第9話 後悔~サニア~
ここからしばらく、サニア視点で進みます。
群像劇なので、たまに視点が変わります。
*サニア視点*
『あなたがレーラスね!』
九歳の私は、王国の学校に通っていた。
武芸に関しては、上級生にだって負けはしない。
学内最強は自分だと信じていたし、それに誇りを持っていた。
『優秀な方、と聞いたわ!』
最近、ある転入生が話題になっていた。
学業にも武芸にも秀でて、更にイケメン。しかも、父親が勇者だなんて!
さぞ、チヤホヤされている事でしょう。
しかしここは学び舎だ。賞賛の他にも辛酸を学ぶがよい。
『私はサニア。あなたより、もっと優秀な方よ!』
私は彼と勝負して、
『うっぐ、ぎっく、ひっぎ…。』
コテンパンにされ、辛酸を学んだ。
涙と鼻水としゃっくりで、ぐちゃぐちゃ。顔も誇りも、もうめちゃくちゃ。
レーラスの評価は更に上がった。
でも、だからこそ。
私の闘志は燃えた。
認めよう、私は天狗になっていた。
ありがとう、レーラス。初心を思い出させてくれて。
伊達に学内最強まで上り詰めた訳ではない。
(私の、真の力を見せてやる!)
打倒レーラスを掲げ、トレーニングに励む日々。
勝負を挑んでは敗れ、また鍛えなおす。
あっという間に季節は巡る。
私が十歳になった頃、私は引っ越す事になった。
『パパの事業、王国から撤退するそうよ。
メリットもあったけど、デメリットの方が大きいみたいね。』
レーラスは、真剣に聞いてくれていた。
『勝負は一旦預けるわ!でも覚えておきなさい!
私は必ず戻って来るわ!あなたより強くなってね!』
首を洗って待ってなさいと続けるはずが、言えなかった。
手を握られた、レーラスに。びっくりした。
『嬉しいよサニア。僕は魔王を倒しに行くからね。
強い仲間は大歓迎だよ。』
『な、仲間になるなんて、い、言ってない、し。』
こんなに、嬉しそうな顔のレーラスは、初めて見たかもしれない。
顔が、赤い。恥ずい。
『僕より強くなって戻って来てね。待っているから。約束だよ。』
『そ、そこは、もちろんよ!』
『絶対魔王を倒そうね。』
この問いに何て答えたか、覚えていない。
何かは言った気もするし、何も言わなかった気もする。
ただ、彼の笑顔だけは、覚えている。
十三歳の時だ。
ママが家を出て行った。私はママについていった。
全く気付かなかった。寝耳に水だった。
パパの事業は順調で、パパとママは仲良しだと疑っていなかった。
泣いているママを放っておけないから、ついて行くけど、パパが嫌いな訳じゃない。
別れ際、
『ありがとう今まで。大好き。』
パパの頬っぺたにキスをして、走り出す。
小さく手を振るパパは寂しそうだったけど、私もパパも泣いたりはしなかった。
もちろん私は知っていた。
自分の家が金持ちであると。
だから不自由は無かったし、学校にだって行った。
でも、それは過去。
必死に働いた。
職場はパン屋さん。朝早くから夜遅くまで一日中。
大変だったけど、だからこそ、闘志は燃えるのだ。
休日なんて有って無いようなもので、当然のように薄給だったけど、残り物のパンを貰えた。一緒に働くママだって笑顔だ。
だから、きっと、これが正解。
十四歳の時だ。
母さんが、また家を出た。
置手紙と、二人で貯めたお金の半分だけを残して、私を置いて。
手紙には謝罪と、好きな人が出来た報告と、また謝罪と。
恨みなど、あるはずが無い。
ただ、悲しかった。
母さんは、私に止められると思ったの?
怒られて、殴りかかってくると思った?
あの日の父さんみたいに。
だから、手紙を置いて逃げるように出て行ったの?
私が、怖かったの?
