第一章
【プロローグ】
「そうか、キミの知る伝承ではそうやって語られていたんだね」
クスっと笑いながら対面に座る人物にそう返し、給仕係に麦酒のおかわりを注文したのは学者風の美しい女性。
まだ陽も落ち切っていない時間帯からだろうか、空席も目立つ閑散とした酒場だ。
「正史の通り“あの連鎖”を終わらせた光の戦士は4人だった。でも本当は1人だけだったとか、実は仲間は6人も居た、なんて話が出ているのは…
うん、何となくの察しはつくんだけどね、本当に面白い。
今にして思えばね、その彼女が居なきゃあの“負の連鎖”は未だに続いていたのかもしれないね、
偉大なる“黒き魔女”、大魔導士クスス様がね。
………ま、これは私の知る、数ある諸説のうちの一つなんだけど」
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「あぁ、終わったのか……すべて、やっと」
そう言い残し深い闇の中に消えていくのは小国コーネリアに“負の連鎖”を引き起こした張本人、カオスことジャックガーランド。
「行かないで…消えないで…ずっとそばにいてよ…………ッ!」
泣き崩れながら震える声でそう嘆き続けるのは「魔女」特有の三角帽子をかぶった少女。
これは彼女が偉大なる魔導士として、人々の「なぜか知っている記憶」に焼き付けられるまでのお話。
【海底神殿】
「疾く、疾く!もっと、もっとだ…!」
通称水のカオス、クラーケンと対峙しているのはコーネリア王国から旅立った4人の光の戦士たち。
そのうちの一人である筋骨隆々な格闘家風の大男はどうやら意識がなく、治癒魔法を詠唱中の白魔導士も、今まさに魔物に斬りかかろうとしている銀冑のナイトも大きな消耗が隠せない。
その中で最前線に立つ小柄な少女、彼女の名はクスス。
顔がすっぽりかくれる程の大きな頭巾をかぶり、鋭い身のこなしで相手の攻撃をかわし続けている。
「顔の前でピン、と立てた二本の指先に込めた魔力を素早く放つ」のは彼女が独自に編み出した簡易魔法。
それは伝承に残る、遠い時代の異国の"忍術”を思わせるものであり
この姿により人々から「忍者」と呼ばれ初めて久しい。
「斬撃や打撃の威力を上げる私の補助魔法“ストライ”をかけたウォルの剣術でも歯が立たない。
こいつの弱点は…やっぱり魔法、それも雷の…
このままじゃ…ジリ貧で負ける。次の一撃で、確実に…
私が放てるサンガーは恐らく残り1回。いつもの簡易魔法ではダメだ…仕留めきれない
ここは杖を媒体に……威力を最大限に」
扱いに慣れ始めた簡易魔法ではなく、長い詠唱を必要とし、媒体を用いることで威力を高める通常の術式に切り替えるというのだ。
武器召喚にて実体化した魔法杖に渾身の魔力を込め詠唱に入ったクススの脇腹に、異形の触手が鋭く入り込んでくる。
「ふふっ、知ってた」
それと同時、もしくは間一髪遅めのタイミングで白魔導士が詠唱中だった白魔法が着弾する。
クススが痛みを感じる間もなく塞がっていく傷跡。
数十秒前から詠唱されていたその魔法は、なんとこの攻撃を見越していたものであった。
決して偶然などではない
これは彼女が「神の使い」とまで称される「先読み」の能力、加えて圧倒的な視野の広さ、空間認知力により成せるまさに「神業」なのだ。
「これで仕留める……最後の、渾身の一撃……ッ!!!!!!」
久方ぶりの長い詠唱が完了し、魔法杖から絶大な魔力が放出される。
頑丈な造りの海底神殿が崩れんばかりの、それはまるで巨大竜の咆哮のような大きな重低音をあげ、
まばゆい光が晴れていくその中で、床に対して深く深く沈んでいた巨体は水のカオス。
「勝った……勝てた。」
安堵の表情を浮かべたクススは手に持つ杖の召喚術式を解除すると、その場にペタン、と座り込む。
これで彼女達が倒したカオスは3体目、残すは風のカオスであるティアマット1体のみとなった。
「ふふっ、さすがクススだね!最後の魔法、ほんと凄かった!
