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永世の桜  作者: cross-love
4/11

すれ違い

「じゃあ、気を付けて帰るんだよ。もっとゆっくりしていってもいいのに」


建てつけの悪い玄関へ出て、タバコ屋のオバチャンは心配そうな顔で言ってくる。帰りの電車で食べなさいとタッパーに昼食の残りを丁寧に詰めてくれた包みを受け取り、深々とお辞儀をする。


「いえ、そこまでお世話になる事は出来ません。お昼、ご馳走になっただけでも嬉しかったです。ありがとうございました」


桜のあった場所の石碑にずっと居たかったが、社会人だったらこんな時間に来るわけがないと思いなおし昼時間の雑踏から逃れる様に戻ってきた皐月に、久々のお客様だからと言ってオバチャンは美味しそうな料理を次々と振舞ってくれた。耳の遠いお婆ちゃんも、次第に皐月の事を思い出した様で「有澤商店」の生い立ちなど、親からも聞いたことがなかった秘話を聞いたりしてあっという間に夕方になってしまった。東京からこの場所まで、幾ら頑張っても2時間はかかる。玲人が来るなら、きっと夜に違いないと思った皐月はその間に思い出の場所を巡ってみようと、タバコ屋の親子の名残惜しそうな見送り言葉に何度も礼をして記憶に残っている道を歩き、初めて玲人と出会った高校の校舎に行ってみる事にした。


「ない・・・」


徒歩で10分程歩き、ほとんど人が住んでいない不気味な気配を感じつつ玲人と2人、肩を寄せあい登校した高校へと続いていた道は途中で「立ち入り禁止」の立て札と共に、校舎ごと無くなっていた。廃れていった町とはいえ、学校までなくなるとは余程の事だ。オバチャンも、最近が若い人が居なくなり町に残り住んでる人は年寄りとその面倒を見る家族だけだと言っていた。幹線道路の向こうにある、少しは拓けた町の高校と統廃合でもしたのだろうか。桜のあった場所の反対側には、企業で勤める人の為の社宅があるらしく、小学生や幼稚園の子供達の姿がちらほら見えていたから、こちら側は完全に廃墟と化してしまったようだ。


「あの場所も・・・?」


初めて玲人と身体を重ねた皐月にとっては忘れられない場所は、高校があった場所からほど近い使われていない民宿だった。そこまで無くなっていたら、今日の約束ももしかしたら果たされないんじゃないいかと不安になってくる。薄暗くなってきた町に電燈はなく、目を凝らして記憶を辿って歩いていく。


「・・・ここも・・・」


若さゆえ、獣の様に交わり合った場所。誰も居ない民宿の中で毎日の様に抱き合い、愛を確認した。帰りが遅くなっては親に叱られたが、それでも少しでも離れていたくはなく翌朝になれば2人で隠れてキスを交わす。そんな毎日だった。そんな思い出の場所も、跡形もなく更地になってしまっている。


「玲人・・・・」


ポツンとそこに佇み、愛しい人の名前を呟く。ペンダントに手をやり、ぎゅっと握る。そうする事でいつも、今日と言う日を待ち望み嫌な事も耐えてきた。10年経った玲人はきっと凄く格好良くなっているはずだ。低いハスキーボイスは、大人のそれに変わりもっと素敵に自分を震えさせるような声になっているだろう。そんな事を想い、ここまで来たのに。もし、玲人が来なかったら・・・?


「そんなはず・・・ないよな」


日が落ちる速度が速くなり、辺りは真の闇に包まれそうになっている。人が住んでいない事を物語っているように、辺りには一つも街灯がなく皐月は携帯電話の画面を灯りにして来た道を戻る。そんな事はしなくとも、小さい頃から何度も何度も通った道だからか凸凹の道でも皐月は躓きもせずにスタスタと歩けていた。


「・・・・」


タバコ屋の前に差しかかる所で、急激に町が拓けたというのが顕著に分かった。タバコ屋から南は電柱は木製で今にも倒れそうになっているのに、北側は普通のコンクリート製で如何に企業の力が大きいというのが手に取る様に分かる。


