第170話 一方、その頃~キラークラウド~
~前回までのリハネ~
私とカナミアは、協力してキラークラウドという魔物を討伐する事になった。
このキラークラウド。調べれば、とんでもない魔物かもしれなくて。
下手すると魔王よりヤバイかもしれないが、だからこそ放置なんて出来ない。
◇登場人物◇ ※●が視点者
●リハネ :ゾトの勇者
〇ミュナ :ゾトの勇者パーティー
〇トドゥン :ゾトの勇者パーティー
〇カナミア :アイーホルの勇者
〇アクス :アイーホルの勇者パーティー
〇ギリュウ :アイーホルの勇者パーティー
□キラークラウド:400年間、不敗の魔物
午後3時。
切り立った断崖の上に、私達はいて。
その視線の先に、キラークラウドがいる。
6人全員が初見。
しかし誰もが、見間違えたりしない。
あれは魔物だ。暴力的な魔力の塊だ。
超巨大な入道雲。
いや、海面から海上に登るように広がる、真っ黒な竜巻だ。
絶えず渦を巻いているようで、ずっと風切り音がする。
近いのか遠いのか、距離感も掴みにくい。
(…本で見た、デカい浮遊城でも隠しているのか?)
そんな感想が浮かぶくらい、現実感がない。
「…動きはないな。」
沈黙に耐えかねて、口を開く。
いや、動いているけど。
私達に反応はないなって意味で。
「奴にとって、私達は小さな虫。
取るに足らない存在なのでしょう。
それでも。
顔の近くを鬱陶しく飛び回れば、叩き落とそうとしてくるはずです。」
「顔がどこかは分かりませんが。」と、カナミアは軽口を付け加える。
しかし、誰も笑うような事はない。
そんな余裕はない。
本当に、あれと戦うのか?
ましてや勝てるのか?
そんな気持ちでいっぱいなのだ。
悔しいが、私も。
「では、予定通りいきます。
まず、私とリハネが奴に接近、攻撃を開始。
合図があれば、アクスとトドゥンは遠距離魔法で援護して下さい。
ギリュウとミュナは二人の護衛。
飛んできた攻撃を防いだり、撤退時の援護をお願いします。
基本は、私達からの合図を待ってもらう事になりますが。
もし、キラークラウドが上陸する素振りを見せて。
かつ、私達からの合図が無かった場合。
トドゥン、次にアクスの指示に従って下さい。
それから、ギリュウとアクス。
運んできた小舟を降ろすので、手伝って下さい。
念のため、魔法は使わずにいきましょう。」
カナミアは、テキパキと指示をだす。
合同パーティーのリーダーは彼女だから、間違いではない。
…彼女がリーダーで、よかったと思う。
今の私は、頭が回っていない気がする。
恐怖と、緊張で。
(…すげぇな。)
いつもと変わらないように振る舞える彼女を尊敬する。
同時に、不甲斐なく思う。
いつも偉そうな口を叩いているのに、何をやっているんだ私は。
(落ち着け。
あんな見た目だから、根源的な恐怖を感じているだけだ。
ディオルやリガーナだって、あんな感じの魔力だろ。)
私は首を振り、汗を拭う。
それから、おでこを2度、手の甲で叩く。
「大丈夫ですか?」
カナミアが、私に声をかけてくる。
「ああ。気合を入れただけだ。」
私は勇者だから。
この恐怖にも、打ち勝たないといけない。
私とカナミアを乗せた小舟は、キラークラウドを目指し進む。
魔法は使わない。機械の力を借りた手漕ぎ。
風と波に逆らいながら、無言でひたすら船を漕ぐ。
やがて。
「…ここまでですね。」
カナミアが呟いた。
風の影響が強く、これ以上は小舟では厳しい。
つまりここからは、魔法を使う。
(…。)
振り返る。
仲間の表情は分からないが、居場所の把握は可能。
それくらいの距離だ。
泳いで帰れる距離だろう。
思ったより、離れていない。
(…。)
向き直る。
眼前の、黒い竜巻に。
どこまでが魔物で、どこからが魔物の纏う風なのかは、さっぱり分からない。
「挨拶代わりに撃ちこむか?」
近づきたくないのと、見掛け倒しだったらいいという願望から、そんなセリフが口から出る。
何度腹を括っても、怖い物は怖い。
「いえ、まずはあれを起動させて下さい。
無視される分にはいいですが、律儀な性格かもしれません。
あなたの挨拶に、大声で返事をされてしまう可能性だってあります。
この不安定な足場では回避行動も難しい、一瞬で海の藻屑なんて嫌でしょう?
