第2話 仲間~夢~
~前回のガットル~
こんな所に骸骨が!危ないな、倒すぜ!
なにぃ!?俺が苦労して倒した骸骨を、勇者は15体も倒しただと!?
このまま帰ったら、負けを認めた気がする!嫌だ!一言いってやる!って、うわ~
後ろから剣でブスリとされました。…勇者の引き立て役の人かな?
『わぁ、なにそれなにそれ!』
俺が最初に魔法を使ったのは五歳の時だった。
これは国内でも早いほう。
だから孤児院の同年代の中で、俺だけが使えた。
『きれー!すごーい!』
尊敬、憧れ。
『かっけー!なんだこれ!』
ちやほやされた俺は調子にのった。
自分の事は才能溢れる選ばれた存在だと疑わなかった。
この孤児院を、いやこの国を救う存在。
伝承にある勇者。
それこそが自分なのだと信じた。
だからこそ、魔法の鍛錬に全力だった。
学校に行ければよかったかもしれないが、そんな金はあるはずもなく。
何処かで拾った怪しげな本を片手に、我武者羅に日々を重ねる。
(魔法を使うには魔力が必要で、魔力が高いと威力もあがるのか!
魔力の上げ方は!とにかく魔法を使うのか!?わかったぜ!)
魔力は体内を循環する。魔法を使う為だけじゃない。
身体を動かすのにも使ったり、生命力にも影響するとかなんとか。
だから無くなれば、気分が悪くなり、力も抜ける。
泡を吹いて倒れている所をシスターに発見されるのはいつもの事。
(魔力を高める草があるのか!?どれだ、くそ、どれも同じに見える!
これ、いやこれか!わかんねぇ全部食うぞ!)
腹痛で数日寝込むのもよくある事。
(魔法使いだろうが体力は基本!?そもそも勇者になるんだから、近接攻撃は必須だろ!
木刀!木刀はどこだ!?)
シスターの植木鉢を叩き壊し、一日中正座させられた事だってある。
それでも続けられたのは、勇者になるという使命感。
それに、単純に魔法を使うのが好きだから、というのもある。
手から出る炎は不思議な存在だった。
俺自身は熱くなく、でもヤカンを沸かす事だって出来る。
大きくしたり、小さくしたり。徐々に温度の調整も出来るようになっていった。
出来る事が増えると嬉しくて。
次はどんな事が出来るのかワクワクした。
この手の炎に未来が詰まっているような気がして。
ずっと見ていられた。その黒色の炎の事を。
九歳の時。その行商人はやってきた。
『その漆黒の炎は闇魔法!紛れもない魔族の証!』
意味がわからなかった。言葉そのものの意味も、言葉に含まれている力も。
魔族?
魔王に連なるもの?伝承の勇者の敵であるあの魔王の?
孤児院の子供たちは、親を知らない場合も多い。俺もそうだ。
孤児院には魔法に詳しい人物がいない。むしろ俺が一番詳しい。
つまり誰も、行商人の言葉を否定出来なかった。
徐々に。
周りの俺を見る目が変わっていったと思う。
そして、あるシスターが街に行き、帰ってから。
これまでの、俺の世界は終わった。
『俺は孤児院を守りたいんだ。敵じゃない!』
それを証明する事もまた、出来ない。
ある雨が強く降った夜。
愛読書だけを持って、俺は孤児院を逃げ出した。
それからだいたい三か月、本当に幸運な事に、フフゴケ商会に拾ってもらえた。
慣れない仕事でへろへろだ。
それでも毎日、魔法を唱え、木剣を振った。
今でも勇者になりたいのか、それとも?
