第143話 ユンゼス~知らなかった話~
~前回までのユンゼス~
ロミスオッドは、魔物のいない世界を目指していた。
まずは魔物のいない土地の実現。それを手伝う約束をする。
ロミスオッドは龍穴を見つける旅に出て。俺は使用可能な魔道具の開発を目指す。
◇登場人物◇ ※●が視点者
●ユンゼス :24歳、オーズンの弟子
〇ロミスオッド:24歳、オーズンの弟子
〇ラデューム :24歳、オーズンの弟子
24歳の、冬。
その日も、いつも通り研究室に籠っていた。
もちろん、新魔力対応の魔道具を造る為に。
やはり新魔力だと、従来の魔力に比べパワーが足りない。
量を増やしたり、圧縮したり、溶かして固めなおしたり。
色々試してきた訳だけど。
今、注目しているのは、再変換。
龍穴から噴き出す魔力を、新魔力に変換し、その新魔力を再び魔力に戻すという感じだ。
新魔力を挟む事によって、魔物化が発生しなくなる訳だから、無駄な工程ではない。
(魔道具に、変換機を取り付けて…。魔力が外に漏れないように…。
あ~、やっぱ大きくなっちゃうな…。)
大丈夫、時間はある。
まだあれから2年。
旧コア王国王城跡地周辺の魔力が変換されて、効果が出始めるまで、あと6~7年といった所だろう。
(そこから微調整も必要で…。
完全に入れ替わるまでに数十年。定着するまで数百年…。
しかもそこまでしても。
機械が止まったら、半年で元通りか…。)
協力者が。
そして賛同者が必須。
(出来る所からやるしかないか…。)
コーヒーを淹れ、一息つこうとした時。
研究室の扉が、ゴンゴンと叩かれる。
「はい~?」
今日って、もうお昼の注文してたっけ?
そんな事を考えながら扉を開けると。
「久しぶりだな、ゼス。」
「デューじゃないか。いや、ほんと久しぶりだね。」
ラデュームとは、確か。
花見以来じゃないだろうか。
彼は、いくつかの事業を任されていて、いつも忙しそうなのだ。
研究室に籠りっぱなしの俺だと、なかなか会う機会がない。
「中、いいか?」
「もちろん。
いや、いいタイミングだね。
丁度、他の研究員は出払っているんだよ。
あ~散らかってて悪いね。足元、気を付けて。」
あのラデュームが、わざわざ訪ねて来て。
しかも、研究室の中にまで入ってくる。
一体、何事だろう?
いい話、ではないんだろうけど。
「ロミスオッドが見つかった。」
イスに腰掛けた彼は、コーヒーの準備が終わる前に話を始める。
「へ~。彼、元気そうかい?
確か、後学のために世界を旅しているんだろう?
俺は、…もう2年くらい会ってないかなぁ。」
デューにコーヒーを出して、俺も座る。
自分が、かなり緊張している自覚がある。
旅の理由を誤魔化したからじゃない。
見つかったって何?
どういう状況で、どんな状態で見つかったんだよ?
「怪しげな連中とつるんで、怪しげな儀式を行っているそうだ。」
「…え?」
一先ず。
生きていてくれて嬉しい。
しかし、予想外すぎる。
あいつは。
魔物の生まれない世界を造ろうと、龍穴を探しているはずだ。
それが、え?怪しげな…何?
