第34話 勇者~私、の話~
~前回までのレーラス~
入院中の僕に、皆、会いにきてくれる。
ディオル、サニア、クレスタ、最後はガットルだ。
折角だから、私、の昔話を聞いてほしい。いつか話すって約束したしね。
病室での話、その3。
私は、シスターに育ててもらった。
シスターは孤児院で働いていたけど、高齢を理由に退いた。
でも魔物によって孤児は増えていたから、自分の出来る範囲で、一人とか二人、引き取り育てていた。
私がシスターの元へやってきたのは五歳の時。
知らない女の子と一緒に家に招かれた。
シスターは、優しかった。
一緒にきた女の子とも仲良くなった。
歳は私の一つ上らしく、私の事を妹のように可愛がってくれた。
毎日が楽しかった。
私が八歳の頃、そのお姉ちゃんが死んだ。病気で。
私がレーラスと出会ったのはその頃。
気落ちしたシスターが心配で、様子を見に来たらしい。
レーラスは実のお母さんを早くに亡くして、お父さんも王国の勇者で忙しかったから、シスターがお母さん代わりだった。
彼は八歳の時、働き口を見つけてこの家から巣立ったそうだ。
ちょうど私達と入れ違いで。
再会したシスターは、もう大喜び。
十一歳の彼はちょっとした有名人だった。
一年前に飛び入学して、大層な成績らしく、次期勇者として期待されているようだ。
夕食はいつもよりも豪華。
レーラスが食材をたくさん持ってきてくれたから。
食卓は、本当に久しぶりに明るかった。
料理はどれも美味しくて、元気になったお姉ちゃんと食べたかったけど、それは言ってはいけない事だから。
シスターは、今は笑ってくれているのだから。
頬いっぱいにつめこんで、
『おいしいね、おいしいね、シスター。』
私は一生懸命食べた。
翌朝、レーラスはまだいた。
何でも学校が長期休暇らしく、その間いるらしい。
聞いた時の私の顔は大変面白かったのだと思う。
レーラスが爆笑していたから。
はっきり言って、この男が嫌いだ。
私は魔法が得意だ。
シスターは王国では珍しく魔法に精通している人で、だからよく教えてもらったし、筋が良いとたくさん褒めてもらった。
しかし、昨日の、レーラスは自慢だと言っていた時の、あの誇らしげな顔は見た事がなかった。
そう私は、この男に嫉妬している。
なるべく関わらないで過ごそう。
私とこいつが険悪だと、シスターを困らせてしまうかもしれない。
そう心に決めて私は日々を過ごした。
しかし、質が悪いことにこいつは、毎日私に絡んでくるのだ。
なんでも知り合いの女の子に似ているらしい。
『そうその勝気な目つき、サニアにそっくりだよ。
サニア元気かな~。ちょっと前に引っ越してね。でも、僕より強くなって帰ってくるんだって。
楽しみだな~。ま、僕は負けないけどね。
返り討ちにして~またボコボコにするんだ!』
そう、こいつは、女の子に睨まれるのが好きで、女の子を泣かせるのが趣味の変態なのだ。
こんなのが勇者で、シスターの誇りとは、まるで悪夢だ。
しかし、私にもちゃんと分かる。
この男の強さは本物だ。
何度か奇襲したが軽くいなされた。
それに何度か行っているのだ、魔物退治に。
一人ではなく、大人と一緒らしいけど、それでも私には真似出来ない。
私は、魔物が怖い。両親は魔物に殺されたから。
だから、レーラスは、凄いと思う。嫌いだが。
しばらく経ったある日。
レーラスは、男の子にあったらしい。
歳は十歳くらい、洞窟にいて、一冊の本を持っていて、服は汚れていて、食べ物は持っていなくて、差し出したレーラスの手を叩いたらしい。
保護が必要な孤児、というのは私でも分かった。魔物に襲われたのだと思った。
でも二人は、その服装と拒絶の態度から、孤児院から逃げてきたのだと思った。
事情は分からない。どちらに非があったのかは分からない。
しかし保護するには信頼が必要で、時間と根気も必要だと考えたと思う。
レーラスの洞窟通いの日々が始まった。
