第132話 ワッポノ~最弱の勇者~
一人の少年が、家出をする前の話。
◇登場人物◇ ※●が視点者
●ワッポノ :マーアの勇者
〇ツツジ :ワッポノの友達
*ワッポノ視点*
『流石、ワッポノ様!筋がいいですね!』
今ならば。
それは、お世辞以外の何物でもないという事が、わかる。
『勇者だからね!これくらい、当然だよ!』
でも当時は。
自分には力があると、疑わなかった。
『魔王は、俺が倒してみせる!』
そう言って、木刀を振り続けた日々。
思い出すだけで、吐き気がする。
当時、俺は七歳。
一番愚かだった頃の記憶。
俺は、百年前にクーランの魔王に挑んだ勇者の子孫だ。
王都の中心のデカい屋敷に住んでいる。
魔王打倒は、一族の悲願。
だから男子が生まれれば、勇者にする為の教育を始める。
そう、勇者は男でないといけなかった。
理由?知らない。
最初の勇者が男で、女は守るもので?とか。そんなんだった気がするけど。
ともかく、一族の男子を競い合わせて、一番優秀な男を勇者に任命する。
マーアの国の勇者は、その世代で一人のみ。最強の男の事だから。
しかし、俺の時は少々事情が異なっていた。
勇者だった親父が名誉の戦死を遂げて、早急に次の勇者が必要になったらしい。
勇者不在は、なんか、ダメとかで。
でも、生まれてくる子は、みんな女子で。
それこそ当時、親父と勇者の座を懸けて戦った叔父さんとかもいたけど、それもダメ。
一度敗れた者が~とか、もう剣を捨てて何年~とか。
融通の利かない連中だった。
そんな時、生まれたのが俺。
丁度よかったと、皆、大喜び。
そう。俺は、生まれた時から勇者だった。
俺への期待は凄まじく、立てるようになった頃から棒切れを握らされ、叔父さんよりも高い飯を食って育った。
俺しかいなかったから。
俺を最強の勇者にする為に、一族は必死だ。
異変が起こったのは、俺が八歳の時。
『グレイトンさんの息子さん、勇者様に喧嘩を売ったんですって?』
『聞いたわ。何でも、美味しそうなお菓子を自分だけ食べてたとかで…。』
『まぁ、子供らしいと言えば、そうなんだけど。』
『心配ねぇ、グレイトンさんの息子さん、怪我とかしてないかしら。』
『え、勝った?グレイトンさんの息子が?』
『あらやだ、あの子、やるじゃない。…と、いうか。』
『勇者様って、強く、ない?』
普通よりも格段に恵まれた環境で育てられた勇者が。
普通の、しかも、一つ年下の子供に、喧嘩で敗れる。
緊急で家族会議が、いや、一族会議が開催された。
もみ消したかったが、目撃者が大勢いて。
リベンジしたとしても、所詮は子供の喧嘩で。
大人達はどうすれば面子が保てるかを、昼夜議論し続けた。
そして出された結論が、手柄を立てる事。
マーア領の最北にあるチヨカ村。魔王軍に占領されている場所。
クーランの魔王に『奪い返してみせろ』と、長年挑発されている場所。
そこを取り戻す。
勇者は、子供相手だから本気を出さなかった。寧ろ、花を持たせた。
本気をだせば、魔王軍とだって戦える。
そういうストーリーが描かれた。
出発前。総大将として連れていくが、大人しくしていろと言われる。
実際に戦うのは、一族の精鋭達だと。
俺は、言われた通り大人しくしていた。
馬車に乗ったままで、村に近づいてすらいない。
しばらく経って。
2人、戻ってきた。
2人だけしか戻って来なかった。14人で向かったのに。
急いで来た道を引き返す。脱兎のごとく。
会話は無かった。でも、流石にわかった。
俺達は、負けたのだと。
俺の一族の面子は潰れた。
家も潰れた。
領土の端っこの、ルダ村に引っ越して。
師匠がこなくなって、食べ物も皆と同じになる。
母さんと、二人の姉さんは働きに出た。
俺は。
木刀を振り続けた。修行を続けた、一人で。
確かに俺は、喧嘩に負けた。
急に始まって、たまたま、いいところに、パンチが入って、それで。
それで全部、終わりだって?
