第40話 告白~後編~
~前回までのガットル~
ディオルは魔王だった。
クレスタは異世界人だった。
そして…。
唐突に目が覚めた。嫌な予感がした。
辺りは真っ暗。深夜から未明といった所か。
(あのバカ!)
勇者がいない。扉も空いている。
音がしなかったのは、あいつの魔法の効果だろう。
軽く準備を整えて城内へ入る。真っ暗の中、足元に気を付け奥へ。
ランプの明かりが見えてきた。
扉に剣を叩きつける勇者の姿も見える。
魔法で音はしないが、見る限りかなり激しい攻撃だ。
「あ…。」
はじかれた勇者がバランスを崩し倒れた。
俺は駆け寄る。
汗だくだ。息がかなり荒い。近づいた俺にも反応しない。
消耗が激しすぎる。
旅の途中、俺は勇者と体力勝負をした事がある。
一日中素振りをして、
『平常心。平常心がこつだよ。』
俺がへばる横で、あいつは余裕そうだったのに。
「…。」
俺は勇者から昔の話を聞いたから、推察できる。
自分は、勇者でなければならない、と思っているんだ。
仲間内で、こいつがサニアの次に話しかけている相手は俺だ。
俺が、勇者様って呼ぶから。
呼ばれると誇らしげな顔をするから。
同時に、自分の勇者性を脅かされる事を恐れている。
例えば酔っ払いに、
『勇者のくせにチビだなてめえ!』
とか言われても、笑顔だろう。
しかし、
『お前みたいなチビが勇者の訳あるか!』
なんて言われたら、逆上して暴れ回るに違いない。
今回ディオルに『本当の勇者なら、扉を開ける事が出来るだろう。』
なんて言われたから。
開けられなかったら本当の勇者じゃない、なんて言われたようなものだから。
「…。」
こいつにとって本当の勇者は、幼い頃に会った少年レーラスだ。
だから、本心は自分が勇者ではないと分かりきっているから、それが、露呈する事に何よりも恐怖している。
こんなになるまで否定して、自分が勇者だと吠えている。
溺れている事に気づいても、引き返す、止まるという選択肢はないんだな。
「ぁれ?ガットル、ごめん、起こしちゃったかな?」
「勇者様、少し話そう。」
勇者に膝枕される形で俺は口を開く。
「ディオルはさ、魔王への想いと俺達とを天秤にかけてさ。
俺達は選ばれなかったわけだけど、選ばれなかったからって大切じゃないなんて事はないよな。」
「…。」
「だいぶ迷ったと思う。だから、勇者様が話をしたいと言った時、また揺れたんだろうな。事情を話して、戦う戦わないの判断を俺達に投げた。」
「そんな大事な決断を他人任せなのかい?
僕は、あいつが自分の能力の高さを自慢しつつ、僕の力不足を笑っているだけ、な気がするよ。」
「そんな事はしないさ。
俺達だから、決断を任せたんだよ。
どっちを選んでも、あいつは全力で答える。
俺達が逃げ帰ったら何もしてこないし、俺達が向かってきたら、殺しにくる。」
俺達がいなくなった後はどうするだろう。
後継者探しの旅をするかもしれない。
ディオルが前魔王に拾われたのも、きっとそういう旅でだ。
その後は、4代目レーグの魔王として生きるのだろう。
王国が魔王側の事情を知っていても、知らなくても関係ない。
王国の成長を見守り、来るかどうかも分からない天上の国との戦争に備えるんだ。
閉ざされた扉はもちろん何も言わない。
「僕は…。」
勇者が笑う、寂しそうに。
そして声を明るくして言った。
「ディオルと戦いたくない。こんな事やめよう。
誰も言わないから、みんな血気盛んだなぁって思っていたよ。」
「それは野暮すぎだろ。ディオルの本気はみんなに伝わったからな。
思っていても口にはしない。」
それにディオルも俺達も知っている。
魔王を倒さないといけない、仲間の事を。
ああそうか。ディオルも俺達が帰るなんて事は、ないと思っている。
この扉はお節介だ。
考える時間を与えるから、せめて、勝ち筋を考えてから挑めというメッセージ。
元仲間への情け。いや、それだけじゃないだろう。
勇者と魔王の戦い。
これはディオルにとって大切な、儀式みたいなものになっているのではないか。
先代魔王達に、天落峡谷に集った人々へ捧ぐ為の儀式。
彼らの夢の結末を、この戦いで示す為に。
ならば虐殺や茶番はよしとしない。手を抜く事はありえない。
俺達を殺したいとは思わないが、殺せるタイミングで殺さないのは、この戦いにおいては手加減だろう。
「なら僕は、魔王を倒すよ。」
勇者がのろのろと立ち上がった。
こいつもディオルを殺したいわけではない。しかし、魔王は倒して、名を刻まなければならない。
遠い約束と贖罪の為に。
「僕だって考えなしにやってないよ。
この魔法壁はね。物理防御は相当高いけど、キーとなる魔法で簡単に開く仕組みだと思う。
ディオルは本当の勇者ならって言っていたじゃないか。
つまり勇者の輝きで、白輝回復で扉は開く。」
剣を構えて扉の前へ。
「白輝回復は今まで二回しか使えていないけど、どんな状況かは覚えている。
最初のは、ガットルに話したよね。小さい頃、勇者に回復魔法をしていた時だよ。
疲労困憊で精神的にも追い詰められていた。
次は、カルフラタの町。
実はディオルと口論から喧嘩していてね。
頭を冷やせって、火の直撃をくらったよ。
逆じゃん!って突っ込む余裕もないほどの威力でさ。
その直前まで移動の為に、山道を走り続け疲れていたから、同じく疲労困憊で、意識が朦朧としていた。