シスターが行くには道中が厳しく、私は合わせてもらえなかったから、レーラスが一人で行っていた。食べ物や本を持って。
今でも私のレーラスの評価は、『凄いやつだが嫌い』のままだ。
しかし、レーラスもシスターも男の子の為に動いている。
顔も名前も知らない子だが、一人の寂しさは分かる。
そしてそこから、助けられた喜びも。
だから、仲間はずれは嫌だった。
そんな事を考えている時に、私は見つけてしまった。
レーラスが持っていくはずの本が一冊落ちているのを。
何冊かもっていっているから、一冊くらいなくても困らない。
(…。)
洞窟の場所は知っている。
お姉ちゃんと秘密基地にしようとはしゃいだが、行き来するには遠かったから止めた、あそこだ。
私は本を拾って、歩きだす。
それが私の一つ目の罪。
二つ目の罪は、弱かった事。
洞窟へ向かう途中、私は魔物に出会った。
何度か来たことのある道で、魔物に遭遇した事は今まで無い。
熊のような、大きな獣型の魔物だった。
(に、逃げ、にげな…。)
逃げないといけないと分かっていても、出来なかった。
足を動かそうとしても動けず、逆に尻もちをついた。
瞬きすらできず、ただ、その手が振り下ろされるのを見続けた。
『うわあああ!』
知らない絶叫が聞こえて、魔物がバランスを崩した。
男の子だ。男の子が魔物に体当たりした。
でも、魔物は倒れない。鬱陶しそうに雑に手を払うと、男の子は転がっていった。
男の子の安否を心配することも、折角作ってくれた隙を生かすことも、無理だ。
私は未だに動けない。悔しくて、涙が落ちても、動けない。
魔物は、尻もちをついている私と、倒れたまま動かない男の子を交互に見て、近いほうから仕留めようと思ったのか、私の方へ一歩踏み出す。
『大丈夫だよ、■■。勇者が来た。』
(え?)
一陣の風が吹きぬけて。
空から勇者が降ってきた。
たぶん後ろからきて、ジャンプしたと思うけど、首も動かせない私は、詳しく分からない。
斬りかかったレーラスは、そのまま圧倒、渾身の一撃を放ち、魔物は仰向けに倒れたのだ。
レーラスは男の子を見て、でも私の方へ駆け寄ってきた。
『■■、もう大丈夫だ。もう怖くない、安心して。』
見たことのない優しい表情だ。
『あ…あ…。』
『無理に喋らなくていいよ。ゆっくりまず深呼吸して。』
私を安心させようとしてくれている。こんな事、慣れていないだろうに。
『大丈夫、僕がいる。守るから、君は絶対死なない。』
安心させる為に、全力で。
全神経を私に向けてくれているから、気づけない。
『あ…あ…。』
見えている。私は見えているのに。
魔物はもう一体いると、レーラスに伝えないといけないのに。
私の口が、動かない。
『避けろおおぉぉ!!』
男の子の絶叫で、レーラスは私を抱えて、飛んだ。
しかし、背中を切り裂かれてしまう。
『やろっ!』
私を下ろし、レーラスは魔物へ振り向く。
その時レーラスの血が、私にかかった。
目の前の背中は酷い傷だった。血は出続けている。
レーラスは魔物を睨みつけたまま、動かない。
見ると剣を持っていない。
私を抱える為手放したのだ。
雄叫びを上げ魔物が迫る。
レーラスは動かず、構えた。
分かっている。動かないのは、ここに私がいるからだ。
レーラスが避けたら私に当たる。
つまり私が動いたら、レーラスは動ける。
攻撃を躱し、反撃も逃走も出来る。
私が動いて、剣を取ってくれば完璧だ。きっと彼は勝てる。
そこまで分かっていて、私の足は動かない。
魔物の恐怖に打ち勝てない。
魔物の振り下ろした爪を、その掌を、レーラスは受け止めた。
傷口が開き、血が噴き出した。私の顔が赤くなる。
『あぁ…あぁ…。』
(回復を、しないと…。)
回復魔法はそれこそ毎日練習している。
今使わないで、いつ使うのか。
お姉ちゃんの顔がふと浮かび、手が、動いた。
殺される恐怖を、レーラスが死ぬ恐怖が上回る。
震えは止まらない、不格好ながら両手を前へ。
(…ヒール!)