「場所は、ネクーツ領、旧コア王国王都の王城跡地。」
そこは。
俺達の、拠点のはずだ。
「ロミスオッドは身内だ。
だから俺達が、けりをつけるべきだと思っている。
どうだ?ゼス。」
俺は、頷いた。
怪しげな連中の正体は、ロミスオッドが集めた協力者で。
魔力を新魔力に変換している事を、怪しげな儀式として認識された。
そういう落ち、だと思った。
だから、デューには事情を話した。
けど。
どうやらそうじゃないらしい。
「あいつが魔力の性質を、変化させようとしているのは知っている!」
デューの運転する魔走車は国境を越え、ネクーツ領を走る。
「でも、新魔力に変えようとしているんじゃない。
あいつは魔力を、天力に変えようとしているんだ!」
「天力?何のために?」
天力の研究は進んでいない。魔物化しない保証はない。
「あいつが、異世界人だって事、知ってたか?」
「…いや、知らない。」
「だよな。俺だって、つい最近まで知らなかった。
…あいつは、きっと元の世界へ帰ろうとしている。」
それは。
あれだろうか。
この世界を、魔物のいない世界にする事を。
諦めたという事だろうか。
「多分、最初は本気だったんだろうよ、あいつは。
でも、ロミスオッドという男は、融通が利かないほど真面目な野郎だから!
世界を旅して、思い知ったんだろうよ!
魔物がいなくなっても、皆が笑える世界には、ならない!」
「…。」
「それで、嫌になったのかもな!
苦労した果てに、自分の望む世界が無い事に。
だから、逃げ帰りたくなったんだろう、自分の世界に!」
俺達が出会ったのは、12歳の時。
あいつが異世界人なら、それより前に転移してきたはず。
違和感はなかった。言葉も話せたし、文字も書けた。
覚える時間があったという訳で。
つまり、物心つく前に、この世界にきた可能性がある。
自分の、元の世界の事なんて知らなくて。
いや、知らないから、希望を持てたのかもしれない。
この世界に無い物が、ひょっとしたらあるかも知れないと。
「…それは、悲しい事だ。
でも、仕方のない事かもしれない。」
俺だって、トリッキーシューターの大会運営を辞めた。
他に道があるのなら。
そっちを選ぶのは、間違いじゃないだろう。
「そうだな!
あいつが決めた道だ。頭を叩いて送り出したい気持ちもある!
しかし、方法が最悪だ!」
「…どういうこと?」
「転移に必要な天力!
それを得る為に、あいつは生贄を使うつもりだ!」
「え?」
「少し離れた町や村で、子供達が誘拐された!
その子達の命を、魔力を、天力にする気だ!
それが可能な方法を、ロミスオッドは、手に入れたんだよ!」
「…嘘だろ?」
それは、ダメだろ。
それは、やっちゃいけない事だ。
「儀式には、なんか、星の位置?みたいな条件があるらしい。
そういうのが、本に書いてあるんだってよ!
それが、今夜!」
太陽は、けっこう傾いてきてると思う。
「止めるぞ!俺達で!」
魔走車は加速し、荒野を走る。
そして、もうすぐ日が沈む時間。
間もなく到着といった所で。
進行方向が爆発した。
敵襲。何者かの妨害だ。
「くそが!」
ひっくり返りそうな魔走車を、デューはなんとか立て直す。
「人だ。盗賊かな?」
遠巻きにいる、黒いローブの人影を発見する。
「ロミスオッドが雇った護衛だな。
儀式が終わるまで、誰も近づけさせない気だろう。
あれを使え、ゼス!
突っ込むぞ!」
「わかった!」
四の五の言っている場合ではない。
袋に入れて持ってきたものを、順次、投げつけていく。
魔道具、機犬。
四足歩行で、小型犬くらいの大きさの機械だから、この名前。
何なら外見も、ちょっと可愛い。
しかし、これはガチガチの戦闘用。
対魔物用に用意してきた物だ。
走行中の魔走車から投げてもビクともしないほどの頑丈さ。
それが、魔走車と変わらない速度で、体当たりする。
硬さの秘密は、体表を覆う魔力の壁。
イメージとしては、纏う系の魔法だ。
つまり、飛んでくる火球に突っ込んで防ぐという事も可能。
最後の一体を、投げる。
これで、6体の機犬が魔走車と並走する。
現在のモードは、サークルバーサーカー。
魔走車を中心に、円を描くような防衛ラインを設定。
俺と、デュー以外。ラインを越えて魔走車に近づく魔力があれば、問答無用で体当たりだ。
「そら、行ってこい!」
魔走車は、黒ローブ集団を蹴散らすように突っ込んで、ドリフトさせながら急停車。
意図は分かる。
きっと彼は、ここで黒ローブを食い止めてくれる気だ。
「ありがとう!」
転がるように魔走車を降りる。
言いたい事はある。不安もある。
それでも。
「魔走車と犬どもの、魔力が切れる前に頼むぜ!」
走り出す魔走車を、振り返ったりしない。
今はただ。
ロミスオッドに会わないと。
ここへは、あの日から来ていない。
外国だし、来るには手続きがいるし、理由を聞かれても困るし、少し遠いし、一人で来るには危ないし。
もし来ていれば。
何か、変わったのだろうか?