(ふざけるな!)
勝手に持ち上げて、勝手に見限って。
俺はまだ、まともに戦ってすらいない。
(諦められる訳がない!)
俺だって分かる。敵は強い。今のままでは、きっと勝てない。
でも、いつかは。きっと届く。
だって俺は、勇者の子孫なんだから。
朝から晩まで、鍛錬を続ける日々が続く。
そんな俺を、母さんも姉さんも止めなかった。
期待があったのだと思う。
俺が一族の悲願を達成できれば、再び返り咲けるのだから。
俺の事は、村で噂になっていた。
没落した勇者の子孫が越してきて、その息子が日がな一日、木剣を振り回しているって。
つまりは怖がられていた。
昔は、『流石勇者様!』『頑張ってください!』と言われたものだ。
同じことをしているのに、真逆の反応である。
悔しいし、腹も立った。それをバネに、邁進する。
ツツジと会ったのは、この頃だ。
皆が敬遠する中、あいつは俺によく話しかけてきた。
最初は軽い挨拶だけだったのに、徐々に話が長くなり。
仕舞いには、素振りをする俺の近くに座り込んで、今日の出来事を話したり。
ツツジにも友達がいなかった。
あいつの所も訳ありの、没落一家だった。
俺としては。邪魔さえされなければ、どうでもいい。
十一歳の、秋。
機は熟した。
庭の大木を斬り落としたら、あの村に行く。そう決めていた。
ちなみに大木は、姉さんの指示で薪にした。乾燥中である。
(まずは、あの村を開放し、一族の雪辱を果たす。)
最終目標は、魔王の討伐だ。
馬を借りて、向かう。
母さんや姉さんには言っていない。サプライズプレゼントってやつだ。
勇者はここにいる。
そう、示す事こそが、今まで迷惑をかけた償いだ。
三日かけて辿り着いたチヨカ村は、記憶のままだった。
そう。
俺はあれから進めていない。
馬から降りて、慎重に進む。
入口に人がいた。
普通の人で、魔王軍の人だった。
魔王軍なのに、普通の人だった。
『これはこれは勇者様。ようこそ、おいでくださいました。』
入口の人に案内されて、広場まで来た。
まさかの、歓迎ムード。
『お一人で来られるとは、余程の自信と思われますが、どうです?
早速、やります?』
違った。これは、バカにされている。
周りの連中も、にやついていやがる。
(…舐めやがって…。)
無言で、剣を抜く。
親父の実剣だ。もちろん、手に馴染むまで振ってきた。
木剣は、だいぶ前に卒業している。
『ひゅ~♪』
ギャラリーが盛り上がる。いちいち癇に障る。
『ではこちらは、ワタクシが参りましょう。』
さっきから喋っている奴が、一歩前に出た。
誰からでもいい。全員、倒してやるんだから。
『ワタクシの名前を存じてらっしゃる方は、一人もいないと思います。
しかし、【黒双牙の赤鬼】と言えば、そこそこの知名度だと自負していますが、どうですか?勇者様?』
知ってる。一族の精鋭が、何人も殺された。
もちろん、口には出さない。睨みつけてやる。
『あ、この双剣が黒双牙で、赤鬼は、多分、髪の毛が赤いから?それか、返り血ですね、きっと。』
自慢だか、アピールだかは知らないが、その程度で怖気づく訳がない。
『いつでもどうぞ、勇者様♪』
俺は一歩を踏み込んで、突っ込んだ。
自分の汗が、地面を濡らすのを、眺める。
『動きが単調で、スピードも速くない。突進力、持続力、共に残念賞ですかね。
全体的に、魔力制御が甘いんですよ。これは、訓練不足。』
何も言い返せない。
四つん這いで息を切らしている俺は、呼吸するのに、精一杯だ。
『使い物になる魔法が無いのが痛いですね。
戦術次第で~とか、奇襲すれば~とか、そういうのも絶望的。』
魔法が不得意なのは自覚している。だから、剣技を磨いてきたのに。
『武器の所為にも出来ないですよ?
