わっていた。
「ねぇトワ。」
「何だい?」
サニアが僕の手を掴む。
優しい風が吹いている。本当に気持ちのいい天気だ。
「トワは今、二年後に私達と再会する気だと思うけど、約束はしないでね。」
「ん?難しい話かい?ごめん、伝わってないかも。」
「王国で、みんなに祝福してもらって、ゆっくり休んで、考えてほしい。」
「…僕に、クレスタと行かずに、王国に残れっていうのかい?」
「言わない。来てとも、残ってともいわない。」
「やっぱり、難しい話だね。サニアは僕に何を求めているのかな?」
「答えをまだ出さないでほしい。」
うん。
「せっかく、アレストワに戻れたのだから、アレストワとして生きてみて、考えてほしい。」
うん。
「私は、トワが好き。大切な友達。だから、再会は楽しみ。
でもそれは二年後でなくてもいい。」
僕も好きだけど、そもそも離れたくないよ?
「フフゴケ商会の新しい魔王討伐に、なるのかな。
それが終わったら、私は絶対に王国に戻る。だからどちらを選んでも、私達は再会できる。」
「…それは、いったい、何年後だい?」
「クレスタと違うから、計算なんて出来ないけど、四年後とか八年後とかになるかも。」
八年もあれば、レーラスを始めて終える所まで出来るよ。
「二年と八年は全然違うよ。」
人生なにがあるか分からない、サニアも十分知っているじゃないか。
今生の別れになる可能性はあるよ、二年だって怖いのに。
「それでも絶対再会できる。だから安心して、私を信じて。
あなたはどんな選択をしても、ハッピーエンドになれるんだから。」
まったくサニアは、不器用だね。
それを言いたい為に、こんな分かりづらく遠回りの話をしたのかい?
しかも最後は強引だよ。
「わかった。その時にちゃんと考えるよ。」
本当に可愛くて優しい、僕の友達。
「再会して、暇が出来たらさ、サニアのお父さんに会いに行こうよ。」
「うーん。…その時考えるよ。」
僕達は荷造りして、キッドニに向かった。
「悪いな。馬車の手配から出国と入国の手続きまで。本当に助かる。」
「うちの特別出向偵察員をよろしくね~。」
「それ、気に入っているでしょう?」
キッドニで数泊して、いよいよお別れ。
昨日の打ち上げは本当に盛り上がった。
本気のディオルがあそこまで飲めるなんて。
まさかの勇者対魔王の再戦は、お店の在庫が空になり引き分け。
悪い事をしたかと思ったけど、店主さんも、集まったお客さんも、みんな笑顔だったから、なによりだ。
張り合ったガットルの顔色が、まだ悪いけど大丈夫でしょう。
先に乗り込んだ馬車の中で、サニアに介抱されている。
「でもディオル、本当にいいの?」
クレスタが、ディオルの右腕を見て、言った。
正確には右腕のあった位置を、だ。
クレスタが、保存状態をよくしてくれていたし、キッドニの魔法なら、くっつくはずだけど、ディオルが拒否した。
「…勇者と戦った証として、噛み締めていたい。
それに、ちょうどいいから持っていけ、魔王を討伐した証としてな。
正真正銘、勇者が切り落とした魔王の腕だ。」
ディオル、最後のは笑えないよ。
ディオルは自分の切られた腕を、魔力暴走させた。
だから今見た目が凄い。大きさも僕ぐらいある。
魔王の腕としてのインパクトは、かなりだろう。
「いい義手あるのにな~。」
「気遣いは、受け取っておく。」
それがディオルの、けじめ。
なら、これ以上はやめよう。
「…今更言う事でもないし、だからと言って、隠す事でもないのだが。」
ディオルが珍しく、歯切れの悪い切り出し方をした。
逆に興味があるよ。
「話してよ、ディオル。」
「何、どんな告白?」
ディオルは僕らから、目線を外し、独白のように話し出す。
「先代の魔王が死んだ後しばらくして、王国と勇者の様子を見に俺は王国に入った。
そして予想通り勇者の仲間になり、予想を外し中々旅立つ事が出来なかった。
結果として二年近く様子を観察出来た。