(…。)
私は、母さんが大好きだよ。もちろん今でも。
好きな人が出来たなら祝福するよ。
お金なら全部上げるよ。私は大丈夫だから。
育ててくれたお礼だって、言えていない。
(ありがとう、おめでとうって、伝えたかったなぁ。)
しばらくして、パン屋を辞めた。
母さん共々迷惑をかけたのに、ささやかに送別会を開いてくれた。
嬉しかった。本当に。
もし、父さんの所に行けば、受け入れてくれたかもしれない。
でもそうはしない。私は決めたのだ。
王国に行き、そしてレーラスに会う。約束を守る為に。
でも、どうやって向かおうかと、難儀している時に、フフゴケ商会のクレスタと出会った。
クレスタとは長い付き合いになったものだと、しみじみ思う。
交渉を続けた結果、私は彼女達のキャラバンに混ぜてもらえる事となる。
十五歳の秋だ。
私は王国に戻った。
五年ぶりの国だ。街を歩けば思い出が蘇ってくる。懐かしい故郷。
ここで私が最初にやった事、それは、職探しだ。
ここまでで、お金はすっからかん。クレスタの家に居候。
流石に彼を心配させてしまうのではないか?
いや、私が、同情はされたくないのだ。ライバルとして。
今度の職場もパン屋さん。
経験者です。任せてください。
評判は、まぁ良い感じ。元店長のおかげです、ありがとう。
それから一月ほど経って、新生活にも慣れた頃。
レーラスと再会した。
『おはよう、レーラス。お久しぶりね!』
最初のセリフは何にしようかと、毎日のように考えていた気がする。
なるべく普通にしようと決めた。
変に凝ったりしたら、泣いてしまうかもしれないから。何かを思い出して。
この再会イベントは、楽しいイベントなのだから、笑顔で、再会したかった。
『ああ、おはようございます。…あの、』
レーラスの歯切れが悪い。
(あ、これは、ひょっとして…。)
『ごめんなさい。どなたでしょうか?』
想定していなかった訳ではない。
この男はこういう所がある!昔から!
『待っているから。』と言っておきながら、忘れやがって、このあんぽんたん!
『フフ、フフフ。』
怒りと闘志が燃えてくる。
『あ、あの。大丈夫ですか?』
『大丈夫、大丈夫。』
そして、これも、懐かしい。
『思い出させてあげるから!この拳でね!』
待ちに待ったリベンジマッチ。
結果は、敗北。大の字になって空を見る。
『わ、わかった。サニアだ、君の名前は、サニアだ。』
勝負には負けたが、目論見は成功した。
『せーっ解。レーラスは、腕、落ちたんじゃない。』
彼は片膝を付いて、息を切らしている。
今までで一番大健闘だ。
『知らない女の子に、本気なんて出さないよ。』
レーラスの声色が、変わった気がして顔を見る。
目つきが、真剣そのものだった。
『でもサニアだと分かったから、次からは本気だよ。』
ドキッとした。恋じゃない。
『僕は負けない。』
危うさを、彼に感じたんだ。
普段はパン屋で働いて、休日は、レーラスと勝負して、負ける。
新しい日常になっていた。遺憾ながら。
『はぁ…。』
以前に増してレーラスが気になる。溜息が出るほど。
レーラスは昔のままだ。
飄々というか、フワフワしている。
しかし私以上の負けず嫌いで、勝負事には人が変わる。
(…。)
本当に別人のようになる。私との勝負の時は特に。
鬼気迫る、という感じ。一切の余裕がないというか。
(何があったの?あなたに。)
『はあぁ…。』
『だいたい把握したよ。』
『ひゃいっ!』
肩をポンっと叩かれて、私は思わず飛び跳ねる。
クレスタだ。満面の笑みの。
『いい商品がありますよ、お客さん。』
『違います。』
彼女は察しがいいと思う。
でも間違える時だってある。それが今!
彼女が抱えて持ってきたのは、どれも可愛らしい、いい服だった。
まるでデートに着ていくような。
この女は間違いなく、私が恋煩いで溜息をついていると思っている!
『だから、違うって!』
私は、非常に残念な事に、彼女に口で勝てた事がない。
なんだかんだで、言いくるめられ、商品を買ってしまうのだった。
今、私は鏡の前にいる。
(スウーっ…。)
そして前回の、休日を思い出す。
いつも通り、勝負の為に公園へ。
もちろん二人とも運動着だ。これから殴り合う訳だし。
間合いを取り、構えた所で、私は切りだす。
『たまには、出かけない?』
自分でもこのタイミングは無いな、と思う。
『いいね。何処に行く?』
即OKだった。え、マジで?
