第108話 クーノの秘密~前編~
クーノの口から、彼女の過去が語られる。
◇登場人物◇
●クーノ:天使
〇フィアトリーヤ:フレン王国の王女。愛称は『フィア』
*クーノ視点*
『ねえクーノ、気晴らしに旅行なんてどう?』
『ほら、こないだ見た映画、なんて名前だっけ?魔法を使うバトルものの。』
『楽しそうに見てたじゃない。きっと、ああいうのが好きなのよ。』
『これ見てよ、セール中だって。』
『つまんなかったら、すぐ戻ってくればいいし。』
『たまには何も考えずに、暴れちゃいなよ。』
『申し訳ありません。こちらのセール期間は、先週まででして。』
『似たような場所だと、こことか、あ、これなんてどうです?』
『いえ、最近はこういう所も人気ですよ。隠れた秘境、という感じです。』
『しかも今、ラインが出来ておりまして、その分、安いですよ。』
『承りました。それでは、こちらにサインを。』
『よい旅を。いってらっしゃいませ。』
別に、旅行がしたかった訳じゃない。
ただ、気を遣われるのは嫌だった。
だから、離れるのはありだと思って。
それだけ。
「おお、天使様…。」
「うん、天使だよ。」
パンフレットは、ちゃんと読んだ。
世界観は把握している。
ここは、フレン王国。
王女が呪われてしまったらしく、医者でも魔法でも治せない。
だから、最後は神頼み。
天使を召喚して、人外の力で何とかしてもらう為に、異世界の扉を開いた。
それでやってきたのが、私。
石造りの暗い部屋。
床に魔法陣らしきものが描かれていて、真ん中に私。
黒いローブの数人に囲まれて、彼らは皆、私に跪いている。
映画で、似たようなシーンを見た。そういうものだと、聞いていたけれど。
これは、テンションが上がる。
「どうか、天使様のお力を、お借りしたく…。」
「いいよ。王女様は、助けてあげる。」
「おお…天使様…。」
「ありがとうございます…ありがとうございます…。」
悪い気はしない。
こんなに歓迎された事は、今までなかった。
案内されて、階段を上る。
どうやらここは王宮の地下で、これから王女の部屋に向かうらしい。
移動しながら、ポケットに入れている薬ビンを確認。
ちゃんとあるし、割れたりしてない。
出発前に渡された、王女用の回復薬だ。
友人には、暴れるとよいと言われた。溜まった鬱憤を晴らす為に。
でも私は、どうせなら美味しい物を食べて、チヤホヤされてぬくぬくしたい。
王女様を助け、女王様に感謝されて、盛大なパーティーの主賓になりたい。
褒美に、王宮にちょっと住まわせてもらう。ベッドはふかふかに違いない。
そこそこ満足したら帰るのだ。長く滞在しすぎて、厄介事に巻き込まれる前に。
そう、これが今回の旅行プランである。
王女の部屋の前まできた。
ゆっくりと、扉が開かれる。
豪華で、可愛らしい部屋だった。
そして、大きすぎるベッドで横になっている王女様。
ゆっくりと、彼女に近づく。
私は、見た目通りインドア派だ。
本を読んだり、動画とか見て過ごしている。
所謂、異世界旅行系の動画も、それなりに見た。
ああいうのは、勢いとテンポが小気味良く、旅行に行かない私が見ても面白い。
異世界あるあるは、知っている方なのだ。
(このシチュエーション…見た事が、あるよ。)
最初に、すっとぼけるパターンが浮かんだ。
王女様の呪いを簡単に治して、『え、誰でも出来る事ですよ?』みたいな。
実際、薬を飲ませるだけだから、誰にでも出来る。
凄いのは薬であって、私ではない。薬を作ったのも、私ではない。
『でも、薬を持ってきてくれたのは、天使様で~。』みたいな?
そういうヨイショも悪くない。
正直、無自覚無双系は嫌いじゃないよ。
とはいえだ。
私は自覚があるし、それでもやりたいなら、召喚時から仕込まないと。
凄い天使様として登場したのだ。
ここで路線変更したら、変な奴だと思われる。
王女様の前まで来た。目を閉じ、寝ている。
その身体をざっと見る。
何か、黒い痣みたいのがある。これが呪いだろう。
それ以外の事は、さっぱり分からない。
「儀式に必要なの、用紙して。」
私は紙に、それっぽい物を書いて、案内してくれた人に渡した。
演出の為だ。
国が八方手を尽くして治せなかった、王女様の呪い。
劇的に治した方が、説得力があり盛り上がる。パーティーも豪華になる。
(…用意するのが大変なのは書いて無いはずだけど、不要な物を集めてもらってるんだよね…。悪いと思ってるよ。でも、折角なんだから、目一杯、満喫したい…。)
目の前にいるのは、五歳の小さな女の子。しかも呪われて、苦しんでいる。
そんな子と、彼女を助けたい人達を、騙し、利用するのは気が引ける。
(せめて、しっかりと呪いは治してみせるから…。)
もし、薬が効かなくて、呪いが解けなかったら。
私は迅速に帰る。苦情を言う為に。
返金請求だってするし、☆1評価で、ボロクソ書き込んでやる。
そんな事を考えている内に、私の要求した品が届いた。
それらを、それっぽく、部屋に並べていく。
臭いがヤバいのや、スモークみたいのは無しだ。
王女様に不快な思いはしてほしくないし。
見届け人というか、証人達には壁に寄ってもらう。
最後に明かりを消してもらい、私は地べたに座る。
「この度は、茶番に付き合わせて申し訳ありませんでした。」
私が喋っているのは、異世界語だ。この世界の人達の知らない言葉。
天使が謎の言葉を喋っていたら、雰囲気あるだろう。
「これには事情がありまして…。」
ひとしきり謝罪した後、私はゆらりと立ち上がり、天法を発動。
輝く光輪に、白い翼。
この世界にもある天使のイメージ。
難しい事ではないのだが、緊張はする。
ここで全てが決まるのだ。
王女様の顔を優しく撫でる。そして、自身の身体を近づける。
角度によっては、口づけをしているように見えるかもしれない。
そうして見えないように隠しながら、ポケットから取り出した薬を飲ませる。
ちょっと口を開けて、数滴たらす感じ。
寝ている相手に、流し込んだら大変だから。
(一応、これで大丈夫なはずだけど?)