きっと白輝回復は、限界の先にあるはずだ。」
勇者の扉叩きが再会した。
(なるほど。最初は俺が、次はディオルが近くにいたのか。)
勇者の頑張りは報われてほしい。
でも思う。こいつはきっと勇者になんかなりたくなかった。
勇者になって頑張らなければならなかったから、頑張り続けた。
悪い事じゃないさ。尊いものだ。
でも限度はある。止まれず、壊れてしまうのは違うだろう。
「なぁ勇者様、まずディオルに勝つ方法を考えよう。
商会からもってきた道具、使えるはずだ。
今日はもう休んで、起きたらみんなで相談しよう。
扉は、その後でいい。」
勇者は止まらない。
「大丈夫だよガットル。扉を開けたら少し休むから!」
止まれない。
「もう少しなんだよ、もう少しなんだ。
僕なら出来る。僕なら出来るんだから。僕なら…。」
俺は彼女に、一度止まって欲しかった。
「アレストワ。」
名前を呼ばれた彼女は、止まった。
「もういい。よく今まで頑張った。トワは凄いよ。」
後ろからゆっくり近づいて、その両肩を掴んだ。
彼女の表情は驚愕。
それはそうだ。ガットルが知っている訳ないもんな。
「ここからは、俺がやるよ。だから、休んでくれ。」
「な…なん…で…?」
絞り出すような声。
ああ、違うんだ。泣かせたい訳じゃないんだよ。
ちょっと強引に抱きかかえて座らせた。
抵抗は少なく、防具を着けていなかったから、余裕だ。
「実は俺、レーラスなんだ。」
トワの目を見てそう言った。
彼女は目を見開いて、瞬きも忘れて、固まっている。
「あの時さ、トワが必死に回復魔法してた時な。
トワの泣き声がずっと聞こえてた。
どうにか泣き止んでほしくてさ、トワの手を握ったんだ。
俺も夢中だったけど、今ならわかるよ。
白輝回復は、水魔法と、風魔法と、天法の混合だ。」
混合天法。獄炎とかと同じもの。
俺は落ちていたトワの白い剣を拾った。
王国からの贈呈品。名前は確か『封魔剣・輝月』。
紛れもない魔装具だ。
トワの魔力が蓄積されている事だろう。
魔法を使う。黒い炎を出すように、しかし炎を出さないように。
やがて刀身が白く輝きだした。
ぶっつけ本番だったが上手く出来た。
「何だかんだで、俺達にはディオルがいたから。
魔法は全部詳しいあいつに任せて、検証とかしてなかったよな。
俺達は天法を、火と土にしか使ってこなかった。
火や土に使うと黒色だけど、水や風に使うと、白色なんだ。」
各々が使える属性は、俺が天火、ディオルが天火土、サニアが火、クレスタが土。
そしてトワが水風。
トワはずっと水風混合の幻惑魔法を使っていたから、気軽に実験に付き合ってくれとは言いづらい。
「でも、だからってあなたが、レーラスなわけ…。」
「白輝回復で俺は回復した。
でも男の子は、ガットルは死んでしまっていたんだ。
死者の蘇生できない。
気絶しているトワと、ガットルの死体を見ていた俺は、思ってしまったんだ。チャンスかもしれないって。
トワなら分かるだろ?勇者への期待。その重圧。
父さんの跡を継ぐ事を目標にして頑張ってきたけど、死ぬ思いをして、怖くなった。
自分が死ぬ事じゃなくて、自分が死んで期待を裏切って、父さんの功績に泥を塗るのが怖かったんだ。
だから、やってきたシスターに相談したんだよ。
シスターは聞いてくれた。
それで、後は任せろって言ってくれたよ。
俺はガットルとして生きる事になった。
孤児院を逃げ出した孤児だから、成り替わるのは簡単だった。
俺の誤算は、トワがレーラスになった事だ。
レーラスがいるのは知っていた。シスターが何とかしてくれたと思っていた。
あの日、骸骨から助けてくれたトワを見て、唖然とした。
トワになんて物を背負わせてしまったのかと。
その気持ちは徐々に大きくなっていき、サニアの家から帰る時は、たまらずに走り出してしまったよ。
せめてもの償いをしないと。トワの力にならないと。
だから俺はトワの仲間にしてもらったんだ。」
トワは、小さく、何度も首をふっている。
「顔が違うよ!」
「お前、俺の事避けてただろ?顔をよく見ていない、おぼろげだ。
だから、魔法で姿を変えて、シスターには大丈夫と言われても、髪を伸ばして顔を隠した。自信がなかったから。」
「か、髪の色、違うよ!」
「ガットルに成り替わる為に染めて、こっそり染め続けてる。」
「声が、違う!レーラスじゃない!」
「何歳だと思ってるんだ。声変わりくらいするさ。」
「レーラスが、天法を使えるわけがない!使っている所を見た事がない!」
「話さなかったか?天法は、怖がられるんだ。隠していたんだよ、使える事を。」
「僕とクレスタはガットルの孤児院に行った!おかしい所は何もなかった!」
「ガットルに事情を聞いたからな。
成り代わらせてもらうんだ。せめて、あいつの想いは、大事にしたかった。
ほんとは最後まで、正体をバラす気なんてなかった。」
「でも…でも…だって…。」
俺はトワの頭を撫でた。
「トワの名前を知っているのが、証拠だ。」
俺は立ち上がる。輝く剣を構えて扉の前に。
そして、一気に振りぬいた。
一瞬の間の後、ゆっくりと魔力が霧散していく。
振り返るとトワは泣いていた。
色んな感情でぐちゃぐちゃだろう。
「ここからは俺が勇者だ。後は任せてくれ。」
だから今は、ゆっくり休んでくれ。
愛の■■■■告白。




