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永世の桜  作者: cross-love
2/11

10年後~皐月~

「え・・・」


皐月は目の前に広がる光景に息を飲んだ。10年前、高校生だった自分と玲人が「10年後にここで待ってるから」と約束し、大きな桜の木の下で別れたのがつい最近の事の様に甦る。片田舎に住んでいた事もあって、高校を卒業するとほとんどの学生は東京の大学へ進学するという風習の中で、2つ年上の玲人もそれに倣い東京の大学へと進学していった。一方、皐月も2年遅れで玲人を追いかけて東京に進学する予定でいたが、両親が関西の大学に進学するのを強く希望した為それは叶わなかった。当時、携帯電話という文明の利器は子供に与えられる事もなく、しばらくは固定電話で毎日の様に近況を伝えあっていたが互いの大学での忙しさが次第に連絡頻度を少なくしていき、ついには連絡すらもなくなってしまっていた。


「あ、あの・・・ここに昔、桜の木があったはずなんですが・・・」


唯一、思い出の中と一致する古い「タバコ」と書かれた赤い幟がはためいている店に顔を覗かせ、小さな椅子に背を曲げて座っている老婆に声を掛ける。「はぁ?」と手を耳にあて聞き返してくる老婆に、大きめの声でもう一度桜の木の存在を確認する。


「ああ、あそこの桜ね。5年くらい前に事業開発に邪魔になるって植え替えられたよ。見りゃ分かるでしょう。あんなバカでかいビル群が建ってるんだからさ」


店の奥から老婆の娘と思われる中年の女性が顔を出し、迷惑そうに言ってきた。聞けば、何処に植え替えられたか分からないが、100年を超える樹齢の桜を蔑ろには出来ないと言ってきた金持ちそうな人間が根元から綺麗に掘って移植すると言っていたという。


「5年も前に・・・」

「まあねぇ、ここの土地も中々買い手がなかったから大手の企業が買収するってなれば、反対も出来ないでしょう。でも、私もあの桜が好きだったから移植されるって聞いた時にはホッとしたけどね。今では、この街も現代風になって…昔の古き良き田舎の風景が懐かしいわ」


大学に進学し、1人暮らしをしはじめてから皐月は両親が夫婦水入らずで外国で住むという事を知り、それ以降バイトで働いて手に入れた携帯電話で連絡を取り合うだけになり、生まれ育ったこの場所がこんなに変わってしまった事を知らないでいた。


「あの、俺。有澤です。10年前までここから少し行った所に住んでたんです。有澤商店って覚えてないですか?」

「…有澤…?ああ、海外に引っ越したご夫婦が有澤さんだったわね。あそこの息子さん?」

「はい、俺、高校出て大阪の大学に進んだんですけど、両親が海外行ってからここの情報が全くなくて、久しぶりに来てビックリしました」


父が祖父の代から受け継ぎ営んでいた商店は、まだ皐月が高校の頃は近隣の町からの客も多く「有澤商店」と言えば、直ぐに通用するくらい名が知れていた。片田舎では、車で30分以上移動しなければ幹線道路沿いの大きなスーパーが無かった為、お世辞にも大きいとは言えない店でも賑わっていたものだ。


「そうだったの。そうよねぇ、ここも徐々に廃れていって有澤さんも息子が全員進学して家を出たから、商売している必要もなくなったって言ってたのよ。過疎化が進む田舎に居ても仕方ないもの。それで?今日は何でこんな所に来たの?ご両親も居ないんじゃ、会う人も居ないでしょ?」


皐月が同じ町内にいたと知ると、中年のオバチャンは老婆の隣に置いてある椅子を勧めてきて、お茶菓子片手に興味津津といった様子だ。確かに、用事もなくフラフラと訪れる様な場所でもないし、企業の研修センターの様な大きなビルにもきっとレストランの様な洒落たものはないだろう。