身体を起こし、彼女の様子を見る。痣は消えてないと思う。
ベッドの周りを、無駄に一周する。変化は見られない。
(…なら、もう一度。)
最初の位置に戻り、再び身体を近づけて…。
「…誰?」
その瞳が開いた。
「天使だよ。」
綺麗で、大きな目だった。
「私を迎えに来たの?」
「あなたを、助けに来たんだよ。」
心臓はバクバクだ。それくらい、驚いている。
「そうなの?ありがとう。」
王女様が、身体を起こした。
「あれ?」
そのままベッドから降りて、立ち上がる。
後ろで、声が漏れた。
「痛くないよ!」
王女様は、両手を広げて一回転。痣は薄くなったような?
後ろの声が、大きくなる。
「ほんとに助けてくれたんだ!」
まだ明かりをつけていない、暗い部屋。
私の光輪の光に照らされた王女様は、満面の笑顔で。
「ありがとう、天使さん。」
私は思わず、見惚れてしまった。
それが私と、フィアトリーヤの出会い。
不滅の楽園。完全なる個。種の繁栄の放棄。やがて滅ぶだけの者達。
それが異世界からの、私の世界への評価。
暮らしている側からすると、ピンとこないものである。
まあ、それでも。凄い技術があるんだなあって事は分かる。
時間という概念はあるけれど、ある意味、それは超越したと言える。
こと、異世界旅行という分野においては。
簡単に説明すると。
1月1日の10時に出発して、三か月、異世界で過ごしたとする。
そして、帰ってくるのは、1月1日の10時って訳。
三か月じゃなくて、それこそ、10年だったとしても同じ。
勿論、別の問題は発生する。
そして、その解決策もいくつかある。
オブリビオンシステム、バックアップシステム、ウォッシュシステム、メモリーストレージシステム、等々。
難しい話になったけど。
ようするに、時間的問題は大丈夫だという話。
後の問題は、法律とお金。
流石に10年とかは、難しい。
でも、1年くらいなら。延長する事に問題なんてない。
「まさか、こんな事になるなんて…。」
王宮内の中庭。犬と追いかけっこをする王女様の姿を眺める。
「後悔してる?」
「…しては、ないよ。」
王女様の呪いを解除して、感謝されて、パーティーを楽しんで、ふかふかのベッドで寝た。全部、予定通りだった。
予定通りじゃなかったのは。
王女様に、異常に懐かれた事。
何度か遊んだし、話もしたし、気づけば後をついて来るし、ご飯は、だいたい一緒だった。
一週間くらいして。
予定通り帰ろうと別れの挨拶に行ったら、うわん、うわん、泣かれてしまった。
私がいい気分になる為の、ダシに使った負い目はある。
いや、そうじゃない。
こんなに私の事を好いてくれた人は、初めてで。
こんなに私の事を頼ってくれる人も、初めてだった。
これでも私には、友達がちゃんといる。
でもどちらかと言うと、私は世話をされる側。
そういった意味でも、この状況は。
貴重な体験であり、嬉しさもあり、気恥ずかしさもあり。
私自身、もう少し続けたいと思える生活だったのだ。
王女はもちろん、女王様も歓迎してくれたし。
私は、一年間、この世界に残る事にした。
それから三か月。
王女様の護衛兼、世話係のハンネ隊長とも仲良くなった。
こうして二人並んで、王女様が愛犬とじゃれあう様を眺める事も増えた。
「そう言えば、聞いた?」
「何を?」
「来週の流しそうめん。」
「あ~。」
不満が出てるって聞いた。
そうめんは良い、しかし流さなくてよくね?みたいな。
「クーノはどう?賛成?反対?」
「賛成だよ。」
これは、イージー問題。
「流した方が、フィアが喜ぶ。」
「OK。じゃあ、協力してね。」
「ん?」
「賢者の森から、いい竹を調達しないといけない。」
「了解だよ。」
開催された流しそうめん大会は、想像以上に大盛り上がり。
途中、竹が割れたり、王女様がずぶ濡れになったりしたけれど。
フィアも、女王様も笑っていた。
スイカ割りもやった、肝試しも。
納涼祭に、花火大会、バーベキュー大会。
キノコ狩り、紅葉狩り、運動会。
私はフィアと、沢山、遊んだ。
その度に彼女は、弾けるような笑顔を私に向ける。
もう私は、フィアトリーヤの虜だ。
序章。幸せな時間。
天上の国側は、実はこんなノリ。
でも、レーグ半島に集まった人達は、知りようがないし、千年前は雰囲気が違ったかもしれないので…。