勇者も仲間のサニアも、努力家で実力者だ。よく分かった。
だからこそ、俺の都合だと旅に出る必要が無くなっていた。
旅を通して実力を測るつもりだったからな。
だから後は魔王を名乗り、王国を襲撃すればよい。
勇者達の実践不足を懸念するならば、事前に魔物をけしかければよいだけだ。
当時の俺は、旅の対応力を重要視していない。
していれば、フフゴケ商会の支援も断っていただろう。」
ディオルが魔王だと教えてくれた時、そこまで気にしなかった。
何かとキャパオーバーだったから。
「どうして旅をしてくれたの、ディオルは?」
「あの夏の終わり、女王の演説のあった日だ。
その帰り道、俺は見た。天法を使う男を。」
「…ガットルかな?」
「そうだ。夜中だったが、制御訓練をしていて、一心不乱なその姿を暫く眺めていた。
近くに懐かしい、俺の無くした本も見つけた。
俺はそいつに興味を持った。
その日から時間の空いた時に、ガットルの情報を集めだした。
そしていよいよ出発という雰囲気になった頃、俺はガットルを仲間にしようと考えた。
旅に連れ出し、成長を見たいと思った。
だからあの、お前とガットルが再会した日、魔物を連れ込んだのは俺だ。
サニアに荷物の注文を頼み、ガットルに届けさせ、タイミングをみて勇者を向かわせた。
なかなかの邂逅になっただろ?」
「見ていたのかい?」
「こんな事で被害を出すのは申し訳ないからな。
ガットルが刺されたのは、悪かった。
急所には当たらないようにはしたが、やりすぎたと反省している。」
「ガットルに謝りなよ。」
「最もだ。この後伝えよう。」
「まだ、あるんじゃないの?もう全部言いいな~あんたの悪行。」
「後は、…ドラゴンを起こしたのは俺だ。二回とも。
でもそれぐらいだな。王国を出てからは何もしていない。」
本当かなぁ?忘れているだけはありそう。
「ねえ、あれは?パーレの血鬼の奴。
あれ、血鬼の場所が分かってたんでしょう?魔王だから。」
「確かにその通りだ。
魔王の魔力の影響下の魔物の場所は、だいたい分かる。
テオテナムで受けた魔物討伐が早く片付いたのも、探す手間がなかったからだ。
…でも、その辺りは悪行じゃあないだろ。」
それから少しの間、ああじゃない、こうじゃないと、じゃれ合う。
「いや、スッキリした。言ってよかった。」
まったく、悪戯を成功させた子供のように笑うんじゃないよ。
でも楽しそうで嬉しいよ僕は。
「達者でな。二人共。」
ディオルが馬車に乗り込んでいく。
「ディオルもお元気で。」
「まったね~。」
サニアが顔を出して、手を振っている。
ガットルも震える手を突き出している。
姿が見えなくなるまで、僕達は手を振っていた。
また会えるのを信じている。
「さてトワちゃん。実は依頼した護衛の方が、トラブルで困っているそうよ。
助けに行きましょう。」
「え、二人旅じゃないのかい?」
「私情より、安全優先よ。凱旋中の英雄に何かあったら、フフゴケ商会の名折れだわ。」
「でも、その護衛の人は大丈夫なのかい?」
「う~ん。それを今から確認しにいくわ。」
帰りの旅も、色々な事が起こるかも。楽しくなりそうだ。
最近シスターは夢に出てきてくれない。
魔王を倒した後、いや、アレストワに戻ってからかな。
目覚めた僕はそんな事を考えながら、窓を開けた。
眩しい日差し。賑やかな虫の声。そしてこの暑さ。
夏だ。そしてお昼だ。
急いで準備をして、家を出る。
サニアの家は快適で気に入っているけど、唯一の難点は王宮から遠い事。
こういう時だけ、僕の家を引き払った事を後悔するが仕方ない。
ガットルの家の掃除をしようと思っていたけど、もうそんなは時間がない。
きっとクレスタが、やってくれるはずだ。
僕達が王国に戻って半月経つ。
ディオルの目算は正しく、王国に近づくほど魔物の脅威は減っていった。
王国の準備した凱旋パレードは凄く豪華だった。