もはや自分でも目的を見失っていたが、言い表せない焦燥感により日課は続いた。
そんなこんなで17歳の秋。
仕事途中に骸骨と出会った。
(…。)
ゆっさ、ゆっさと、体を何度も揺さぶられる感触。
「んあ?」
何事かと目を開ける。
「こんばんは。どう?調子は。」
知らない女と目があった。
「走馬灯をみてた。」
「よかった。平気そうね。」
湯気の出ている、おそらくスープを差し出される。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
「ん。ゆっくり飲んでいいよ。飲み終わったら帰ってもらうけど。
あ、熱いから火傷しないよう気を付けて。」
素っ気なくいうと、女は立ち去る。
といっても、見える位置にはいるな。
食器か何かの洗い物を始めた。たぶん鍋だな。
(さて、思わず素直に受け取ってしまったが…。)
口にするまでもなく分かる事がある。このスープはうまい。
匂いからして濃厚。長時間煮込であるのだろう、とろけた具材は柔らかそうだ。
スープではなくシチューだな。ともかく実に美味しそうだ。
そしてめちゃくちゃ熱そうだ。
口を近づけ、しかし触れる直前、感じる熱で飲むのを断念。
(これは、無理だ。)
シチューが冷めるまで手持ち無沙汰となってしまう。
他人の家をじろじろ見るのは失礼な事だと分かっている。
でも、起きてきた俺の頭は少しでも情報を求めてしまう。
まず、見覚えのない知らない家だ。
二階に上がる階段があって、あれが出入口。
ドアが二つあって、キッチン、ここは客間か?
あぁ俺がいるのはソファーの上か。
このフカフカ感、お高いのではないか?
暖炉が見当たらないが、部屋の中は暖かい。
タンス二個分の大きさの、ヴーヴー唸る黒い箱。
あれは、商会肝いりの機械製品エアコンだ。やはり金持ち…。
あ、タオルらしき物が落ちている。かけてくれていた、そうかもしれない。
最後に、見える範囲で唯一の人間であるシチューの人を見る。
歳は、見た感じだと、だいたい同じくらいではないだろうか。
目は丸めで大きく、髪の毛は薄い水色。長さは肩に届くくらい。
(…。)
ぶっちゃけ第一印象は、肌面積多いな、だ。
両肩から指先まで何もつけていない。
太ももは膝上まで見えるし、臍も、ぎり見える。
(家の中だから別にいいのか?いや、防具を着ている?)
膝下に堅そうな脛当。
上着は何かを重ね着していて、モンスターの毛のような物も見える。
察するに、この後出かけるのだろう。それも戦いに。
(退治屋の人か…。)
魔物には夜行性のもいるだろうし、そもそも目的地が遠いのかもしれない。
水仕事中だから、まだ手に防具は着けてないんだろうな。
彼女の事を考えるなら、さっさと出て行くのがよいだろう。
しかし、シチューは未だに熱々。
せっかく受けた厚意を無下に出来ない。いや、単純に飲みたい。腹も減った。
(ふぅ…。)
これから着替えるのかもしれない。下になにか履いているのかもしれない。
そもそも、もっとすごい格好の退治屋の人を見た事がある。
(戦いに行くのだろうか。あの短いスカートで…。)
全体的に太っている印象はない。
が、スカートからのびるその脚は、いや、どちらかというと、太め…?
「なに?」
ごめんなさい。
「すまない。猫舌なんだ。」
可能な限り平静を装う。
ジロジロ見てんじゃねぇ!なのか、
失礼な事考えてんじゃねぇ!なのか、
出された物に文句言ってんじゃねぇ!なのか。
とりあえず現在シチューの人は不機嫌である。
「実は状況がよく分かっていないんだ。説明してくれると嬉しい。」
何とか誤魔化そうと、いや、話題を変えようと俺は必死だった。
言った後で、この後予定のある人にこれを言うのは火に油か?
