思い出
深夜の闇が辺りの微かな灯りさえ飲み込んでしまう。不気味に静まり返った廃屋に玲人は来ていた。車のヘッドライトを付けっぱなしにして廃屋に入りこむと、埃と腐った様な異様な匂いが空気の振動と共に舞い上がって玲人を包む。
「確かここに・・・」
勝手知ったるという様な的確な場所を探るのは、自分が生まれ育ち18歳まで過ごした家の離れだったからだ。埃だらけの棚を感覚だけで探っていくと、コツンと硬い物が指先に当たり玲人はあっという顔をし、それを引き寄せる。薄闇で色の判別は出来なかったが、探していた物が見つかり玲人は早々と廃屋を出てスーツに着いた埃を払うと車に乗り込む。エンジンを掛けなおし、取りあえず研修センター前まで戻ろうとアクセルを踏んだ。
「・・・」
研修センターの前まで戻ると、深夜を過ぎた町は街灯だけが空しく輝くゴーストタウンの様で、誰一人歩いていない。普段は駐車禁止の石碑の前に車を止めると、廃墟から持ち出してきた物を広げてみた。10年でここまで色あせてしまうものなのかと落胆した玲人の視線は、高校の制服を着た皐月と自分が写っていた写真に注がれていた。持ち出してきたのは、一冊の分厚いアルバムでそこには何人もの皐月と自分が写り、時には淫らな格好でこちらに目を向けている皐月の姿もあった。病院の女性の「女の子みたいな可愛い顔」と言う言葉に今の皐月もこの時の様に可愛くて美しいんだとふと笑みが漏れる。
「皐月・・・俺が迎えに行ってやるからな・・・」
皐月を巻き込んだ車の所有者に怒鳴りこんでやりたい気分だったが、その場にいたわけでもない自分が怒鳴りこんでも全く意味がない。それよりも、事故に遭わせてしまったのは自分の所為だと玲人はハンドルを強く叩き、自分を戒める。仕事とはいえ、急遽入った都内での会議なんて他の奴らに任せておけば良かった。何回も自分を責める玲人の目に僅かな涙の光が灯る。
「待ってろ。皐月・・・っ」
記憶を失って、最悪自分の事を忘れていた場合に見せようと考えたアルバムを助手席に投げ玲人は一路東京に向かった。
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「玲人、こんな分厚いアルバム持って行くの?」
「だって、しばらくはお前の顔見れないじゃないか。これを見て…夜は我慢する」
「・・・夜って・・・玲人、やらしい!」
東京の大学に発つ3日前。一緒に荷づくりをしていた皐月は片手では持ち上げられない位の分厚いアルバムをカバンに詰めている玲人を見て、不思議そうに聞いてきた。かなりの重さと幅がある為、カバンにアルバムを入れてしまうと他の荷物が入らない位にパンパンになってしまう。
「やらしいか?愛する人を想像してヌくのは当然だろ?」
「でも・・・。あ、じゃあさ、この中から特選のやつだけ持って行けば?俺の色気たっぷりのやつ」
「じゃあ・・・今から撮ろうぜ。皐月、服脱げよ。俺を誘ってみて」
「えっ・・・今ぁ?」
写真を撮るのが趣味だった玲人は、皐月の提案で大きな一眼レフを取り出し皐月にピントを合わせる。「何で今なんだよ・・・」とブツブツ言いながらも、制服のままの皐月はスルスルと服を脱ぎ言われるままに全裸になると、大きな玲人の部屋のベッドに横たわる。
「皐月、とびきりイヤらしい格好して俺を誘って?」
「ええっ・・・もぅ・・・仕方ないなぁ・・・」
真っ白なシーツの上で、皐月の透き通る様な肌を持つ肢体が蠢きカメラのレンズに向け淫らなポーズを取り始める。まるでグラビアの撮影をしているかのように、玲人は次々と皐月にポーズの指示をしていき、ついにはいつも自分を収めてヒクつく小さな蕾を皐月自身の手で広げさせると、カメラ越しに皐月がはち切れんばかりに自身を硬く張り詰めさせているのを見た。
「お前・・・感じてんのか?」
「だってぇ・・・玲人に見られてると思ったら・・・我慢出来なくなっちゃうよ・・・」
瞳を潤ませて自分を見てくる皐月は、どんな美人の女にも負けない位に艶っぽく婀娜っぽかった。その色香に誘われ、玲人はカメラを放りなげると皐月に覆いかぶさりその後何時間も皐月を愛し、皐月もまた何度も玲人を求めた。
結局、その時撮った淫らで淫猥な写真を現像した玲人はアルバムは残す事に決め東京にはこの数枚の写真しか持っていかなかった。
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「ふふっ・・・若気の至り、か・・・」
高速に入る手前で渋滞に嵌ってしまった玲人は、助手席のアルバムを1ページ毎に捲っていくとそう呟き家に大事に保管してある写真を思い出した。あんな写真を見せたら、思い出すものも思い出せないな。とクスっと笑う。早く逢いたい。自分に逢った時の嬉しそうな顔が早く見たい。もう約束の日は過ぎてしまったが、出来るならあの桜の木の下で再会を果たしたい。玲人は、夜が明け持てる限りの情報網を駆使して皐月の居場所を突き止めようと心に誓った。