僕は設定通り、勇者パーティーの追加メンバーで参加したけど、僕とクレスタだけだと、どうしても見劣りしてしまう。
そこで護衛の人も混ざってもらおうとしたが、全力で辞退された。商会の人達も同様だった。
せめて装備は豪華にしてみたけど、どうだったかな。
ディオル達は北に逃げた魔王の幹部を追ってもらっている。
という事になっている。
サニアとガットルは戻ってくるから、死んだ事には出来ない。
後日行われた勇者の国葬。
そこで僕は本気で泣いた。
あの時の少年をようやく弔えた事と、背負った物を下ろせた安堵と、みんなを騙している、あるいは騙していた罪悪感と。
色んな感情が、爆発してしまったのだ。
この日のクレスタは、シスターみたいに優しかった。
息を切らせながら、王宮へ入る。
「お疲れ様です、トワさん。本日もよろしくお願いします。」
迎えてくれたのは、王国兵のムンタさん。
僕の手伝いをしてくれている。
「ごめんね、遅れちゃって。その分頑張るから、許してね。」
「いえいえ、英雄様にお越しいただいている訳ですから。
もっと堂々となさってください。」
先導する彼についていく。
「そういえば、クレスタは?」
「お忙しいとの事で本日は来られません。トワ様によろしくと言っていました。」
「相変わらず大変そうだね。」
目的地は地下だから、まだ遠い。
人とすれ違わないし、雑談して行こう。
「そういえば、明日学校に来てくれるって聞いたよ。」
「ええ、私でよろしければ、力になります。」
「助かるよ。みんな僕より君のほうが、分かりやすいって言うから。」
「トワ様は速すぎて、参考にするのが難しいのでしょう。
私はまだまだ遅いですから。」
「うん、上昇志向は素晴らしいね。でも、よかったよ。無剣が人気で。
僕は大不評だと思ったから、そこはハダラバが正しかったね。」
「魔王を倒した勇者の剣です。憧れますよ、みんな。所で、あの子は?」
「大丈夫。今も変わらず通えているよ。」
「天法ですか。まさか、魔王の書物が役に立つとは。」
「うん。もうこの件で、いじめなんてさせないよ。」
ディオルから貰った、天落峡谷の研究資料の一部を渡した事で、王国は若干政策を変えた。
完全なる魔法廃止ではなく、魔法と科学の両立。
魔王消滅後の、魔物の弱体化は著しい。
十分と判断されたのと、他国に遅れていた魔法技術も、取り戻せる可能性が出てきたからだ。
クレスタやディオルは、その可能性を考えていたそうだけど、僕はなんか、現金な感じで嫌だ。
しかしそのお陰で、学校で無剣を教えられるし、天法の存在も伝えられた。
ちょうど学生で、天法の黒炎を出す子が現れてざわつき始めた所だったから、本当によかった。
ディオルやガットルみたいには、ならないはずだ。
だからこの王国の柔軟な対応は、認める。
それに王国は、約束してくれたから。
「着きましたよ、トワさん。」
会議室みたいに広い部屋。図書室みたいに本の多い部屋。
僕達はここで、勇者の旅の記録をまとめている。
勇者レーラスは如何にして勇者となり、魔王を倒したのか。
出来れば、今までの勇者の話も載せたい。
だからクレスタや商会にも協力してもらっている。
クレスタから、少し盛ろうと言われている。
それについては、考え中だ。
「最初はさ、レーラスが魔王を倒した事だけ載せられたらよかったんだよ。
でも今は、読んだ人が楽しい気持ちになれる物にしたい。
だって、楽しかったから。
だから、この気持ちを共有したい。」
サニアは僕に、『ハッピーエンド』だと言った。
エンドじゃないよ、まだ続くのだから。
だから僕は、最後をきっと、こう締める。
勇者レーラスは魔王を討伐し、相打ちとなる形で彼の旅は終わった。
しかし、彼の仲間達の冒険は終わらない。
この記録の先、きっと今も続いている。
第一章、完結です。
読んでくれた方、ありがとうございました。