レーラスの傷が少し塞がった気がした。
しかし、気休めだ。現在レーラスは攻撃を受け止め続けている。
塞がりそうな傷はすぐに開き、血が流れる。
(ヒール!ヒール!ヒール!)
私はひたすらヒールを唱える。
今の私はそれが、傷口をかき回す行為だと気づかない。
『レーラス!』
男の子がレーラスの剣を構え魔物に突っ込んだ。
剣は魔物の脇腹に刺さる。
魔物は短い悲鳴をあげ、でたらめに腕を振り回す。
直撃した男の子は、地面に倒れ、動かない。
『やっぱ女の子の応援はきくな。力が入る。』
レーラスは魔物の脇腹に刺さった剣の柄を握っていた。
『勇者をなめんなこの野郎!』
そのまま魔物は両断された。
『ふいー終わった終わったぁ…。』
レーラスはふらふらと歩いてきて、ドカッと私の前に座った。
私はヒールを再開する。
『あいつ、根性あるな、助かった。…え、死んだ?』
男の子は動かない。
『おいおい大丈夫かよっおっとお…。』
立ち上がろうとしてよろめいて、そのまま座った。
『ちょっと休憩…それまで死ぬんじゃねーぞ…。』
男の子も心配だし、悪いとも思うけど、私は今それどころではない。
さっきから、ヒールが、効いている気がしない。
レーラスの血が止まらない。
私の涙も止まらない。
ポンっと、手が、私の頭に触れた。
『魔物が怖くて、動けなかったのが、悔しいんだろ?』
そうだったけど、今は、違う。
『前に話した女の子、サニアは、さ。
僕にボコボコにされて泣いていたけど、必ず立ち上がって、また強くなるんだ。
その姿が、惚れ惚れするくらいキレイで、たまらなくカッコイイんだ。
いつかきっと僕より強くなるよ。』
喋らないでほしい。傷が塞がらないから。
『■■も、最後には動けて、回復魔法が出来た。だから、君も、きっと強くなる。
だって君は、サニアよりも負けず嫌いだから。』
『なんで。』
ようやく声が出せた。鼻声で聞き取れないかも、知れないけど。
『なんで優しいの?いつもはもっと、意地悪じゃん。』
『…。』
『レーラス、なんで…。』
私なんて助けたの?
私は意識が飛ぶまで、ヒールを使い続けた。
夢をみた。辺り一面輝いて、レーラスが起き上がり、彼は私をみてほほ笑んで、どこかへ歩いて行ってしまった。
私が目を覚ました時、シスターの家だった。
シスターは私を抱きしめ泣いていた。
『いいのです。今は。あなたが生きていてくれただけで…。』
私は泣かなかった。もう、一生分泣いたから。
もしあの時、洞窟へ行こうとしなければ。
もしあの時、すぐに魔物から逃げていたら。
もしあの時、レーラスに魔物の接近を伝えられていたら。
もしあの時、もしあの時、もしあの時…。
私の、今もなお償いきれない最大の罪は、勇者を死なせてしまったこと。
『希望を絶やしてはいけません。』
『はい。』
翌日シスターと二人で決めた。
勇者は希望だから、死んではいけない。
『確かに私は見ました。まばゆい光の奔流を。
あれは紛れもなく勇者の輝き。だからこそあなた達を見つけられたのです。』
『はい。』
一つ気がかりなのは、シスターが見つけてくれた時、男の子の姿が無かったという事。
光の奔流はシスターの見立てだと、回復魔法の一種との事だから、回復して、何処かへ行った。で、落ち着いた。
無事だとよいが。
『白輝回復を唱えたあなたは、勇者を継承する資格があります。』
『はい。』
弱い私は、■■■■■は死んだ。
『レーラス。あなたなら、これからの修行にも、ちゃんとついてこれるでしょう。』
『はい。』
僕は、レーラスだ。
勇者レーラスは魔王を倒せた。