いや、変わらなかっただろう。
来たところで、ロミスオッドには会えなかったはずだ。
変えられたとすれば。
やはり、あの日。
彼と一緒に行けたなら。もしくは、止める事ができたなら。
(一人にするべきじゃ、なかったんだ。)
それは過ぎてしまった話。
仕方のない話。
(でも、今なら、まだ!)
一線を越える前ならば。
まだ、どうにでもなる。
星が見え始め、だいぶ暗くなってきた。
でも大丈夫。あの時の階段は、同じ場所にあるから。
あの時と、変わらずに。
それを下りて。
本に囲まれた小部屋を越えて。
更に、進む。
「ロミスオッド!」
龍穴の前にいた、彼の名を叫ぶ。
儀式なんてものをするなら、絶対にここだと思っていた。
「魔力の質は変わってきている。
しかし、誤差の範囲だ。
この土地の魔力が新魔力に置き換わるのは、まだまだ先だな。」
昔と同じ、彼の声だ。
このまま、酒でも飲みながら語り合いたい。
だって2年経ったんだ。話したい事は、沢山ある。
でもそれは。
彼の後ろに、それが無かったらの話だ。
小さな檻があり、その中に、幾人もの子供達がいなければの話だ。
「なあ、ロミスオッド。
俺は今、子供を探しているんだ。
お前の後ろにも、いるみたいだから、少し、確認させてくれないか?」
もしかしたら。
どこかで、誤解があったかもしれない、と。
「それはダメだ。
彼らには、俺が異世界転移する為の、天力になってもらわないといけない。」
そんな期待は、一瞬で崩れる。
「…この世界は、お前にとって、辛い世界だったか?」
「…そうだな。そうだ。」
「聞かせてくれないか?この旅で、お前が感じた事を。」
俺の足元が、抉れた。
範囲は小さく、怪我とかはない。
見ると、ロミスオッドは右手を俺に向けている。
さっきのは、彼の魔法攻撃。威嚇射撃だ。
「それ以上、近づくな。次は、当てる。」
「わ、分かった。
抵抗はしない。本当に、話がしたいだけだ。」
俺は、言われてもいないのに両手を上げる。
更に隠していた拘束用の魔道具を、彼の足元へ放り投げた。
「…。」
ロミスオッドの、険しい視線が俺に突き刺さる。
それを苦笑いで、やり過ごす。
俺は、攻撃系の魔法が得意ではない。
やり合った所で、ロミスオッドの制圧なんて無理だ。
そしてそれは、彼も承知している。
だから出来るのは。
説得して儀式を止めさせるか、援軍がくるまでの時間稼ぎ。
(…そう、思うはずだ。)
この段階で。
説得できるなんて考えていない。
話をするのは、彼を無力化した後だ。
俺の隠し持っている3つの魔道具。
一つは、魔力制御範囲を広げ、魔法の発射位置を変えられる物。
もう一つは、拘束魔法、石鎖が使える物。
そして最後の一つは、純粋に魔法の威力を上げる腕輪、マジックブースト。
(死角から魔法を放ち、拘束する。)
マジックブースト以外、ここ数か月で完成して、正式名称も決まっていない物。
ロミスオッドが存在を知っているはずがない。
(龍穴なんていう、魔力の塊がこんなに近くにあるんだ。
魔法の発動がバレる訳がない。)
ロミスオッドが、一歩。俺の方へ歩く。
(大丈夫。
威嚇射撃をしたんだ。排除するつもりなら、最初から当ててる。
だから、後は、タイミングを…!?)
