第133話 ワッポノ~MDF~
一人の少年が、家出を決意する時の話。
◇登場人物◇ ※●が視点者
●ワッポノ :マーアの勇者
〇ツツジ :ワッポノの友達
〇カソロー :マーア最強の騎士
〇リハネ :ゾトの勇者
〇ミュナ :ゾトの勇者の仲間
十二歳の春。
ある知らせが届いた。
魔王が討伐されたというのだ。
クーランの魔王の事ではない。
ワイバン大陸のレーグ半島にいた魔王の話。
だとしても。
その衝撃は、凄まじかった。
クーランの魔王は、100年前、10人の勇者を屠った化け物で。
レーグの魔王は40年間で、13人の勇者を屠った化け物のはずだ。
魔王とは、討伐不可能な存在ではなかったのか?
だから。
俺は討伐を諦めたというのに。
しかも、それで終わらない。
ゾトの魔王も討たれたらしい。
ゾトの魔王は五年くらい前、いきなり現れた魔王だ。
あの頃は一族が没落する前で、「まとめて俺が倒してやるぜ!」とか調子にのっていた。
…遠い昔の話だ。
ともかく、俺、【マーアの勇者】と全く関係のない所で、四大魔王の半数が消えるという大事件が起こる。
俺は完全に、蚊帳の外。脇役ですらなかった。
時代は動き続ける。
同年の夏に、レーグの魔王を討った勇者パーティーと、ゾトの魔王を討った勇者パーティーが合流。二国の勇者連合部隊、俗にいう【勇者隊】が誕生。
秋に、その勇者隊がマーアにやってきた。クーランの魔王を討つ為に。
『おい、聞いたか?例の勇者隊!』
『聞いたよ!北部の村を開放したそうじゃないか!』
『あの黒双牙の赤鬼が、手も足も出なかったって!』
『おいおい、あるぞ!クーランの魔王討伐、マーアの悲願!』
…俺には、何の関係もない話。
そう思って、耳を塞いだ。
でも、そういう訳にはいかなかった。
俺は、マーアの勇者だったから。
誰にも期待されず片田舎に放置されていたとしても、王様に呼ばれれば王都へ行かないといけないらしい。
母さんや姉さんは嬉しそうだった。王都に戻れて。
俺は嬉しくない。文字通り何もしていない。
驚いた事に、ツツジの一家も王都に戻ってきた。
遡れば、ツツジも勇者の末裔らしい。
しかもその勇者は、ゾト王国と繋がりが深い人物だったとか。
俺とは別の人だ。10人もいた訳だし、そんな事もあるだろう。
ともかく、王様の命令で俺とツツジは勇者隊のメンバーとなった。
家族を王都に残し、チヨカ村に移動する。
(滑稽だな。)
いきなり取り繕いだした、この国が。
このままだと、本当にクーランの魔王が討伐されるかもしれなくて。
そうなった時、魔王打倒を掲げているマーアが何もしていませんでは、笑えない笑い話になってしまうから。
だから、こんな事になった。
クーランの魔王を倒した勇者隊には、我が国の勇者もいましたよ。
そう、言う為に。
『あなたが、勇者ブルーカドトの子孫のツツジね。よろしく。』
『はい。精一杯がんばります!』
ツツジが勇者と握手する。
『久しぶりね、カソロー。あなたも仲間になってくれるとは思わなかった。』
『はは。小さな村の偉そうな跳ねっ返りが、まさか勇者になるなんてな。
微力ながら、協力させてもらう。一応、マーア王国最強の騎士と言われているし。』
王国の騎士も、勇者と握手した。
『それで、あなたが…。』
ゾトの勇者、リハネ。異国の勇者は、女性だった。
『勇者ゴルドマーアの子孫にして、現マーアの勇者…。』
『ワッポノです。よろしくお願いします。』
自分から、彼女の手を握った。
とにかく、頭を真っ白に。それだけを、ひたすら考えた。
『会えて嬉しいわ。どう?さっそくだけど、手合わせとか?』
『いいですよ。きっと、驚かれると思います。』
なんたって、最弱の勇者ですから。
大の字になって、空を見る。分厚い雲で、星は見えない。
勇者隊に入る事が決まってからは、素振りを始めた。
だが、だから何だという話。
仮に、あれからも鍛錬を続けていたとしてもだ。
勝てる訳がない。
俺が遊ばれた黒双牙の赤鬼が、全く歯が立たなかった連中だぞ。
だから、当然の結果。
なのに。
こんなにも悔しいのは、何故だろう。
イライラして、心配して声をかけてくれたツツジに強く当たってしまった。
(…。)
いつまでも、こうしていても仕方がないから起き上がる。
外傷は回復済み。それでも痛いのは、筋肉とか魔道とかを酷使した所為だ。
いや、インターバルごとに飲んだ回復薬の副作用かもしれない。
いきなり9人とタイマンをする事になるとは思わなかった。
…1人くらい勝てる奴がいるかもなんて、甘い考えだった。
ともかく、今日はぐっすり眠れそうだ。何も考えずに寝るに限る。
(…この声は。)
途中、兵舎の近くを通った時、あの女勇者の声が聞こえた。
会話中らしい。
声がデカいのか、防音が甘いのかは知らない。
正直、今は聞きたくない声だ。
だが、わざわざ遠回りするのも癪だ。
気にせず通り過ぎようと、歩き続ける。
『なに、それ?』
『何って、戦績表よ。二人増えたから、作り直したの。』
『ツツジの名前がないよ?』
『ミュナ。あなた話聞いてなかったの?あの子は戦闘員じゃないわ。
戦わないんだから、表にはいないの。』
『じゃあ、ワッポノは?』
おもわず、脚が止まりそうになった。
その質問の意図は、おそらく。
「お飾りの勇者なんだから、あいつも戦う必要ないんじゃね?」
そういう事だろう。
『…確かに、強くはないわね。』
勇者の声色は変わらない。
俺はその場を、早足で立ち去る事しか出来ない。
(わかってる。俺が弱いのも、お前達が化け物みたいに強いのも。
だから魔王でもなんでも、さっさと倒してくれ!