「え・・・っと、ここの桜が好きだったんで、丁度満開の時期だから久しぶりに行ってみようかなー・・なんて。仕事がちょっと暇になったから、有給取って来たんです」


「恋人とここで会う約束してました」とは言えず、皐月はしどろもどろになって俯く。嘘バレバレかな…と思いつつ、そっと目を上げると「あらぁ、それは残念だったわね」と真剣な顔で言ってくるのに、ホッと胸をなで下ろす。仕事が暇なんて事が、この入学・入社の桜の季節にあるわけないのが分からない人で良かったと思う。分かってて言っていたら、やっぱりオバチャンには敵わない。


「桜が咲いていた場所って、丁度あのビルの前辺りですよね?」

「そうそう。あ、でもね、その桜の場所に石碑が立ってるの。樹齢100年以上の桜だったでしょ?桜の精の呪いがあるとか言って、そこは聖域みたいになってるのよ。ビルを立てる時はそりゃ気を遣ってたけど、今では徐々に範囲が狭くなってるけどね。今の子達は,迷信とか信じないでしょう?でも、ここの土地を買ったオーナーさんはそういう事を信じる人だったみたいね。珍しいって、よく話してたのよ」


<桜の精に誓ったよ・・・>ふいに別れの時の玲人の言葉が脳裏に浮かぶ。小さな桜の花びらをお互いの唇に挟んでキスをした、その時の花びらは今でも大切にしまってある。あの時の言葉が現実になるのは今日なのだ。皐月が大学に入ってしばらくした後、固定電話で話したのを最後に、玲人とは全く連絡を取っていない。一足早く東京に出ていた玲人は直ぐに自分で携帯を手に入れ、自慢そうに番号を教えてくれたが、皐月が携帯を買い久しぶりに電話をした時には「この番号は使われておりません」と空しい機械の声が繰り返されるだけで、1人暮らしの家の番号も回線が生きていなかった。


「俺ちょっと石碑見てきますね」


<桜の精>なんて事を言う人が、玲人の他にも居たという事に皐月は興味を抱いた。この古いタバコ屋からほど近い場所にあるその場所に皐月は早く行ってみたい衝動に駆られ「昼ご飯食べて行くなら用意する」という有り難い申し出にお礼を言うと、その間に行って来ようと店を出た。


「ここだ・・・」


歩いて5分もしない所に、皐月の腰位まである大理石で出来た石碑が置き石に囲まれて建っていた。毎日手入れされているらしく、置き石の内側の土には綺麗な小ぶりの花が咲いている。昼時が近い事もあって、石碑の側にはビルで働く会社員がタバコを吸いながら同僚を待っている姿が見られるが、誰も石碑に関心せずそこだけ異空間の様にポッカリと穴が空いているようだ。


「・・・・・」


石碑の側へ近寄り、グルリと辺りを見渡す。ビルに囲まれ、もう昔の面影が全くない景色にガックリと肩を落とすと改めて石碑に目をやる。


「あ…」


石碑の上部、黒曜石に彫られている文字に皐月の目が釘づけになる。


<桜の精よ。この想い忘れる事なかれ。いつかきっとこの場所で、出会える事を・・・>


「玲人…?」


まさに玲人がこれを書いたのではないかと思うほど、書かれている文面は皐月の胸を突いた。まるで自分に充てて書いた様な言葉にぎゅっと首に架けているペンダントを握りしめる。ペンダントの中にはあの時の桜の花びらが仕舞ってある。何回このペンダントを握りしめ、今日の日を待っていたか。もしかしたら、玲人がどこかで自分を見ていて笑っているのかもしれない。キョロキョロと辺りを見まわしてみるが、それらしい姿は無い。正午の鐘が何処からか鳴り、ビルのあちこちから会社員が出てくるのに皐月は一旦タバコ屋に戻る事にした。玲人との再会はこんな騒がしい中ではしたくない。10年前18歳だった玲人も、もう28歳だ。きっと会社に勤めているだろうし、こんな早い時間には来ないだろう。皐月はざわざわとビルから出てくる人並みに逆らう様にタバコ屋へと戻っていった。
















































































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