「そろそろ・・・かな」


拓けている町の北側では、これから帰る会社員がぞろぞろとビルから出てきては社宅に帰る者、会社が用意している巡回バスのようなマイクロバスに乗ってグッタリと身を沈め出発まで待っている者が大勢いた。これだけ人がいるのに、あの石碑の周りだけは不思議と人がいない。皐月はゆっくりと石碑に近づき、寄り添う様にピッタリとくっ付いて待つ事にした。桜の精に玲人を連れてきてとお願いするように。


「・・・はぁ・・・」


ぼんやりと石碑に寄りかかり、ふとビル内のデジタル時計を見ると時刻は7時になろうとしていた。定時で帰った者以外でこのビルに残っているのは疎らの様で、ときおり1人2人と出てきては皐月に目を止める事もなく方々に散っていく。皐月も幾ら遅くても最終電車に間に合う様に駅に行かなければならない。ここまで拓けた町とはいえ、都会の様に宿泊施設があるわけではないからだ。腕時計を見て、後3時間位しかいられないと思い溜息をつく。玲人とて、何処の駅から来るか分からないがそろそろ姿を現しても良い時間だ。この石碑が玲人のメッセージだとしたら、必ずここへ来るはず。なんの根拠もない推測だったが、皐月はそう強く想う事で襲い来る不安と戦っていた。


「玲人・・・来て・・・」


桜の季節とはいえ、夜が深くなると薄着ではまだ冷える。石碑から目と鼻の先にある自販機に目をやると、皐月は小銭入れを出し小走りに自販機に駆け寄って温かいコーヒーを買う。ガチャリと音を立て缶コーヒーが落ちてくるのに身をかがめて取るのと、物凄い勢いで車が自分に向かって突進してきたのはほぼ同時だった。


「うわっ!」


急ブレーキの音と、コンクリに車がぶつかる破壊音、そして自分に何かがぶつかる衝撃に皐月は一瞬にして意識を手離してしまった。


「誰か!事故です!救急車っ!倒れてる人が居ます!!」


ざわざわと音を聞きつけビルや近くの社宅から人が出てくるのに、丁度ビルから帰ろうとした会社員が皐月に気が付き大声で叫ぶ。側に通りかかった男性が携帯で救急車を呼び、皐月の様子を知らせている。ビルの警備員も駆け付け辺りは一時騒然となった。


「誰か、この方のお連れの方は居ませんか?」


救急隊が皐月の応急処置をしながら、遠巻きに見ているギャラリーに問いかける。お互いに顔を見合わせて誰も名乗り出ないのを確認すると、救急隊員は仕方ないと言った様に皐月をストレッチャーに乗せ救急車に乗り込む。通報した男性が付き添うと言い、皐月を乗せた救急車はサイレンを鳴らして去っていった。事故を起こした車の男性は警察にこっぴどく怒られてパトカーに乗せられていく。


「おい、何があった?」


現場検証が終わり、辺りがまたいつもの様相を取り戻した頃、玲人は都内で緊急の会議がありやっとの事で辿りついた研修センターの前に散らばるガラスや金属の破片を見、出入り口の警備員に問いかける。


「あ、久澄部長。お疲れ様です。さっき、ここで事故があって・・・」

「事故?」

「はい、あの曲がり角を曲がり切れずにドカンと。まあ、この辺の子供が巻き込まれたみたいですけど、命には別条ないみたいですよ」

「そうか」


「後で警察の方が実況見分があるそうです」と報告を受け、時間を確認する。まだ8時を少し過ぎた位で、皐月が来るなら仕事を終えそろそろ来るだろう。あの石碑には誰も居なかった。役員室に荷物を置き、ブラインドの隙間から石碑が見えるのを確認すると玲人は煙草を取り出し火をつける。紫煙をふぅっと吐き出すと、皐月に逢って一言目には何を言って悶えさせてやろうか。と天井を仰ぎみてニヤリと口元を歪ませる。今頃は何処にいるのだろう。懐かしい生まれ故郷に向かって、それよりも自分に逢いに来ているかと思うと、もどかしい。こんな事なら連絡先を事前に聞いておけば良かったと、携帯を意味もなく開閉する。ここに来る最終電車は10時だ。あと2時間余り、愛しい人を待つドキドキとした感情に包まれるのも悪くは無い。そう思うと、玲人は大きな革張りのソファに身を沈め、時折階下の石碑に目をやるという行動を繰り返し、皐月を待ち続けた。







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