第1話 仲間~邂逅~
本編開始です。
よろしくお願いします。
*ガットル視点*
晩秋の夕暮れ時の、けもの道。
「俺の名前はガットル。あんた名前は言えるかい?」
骸骨がいる。目の前に。
比喩ではない。
直立していて、ぼろ切れを着けて、刃こぼれした剣を持っていて。
ゆらゆらカタカタ動いてる。
所謂、魔物という奴だ。
別に魔物がいる事はおかしくない。
魔物退治を専門にしている人もいて、そういう退治屋は需要があり、目撃情報やら注意喚起の張り紙は、街中にある。
「フフゴケ商会っていう所で働いてて、実は今も仕事中なんだ。」
喋れない。考えも、感情も、命もない。
本能のまま人を襲う。それが魔物。
この知識が正しいかの確認の為、話が通じるか試みている。
「あんたはどっかに用事かい?あっちとか。」
大きな動きで右手の森を指さすも、ゆらゆら揺れるだけ。
「こっちとか?」
同じ動きで後ろを指さすが、これまたカタカタ揺れるだけ。
言葉も身振り手振りも通じず、一切の反応がない。
そろそろ覚悟の決め時かと、静かに長く一呼吸。
影が大分伸びてきて、もうすぐ陽も沈む、そんな中。
骨の擦れる異音と共に、先に動いたのは敵だった。
刃こぼれした剣を両手で持ち振りかぶり、重心を落としたと思ったら、次の瞬間には突っ込んできた。
(速っ!)
とにかく後ろに飛びのいた。
躱せたのも、態勢を崩さなかったのも、ただただ運がよかっただけ。
初撃を外した骸骨は追撃せずに間合いを取った。
こちらの様子を探っているのだろう、ジリジリと円を描くように横移動している。
こいつの姿を最初に見た時、逃げる事を考えた。
地の利はあるし、おそらく気付かれてもいない、逃走は可能に思えた。
「…うちの商会は人数そこそこいて、仲介以外も色々やってる。」
腰から剣を引き抜く。あいつのより短く、ピカピカの新品。
魔物と戦う事はかなり久しぶりで、一人で戦うのは初めてだ。
「売れそうな物を考える人も、実際に作る人もいる。売る人も。で、だ。」
それでも逃げずに、ここに立ったのは。
「俺の仕事は配送。ちょうどこの先に届け先の家がある。」
中心街から離れていても、ここはまだ人の生活圏。
そこに刃を振り回す、危険な奴を放置は出来ない。
「どっかいかねぇなら、叩き壊すぞこの野郎!」
そんな正義感と一緒に、昔の夢を、思い出した。
なら、逃げるほうが嫌じゃないか。
再び振り下ろしてきた一撃を今度は剣で受ける。
(重…!)
こっちは新品で、あっちはボロボロ。だから勝てると思ったが甘かった。
剣を落とす事はなかったが、手が痺れてしばらく振れそうにない。
敵の目の位置、何処までも暗いその穴が怪しく光った、気がした。
チャンスと見たのか依然健在な刃かけ剣を振り回し追撃してくる。
周りの草木を切り飛ばし、しかし、勢いは衰えず。
俺はなんとか避け続ける。
最初こと面食らったが、回避に専念すれば避けられない事もない。
が、反撃する余裕もない。
(ジリ貧か!いや…。)
体力が持たないか?と思った瞬間何かに足を取られて転んだ。うつ伏せに。
(あ、持たなかったのは集中力か。)
今まさに切り裂かれる、そんな時に他人事のような感想しか出てこない。
最期はこんなものか。俺はこんなに諦めが良かっただろうか。
(…。)
時間にしては一瞬だったのか、数秒あったのかは分からない。
頭の回らない俺が最初に感じたのは、匂いだ。
あまり嗅がない、しかし不快ではなく、どちらかといえば清涼感のあるような?
振り向き上体を起こす俺の動きは、ゆっくりだった事だろう。
この状況を忘れるほどに。
それほどまでに、目の前の光景は。
(きれいだな…。)
夕焼けで、真っ赤な光の中、その人はいた。
色素の薄い銀色、金色にも見える長い髪。
似た色の足元まであるマントをはためかせ、俺と骸骨の間に立つ。
瞬間駆け出し、迷いなく骸骨を蹴り飛ばした。
「立てますか?」
手が差し出されている。
まだ呆けている俺は相手の顔をまじまじと見てしまう。
逆光でよくは見えない。
でも、目が合ったのは分かった。
そして、敵でない事を伝える為に、やわらかく、微笑んでいるのも、分かった。
それは遠い記憶の、懐かしい顔に、あの女の子に似ていた。
「大丈夫だ。ちゃんと立てる。」
手は取らない。
「それはよかった。」
気を悪くした様子はなく、よろよろと立ち上がり外傷のない俺をみて、一言。
そしてゆっくり振り返る。
蹴り飛ばされた骸骨も立ち上がっている所だ。
目の前の子は、きっと、あれより強い。
勇者。
俺が憧れ成りたかった者。
街で騒がれている存在で、きっとこの子はそれなのだ。
であるならば、だからこそ。
俺は目の前の存在に声をかける。
「ありがとう。ほんと、助かった。でも…」
長い髪がゆれて俺をみる。
「あいつは俺の獲物だ。任せてくれないか?」
見栄とか意地とか口惜しさだと思う。
いきなり目の前に現れた、届かなかった夢への。
「わかった。任せる。」
勇者はあっさり引いた。髪とマントを翻し、てくてくと、反対側へ歩いてく。
意外に思ったが、詮索している余裕はない。
俺の望んだ展開になった以上、第二ラウンドが始まるのだ。
「実はさ、剣は毎日振ってたんだ。」
歩き去った勇者に向けた訳ではない。
「だから正直もう少しやれると思ってた。久しぶりの実戦でもさ。」
反応のない骸骨に向けた訳でもなかった。
「遠すぎて、笑えるぜ。ほんと。」
誰に聞いてほしいでもない、ただの愚痴。独り言。
「でも、お前は倒す。」
ここからは、正義感ではなく、憂さ晴らしだ。
骸骨が強く踏み込んで、突っ込んできた。
(剣技じゃこいつに勝てない。)
俺は左手を前に突き出した。
(魔法も使っていかないと!)