それで、早くいなくなってくれ…。)
その俺の願いは、叶わない。
クーランの魔王も、化け物なのだ。
結局、俺の地獄のような日々は。
この先、一年経っても、終わらなかった。
潮風に当たりながら、手元にあるものを確認する。
ヨダーシル行きの、列車のチケット。
いきなり現れた、謎の男に渡された。
なんか、名前を名乗っていたような気もするが、覚えていない。
誰かに頼まれたとか、言っていたか?
そんな事よりも、重要なのは。
(…俺は、強くなれるのか?)
信じられる話ではない。
そんな簡単に強くなれるのならば、苦労はない。
それでも。
僅かでも可能性があるのならば。
(勇者隊の一人が言っていた。装備を変えた事で、見違えるほど強くなったって…。)
例えこれが、何かの詐欺だとしてもだ。
困る事などない。
このまま、この地獄にいても。何も変わらないから。
俺は立ち上がる。
出発は明日だ。準備をしないといけない。
そうして一歩を踏み出して。
「ヨダーシルに、行くんですか?」
声をかけられた。
髪色も、着ているロングコートも紫色。
またしても、知らないおっさんだ。
今日は、なぜか変な奴に絡まれる。
「ああそうだ。チケットをもらったから、明日行く。」
おっさんの質問に答えたというよりは、口に出して、自分自身に告げた言葉。
そう、俺は強くなる為に行くんだ。
「いいですね。きっと、君の望みは叶いますよ。」
軽く会釈をして、そうそうに立ち去る。
忙しいから。
けど。
「けれど、あの男と行くのは止めた方がいい。
きっと、そこまで強くなれない。」
脚が止まる。
『強くなれない』と言われて、反応してしまう。
「ヨダーシルへは、私と一緒にいきましょう。
あなたに、やってもらいたい事があるんです。
その報酬として、あなたを強くしてあげます。」
脚を、動かす。
こちらの事情を知っているという事は、先程の会話を盗み聞きしていたのだろう。
どちらかと言えば、チケットの男の方が、こいつよりマシに思える。
それにだ。
結局はヨダーシルに行くのなら、どちらと行っても、寧ろ一人で行っても同じだろう。
着いた後に、強くなる方法を模索すればいい。
「まあ、論より証拠といいますし。
最初からそのつもりで、準備もしましたし。」
再び、脚が止まった。
今度は、男の言葉によってじゃない。
俺の進行方向に、【それ】がいたから。
【それ】を、見つけたから。
(魔物!?)
どうして気付かなかった?
いつからいた?
ここは、魔物が出るような場所じゃない。だから、今は丸腰で…。
そんな俺の事情なんて、魔物に関係ある訳がない。
魔物は奇声を上げ、俺に向かって駆けてくる。
(!?)
男は、いつの間にか消えていた。
どう考えても、奴が関係しているだろ!
「くそ!」
身構える。
魔力を練る。
一人になりたかったから、通信機の類は持ってきていない。
助けはこない。
(…舐めるな!)
俺は、勇者なんだ。
魔物を放置なんて出来ない。
勇者隊の中では雑魚でも、魔物の一匹ぐらい片付けてやる。
「火球!」
渾身の魔法を放つ。
火事場の馬鹿力だろうか。いつもより、高威力の物が作れた。
それを。
魔物は容易く弾き、俺に迫る。
「!?」
近づいてきたから、魔物の全体像が分かる。
人型だ。
魔物になった人間だ。
死体に魔力が溜まり、魔力暴走したタイプだろう。
ガリガリに痩せて、もう少ししたら骸骨になりそうな感じだけど。
まだ、辛うじて、生前の面影が残っていて。
その面影に、覚えがあった。
(黒双牙の赤鬼!?)
勇者隊に手も足も出ず敗れたと聞いたが、まさか死んでいたなんて。
いや、問題はそこじゃない。
重要なのは、俺ではこいつに勝てないという事。
(いや、相手は魔物だ!)
知能がなく、暴れ回るだけの存在。
そして俺は、この一年、勇者隊でしごかれてきたんだ。
(あの時の雪辱を果たしてやる!)
