あんれまぁの泉
真夜中の暗い山道を一人の男が速足で歩いています。
この山は、夜には鬼や妖怪がでると噂されていました。
このお話は、コロン様主催『クリームソーダ祭り』参加作品です。
月夜の下、険しい山道を一人の男が急ぎ足で歩いていた。
この山では夜には鬼やら化け物やらがでるという。
いつもなら山越えの前に、魔除けの火縄を修験道の屋敷でもらっていた。
しかし今夜は急いで出てきたので火縄をもらい忘れていたのだ。
急に生暖かい風が吹き、男の目の前に一匹の大きな鬼が姿をあらわした。
「ひゃあああ……」
男はびっくりしてしりもちをついた。
鬼は男を見下ろしながら、ゆっくりと近づいてくる。
「お、鬼さん、わたしを食べてもおいしくないですよ。忙しくて何日もおふろにはいっていないです。わたし、くさいですよ」
すると鬼は鼻をヒクヒクさせた。
「ふむ。たしかにくさいな。よかろう。うまい酒をよこせば食わないでやろう」
「お……お酒……ですか?」
男は困りました。急いで出てきたので、お酒どころか水筒も持ってきていないのです。
「あ、そうだ。この近くにとってもおいしい、珍しい泉があるのです。とても冷たくて、飲むと口の中がすごく気持ちよくなるんです」
「ほほう。嘘をついているのではないな。では案内せい。ほんとうにおいしくて、珍しい泉だったらお前をくわないでやろう」
そして、男は鬼を案内しつつ、林の間をくぐりぬけました。
着いたところでは、泉がわいています。その泉は少し泡が出ているようです。
鬼は大きな両手で水をすくって飲んでみました。
冷たい水で、少し口の中にピリッとした刺激がありました。
それは天然のソーダ水の泉だったのです。
「あんれまぁ……。こんなにうまい水は初めてじゃい。たしかに珍しい味じゃな」
鬼は持っていたヒョウタンに泉の水をつめました。
「お前の言うとおりだったな。食わずにおいてやろう。よし、こちらについてまいれ」
「……へ、へい……」
鬼は男をつれて、さらに林の奥に入りました。
木が少なくなり、岩場になっている場所がありました。
「おりゃっ!」
鬼は岩の地面をげんこつで殴りつけました。
すると、岩が裂けて、そこから水が……いえ、湯気のたつお湯がでてきたではありませんか。
それを見て、男は古い言い伝えを思い出しました。
このあたりにずっと昔は温泉がありましたが、枯れていたそうです。
鬼の力で温泉がよみがえったのです。
「珍しい水のお礼じゃ。そのくさい身体もフロであらうがよい。ワー、ハッハッハ……」
鬼は大笑いしながら去っていきました。
男は村に戻り、温泉が復活したことを村の人たちに教え、鬼のことも話しました。
鬼が「あんれまぁ」といったことから、泉や温泉のあるこの場所を有馬と呼ぶようになりました。
* * *
「偉文くん。あんれまぁで有馬って、苦しいと思うんだよ」
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、従妹の暦ちゃんが遊びに来ている。
小学生ながら、とても物知りの女の子だ。
彼女は僕が書いた絵本の案を見ている。
「まぁ、作り話だから、こういうのでいいと思うよ」
「あたし、温泉の炭酸水で作ったフカフカのおせんべいが好きなんだよ」
「あるよ。炭酸せんべい」
僕はおせんべいの包みを卓袱台に置いた。
「飲み物も用意してくるからちょっと待っててね」
僕は冷蔵庫から緑色のかき氷シロップを出し、グラスに入れる。
さらにそれを無糖の炭酸水で割った。さらに数個の氷も入れた。
冷凍庫からラクトアイスを出し、炭酸水に浮かべる。
おまけでサクランボをアイスの横にのせた。
長めのスプーンとストローと一緒に、グラスを暦ちゃんに渡す。
「わーい。クリームソーダなんだよ」
暦ちゃんはうれしそうにスプーンでアイスをすくっている。
僕も自分の分のグラスに口をつけた。
暦ちゃんはアイスを食べながら、僕の方をじっとみて、イタズラっぽくニコっと笑う。
この顔は、また何か変なことを思いついたかな?
「……クリームソーダとかけまして、小さい電池とときます」
「またいきなり謎かけ? どういうオチだろう?」
小さい電池……ボタン電池かな? 有馬ではイノシシが有名だから、ぼたん肉?
でもそこからクリームソーダにどうつなげる?
「わからないや。暦ちゃん。そのこころは?」
「どっちもタンサンなんだよ」