左手から、真っ赤な炎が、出て燃える。
それを強く握りこんで振りかぶり投げる。
投げたそれは真っすぐ飛んでいき、骸骨に命中して爆発する。
火球。
学校ではそう教えているらしい火属性の初級魔法だ。
爆炎の中から骸骨は飛び出す。
ダメージは軽微。敵は構わず突っ込んでくる。
「慌てるな。これの売りは、数だ。」
後ろに下がりながら、魔法に必要な魔力を集める。
魔力は自らの体内にあり、空気中にだって存在する。
それを制御する。魔法を、使う。
火球を作っては投げ下がる、作っては投げ下がる、を繰り返す。
威力はそうでもないと言われる魔法だが、思いっきり殴られるくらいは痛い。
それを八発投げたところで、敵は刃かけ剣で防ぎ出してきた。
そこから六発投げた所で足が止まり、完全に防御態勢になる。
俺も足を止め、火球を投げながら、刃かけ剣の状態を観察する。
そして残りの魔力量、つまり残り弾数を考える。
(突っ込むか!)
最後に、魔力を多めに使い威力を増した火球を投げつける。
同時に駆ける。
狙いは刃かけ剣。武器破壊狙い。
もとからボロボロだったものが、大きな罅まで入っている。
(流石にそろそろ壊れろよな!)
最後の火球を切り払ったそれに向けて、渾身の力で剣を振り下ろす。
痛快な音と共に、目論見は成功した。
(よし!このまま…。)
武器を無くし、がら空きになった胴体に剣を叩き込んでやる。
そう踏み込んだ俺の目の前に、骨の拳が迫っていた。
咄嗟に剣で防御して。
「なにぃ!?」
数分前まで新品だった俺の剣は粉々になった。
刃かけ剣の一撃を受け、刃かけ剣を破壊し、骨の拳を受ける。
三回使用しただけで壊れると思っていなかった。
衝撃のあまり硬直してしまう。
その隙に、腹に一発、顔に一発、骨拳をうけ、俺は転倒。
敵は馬乗りになり追撃の構えだ。
聞こえるはずのない咆哮を聞いた気がした。
今からタコ殴りにしてやるぜ、と右手を大きく上げる骸骨。
その骸骨が、燃える。
黒い炎に包まれて…。
紛れもない俺の魔法の効果だ。
「切り札ってやつだ。」
黒炎。俺の好きではない魔法。
「めちゃくちゃ強かったな、お前。」
なんとか這い出て立ち上がる。
黒い炎は徐々に消える、残ったのは骸骨一体分の灰だ。
それらが風に吹かれて、舞っていくのをぼんやり眺めて。
ようやく終わったのだと一息ついた。
そして辺りが暗くなってきた事と、自分の仕事を思い出す。
(早く荷物を届けないと…。)
戦闘に巻き込まないように、荷物は少し離れた場所に隠してある。
(確かこの辺りのはず…。)
ちょっとした丘の上、目印にしやすい大きな木の下。
荷物は無事見つかった。
商品はもちろん、商品を入れておいた俺のカバンも傷一つない。
万事解決な訳だが、しばらくその場を動けなかった。
離れた、しかし目視できる場所に、骸骨がいた。
(あぁ、そうゆう事か。)
骸骨は一体や二体ではなかった。
(笑えるぜ、ほんと。)
その数15体。その全ての骸骨が壊れていた。
(俺が一体倒している間に、これをやったって?マジかよ…。)
勇者の姿を見つけた。
勇者は剣を振り下ろす。骸骨が一体砕け散った。
俺は勇者の方へ歩きだす。
膝が震えているのは否定しない。
なんで向かっているのかは、自分でも分からない。
それでも。
(このまま黙って立ち去りたくない…。)
自分と勇者は住む世界が違う。
このまま立ち去るのは、それを認めるような気がして嫌だった。
とはいえ、現時点での負けを認めないのもダサいと思う。
勇者に一言いう。けど、何て言おうか?
お礼?は、さっき言った。
謝罪?いや謝る事はしてないよな。
強いな!は、なんか偉そうだし?
流石勇者様!これは馬鹿にしているふうに聞こえるか?
現時点ではあなたに勝てません。しかし、いずれあなたより強くなってみせます!
こんな感じでいくか?シンプルに。伝えたい事は、つまりはこれ。
でも、こんな捨て台詞も嫌だなぁ。
向こうからしたら意味不明で、そもそも誰だお前状態だし。
などと考えながら歩いていると、突然勇者がこちらに向かって走り出した!
(まさか、生意気な宣戦布告を考えていたのがバレて…?)
俺は完全に油断していた。なんなら今まで生きてきた中で一番緩んでいた。
命なんて、終わる時は実に呆気ないものだと、知っていたのに。
(…?)
本当に何が起こったのか分からなかった。
激痛があり、下をみると、腹から剣が生えていて。
(あぁ、骸骨、まだ、残って…。)
俺の意識はそこで途切れた。
バトルをメインにしたいので、最初は戦ってもらいました。
そしてこれは、勇者と仲間の物語なので、第1話は出会いの話です。