だから、レーラスが魔王を倒す事が正しい歴史のはずだ。
僕の所為で、間違った歴史になってしまう。それは、きっとよくない事。
だから、正しい歴史を歩めるように修正していかないといけない。
後世の人達が、レーラスという名前を聞いたら、あの魔王を倒した人ねってちゃんと答えられるように。
レーラスの英雄譚を、間違えさせるわけにはいかない。
レーラスは学校を止めた。理由は親代わりの人の看病に専念する為。
学生寮の荷物は引き上げた。
レーラスは学業に専念したいという理由で、仕事はもうやめていたから、街への報告はそれで終わり。
レーラスは街の外れの小さな家で、シスターの看病という名の修行を続ける。
幻惑魔法を習得したのもこの時だ。
そして看病は、対象の人が、亡くなるまで続く。
一年間。きっと、心労が原因。
シスターのお墓はお姉ちゃんのお墓の隣だ。
その隣に、名前を入れる事の出来ないお墓がある。
ふと、気づく。
もう■■■■■という名前の女の子を知っているのは、この世に僕だけだ。
呆れた。まだ未練があるのかと。
僕は勇者レーラス。魔王を倒す者。
まずは仕事を探しに行こう。
「どうして歴史に名を残したいか?
名前だけじゃない。『14代目勇者レーラスは、魔王討伐を果たす。』
そこまでを、残したいんだよ。」
自己満足の為に、人を騙している。
なんて言われたら、否定できない。
「レーラスという少年が、本来、実現できた夢。
僕の所為で、叶わなくなってしまった、多くの人の夢。
取り戻したいんだよ。『結果』だけでも。
王国の皆に、それから、ずっと先の未来を生きる人達に伝えたいんだ。
っていう、自分の失敗談を隠したいだけの話なんだけど…。」
だから、ガットルの顔をみるのが怖い。
「失望させちゃったかな?」
でも、折角話したのだから、逃げるわけにはいかない。
「…。」
「ガットル、もしかして、泣いてるの?」
暗くてよくみえないけど?
ガットルは勢いよく、誤魔化すように立ち上がった。
「失望は、しない。
…勇者様は、ちゃんと背負ってる。レーラスとか、シスターさんの、想いとかを、…でも。」
ガットルの口の前に人差し指を出して、続く言葉を遮る。
「お説教は、聞きたくないな。泣いちゃうかもしれないから。」
言いたい事はあるだろう。
そうじゃないだろうと思うだろう。
でもこれは、シスターと二人で決めた事で、どんな正論を言われた所で、戻るつもりはないんだよ。
「本名は、教えてくれないのか?」
「なにを言っているの。僕はレーラスだよ。」
僕はのろのろとベッドに向かって歩き出す。
あの時の男の子は、ガットルなんじゃないか?
実はこの質問をする為に、話しをした。
なんとなくだけど、同一人物のような気がしていたから。
面影があるというか、懐かしいというか。
王国でドラゴンを倒した翌々日、クレスタと何箇所か孤児院を周ったりもしている。
でも、確証はもてなかった。
(機会をうかがっていた訳だけど…。)
今日は、ガットルが泣いてくれたから、満足してしまった。
怒られたり、引かれたり、失望されると思ったから。
このままなら、ぐっすり眠れそうだから。
「おやすみガットル。」
「おやすみ勇者様。」
僕は目を閉じる。今日もシスターに会える気がした。
ガットル、サニア、レーラスの過去が明らかになりました。
旅立つ前、ディオルも話していましたが、魔王自体に恨みがある訳ではありません。
魔王を憎く思っているのは、女王や、40年前の襲撃の傷が癒えていない大人達。
それを思いやる子供達です。