身構え、強く一歩を踏み出して。
すれ違いざまに、火球を叩き込もうとして。
「え?」
全身に力が入らず。
俺はその場に倒れる。
そう、俺は斬られた事にすら気づけなかった。
俺と奴の力量の差は、まったく縮まっていなかった。
「…が…あ…。」
遅れてやってきた激痛に。広がり続ける血だまりに。
俺は何も出来ない。
「あなたは弱いんです。」
さっきの男の声だ。なぜか、クリアに聞こえる。
「だから、真っ当な手段ではダメです。
それでは、あの化け物達に追いつけない。」
こんなに悠長に話していいはずがない。
だって魔物が近くにいるんだぞ?
その疑問に答えるように、視界の端に魔物が映る。
地面から伸びる鎖に拘束され、暴れている姿が。
ああ。そうか、こいつも。化け物か。
「あなたの目的は、今の自分より強くなる事ではない。
そこの魔物より強くなる事でもない。
他の勇者よりも、魔王よりも強くなる。そうでしょう?」
そうだ。
だから、こんな所で死ねないのに。
「まずは、覚悟を見せて下さい。
あなたの価値を示して下さい。」
目の前に、何かが落ちて来た。
小手、だろうか?
何か書かれていて、文字が発光している。
「あなたが目指す強さの先。
今以上の苦しみがありますよ。
このまま死んでしまう事が幸せかもしれない。」
「…。」
「それでもまだ、強くなりたいと願うなら。
【それ】を掴んで、魔力を込めてみてください。」
掴んで、魔力を込めろって?
この状態で?
腹を切り裂かれて動けないんだぞ?
(…なるほどな。それすらも出来ないなら、強さを求める資格がないと。)
偉そうな奴だ。
説明だって全然足りない。
こいつの言う通りにすれば、強くなれるのか?
そもそも助かるのか?
口ぶりからして魔物を連れてきたのは、こいつだ。
信用なんて全然できない。
それでも。
このままでは、死ぬだけだ。
「…ぐ…。」
右手を、伸ばす。
動いた事で、出血量が増えた気がする。
死に、近づいた気がする。
弱気な俺が叫ぶ。
騙されているんじゃないか?今は魔力を制御して、出血量を抑える事に集中した方がいいんじゃないか?耐えていれば、助けがくるんじゃないか?
(…うるせえな。)
何も出来ずに、ただ助けられる。
それが嫌で、強くなりたいんだ。
俺が、守りたいんだよ。
それが出来ないなら、ここで死んでいい。
(死んだら魔物になって、この男に復讐してやる。)
伸ばした右手を、叩きつけるように【それ】を掴む。
魔力を、命を、注ぎ込む。
『MDF、起動。』
男か女か分からない、高い声だった。
安物の通信機から聞こえるような。
『DFD。』
目の前が。
真っ暗になった。
巨大な魚に、一息で喰われたような。
一瞬、そんな気がして。
気づけば、腹の痛みは消えていた。
浮遊感があって、そこから、ゆっくり地面に降り立って。
それで。
なぜか。
とてつもなく。
イライラした。
「ああああああ!!!」
吠えた。
もちろん、その程度でスッキリなんてしない。
寧ろ、ちょっと喉がイガイガして。
口のどっかも噛んだみたいで。
余計にイライラする。
「がああああああ!!」
「あ?」
不快な音が聞こえたから、そちらを見る。
鎖を引き千切った魔物が、こちらに突っ込んでくる。
その頭を、右手で掴む。
「うるせえ。」
火を使う。
捻りのない、火属性の基礎魔法。
それで魔物は灰になった。
その灰が、どこかへ飛んで行くの眺めて。
さっきの魔物は、俺の腹を斬り裂いてくれた黒双牙の赤鬼だった事を思い出した。
もっと痛めつけてから灰にすればよかったと、後悔する。
「おめでとうございます。」
拍手をしながら、男が近づいてきた。
手を伸ばす。
「おっと。」
避けられてしまった。
「中々お似合いですよ。ほら。」
水魔法の鏡が現れる。男の魔法だろう。
(…これは…。)
鏡に映る俺の姿は、魔物のようだった。
全身真っ黒で、所々トゲトゲしていて。
獣、というか、ドラゴンモチーフなのだと思う。
本で見た、ドラゴンの鱗みたいに光沢がある。
全身を覆う鎧のようなイメージだ。
中々、かっこいい。
「ご自身でも、感じられたでしょう?
確実なパワーアップを。」
「…。」
「しかし、まだです。
今のあなたが勇者隊メンバーと戦えば、まあ勝負と呼べる戦いにはなるでしょう。
でも、上位陣には。
10戦しても1勝もできないでしょう。
化け物みたいな見た目のあなたより、よっぽど化け物なんですよ、彼らは。」
悔しいが。
その通りだと思う。
「しかし、私なら。
あなたを更に強く出来る。」
男が、右手を差し出してきた。
「もう一度いいます。
ヨダーシルへは、私と一緒にいきましょう。」
俺は。
その手を取る。
攻撃は、しなかった。
最終的に、ワッポノが恥ずかしくないキャラになれるように(作者が)頑張れ…!




