第二章
【とある一日 ~港町プラポカ~】
日の落ち始めたとある町にたどり着いたのは旅人風の若い男女4人組。
立派な剣と盾を携え、黙々と先頭を歩いている男は険しくもとても精悍で凛々しい顔立ちをしている。
「やっと着いた。みんなお疲れ様。
ふふっ、じゃあ今日はここで解散ね。アタシ魔法屋さんに用事があるから」
その隣を歩いていた白いフード付きローブの女性は元気よくそう言うと、小走りで広場から町の東の方へと走ってゆく。
「魔法屋、か。別に魔導書なんて必要ないんだけど…アタシもたまには覗いてみるかな」
と言いながらその後ろを付いて行く少女。
腰には長身のレイピアを携え、綺麗な長い髪に羽根付きの赤い帽子を被っている
この色が彼女の好みなのだろうか、ブーツとグローブ以外はすべてそれで統一されている徹底ぶりだ。
「えっ!?キャススもクススも行っちゃうの??だ、だったらお兄ちゃんも…」
「いや、アンタ魔法なんて使えないだろ。ノコノコついて来てどうするんだ」
「ふふっ、それに本にも興味ないでしょ?ナイト様と先に宿に入ってなよ」
大男は2人の女性に畳掛かけられると、小さな声で
「えっ…お、おうそうか…二人とも気をつけてな…」
と返し、既に宿に足を向けていた寡黙な男性のあとをトボトボと寂しそうについて行く。
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広場を出た女性陣はそれぞれ別々の店に入ってゆく。
赤い服の彼女が立ち入った南側の店のカウンター内には大きなとんがり帽子を目深に被り、紺のマントを羽織った怪しげな人物が立っていた。
「うわ…陰気くさい、だせーカッコ…」
扉を開けるやいなや、特に悪気もないのであろうが、綺麗に整えられた眉を顰めぼそりと漏らした。
「いやぁ手厳しいなぁお姉さん…この格好にはキチンと理由があってね、大昔のとある…」
「へえそうなの。でも私ならそんなの絶対にごめんだね、気持ちまで暗くなりそうだ。さてそんな事より売り物をみせて」
話を遮るように淡々とそう言い放った。
「こ、これは失礼いたしました…」
すっかり圧倒された主は店の奥から何冊かの魔導書を出してくる。
「この魔法…なんていうの?ストライ?珍しいね」
「なんとお嬢さん、お目が高い!これは少し異質な黒魔法でね。
多くの魔術士は“何の効果もないインチキ魔法”だなんて言うんだがね、僕は何故だかこいつに無限の可能性を感じるんだ。
何かこう得体のしれない…上手く言葉で言い表せないんだけどね。」
「ふうんそうなの。じゃあこれもらうわ、これで足りる?」
手持ちの小袋から乱雑にギル硬貨を突き出し、魔導書を手に取ると足早に店を出た。
(え、えぇ、こんなに…?い、いいのかな…??)
スタスタと店を出た彼女はすれ違い様に二人組の男性と肩がぶつかる。
男の方をキッと睨みつけ、またスタスタと広場の方に歩き出した。
「見かけない嬢ちゃんだな、随分とぶっきらぼうで愛想もないが顔はイイ…」
「知らないのかい?あのゴロツキ集団を退治してくれたってご一行さ。特にあの真っ赤な剣士は凄かった。華麗な剣技に強力な魔法の応酬にってまさに大立ち回り。飛び散った血しぶきすらその美しさを引き立たせる。
そう、剣士というより魔術士だ。強さに美しさまで兼ね備えた、まさに深紅の薔薇を彷彿とさせる“赤魔術士様”とでもいったところか」
「なんだいお前さん、詩人にでもなりたいのかい?」
「深紅の赤魔術士」この伝承はその後緩やかにこの港町に広がってゆき、やがてコーネリア城下町までこの噂は届くのであった。
そんな「赤魔術士」の少女が元の広場に向かっていると道すがら姉と合流した。
「あ、姉さん、お目当ての本は手に入った?」
「ううん、今日も入荷してなくてさ。また日を改めて覗いてみるよ」
「そうなのか?それにしてはなんか嬉しそうな顔してる気がするが…」
「いやね、ふふふ…さっきのお姉さんね
私と同じようなお洋服着てたんだ、流行ってるのかな?
これ特に最近のお気に入りだからさ、なんか嬉しくて」
「えっ……?何だよそれ、相変わらず変わってんな。」
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【3兄妹】
先に宿屋に入っていた「ナイト様」に筋骨隆々な男性が酒瓶を片手に話をしている。
「そうそう、オレは魔法はてんでからっきしなんだがよ、体術では誰にも負けた事がねえ。
そこと対照的なのが上の妹のキャスス。魔術士としてのセンスは幼少期から目を見張るものがある。加えて勉強熱心でな。暇さえあれば魔導書を読んでる」
「そして下の妹のクスス。剣の腕前もズバ抜けてりゃ魔力の方もキャスと同格ときた。
体術魔術と俺たち2人のいいとこ取りだなんてさ、歳も10に満たない頃から周囲の大人たちの期待の的だったよ
「”この世界から闇を打ち払い、光を取り戻してくれ”ってな」
「キャスに関しては特にしっかり者って感じなんだけどさ、なんかこう…変わったところもあるんだよな。
コウセキっていうのか?とにかくガキの頃から石が好きみたいでさ。
それを見つけたり探すことに関しちゃ目がないっていうか…
ま、そこもカワイイんだけどな、アイツは!」
豪快にウハハハと笑いながらそう言うと大男は奥の歯で次の酒瓶のフタを開ける。
「いやぁ本当にさ、あいつら2人の仲の良さときたら、羨ましくて羨ましくて
俺も女のコに生まれてきたかったよなぁ、そうすりゃアイツらとも、もっと…もっと……」
この数分後にこの男は大いびきをかいて眠ってしまうのだが、その直前までこの話は何度もループしながら続いていくのであった。
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「魔導書を買ったの?珍しい。今まで魔法はすべて独学で覚えてしまった天才魔術士、私の自慢の妹クスス様がね」
「自慢の妹、口を開けばそればかりだな姉さんは。
この本…そうだな、何となく興味をひかれたんだ。導かれたというか、本当にそんな感覚すらある」
「あーなんかそれ分かる気がする。運命的な1冊、って感じだね。
そういう本に出合える喜びをクススちゃんも分かってくれたかね?ん?ふふっ
本を読むことは良いことだよ。自分のしてない経験をくれるし、知らない世界に連れて行ってもくれる、
だから私は本が大好きなんだ。
ま、それとおんなじくらいクスス、キミのことも大好きだけどね」
「シスコンかよ。兄妹そろってこれだもんなぁホント、子供の頃からずうっと」
少しだけ細めた目の外側を下げながらふぅ、と息を吐き空を見上げた。
「ふふっ、いいじゃない、別に。
さあさ、そろそろ宿に入って一息つきますかね
明日は船で西の方に向かうんだっけ?」
立ち上がり、クススの肩をポン、と叩くきながらそう言い残し、宿屋の看板を携えた大きな建物に入ってゆく。
のちにこの「ストライ」という魔法の正体は「対象の攻撃力を上げる魔法」
であることが判明するのだが、この魔法との出会いが彼女の運命を大きく変える、ということは知る由もなかったのだ。
その後4人はどんどん頭角をあらわしていき、ダークエルフことアストスから「水晶の目」を手に入れる。