身体を何かに、思い切り引っ張られた感覚がして。
俺は地面に転がった。
「土魔法、石縛。
気づけないのも無理はない。
龍穴なんていう、魔力の塊がこんなに近くにあるんだ。」
上の方から、ロミスオッドの声が聞こえた。
それから手を掴まれて、袖をめくられる。
「これは、マジックブーストだな。
後の二つは、何だか分からない。
2年も離れていれば、当たり前か。」
魔道具を外された。
これで俺は、打つ手がない。
「よく、分かったな。俺が奇襲を狙ってるって…。」
「誰だってそう思うだろ。
加えてお前は。
狙っている位置を、凝視し過ぎた。
トリッキーシューターの時からな。」
「なる…ほどな…。」
ごめん、デュー。
慣れない事をやろうとして、大失敗だ。
後、出来る事は…。
「なあ、ロミスオッド。
どうしても、異世界転移がしたいなら仕方ないよ。」
身を捩り、何とか、彼の顔を見る。
「お別れは、寂しいけどさ。
協力するよ、俺が。
だから子供達は、開放してくれ。」
「…。」
「俺が、天力になる。
お前の、道になるよ。」
他ならぬこの場所で。
魔力を新魔力に変換させているんだ。
だから天力を研究すれば、魔力を天力に変換させる事だって出来るはずだ。
でも、それをしないのは。
そもそも天力がなくて、研究できないのと。
時間がかかり過ぎるからだ。
新しい世界での生活に希望があるから、異世界転移をするのだ。
実際できるようになっても、歩けないくらいのお爺ちゃんになってしまっていては意味がない。
だから理屈は分からなくても。
書いてある通りにやれば出来るという理由で、本に従っているのだろう。
ロミスオッドの手に入れた本は。
実際に異世界転移を行ったという、実績があるらしいから。
「残念だが。お前一人では、足りない。」
ロミスオッドが、俺に背を向け、檻の方へ歩いて行く。
「待ってくれ!
ロミスオッド!ロミスオッド!!」
俺は、芋虫みたいに這いつくばりながら呼び続ける。
俺が、理想とする世界では。
嫌いになってもいい。変化していい。別れてもいい。そのままでもいい。
でも、壊すのは、ダメだ。
どうしようもなくて、壊れてしまうものだけど。
それを、明確な意思で、壊すなんて。
人の命を奪う行為は。
再生不能なまで、完膚なきまでに破壊する事だ。
命の奪い合いの世界はある。認めるし、否定しない。
でも。
お前は。
俺と同じ世界を、理想としていたじゃないか!
「ロミスオッド!!!」
空が、割れた。
ここは、地下だから。
正確には、天井が割れた。
いや。
割れたように見えたのは、一瞬。
天井が、消滅した。
星が、見える。
ロミスオッドの転移の影響ではない。
彼はまだここにいて。
尻もちをついている。
そして、その視線の先を追って。
俺は、ようやくそれに気づいた。
(…。)
龍穴の中の、可視化できるほど濃い魔力の流れ。
それと同じものが、宙に浮かんでいて。
その中心部に、誰かいる。
目を凝らす。
それは、知っている顔だった。
最後のヨルタムアーの魔王にして、ヨダーシル都市長。
俺達の、師匠。
澄気竜を纏った、オーズン、その人だ。
オーズンは、生ける伝説だ。
200年以上、蓄積された知恵と、魔力。
そんな人に、敵うはずがない。勝負になるはずがない。
彼の弟子であっても。
だから、決着は一瞬。
ロミスオッドは拘束、子供達は開放。
こうして事件は、幕を閉じる。
ユンゼスの回想は、次回で終わり。