まずは守備力を上げないと。」
「…OK~。」
小舟の上に立ち上がる。
激しく揺れる訳だが、バランスを取れないほどではない。
カナミアも立ち上がり、キラークラウドを睨みつけた。
『『MDF、起動。』』
『BBD。』
『LRD。』
共に、ヨダーシルで貰った力。
私は、燃えるような朱色の鎧。
カナミアは、金色の差し色が入った白銀の鎧。
それぞれを、身に纏う。
「小舟は捨てていきます。…手を。」
伸ばされた左手を、右手で掴む。
そのまま、二人で海面の上に立つ。
カナミアの魔法だ。
水魔法使いは、こういうことも出来る。
「では、挨拶をお願いします。」
「た、の、もおぉぉ!!」
大声で叫びながら、渾身の火球。
とりあえず、中心を狙って投げた。
警戒して様子を伺うが、反応はない。
「律儀なタイプではない可能性。
挨拶の習慣がない可能性。
あ、気づいていない可能性もありますね。
もう少し接近してみます。
その後に、また攻撃をお願いします。」
真面目なのか、天然なのかは分からないが。
接近しつつ攻撃には賛成だ。
カナミアに手を引かれ、ついていく。
火球を投げる、様子を見る、もっと近づく。
それを何度も繰り返す。
(手応えがない。
何かに当たっている気がしない。
雨雲に向かって投げているみたいだ。)
ただの雲に向かって火球投げたなら、雲を散らしながら飛び続ける。
制御を失って、ただの魔力に戻るまで。
魔物なら。そして魔物の魔力になら、そうはならない。
ぶつかるはずだ。
(あまりの強風に飛ばされて、本体に当たっていない。
もしくは、本体は実は小さい…。)
カナミアが前に戦ったらしい、蘇生岩という魔物。
周りの岩を纏う事で巨体に見せていたそうだが、本体であるコアは小さかったそうだ。
だから可能性は、十分にあるのだが。
(でも、この魔力量は…。)
魔王と呼ばれる連中は、確かに自前の魔力量も多い訳だけど。
真髄は、バカみたいに高い魔力制御能力。
龍穴から溢れる魔力を自在に扱える事が、強さの秘密といっていい。
だからこそ、拠点に陣取る魔王は強い。
進めば進むほど、まるでクーランの山を登っているような感覚。
なんとも重苦しく、禍々しさがある。
ここらは、普通の場所だったはずだ。
龍穴があるなんて話も聞いた事がない。
つまり、この魔力は自前。
で、あれば。
それに似合うだけの巨体だと考えるのが自然だろう。
豊富な魔力があるラゼン山脈に陣取った蘇生岩とは、状況が違う。
(…埒が明かない。いっそ、突っ込むか?いや…。)
不安ばかりが募り、焦る。
堪えろ。
今は、この地道な行軍を続ける事が最善なんだ。
(…くそ、何も見えない…。)
刺すような風も、飛び散る水も。
魔力の鎧が防いでくれてはいる。
それでも、カナミアの姿も見えないほど視界が悪い。
距離感も、方角も。
もう私には分からない。
もし、この手を離したら。
私は、この風の檻から一生出れないんじゃないかとすら思う。
火球を投げながら、信じてついていくしかない。
カナミアに。
風が読める風魔法使いに、任せるしかない。
時間の感覚もなくなった私には、どれくらい歩いたのかは分からない。
分かるのは。
唐突に風が止んで、視界が開けたという事。
「見て下さい、あれを。」
その声に従い、視線を上に。
そこにあるのは。
「なんだ、あれは?」
宙に浮く、謎の球体。
大きさは、4、5階建ての建物くらいもある。
「…風か?」
その球体の周りを、風が。
物凄い勢いで駆け巡っている。
今までのとは違い、明確に魔力を纏った風。
可視化するほどの魔力の所為か、球体の中身は見えない。
「おそらく、あれがキラークラウドの本体でしょう。
…ともかく、あれを倒せば終わりです。」
「それは、まあ、分かるけど。
問題は方法だろ?
どうする?