普段の簡易魔法であの威力なんだもん。そりゃあね」
小走りで駆け寄ってきたのは先ほどの白魔導士、
クススの姉にあたり名をキャススという。
「どもども
ま、半分くらいは姉さんの手柄だけどね
最後のあのヒールが無ければ正直危なかったよ
詠唱も完了してなかっただろうし」
「そんなことないよ!クスの魔法がなきゃ絶対に勝てなかった
さすがは私の自慢の妹!」
「出た出た、シスコンかよ、相変わらず毎度毎度…」
一瞬まんざらでもない表情を見せながらもそれを誤魔化すように呆れた素振りをしてみせた。
「いいじゃん!思いっていうのはね、言葉にしないと伝わらないんだから!
こういうのはね、伝えられるときにきちんと伝えなきゃダメなんだ
いつかそのうち~なんて思ってたらダメなんだぞ?
…それにしても、あんなにも魔法しか効かない相手ってのがいるんだね…」
「本当にな、いやいや今回もまた二人の大手柄だな、助かった」
ナイトに肩を借りながらゆっくりとこちらに向かって来たのは気を失っていたモンクの大男。
「あ、気が付いたんだね
“気絶”は白魔法の専門外なんだから気を付けてよね?」
「ま、なんだかんだアンタには毎度活躍してもらってるから、たまにはこんな事もね
じゃ、そろそろ地上に戻ろうか?
何やら珍しい石板も手に入ったし、明日にでもウネだかって学者に見せにいこう」
あとの3人は静かにうなずくと輝きを取り戻した水のクリスタルを背に、転移魔法で海底神殿をあとにするのであった。
これはこの若き4人組
「光の戦士達」が人々の「なぜか知っている記憶」に刻み込まれるまでの物語だ。
【忍者と呼ばれて】
かつてクススは剣術、黒魔術に白魔術まで使いこなせる「赤魔術士」と呼ばれていた。
「何においても一番でないといけない」
幼いころからその思いが人一倍強かった彼女は
体術、魔術においてそれぞれ「国一番の資質」と称された兄と姉を越える万能戦士になるのではないか、
そしてこの3兄妹は「世界に光を取り戻す救世主になるのでは」と、周囲の大人たちの決して小さくない期待を背負いこれまでを生きてきた。
ここに「どこからともなくやって来た謎の騎士」が加わり、伝承どおりの「4戦士」となったことでコーネリア王から旅立ちの許し、
およびささやかな支援を受け「闇の権化であるカオスを打ち倒し、世界に光を取り戻す」冒険に出たのであった。
それから間もなく一行は「闇堕ちの騎士ガーランド」を城の北西に座する神殿にて討伐、攫われていたセーラ姫を救い出し
カオスの一体である「土のリッチ」をも難なく倒したことで、旅は順風満帆かのように思われていた。
その後、彼女が挫折を経験し、白魔法を捨て「今のスタイル」に行き着いた経緯はこうだ。
先の「火のカオスことマリリス」との戦いにて治癒魔法の詠唱、
およびそれに伴う判断に気を取られていたクススは死角からの斬撃をもろにくらい大怪我を負ってしまう。
その病床にて彼女は一人、もの思いにふける。
それぞれに「特化」し、絶対的なセンスを持つ兄や姉が日を追うごとにその才能を開花させてゆく一方で、
クススのそれは伸び悩み、次第にその格差は開いてゆき、相対的に「器用貧乏」が露呈してきている事実に。
そんな迷いを抱えながらも、包帯でグルグル巻きの痛々しい姿を隠すように大きな頭巾を目深にかぶり、翌々日には戦線に復帰した。
キャススの「癒し手」としての資質がホンモノであり、これおいては絶対に敵わないと悟った彼女は、「攻め」があまり得意でない姉に「護り」の全てを委ね、
状況に応じて立ち回る「遊撃役」から兄と同様「攻撃特化」に移行しようと決断に至ったのであった。
速さを活かした体術および剣術に加え、鍛錬に鍛錬を重ねた結果、簡易魔法“忍術”を独自に編み出す。
杖などの媒体を用いず、己の指先に魔力を集約することにより誰よりも疾く魔法を放つ、これは彼女が「唯一無二の強み」と自負する譲れないこだわりでもあった。
そんな矢先、またしても「転機」が訪れる…