と、思ったが。
「それは、そうね。」
正解を引けたようだ。
シチューの人は一人用の木製のイスを持ってくる。
俺の前に行儀よく座ると、話始めた。
「あなたが魔物にバッサリやられたのは覚えている?」
頷く。
「そこを、傍にいたレーラスが助けた。」
知っている。
国が推している伝承の勇者の名前だ。
「薄い銀髪で髪の長い人?」
「そう、その人。」
あの時、勇者だと思った俺は、正しかったようだ。
「魔物を瞬殺して、回復魔法で傷を治して、気を失ったままの君を、ここまで運んだのが、レーラス。」
はっとして、腹を触ってみる。包帯が巻かれていた。
「あ、そうだ。」
シチューの人が続ける。
「荷物無事受け取ったよ。フフゴケ商会の人でしょ?ありがと。」
指を指された方向をみると、見慣れた俺のカバンが立てかけてあった。
「これも勇者が?」
「…そ。あ、サイン必要?」
「…ほしいです。」
仕事モードになり、敬語になる。
サニア。
書かれた名前は確かに、届け先の名前と一致していた。
「それで、その、勇者様は今どちらに?」
残務処理後に聞いてみた。お礼を、言わなければならない。
「魔物退治の真っ最中。たぶん今日は帰ってこないわね。私もこの後行く予定。」
「お姉さん、勇者様とどういった関係で?」
この人思ったより凄い人なのでは?勇者の仲間か?
「ん!?んー。ん。」
シチューの人改めサニアの様子が変だ。
目が泳いで、下を向いて、顔をやや紅潮させて、小声で、ささやくように。
「恋人…予定です。」
「勇者様って女性ですよね?」
一瞬、時が、止まった、気がした。
「あー。レーラス童顔だもんね。たまにね。間違えられるけどね。
レーラスはね。男の子だよ!」
何かの地雷を踏みぬいたのは分かった。
逆光だったけど、顔はバッチリ見えたんだ。
しかもサニアの声が裏返るほどの動揺が、寧ろ肯定している。
勇者は女性だ。
しかし、しかしだ。
勇者は男性でなければならない事情があるのだろう。
昨今、たくましい女性は多い。女性の退治屋も結構いる。サニアだってそうだ。でもだ。勇者ともなれば、なんか、しがらみとか。伝承で伝わっているのが男だから、とか。色々あるんだろう!だからサニアは恋人の振りをして男と偽装、いや、振りでなかったとしてもだ。別に、女性が女性を好きでもいいじゃないか。同じ死線を何度も潜り抜けていれば、友情が、愛情に、なる事もきっとある!
俺は、完全に、理解した!
今すぐ話題を変えなければならない。
「そういえばこの家、魔力を全然感じないな。
魔力製品を使っていないなんて珍しいね。」
「フフゴケ商会の機械製品を使わせてもらっていますわ。
使い心地は気に入っておりますの。今後ともよろしくお願いしますわね。」
目も口調も怖い。
「さぁ、猫舌のあなたでも飲みやすい温度になりましてよ。
あんまり冷ましすぎると、不味くなってしまいますわ。」
退散しよう。そうしよう。
適温シチューは、とても美味しかった。
余韻を感じながら帰路につく。今日は直帰の予定だ。
天気は曇り。ランタン片手に、とぼとぼ歩く。
何でもない道の途中、不意に足が止まる。そして振り返る。
(勇者達は、今も戦っているのか。)
実力差を知った。今の自分はきっと足手まといだ。
そもそも何処で戦っているのか分からない。
向かうなんて無理だ。
それでも、目の前に、手の届く距離に、一瞬だけだが近くに、いた。
思い出してしまった夢。
勇者に成りたかった自分。
勇者に成れなかった自分。
では、なぜ今も剣を振るのか。
諦めたくないものが、あるからだ。
(せめて、近くに…。)
勇者に成れないなら、その仲間になりたい。
どうやったらなれる?
サニアの家の前で待ち伏せる?
(いや、そうじゃない。まずは、あそこだ。)
フフゴケ商会は分担制。
王国国内配送隊の俺には縁のなかった話だが、噂ぐらいは聞いている。
フフゴケ商会は、今回の勇者の旅に全面的に協力していると。
俺は駆け出していた。フフゴケ商会の偉い人に会うために。
雲の隙間から、星が見えた気がした。
ガットルの目的が、『勇者の仲間になる事』になりました。
果たしてなれるのか。仲間編は続きます。