捜索
「え?」
「いえね、私も先生を呼んだら?って言ったのよ。でも、帰らなきゃって言って出てっちゃったの」
車を飛ばして、糸井病院に着くとナースステーションの看護師が困り顔で出てきた。「面会時間は終わってますが」ときつい口調で言ってくるのに、2時間位まえに運ばれてきた男性の連れです。と伝えると、益々困った顔になってナースステーションまで通してくれた。「全く、治療費は払って貰ったからいいけど、名前も住所も聞いてないのよ」とブツブツと言うナースが、病室の前からこちらの様子を伺って病室の前に出てきた入院中の女性に向かって「ねぇ、佐藤さん。名前言ってなかったんでしょ?」と話を向ける。その女性は皐月が運ばれた病室に居たらしく、心配そうにナースの話を受けて話しだした。
「器用な子よね、あの非常階段から飛び降りて出てったみたいなのよ。細い子だったから身のこなしがよいのかしらね」
「そうよねぇ、女の子みたいな可愛い顔してたけど」
玲人をよそに、2人は世間話の延長の様に話しだす。
「すみません、他には何か言ってませんでしたか?」
入院中の女性にあまり長い時間付き合わすのは気が引けたが、ナースが止めないので何か情報はないかと聞いてみる。「そこに座って話したら?」とナースが言うのに従い、玲人は女性の話す事を聞き逃すまいと真剣に聞き入った。
「そうねぇ、なんか記憶が混乱してるみたいで、何でここにいるのか全然分からないって顔してたわよ。とにかく仕事があるから帰らなきゃって言ってたわね」
「仕事が・・・」
「それと、着替えてる時にブツブツと「何で私服なんて着てんだよ」って聞こえたわ。貴方、あの子のお友達なの?だったら、駅の駅員さんに聞いてみたらどっち方面の電車に乗ったか分かるんじゃない?ここを出たのが・・・9時のニュースの時だったから」
腕時計を見ると、既に午後11時を回っている。幾らなんでも最終の電車が出てしまった後では駅員もいないだろう。女性にお礼を言い、ナースステーションのナースにも時間外に訪ねてしまった非礼を詫びるとナースは名前と住所を聞きたがったが、所在不明でやっと会えると思っていた友人だったと言うと、顔を強張らせカルテや諸々の書類を作成しないといけないから、分かったら教えてと引き攣った笑顔で言ってきた。
「分かりました。では、失礼します」
丁寧に礼をし、外に出ると車に乗り込む。女性に聞いた話から推測すると、皐月は事故のショックで記憶を失っている。とすれば、約束を果たしに来た事すら思い出せないのではないか。
「皐月・・・」
皐月に付き添った男性から預かったペンダントを取り出し、そっと桜の花びらを取り出す。10年の時はあまりにも長すぎた。だが、こうやって皐月が自分を想いここまで来ていたのは間違いない事実だ。そうなれば、自分は何をすべきか。玲人は一しきり考え込むと、アクセルを踏み暗い闇が支配する自分が生まれた場所へ向かった。