『が、学校、とか、どう?』
動揺した頭で、二人の共通点を必死に考えた。捻り出たのがここ。
『懐かしいね。でも、中には入れないかもね。』
『そ、そうだよね。え、と。』
『気になるお店があるんだ。一緒にどうかな?』
『あ、うん。いいよ。行こう。』
集合場所を決め、着替えの為に解散。
そして私は、クレスタから買った服を着ていった。
もちろん目的がある。
鬼気迫るあの様子は、絶対何か理由がある。
それを聞き出し、出来れば解決してあげたい。
ライバルとして、仲間として。
クレスタの言葉が蘇る。
『雰囲気。雰囲気が大事よ。そして服装は雰囲気を出す大事な要素。
相手をいい気分にさせれば、隠し事なんてぽろっと、よ!』
そう、この格好は、聞き出す為の作戦なのだ。
風が吹く。脚が寒い…。
やはり、何か、間違えているのでは?そんな気がする、が、
『おまたせサニア。可愛い服だね。よく、似合っているよ。』
『~!』
レーラスに手を引かれ、私は素直について行くのだった。
結論から言うと、作戦は失敗だ。
レーラスの悩みは聞き出せなかった。
雰囲気づくりの手始めに、まず主導権を握る。
色仕掛けで動揺させた所を、一気に畳みかけるのだ。
初手から、私は攻勢に出た。が、小物屋さんでも、お団子屋さんでも、服屋さんでも、お芋屋さんでも、こいつは、動じなかった。
学校の見える丘っぽい所では、夕暮れ時と合いまって、何だかすごくいい感じだった。
ここしかない!と、偶然を装って、倒れこみ、確かに、当てたのに。
『大丈夫かい?ここは足元が良くないからね。戻ろうか。』
陽が落ちたから解散した。
『今日は楽しかったよ。また遊ぼうね。』
とても爽やかに去って行った。
(これは、違うじゃん。)
そう、ライバルだよ?仲間だよ?
でも、でもだよ。
あそこまで無反応は、違うよ。
昔はお金持ちのお嬢様、今は看板娘としてやらせて貰っている訳ですよ。
気を使っていますとも、自分の容姿もスタイルも!
女としての魅力は無いですか?そうですか!
触ろうと、抱きつこうとも、ドキッとも、何も、感じませんか!
(そうですか!)
あの野郎めと思うほど、私の闘志は、燃えるのだ。
そして、鏡の前の私。
(スウーっ…。)
前よりも、露出のある服を買った。お金を借りて。
(今日こそ、乱してやる。その心をな!)
それから少しずつ私の露出は増えていき、クレスタを喜ばせたのだった。
十五歳の春。
中心街から離れた寂れた公園。
いつもの場所でストレッチをしながら、レーラスを待つ。
あっちの勝負は正直、空回りし続けている。正に、暖簾に腕押し、だ。
(でも、こっちは!)
ジャブを二、三発打つ。今日も調子はよい。
差は、もう無いと思う。前回あと一歩まで追い詰めたのだ。
(今日こそ勝つ!)
もっともレーラスが得意なのは剣だ。
殴り合いで勝って、ようやくスタートライン。
目標は、木刀を持ったレーラスに勝つ事だ。
『サニア。』
呼ばれたので、振り返る。両腕を組み、威風堂々と。
『どなた?』
組んでいる手を戻した。
そこにいたのは、知らない二人組だった。
レーラスの声がしたと、思ったのに。
『聞いてほしい話がある。いいかな?』
小柄な少女だった。
『待ち合わせをしてるから、相手が来るまでならいいよ。』
泣き出しそうだったから、無下にも出来ない。
一先ずベンチに座るよう促した。
『どうもこんにちは。俺の事はお気になさらず。』
少女の隣にいた、長身の男がそんな事を言う。
『気にするなは、無理じゃないかな?』
直感する。こいつは強い。レーラスよりも。
『大丈夫、何もしないよ。』
へらへら笑って、さび付いた遊具に腰掛けた。
気を使って私達から離れてくれたと思うけど、なかなかシュールな絵面だ。
『…。』
ベンチに座ったまま、少女は中々口を開けなかった。
私は気長に待った。レーラスが来なかったから。
もうすっかり暖かい。昼寝でもすれば、最高の気分だろう。
少女は未だに話さない。
私も、話しかけない。
話しかける余裕がない。心がざわつく。嫌な予感しかしない。
いくらなんでも遅すぎる。どうして、
(どうしてレーラスは来ないの?)