あなたが持ってきた剣、早々に折れてしまって、私の剣を貸してあげたんですから。
お陰で、黒双牙から黒牙になっちゃいました。』
周囲で笑いが起こる。何が面白いんだよ。
『勇者様。』
耳を塞ぎたい。でも、それは無理で。
『あなた、ワタクシが知る勇者の中で、一番弱いです。断トツで。』
『言ってやるなよ!まだ子供だろ~。』
『頑張ってるじゃね~か!』
『ここに来ただけで、立派だろ?もう誰も来ないじゃねーか!』
敵に、フォローされている。
こんなはずじゃ、なかった。
(…一度、退くか…?)
勝負になっていない。完全に遊ばれている。
でも、だからこそ。
見逃してもらえるかもしれない。
(今のままじゃ、勝てない。でも、いつかは…。)
母さんと、姉さんと、ツツジの顔が浮かぶ。
最後に、魔王さえ、倒せれば。
生きてさえいれば、敗北にならない。
両脚に力を入れ、震えながらも、立ち上がる。
『おー、根性あるじゃねえか。』
うるさい。逃げるんだよ。今に見ていろ…。
(…何とか、捨て台詞を吐いて、後ろに走る。)
剣は捨てていく。
親父の形見は壊れたし、敵の剣を持っていったら追いかけられそうだ。
『あちゃ~…。』
黒双牙の赤鬼が、大袈裟に舌打ちした。
『運がないねぇ…。いや、運があるのか?』
一体、どうしたのか。
気になって、顔を上げる。
『これ以上、無駄な夢を見なくて済む。』
ギャラリーが、端に寄る。
通り道が出来る。
キーコ、キーコと。
古びた車輪を、無理やり動かす音がする。
(…は?)
車椅子に乗った、お爺さん。
それから、それを押す若い女性。
あまりにも場違い。
いや。
桁違い。
見た事も聞いた事も無く。だから知らないし、信じられない。
目の前にいるのに、現実感が無い。
そんな魔力を、老人から感じた。
『うわあああーー!』
叫んだ。無理やり。
だってそうしないと、倒れてしまいそうだったから。
倒れてしまったら、二度と立てないとわかったから。
『勇者様は、魔王様を倒しに来たんでしょう?
どうしたんですかー?ここにいますよー?』
そんな野次を聞きながら、ひたすら走る。
逃げる。
ただ、怖いから。
門まで行って、馬に乗った。
誰も、追いかけてこなかった。
そうして。
俺は、魔王から逃げる事が出来た。
きっとあれだ。チラ見だけして帰ったから。
話しかけたり、戦闘を開始しなかったから。
倒す価値も無かったから。
『魔王を見て、帰ってこれたんだから凄いよ!
私なら、きっと腰が抜けて動けない!』
ルダ村に帰った俺を、ツツジは慰めてくれた。
もちろん、何の意味もない。
村人なら凄い事なのかもしれないが、勇者なら、ただの役立たずだ。
母さんや姉さん達は、一応、「無事でよかった。」とは言ってくれた。
親父の剣を持ちだした事も、持って帰って来なかった事も、「仕方ないよ」の一言で終わった。
魔王は強いから。勝てる訳がないから。そういう、存在だから。
その日から、俺は剣を振るのを、やめた。
実剣は無かったし、木剣も振らなかった。
それでも、母さんや姉さん達は何も言わなかった。
俺は、期待なんて、されていなかったんだ。
ガットルが勇者と出会い魔王討伐の旅に出る決意をした頃、北の大陸で魔王討伐を諦めた勇者がいた。という話。




