知らない名前
「はぁ?皐月、お前自分で有休取ったんだろ?そんで、なんで理由を俺に聞くわけ?」
病院から抜け出した後、最終電車にギリギリ間に合った皐月は取りあえず東京まで戻った。明日が土曜日でなければ朝一の新幹線で意地でも帰っていたが、幸い休みという安心感もあって空室のあるホテルを見つけてチェックインし、ベッドに横になった。横になり、落ちつくと自分が仕事そっちのけで田舎にまで来ていた理由を知りたくなり、同期で友人の祐希に連絡をする。
「え?あ、ああ。そうだったっけ・・・?」
「なんだよ。酔ってんのか?お前は、この忙しい時期に有休を取って、田舎に帰るって言ってただろ?月曜まで休みでごめんね~とか言って、俺を怒らせたの覚えてないのかよ!」
月曜まで有休を取ってたなんて全く覚えがない。それに、祐希が語句を区切って強調してくる位、今の仕事は一番忙しい時期でこんな時期に田舎に帰る理由が見つからない。ついには「お前、俺に何が聞きたいわけ?」と怒り心頭な声が皐月の耳を貫き、慌てて謝ると電話を切った。
「いたい・・・」
電話越しの祐希の声がキンキンと頭に残り、それが怪我の所為か頭痛に発展してしまうと皐月はしばらく両手で頭を抱え丸くなった。目を瞑り、真っ暗の視界の中で「何か」が甦った。一瞬で何か分からなかったが、東京まで戻る途中に何回か自分に物足りない何かを感じた時に似ていて必死に頭を巡らす。
「・・・もう一度、行ってみるか」
幸い月曜まで休みを取っているとなれば、後3日は余裕がある。気がついたのは病院だったが、その事故に遭った場所は他にあるはずだ。田舎には久しく行ってなかったし、もしかしたら何か分かるかもしれない。頭痛が治まり、ベッドの上で大きく伸びをすると自分が生まれた場所はどうなってしまったのだろうと思いを巡らせた。
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「玲人っ!待ってよ。玲人ってば」
「うるさいな。お前なんて知らねーよ。勝手にしろ」
「玲人ぃ・・・ごめんね?許して?ね?」
「・・・しょうがねーな。ほら」
田舎には珍しい移動式のクレープ屋が高校の正門前に来ているのを知り、1年から3年までのほとんどの学生は授業が終わると挙ってクレープ屋に群がった。皐月ももちろん例外ではなく、玲人と共に順番を待ってワクワクとクレープが出来上がるのを待っていた。玲人がご馳走してくれ、それぞれ違う味のものを頼み、2人で食べながら帰り道を歩いていると、お腹を空かせた野良猫がじっと物欲しそうに皐月のクレープを見るのに皐月はしゃがんで一欠けらのクレープをちぎって手に乗せて野良猫に差しだす。美味しそうに食べているのを満足そうに見ていると、脇から子猫を伴った親子の猫も現れ皐月は生クリーム以外の所を全部あげてしまった。皐月に食べて貰う為に奢ったんであって、猫に食べさせたかったわけじゃないとムッとした顔になった玲人に、慌てて皐月が謝ると食べかけだった玲人のクレープが無造作に皐月の口に押し込まれ、口の周りにベットリとついてしまった生クリームをぺロリと玲人が舐め取ると、いつしか2人は道端で熱いキスを交わしていた。
「玲人・・・好き」
「俺もだよ、皐月・・・」
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「玲人・・・っ」
目が覚め起きあがった皐月は、知りもしない名前を呼んでいた事に夢の中で見た人物の姿を重ねる。2人居た中で、1人は間違いなく高校時代の自分だった。では、もう一人は・・・?
「痛っ・・・」
昨日の今日で、勢いよく起きあがったからか頭が割れる様に痛み出し皐月はもう一度ベッドへ寝そべる。大きく深呼吸をし、痛さをやり過ごすと再び夢の中の人物を思い出そうと目を閉じる。高校時代、バスケ部に所属していた自分にはいつも隣に居た友人が居たのは覚えている。いつも、隣に・・・?
「痛ぇっ・・・!」
何故、思いだそうとすると頭が痛くなるんだ。ズキズキと痛む頭を支えながら、やっぱり昨日の病院へ行って診て貰おうかと考える。都内の病院でも変わりないが、何処でこんな怪我をしたんだ?と聞かれたら、説明が出来ない。時間を見れば、チェックアウトには丁度良い時間だ。皐月はゆっくりと着替えを済ますと、清算をし外へ出た。土曜日と言う事もあって、駅はごった返している。田舎に行くのに一番早い交通手段を携帯で調べ、皐月は再び生まれ育った場所へと向かった。