そして少女が口を開けた。
レーラスが死んだ。いや、死んでいた。
それも、ずっと前に。
私が王国を出て、数か月後に。
『私が、会っていた、レーラスは?』
『僕です。』
目の前の少女が、レーラスになった。
そして、また少女になった。
『ごめんなさい…ごめんなさい…。』
『すまない、ちょっと補足させてくれ。』
完全に泣き出してしまった少女の変わりに、いつの間にか近くにいた男が説明してくれた。
なぜレーラスが死んだのか。
どうしてこのような状況になったのか。
これから、どうする予定なのか。
頭では理解出来たと思う。
少女は今も泣きながら、何に対してか分らない謝罪を繰り返す。
私は少女を抱きしめた。反射的に、機械的に。
心は完全に置いてきぼりで、何が何だか分かっていない。
『ちなみに俺はディオル。
君と同じで、昔レーラスに魔王討伐の仲間に誘われた者だ。
最近戻って来て、現状を知った。』
紙を渡される。住所が書いてある。
『俺とこの子は魔王を倒しに行く。だが、準備に時間が必要でね。
下手をすると、一年、いや、それ以上かかるかもしれない。
もし、用事があれば。訪ねて来てくれ。』
男は少女を促し、去っていく。
私はそれを見送り、それから長いこと、流れる雲を眺めてた。
日が暮れて、家に帰って、ベッドに腰掛けても、私は相変わらず、呆けていた。
頭が全く働かない。
意味もなく視線は彷徨い、そして、クローゼットに止まった。
あの中は、今や露出の多い服でいっぱいだ。
『ぷっ、ふふ、あはは。』
全く、二歳年下の女の子相手に何をやっているのだか。
でもこれで、私に女としての魅力が無い、という訳では無い事が証明された。
いや、証明はされていないが、今までの結果は無効よ。仕切り直しね。
いや、仕切り直す必要は無いわね。全く、いい笑い話よ。
あの子の謝罪が、もし私を騙していた事に対してなら、全然必要は無いわね。
これは、笑えるお話だもの。
『ははは、は、あ…。』
笑えないのは。
レーラスが死んだこと。
『あ、ああ…。』
動いた心が、転がり落ちる。
一粒涙が落ちた後は、もう堰を切ったように。
生意気なやつだった。年齢マウントも身長マウントも取ってきた。
強いやつだった。でも女の子をボコボコにするか普通?
夢を持っているやつだった。魔王を倒すが口癖だった。
『なぜ、魔王に挑むのか、だって?それは、あれだよ。みんなに勇気を与えたいんだ。
父さんみたいに!』
私と一緒で、家族の事が大好きだった。
別れ際の彼の笑顔は覚えている。
その笑顔は、もういない。
『あぁ、あぁ、』
クレスタが帰ってきたらびっくりしてしまう。
だから泣き止まないと、いけないのに。
『僕より強くなって。』
私はまだ、あのレーラスにも勝てていない。
『待っているから。』
待っている間に戻ってこれなくてごめん。
『絶対魔王を倒そうね。』
(…。)
『うっぐ、ぎっく、ひっぎ…。』
ひとしきり泣いた後、落ち着いてきた私は立ち上がった。
(ここまで私を泣かせた男は、あなたが最初で、きっと最後。)
上着を羽織る。夜はまだ少し寒いから。
家を出るとちょうど、クレスタとすれ違う。
『お帰り!行ってきます!』
『え、何、青春?』
星空の下を駆ける。しまった、走るなら上着は要らなかった。
しかし、止まらない、止まれない。
『絶対魔王を倒そうね。』
この約束だけは、果たしたい。
貰った紙切れを握りしめ、私の闘志は燃えていた。
9歳から15歳までのサニアの話。彼女の回想はこれでお終い。
17歳の秋、ガットルと出会います。