改めて、挨拶するか?」
見た感じ。
今までの火球は、風に流されて当たっていないのだろう。
「挨拶は、もう十分です。
それよりも、このチャンスを活かさないと。」
チャンス。
確かに、そうだ。
私達は。
攻撃される事なく、ここまで近づけている。
(余裕なのか、間抜けなのかは知らないが。
高魔力の鎧を着た人物が、二人も足元にいるっていうのに。
その態度は、ないよな。)
いいぞ。
舐められている、という事実に腹が立ってくる。
恐怖より、怒りが強くなっていく。
「最大火力をぶちかます訳か。
私は、ブレイブフェニックス。お前は、雷大砲か?」
威力的には、ブレイズフェニックスの方が高いんだが。
流石に、あれに突進はしたくない。
見るからに、接触したら切り裂かれそうだ。
「…いえ。
私達の最大火力は、それではありません。」
え、突っ込めって事?
カナミアが私を見る。
フルフェイスの鎧だから、表情は分からないのだけど。
なんとなく、許可を得ようとしている感じがして。
(…ああ、なるほど。)
カナミアの意図が分かった。
だから。
「存分に使ってくれ。
それから、名前も使っていい。」
握ったままの手に、力を入れた。
「…ありがとうございます。」
そう言って、カナミアは。
魔力を練る。取って置きの魔法を発動させる為に。
「…きたか!」
球体から、風の刃と水の弾が飛んでくる。
意識的か、無意識的かは不明だが。
キラークラウドも、現状を放置するのは危険と判断したようだ。
「火壁!」
左手を突き出して、それらを防ぐ。
カナミアの準備が終わるまで。
(カナミアは、混合魔法を放つ気だ。
私の火と、カナミアの雷の!)
混合魔法は、難易度が高いと言われている。
しかし、そもそもカナミアの雷魔法は、水と風の混合魔法。
彼女にとって混合魔法は、日常的に使用する慣れ親しんだものだ。
とはいえ火と水は相反属性。
流石のカナミアでも、厳しいかもしれない。
まあ、混合魔法どころか2つの属性を使う事も出来ない私には、未知の領域なんだけど。
(それでも、こいつなら。やってくれるはず!)
風と水と火ではなく。
雷と火だし。
雷属性なんて、本来はない。
それでもあいつのは。
新しい属性と言っても、問題ない精度だから。
(…く!)
魔力の譲渡といえば、魔力贈物という魔法がある。
しかし接触していれば、そんなのが使えなくても譲渡が可能。
左手から、魔力が抜けていくのが分かる。
その状態で、暴れる風と襲い来る水を防ぐ。
ハードではあるけれど、乗り切らねばならない。勇者の名にかけて。
「…リハネ。」
「全然、余裕だ。いいから集中しろ。」
「いけます。」
まじか。流石、速い。
「よし、ぶちかましてやれ!!」
炎の壁を、消す。
それを好機とみたのか、風と水が殺到してくる。
それらを。
「ライトニング、フェニックス!!!」
雷纏う炎の鳥が、吞み込んでゆく。
威力は衰えず、どころか取り込んで勢いを増していく。
それは一度、風の球体を避けるように進み、斜め上空へと移動した。
そして、一気に急降下。
足の鋭い爪で獲物を蹴落とすように、球体に激突した。
燃え盛る炎、弾ける雷、裂かれる風、破裂する水。
強烈な光を放ち、球体が割れる。
一際、大きな音がした。
それは、巨大な魔物の断末魔のようにも聞こえて。
私は、戦いが終わったのかと期待した。
終わってほしかった。
しかし。
「!?」
カナミアを突き飛ばし、私自身は噴出炎で上空へ。
攻撃が見えた訳ではない。
ヤバいという直感だ。
そしてそれは。
正しかったとすぐに分かる。
私達がいた場所に叩きつけられたのは、腕。
巨大で、爬虫類のような見た目のやつ。
びっしりとついた鱗、その一枚一枚が。
ピカピカに磨き上げられた鏡のように、私の姿を反射した。
そして、今。
飛びあがった私の、隣。
先程まで、球体が浮いていた場所。
何かが、動いた。
私は、これの正体に心当たりがある。
ほんの数秒前まで。
その可能性は、全く考えていなかった。
しかし、もしそうだとしたら。
色々と、納得できる話もある。
魔物にあるのは本能だ。破壊への衝動だ。
知恵のない奴が、何百年も存在できるはずがない。
目の前に破壊すべき対象があるのに、破壊せずに立ち去るなんてはずがない。
(キラークラウドは、魔物じゃなかった!)
討伐数、ゼロ。
だから。
だれもこの事実を、知らなかった。
私は振り向く。
そいつの姿を、視界に入れる。
そう、あの音は。
断末魔などではない。
無理やり叩き起こされて、だから不機嫌な、怒りの声だ。
咆哮を上げながら。
その、紫色のドラゴンは。
私に爪を振り上げた。
リハネ&カナミア編は、あと2話あります。




